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初めてのデート ③ ありさ来訪

 学校で、ありさに「優輝に会いたい」と、頼まれた伝輝は、その日の夜に夏美に相談しようとするが・・・

 その日の夜、風呂上がりの伝輝は夏美と一緒に寝室で洗濯物を畳んだ。

 寝室に置いてあるベビーベッドには、優輝がスヤスヤと眠っている。

 昇平は、伝輝に続いて、入浴中である。

 伝輝は今がチャンスだと思い、夏美にありさの件を話すことにした。


「あのさ、お母さん。

 今度の土曜日って、優輝もお母さんも家にいる?」

「土曜日? いるけど、何で?」

 夏美が押入れからアイロンとアイロン台を取り出しながら言った。

「うん・・・」

「どうしたの?」

 伝輝は言い出そうとするが、いざとなると恥ずかしくて中々声が出てこない。


「フンフンフ~ン」

 カラスの行水の昇平は、鼻歌混じりで脱衣所(洗面所)から出てきた。

「ん?」

 向かいの寝室のふすまが微かに開いている。

 中から、夏美と伝輝の声がする。

 昇平は中に入らず、廊下でその会話を聞いた。


「優輝に会いたいっていうクラスメイトがいるんだ。

 ヒトの赤ちゃんを見たことがないんだって」

「へぇー。良いわよ。何人位来るの?」

「一人だけだよ」

「そうなの。動物界での伝輝の友達って、まだ見たことないから、どんな子が来るか楽しみね」

「いや、別に友達って訳じゃないけど・・・」

 伝輝は小声でボソッと言った。


「時間もいつでも良いわよ。

 何なら、お昼前に来てもらって、家でご飯食べましょうよ。

 その子の種類は? 犬? 猫?」

「ヒトだよ・・・」

「そうなの! じゃあ、一緒のご飯を食べられるわね。

 伝輝、その子に好きな食べ物とか、食べられないものとか聞いておいてよ」

「分かった・・・」

 伝輝は畳んだタオルを、押入れの中にある三段ボックスにしまいながら言った。

 夏美はスチームアイロンの水を補充しようと、立ち上がって寝室を出た。


 ふすまを開けて寝室を出ようとすると、目の前に昇平がいた。

「しょ・・・」

「シー」

 夏美が昇平の名前を言おうとした時、すかさず昇平はそれを止めた。

 昇平は黙ったまま、夏美に居間に来るように促す。

「どうしたの? しょーちゃん」

 夏美は台所でアイロンの給水容器に水を入れながら言った。

 昇平は冷蔵庫から缶発泡酒を取り出し、プシュッとプルトップを開けた。


「今度の土曜日に伝輝の友達が遊びに来るんだな」

「やだ、聞き耳立ててたの?」

 昇平は腰に手を当て、立ったままグビグビと発泡酒を飲んだ。

 安っぽい鼠色の上下スウェット姿の昇平は、背が高いのもあり、電柱が居間のど真ん中に立っているようだった。

「友達が来る時間さ、一時半にしてくれよ。

 昼飯はいいじゃん、おやつ出してやれば」

「何でよ。折角来てくれるのに」

「俺がその時間なら、昼休みで仕事から抜け出せるからさ」

 昇平は再び冷蔵庫に行き、二本目を開けた。

「しょーちゃん、わざわざ戻って来るの?」

「賭けても良いぜ」

 昇平は二本目もグビグビと勢いよく飲んだ。

「その友達、女の子だ」

 口元についた泡を拭いながら、昇平は自信満々で言った。


     ◇◆◇


 土曜日。

 ありさはまごころ荘前駅を出た。

 伝輝から二階の6号室と聞いていたので、カンカンカンと外階段を上った。


 4号室のドアの前で、白猫のエミリーが日向ぼっこをしていた。

 ありさが階段を上り終えると、エミリーはパンッと身体を起こした。

 尻尾と耳を真っ直ぐ上にし、毛を逆立てて、威嚇姿勢をありさに示した。

「シャー・・・」

 突然、猫に威嚇されたので、ありさは少し驚いたが、そのまま進んだ。


 何で、この猫、四足歩行で服を着ていないんだろう・・・


 ありさは不思議に思った。


    ◇◆◇


 6号室のドアチャイムが鳴った。


 伝輝はピクッと反応した。

 耳が赤くなる。

 夏美にばれない様に、慌てて玄関に向かった。


「あ・・・」

 ドアを開けた伝輝は、ありさを見て言葉を失ってしまった。


 鮮やかな青いニットキャップを被り、カーキ色のモッズコートをさっと羽織っている。

 ボーダーのカットソーと、モッズコートよりも丈が短いデニムショートパンツ。

 足元は太ももまで伸びた黒いソックスとカッチリとした黒いハーフブーツ。

 ソックスとショートパンツのわずかな隙間から、太ももの白い肌がチラリと光る。


 普段のブラウス・チェックスカートという優等生スタイルとは、全く違う、とてもカジュアルな姿だった。

 ピンク色とかリボンとか、そう言った女の子らしい要素がどこにもないのに、最高に可愛く見えた。


「お邪魔します」

 ありさは言った。

 伝輝は黙ったまま、ありさを居間へ案内した。


 優輝を寝かせたゆりかご型ベビーベッドの傍で、夏美はそわそわしながら待っていた。

 伝輝が居間のドアを開けた。

「いらっしゃい・・・え!?」

 夏美はありさを見て、口に手をやり、驚いた表情を見せた。

 その様子を見て、ありさは一瞬困った表情を浮かべたが、丁寧に頭を下げた。

「お邪魔します。伝輝君のクラスメイトの、ヒトのありさです。

 これ、どうぞ」

 ありさは手に持っていた紙袋を夏美に渡した。

「あ、ありがとう・・・。どうも初めまして、伝輝の母です。

 で、この子が弟の優輝です」

 夏美はあたふたしながら挨拶した。


 ありさは優輝を見下ろした。

 おしめを変えたばかりの優輝は機嫌よく、小さな目を開いてキョロキョロ動かしていた。

「わぁ・・・」

 ありさの表情がほころぶ。

「触って良いですか?」

「もちろん! 優しくそっと触ってあげてね」

 夏美が言った。

 ありさはそっと人差し指を伸ばした。

 優輝の頬をツンツンと軽くつつくと、パタパタと優輝は両手を動かした。

「可愛い・・・」

 ありさはじーっと優輝を見ていた。


「ちょっと、伝輝!」

 夏美がありさに聞こえないように、伝輝に話しかける。

「あの子、何者? 子役? モデル?

 めちゃくちゃ綺麗な子じゃない!」

 夏美の慌てぶりは尋常ではなかった。

 もはや、女の子を連れてきたことを茶化すどころではなかった。

「あ、そうだね・・・」

 伝輝も困った顔をした。


「ありさちゃん、飲み物は何が良い?

 サイダー、オレンジジュース、紅茶もあるけど・・・」

 少しして、気を取り直した夏美が、ありさに尋ねる。

「ありがとうございます。紅茶が良いです」

 ありさはクルリと夏美の方を見て答えた。

 優輝の方に顔を戻し、ありさはゆりかごベッドの周囲をウロウロしながら優輝を見た。

 伝輝もそれに合わせて、ベッドの傍に立った。

「ねぇ、伝輝・・・」

 優輝を見ながらありさが言った。

「私、来ちゃまずかったかな。

 伝輝のお母さん、困ってない?」

 先程の夏美の反応を気にしたのだろう。

 伝輝はかえって申し訳ない気持ちになった。

「気にしなくて良いよ。

 その・・・、女の子が来たから、びっくりしているだけだよ」


     ◇◆◇


 夏美が紅茶と、ありさが持ってきたクッキーをちゃぶ台に置いた。

 三人はちゃぶ台の周りに腰を下ろした。


「ただいまー」

 伝輝は飲みかけていた紅茶を思わずブッと吹き出してしまった。

 何で、昇平が帰ってきたんだ・・・?


 ベタベタと廊下を歩く音が近づいてくる。

 ガチャリと雑にドアが開き、昇平が居間にやって来た。

 動物園の作業着の上に、蛍光イエローのダウンを着ている。

 相変わらず、チャらい格好だ。

「おかえり、しょーちゃん」

「へへ、ただいま。

 お、その子が伝輝の友達・・・え!?」

 ありさを見た昇平は、先程の夏美と同じ反応を示した。


長倉ながくら 澄華すみか!?」

 昇平は叫んだ。

 ありさが戸惑いの表情を浮かべた。

「あー、そうよ! 長倉澄華に似ているわ!」

 夏美が納得したように言った。

「長倉澄華って、あの女優の?」

 伝輝が言った。

「そうそう、昔、中学生の役でドラマに出ていたんだけど、その頃と確かに瓜二つだわ。

 私も、誰かに似てるなーとは、思っていたんだけど・・・。

 いや、そりゃあ、綺麗だわ」


 伝輝はありさを見た。

 ありさは先程と違い、明らかに困った顔をしていた。

 普段、動物界ではここまで自分の容姿について、言われることがないのだろう。

 けなされている訳ではないが、本人からすれば、どうすれば良いのか分からないはずだ。

「あの・・・」

 ありさはスッと立ち上がった。

「そろそろ、帰ります。お邪魔しました。」

「え、もっとゆっくりしてきなよ」

 昇平が言った。

「この後、用事があって・・・。

 伝輝、ついて来てくれる?」

「あ・・・うん」


 夏美と昇平は、目を見開いた。

 我が息子が、美少女に誘われた。

 伝輝は顔を赤くしながら寝室に行き、いつものカバンと青色のダウンベスト(破れたので買い直した)を取りに行った。


「行ってきます。」

 夏美と昇平は玄関で二人を見送った。

「ありさちゃん、また来てね。

 そうだな・・・木曜日なら、俺は休みの時が多いから、ぜひその時に」

 昇平が口元をだらしなく緩ませながら言った。

 ありさは何も言わず、ペコリと頭を下げて、伝輝と一緒に6号室を出た。


 ガチャリとドアが閉まり、昇平と夏美はファーを息を吐いた。

「ちょっと! なっちゃん!

 聞いてないよ! あんな可愛い子だなんて!」

「私も初めて見て、びっくりしたわよ!

 動物界って、レベル高いのかしら・・・」

 二人は、興奮しながら居間に戻った。


「いやぁ、伝輝があの子を彼女にするなら、俺はめっちゃ応援するぞ」

 昇平はちゃぶ台の傍にドカッと座って言った。

「気が早いわよ。

 二人のあの様子じゃ、伝輝はともかく、ありさちゃんは伝輝のこと、何とも思ってないわよ。

 単純に優輝に会いに来てくれたのよ」

「これがきっかけになってくれたら良いよな~。

 結婚してくれたら、絶対同居する」

 昇平がにへらぁと笑った。

「・・・しょーちゃん、長倉澄華がタイプだもんね。

 ああいう、細いけど胸はちゃんとあるタイプ。」

 夏美がムッとした顔で言った。

「好きだけど・・・。

 なっちゃんに会ってから、二の腕と太ももが太くても可愛いって思えるようになったよ」

 ドシッと、昇平の背中に夏美の蹴りが入った。

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