卒業試験 四日目 ⑨ 秘密の勲章
ドリアン班のスナイパー、ベルントに狙われた伝輝を救ったのは・・・
「ありさ、どうしてここに?」伝輝が尋ねた。
「傷が治ったからに決まっているじゃない。
減点はされたけど、別に受験失格になった訳じゃないし」
「その恰好は・・・?」
伝輝はありさを見た。
今までと異なり、彼女は全身を黒タイツで覆っていなかった。
「キバ組織にお願いしたのよ。
後でいくらでもメンテナンスを受けるから、五日目が終わるまでは、好きな恰好をさせてほしいって。
あの恰好は、すっごく暑くて重くて辛かったの!
化けも射撃も、いつもの調子が全然出ないし。
でも、もう大丈夫よ。
サポーターもつけてないの。身体が軽くて、最高だわ」
ありさは腕を伸ばし、思いっきり背伸びをした。
Tシャツとショートパンツの隙間から、ちらりと肌が見えた。
「そうだ、伝輝に見せたいものがあるの」
「何?」
伝輝とありさが会話している中、ベルントがモゾモゾ動き出した。
「ううう・・・。
やりやがったな」
全身が痺れる。麻痺弾をくらってしまったのだ。
だが、まだ体は多少動く。
ベルントは四足歩行姿に戻った。
銃は使えないが、牙と爪がある。
ヒトの子どもくらい、何てことない。
「ワルルルルル!」
二人は振り返って、ベルントを見た。
ベルントは二人に襲いかかろうとした。
バキッ!
突然、上から新たな動物の影が降りてきて、それがベルントの頭を殴った。
ベルントは完全に気絶し、バタンとその場に身体を横向きにした状態で倒れた。
「ありさ!
仕留めるなら、確実にしろ!」
そこに立っていたのは、毛並みがボロボロになったカリンバだった。
ボーンソードを一本手に持ち、肩に乗せている。
「無事だったのか!」
「まぁな。
ほら、ありさ、早くベルントからカードを奪うんだ」
カリンバに言われ、ありさはベルントの身体を動かし、ジャケットから銀色のカードを取り出した。
「伝輝、ありさにカードを渡せ」
ありさは、自分のジャケットの胸内ポケットに銀色のカード二枚をしまった。
「よぉーし!
これでカリンバ班、復活だな!
思ったより復帰が早くてびっくりしたぜ、ありさ」
「迷惑かけてごめんね」
ありさは少し照れくさそうに言った。
「さ、早く東の管理棟に向かおうぜ。
これ以上、密林にいるのは危険だ」
カリンバの言葉に、二人はうなづいた。
◇◆◇
ありさが痺れ薬の解毒剤を持っていたので、それを塗ると足の痺れは収まった。
「いつから参加していたんだ? よく俺達がいる場所が分かったな」
木と木の間を移動しながらカリンバが言った。
「北の管理棟で治療を受けて、戻ってきた時には、四日目試験が始まって少し時間が過ぎていたわ。
試験官のロースに、四日目試験の内容を聞いたの。
自分のカードを試験時間中に手に入れたら30点加点されるって言われたわ。
その後、すぐにロースは私を監視する為に、どっかに行こうとしたんだけど」
「ちょっと、待って。
監視って?」
伝輝が枝の上に着地したタイミングで尋ねた。
ありさとカリンバは、既に次の木へ飛び移っていた。
「知らなかったの?
試験期間中、受験生はずっと試験官に監視されているのよ。
簡単には気付かれない様にしているみたいだけど、私は大体どの辺にいるかは分かっていたわ」
「俺は分からないけど、そうしなきゃ、俺達の行動に対して点数はつけられないだろ」
二人はあっさりと言った。
伝輝は、自分が全く気付いていなかったことに、ショックを受けた。
「試験官は、毎回交代で変わるみたいね。
三日目に私を監視していたのはクッキーだったけど、四日目はロースだったの。
それでね・・・」
一旦、話すのを止めて、ありさはクイクイと二人を手招きした。
枝が八方に伸びた大木に、三人が引っ付くように集まった。
「ロースに催眠をかけて、カリンバと伝輝がどこにいるかを、言わせたの。
試験官は、受験生のジャケットに内臓されているチップで、位置を確認できるでしょ。
私の課題は、自分のカードを手に入れることだけど、この広い島で、しかも夜。できる訳ないじゃない。
クッキーには通用しないだろうけど、相手は新米のロースだったし」
ありさはクスッと笑った。
「恐ろしい女だな」
カリンバは引きつり笑いをした。
「試験官に、化けを使うなんてな」
「仮にもキバ組織メンバーなのに、受験生の催眠に騙される方が悪いのよ。
ま、そのおかげで、私も自信がついたし。
もう一人、催眠をかけることができたわ」
「「もう一人?」」
カリンバと伝輝が同時に尋ねた。
ありさは不敵な笑みを浮かべた。
◇◆◇
気絶しているベルントの傍らに、大木が倒れている。
地に残った切り株や根っこ、倒れた幹の部分には、大きな亀裂が入っていた。
道具を一切使わずに、この木を倒したのか。
ドリアンは背負っていたダニエルを、ベルントの近くに降ろした。
切り株の方に行き、そっと手を触れる。
「は!」
ドリアンは顔を上げ、ある方向に身体を向けた。
「ヒレ!
この大木を倒したのが受験生なら、絶対に減点するな!」
試験管のヒレはビクッと反応した。
あいつ、試験官の俺に気付いているのか・・・。
「この木は、既に寿命が尽きていて、どんなに養分を吸い取っても成長できなかった。
間引きしてやらないと、他の木にも影響が出ていた。
密林の管理者にも報告しておけ!」
そう言って、ベルントとダニエルのところに行った。
ダニエルは自力で立ち上がり、ベルントの銃などを背負っていた。
軽く足を捻ったが、歩けない訳ではなかった。
ドリアンは四足歩行姿のベルントを担いた。
三人は、木に登り、密林内にある管理棟へと向かった。
「悪かったな、到着が遅れて」
移動中、ドリアンはダニエルに言った。
「別に僕は助けを求めてはいなかったさ。
だけど、君という動物が、どうして?
そんなに、カリンバと遠くまでデートしていたのかい?」
ドリアンは、ギュッと口を閉ざした。
催眠に気付かなかったのは、自分の不注意だ。
そのせいで、班員の点が大幅に減った。
「この試験は個人単位の合否だから、君には関係ないだろうけど」
ダニエルは皮肉を込めて言った。
「・・・本当に、すまなかった」
ドリアンが、真剣な声色で謝ってきたので、かえってダニエルは委縮してしまった。
◇◆◇
「先に見つけたのはカリンバだったの。
丁度ドリアンと向かい合っているところだったわ。
少し離れたところにベルントがいることも分かったわ。
オランウータンのドリアンが、この密林内では一番有利だろうなぁと思って、その場に留まらせるように催眠をかけたの。
ほら、私は自分の目で確認できれば、相手が私に気付かなくても催眠をかけられるでしょう。
そしたら、カリンバがやられちゃって。
(「何で、助けてくれないんだよ」とカリンバが突っ込んだが、ありさに無視された)
ドリアンとベルントが、移動を始めたの。
ドリアンの方は、催眠のせいで、周辺をグルグル回るだけだから、私はベルントについて行ったわ。
結構速いから、ついて行くの大変だったけど、何とかギリギリ到着できたってわけ」
「よく気付かれなかったな。
ベルントは犬だから、鼻はよくきくだろうし」
ありさの説明を聞きながら、カリンバが尋ねた。
「だから、予め、私に気付かないように催眠をかけておいたのよ」
ありさはサラリと答えた。
「凄すぎるよ、ありさ・・・。
それでまだ訓練中なんだね」
伝輝は圧倒された気持ちで言った。
「ありがとう。
でも、私もまだまだよ。
一流の能力者なら、大吹雪の雪山に瞬間移動させられたと思わせて、凍死させることもできるのよ」
ありさの言葉に、伝輝は少し身震いした。
会話しながらの移動は、時間の長さを忘れさせてくれた。
東の管理棟に到着した頃には、空は大分明るくなり始めていた。
終了時間になるまで、三人は一階ロビーで待機した。
ソファに座るが、誰も話をしない。
重苦しい空気が漂う。
カリンバだけが、カードを奪われ、他の受験生からも奪うことができなかった。
伝輝もありさも、何も言えなかった。
◇◆◇
四日目試験が終了し、三人はすぐに寝室に向かった。
結果発表は二時間後の午前八時。
最終日の五日目試験は六時間後の正午だ。
カリンバはバタンと勢いよく自分の寝室をドアを閉めた。
まだ部屋に入る前の、伝輝とありさがそれを見てしまった。
「カリンバ、辛いでしょうね。
分散点、グループ点は多少入るだろうけど、50点減点確定だもんね」
ありさは言った。
「だからって、諦めるような奴じゃないよ、カリンバは」
伝輝は力強く言った。
「ふーん。
あ、そうだ。忘れていたわ」
ありさがポンと手を叩きながら言った。
「何?」
「見せたいものがあるって、言ったでしょ」
そう言って、ありさはおもむろにシャツの裾を胸のあたりまでめくり上げた。
「わ! 何やってんだよ!」伝輝は目をそらす。
「ちゃんと、見てよ。
ほら、ここ」
シャツをまくった状態で、ありさは自分のみぞおち辺りを指差した。
伝輝は恐る恐るその部分を見る。
スベスベしたありさの白い肌に、一ヶ所だけ赤味を帯びた傷跡のようなものがあった。
「ここから鎖骨にかけてザックリやられたの。
衝突の瞬間、キメラが頭を下げたみたいだから、胸元に受けたけど、下手すれば顔が真っ二つだってさ」
伝輝は想像するだけで、鳥肌が立った。
「胸元までサポーターを巻いていたから、そこまで傷がひどくなくて、割とすぐに治してもらえたけど、みぞおちが起点になって抉られたから、ここが一番傷口が深かったの。
初期治療の後、皮膚を修復させるんだけど、その時にお願いして、ここの傷跡だけ残してもらったの。
この部分を完全に治すには時間がかかるって言われたしね」
「消せるなら、綺麗にしてもらった方が良いじゃん」
伝輝の発言を聞き、ありさがキッと睨みつけた。
「何よ。私にだって、傷跡の一つくらい残ったって良いじゃない!
私はウソでも、ニセモノでもない、本物の動物なんだから!」
ありさは強い口調で言った。
ジャグジーで言ったことを根に持っていたのか、と伝輝は思い、何だか申し訳なくなった。
「それに、これは私の勲章なの」
ありさはシャツを元に戻しながら言った。
「この傷は、私が命をかけて動物を守ったっていう証なの。
だから、消したくないの。
伝輝のお腹の傷跡も、そういう理由で残しているんじゃないの?」
ありさは、伝輝の腹部に視線を向けた。
伝輝はそっと自分の腹に触った。
「俺のは・・・。
そんなに、立派なものじゃないよ」
自分の顔が赤くなるのを感じ、下を向いた。
恥ずかしさと、照れくささ。
そして、自分は女の子に助けられたという証拠が一生残ってしまうという、少々情けない気持ち。
「あっそ、まあ良いけど。じゃあ、お疲れ様」
ありさは寝室に入り、パタンとドアを閉めた。
顔の熱が冷めてくれず、伝輝はしばらく廊下に立っていた。




