卒業試験 五日目 ① 試験開始
五日目課題 指定大型キメラ狩りが発表された後、カリンバ達は・・・
集中して眠る。
伝輝がこの卒業試験の中で、最も身に着いた術ではないかと思う。
限られた短い時間で、体力を回復させる為の睡眠をとる。
昼夜関係なしで、体内時計が滅茶苦茶になる程の、過酷な数日間だった。
しかし、死と隣合せに近い状況が、思考と精神を支配し、疲労の感覚を麻痺させていた。
「もうすぐ試験開始だな。
ありさ、伝輝、打ち合わせの内容は覚えているか?」
まもなく正午を迎える。
東の管理棟一階ロビーの入口前で、カリンバが言った。
櫛で何度も鬣を整えている。
今日はいつも以上に整髪料の照りが強く、モヒカンの盛り具合も大きかった。
彼なりの気合の表れなのだろう。
「分かっているわよ」
ありさはまだ眠そうな目をしながら言った。
四日目試験に引き続き、ジャケットとショートパンツという軽装だった。
キャップを被り、ポニーテールにした黒髪を垂らしている。
今朝、課題を見た後、三人はカリンバの部屋で作戦会議を行った。
試験開始わずか数時間前のことだった。
「俺が合格ラインに立つ。
イコール、カリンバ班全員合格だ。
これを目標にするぞ」
ドスンッと、ベッドに腰掛けたカリンバは言った。
照明は無いが、室内は窓からの採光だけで十分に明るかった。
「さっきも言ったが、合格を確実にする為には、指定大型キメラを2頭提出する必要がある。
だけど、ターゲットとなるキメラがどんなものかが分からない。
効率良く2頭提出しようと思ったら、他の班から奪うことが必然だな」
「問題は、どの班がキメラを見つけるかよね」
ありさは、整髪料などが置かれた机の傍にある椅子に腰かけた。
「大型キメラを狩れる可能性の高い班なら限られるよな。
実力を考えると、ドリアン班とジャンヌ班とロナウド班かな。
五日目は狩りメインの課題だ。
ロナウド班はこの試験で逆転を狙ってくると思う。
グレイ班は能力的に厳しそうだし、松子班は奪う側に回るだろう。
どう思う?」
「イギなーし」
フワァとありさはあくびをしながら言った。
やる気がないというより、単純に眠そうだった。
「じゃあ、試験が始まったら、その三つの班を探すってこと?」
カリンバの隣に座った伝輝が言った。
「そうだな。
重要なのは、どの班を探すかだ。
松子班と被らない方が良いな」
「だったら、ロナウド班以外じゃない?
ロナウド班は化けをほとんど使わないから、松子班にとって、都合良いはずよ」
「となると、ドリアン班とジャンヌ班か・・・」
そう言いながら、伝輝はカリンバの方を見た。
「試験の失敗は、減点の可能性もある。
奪っちまえば、ドリアン班・ジャンヌ班の順位が落ちるかもしれない。
リスクは大きいが、この二つの班を狙う価値はあるな」
カリンバの話を聴きながら、伝輝は視線を下ろした。
組んだ自分の両手を見る。
もう一度、ドリアン班と戦うかもしれないのか・・・。
背中がゾクゾクし、口角がうっすら上がる。
少し楽しみになっている自分がいる。
「試験が始まったら、密林に向かってジャンヌ班を探すぞ」
伝輝は思わず顔を上げた。
「ドリアン班じゃないの?」
「ああ。
ジャンヌ班の方が、探しやすいからな。
もしかしたら、ロナウド班も見つけちゃうかもしれないし」
「何で、探しやすいの?」
「ジャンヌ班とロナウド班には、ネコ科の雌がいるからでしょ」
ありさは冷たく言った。
「うるせーな。
結局、本能が一番の頼りなんだからよ」
「指定大型キメラが、巨大雌ライオンだったら、合格できるわね」
ありさがフフッと笑った。
「よしてくれよ。
ライオンのキメラとか、気持ち悪い」
カリンバは吐き捨てるように言った。
ある程度方針を固めた後、二人は互いの自室に戻り、それぞれ残り少ない休憩時間を睡眠に充てた。
そして試験開始数分前、支度を整えたカリンバ班は、入口に立っていた。
伝輝もすっかり二人同様に少し早めに準備を終わらせられるようになっていた。
試験開始の合図が鳴った。
◇◆◇
合図が鳴ってすぐ、シベリアンハスキー犬のグレイは、前足の肉球でタブレットに触れ、音を止めた。
タブレットの画面の点灯が消え、黒くなった。
グレイは、そのタブレットをしまおうとしなかった。
キタキツネのサンドと、コヨーテのマーブルも、じっとしていた。
密林内の真っ暗な洞穴の奥で、グレイ班の三人は、四足歩行姿のまま黙っていた。
「始まったな」
声を出したのは、グレイだった。
互いの光る眼だけが、暗闇に浮かぶ。
「四日目試験の負傷が大きい。
もうしばらく休息してから、食糧を狩りに行こう」
「本当に良いのか、グレイ?
任意課題に挑戦しなくても」
サンドが言った。
マーブルも心配そうな目でグレイを見つめる。
「ああ、良いんだ。
何度も言っただろ」
オッドアイの瞳をキュッと閉じ、グレイは前足でタブレットを自分の身体に引き寄せた。
「大型キメラでも、たった三頭しかいないなら、他の仲間キメラに妨害される心配も少ない。
奪われないようにさえ気を付ければ、50点は確実に入る。
逆転のチャンスかもしれないぞ」
「サンド。
そのチャンスを信じて、狩りを実行し、結果失敗したら、俺達は減点されるかもしれない。
そうなれば、現在唯一合格ラインに立っているお前も落ちてしまう」
「だけど、このままじゃあ、グレイとマーブルの不合格は確定だ!
俺はそんなの納得できない。
今まで、俺達を引っ張ってくれたグレイが合格できないなんて、嫌だ!」
サンドは、声を荒げ、四足歩行姿の身体を起こした。
ハッハッと舌を出して呼吸している。
「ありがとう、サンド。
でも、俺はもう良いんだ。
今回の試験を通して、自分の力の限界や、向き不向きも分かったよ。
キバ組織は、狩りだけじゃあ通用しないんだ。
もしも奇跡的に合格をしても、きっと俺はそれ以上は進めないだろう」
グレイは顔を上げた。
「だけど、お前たちは違う。
サンドには、キバ組織に入れる素質がある。
チームで狩りをした時の、身体強化したお前の走りは凄かった。
マーブル。君は今回試験の最年少だ。
この経験を生かせば、数ヶ月後、きっと合格できる。
その為にも、二人にはこれ以上無理はさせたくない。
キメラの奪い合いになれば、致命的な負傷も避けられないだろう」
暗闇の中、グレイが穏やかな表情を浮かべているのを、サンドとマーブルは感じた。
「最終日は、任意課題に参加せず、必要最小限の食糧確保だけの狩りをしよう。
サンドの点数は決して高くない。
だけど、上位班が奪い合いをして、減点になれば、サンドの順位は落ちないかもしれない。
そうすれば、サンドは合格できる」
「グレイ・・・」
サンドは、言わない様にしようとしていた言葉を、遂に出してしまった。
「だけど、不合格になったら、君はどうなる?
次を受験できる年齢じゃないだろう?」
マーブルはピクッと耳を動かし、サンドを見た。
グレイはしばらく黙っていた。
「今まで隠してたことがあるんだ。
実は俺、まごころ警察の採用試験も受けていたんだ。
この試験が終わったら、すぐにそっちの二次試験がある。
幸い、キバ訓練所で訓練していることが、試験合否に関わらず好評価をもらえてる。
サンドもマーブルも、俺のことは気にするな。
今は、サンドの合格点を守ろう」
「私もグレイに賛成だわ。
今まで一緒に頑張ってきたのに、誰も合格できないなんて、嫌だもの」
「マーブル、グレイ・・・」
サンドは、後ろ足を畳んでしゃがんだ。
背中を曲げ、顔を下に向ける。
「すまない・・・。
でも、嬉しいよ。
キツネのくせに、大した化けも出来ないこの俺が、ここまで来れたのも、二人のお蔭だ」
サンドは湿った鼻を前足で軽く擦った。
「おいおい、キツネやタヌキ全員が化けスペシャリストだなんて思っちゃいないよ。
松子達が特別なんだよ」
グレイは笑った。
「さっ、早く休もうぜ。
五日目試験は丸々二十四時間あるんだぞ。
しっかり体力回復させないとな」
サンドとマーブルはこくりと頷き、四足歩行姿で静かに眠りについた。
◇◆◇
ドリアンは密林の木の上で、五日目試験開始を確認した。
カサカサと枝の葉を揺らす。
その音に、ベルントが反応した。
彼は密林と草原の境界に立っていた。
麻酔銃を構え、銃口を西の管理棟の方角に向ける。
そして、可視レーダーを作動させた。
赤く伸びる光を確認したダニエルは、辺りを見渡した。
彼の背後には、ビル何階分ありそうな高い壁がそびえ立っている。
それ壁は西の管理棟のものだった。
「出て来いよ、モンスターめ・・・」
ダニエルは、壁の先を見上げた。
個人点順位は勝っていた。
しかし、非常に僅差だ。
ダニエルは、今後伝輝には絶対負けるもんかと決心していた。
プオォォォォ・・・!
それ程離れていない場所から、今まで聞いたことの無いような鳴き声が聞こえた。
ダニエルは、パッと左手を上げる。
それを確認したベルントは、傍にある木の幹をコンコンと叩いた。
微かな振動を、木の上にいるドリアンが感じ取る。
「行くぞ」
ドリアンが静かにつぶやいた。




