卒業試験 四日目 ⑦ 伝輝VSダニエル(後編)
巨大なワニが、伝輝を丸呑みしてしまった・・・
光と音が断ち切られた真っ暗な空間。
生温かい空気とネットリとした感触が全身を襲う。
突然、足元の地面が崩れ、落とし穴に落ちる感覚がした。
しかし、すぐに着地した。
一瞬で身体が何かに吸い込まれたようだった。
パニックになるところを救ってくれたのは、槍だった。
握っていた槍を動かすと、カクンカクンと引っかかる感覚があった。
槍の一部が外に出ているのだ。
「ウッ」
伝輝が手足を動かそうとすると、背中の下がモゾモゾ動き、伝輝を低い天井に押し付ける。
ベチョリと粘液が伝輝の顔に触れた。
自分は大きな動物に飲み込まれ、口の中にいるのだと察した。
背中で動いているのは舌だ。
舌を動かして、自分を胃袋に押し込もうとしているのだろうか。
丸呑みしようとしているなら、まだありがたい。
歯で噛み砕かれる心配はないようだ。
どっちにしろ、怖ろしい話だが。
伝輝は槍を持つ手を動かした。
何度か動かしていると、先程よりも槍の可動範囲が広くなっていった。
幅は狭いが、上下にも動く。
伝輝は肘を起点に槍を持ち上げた。
同時に足も出来る範囲で上に蹴った。
ググ・・・
ほんの少しだが、天井(上顎)が動いた気がする。
手ごたえを感じた伝輝は、一旦腕と足を下ろした。
息苦しいが、気持ちを落ち着かせ、腕と足に力を集中させた。
この動物が怒って、一気に飲み込もうとする前に、口を開けさせて外に出ないと。
「消失」は使いたくなかった。
この動物が、家畜なのかどうかは分からなかったが、命を奪うことはしたくなかった。
「フン!」
伝輝は再び槍の柄と、自分の足を同時に上に持ち上げた。
今度は身体強化を施し、力いっぱい天井を蹴り上げた。
内側から、強い衝撃を受けた上顎は、その力に耐えきれず口を開けた。
空間にゆとりのできた伝輝は、槍の柄を化けで半分の長さに切り落とした。
(柄は短い筒が複数つなぎ合わせて出来ている。
筒の中には丈夫なワイヤーが通っており、伝輝はその接続部分とワイヤーを破壊した)
短くなった柄を縦にし、開いた口に内側から噛ませた。
自分が通れる位の隙間が出来たのを確認し、伝輝は足で口腔を蹴って外に這い出た。
「痛っ」
外にでる瞬間、出口付近に生えていた鋭い牙や歯に、身体を削られたようだった。
衣服やサポーターのおかげで、傷は深くないが、ハーフパンツがひっかかり、下着ごとずれて尻が半分出てしまった。
伝輝はそれに気付かないまま、その場から下がった。
「な・・・」
少し離れたところで、自分を飲み込んだ動物を見て、伝輝は言葉を失った。
無意識に力が抜け、膝を落とした。
まるで恐竜のような、巨大なワニが口を半開きにして、こちらを向いていた。
尖った牙がズラリと並んでいる。
よく自分は生きて出てこられたなと、驚いた。
「自力で脱出するなんて、思ってもみなかったよ」
ワニの方から声がした。
「ダニエル?」
ワニの頭上には左手のひらで顎を支え、寝ころんでいるダニエルがいた。
このワニは、ダニエルのペットなのだろうか?
「驚いたよ。
人間も、死を目前にした時には、多少は力を発揮するんだね」
ダニエルはニヤニヤしながら言った。
「死に物狂いの脱出劇を見るのは、結構面白かったよ。
尻丸出しなのに、まだ気付かないのかい?」
ダニエルに言われ、伝輝はハッとしたように、パンツを上げた。
恥ずかしさで顔が赤くなる。
「お前も最低だな。
俺が邪魔だからって、まさか本気でペットの餌にしようとするなんてな」
伝輝は怒りを込めて言った。
「俺が化けで、ペットを攻撃したら、どうするつもりだったんだ?」
「ペット?
ああ、君にはこれが本物に見えるんだ。
光栄だね」
そう言ってダニエルは、身体を起こした。
右手首から先が見えない。ワニにくっついているみたいだ。
瞬く間にワニは小さくなり、前にかざしたダニエルの右手の形になった。
ダニエルは右手の親指を下に、残り四本を上に来るようにかざしていた。
パクパクと上下に指を動かす。
それはまるでパペットの口を動かしているようだった。
「化け・・・?」
「モデルは、君の言う通り、昔飼っていた家畜のナイルワニだよ。
とっくに死んじゃったけど、革を加工して、いつも身に付けているんだ」
ダニエルは、コートのベルトにそっと触れた。
「分かったかい?
消失と身体強化がやっと出来る程度の君とは、レベルが違うんだよ。
君を餌にする?
そんな不味そうなもの、頼まれたって僕の大事なペットに食べさせられないよ」
悔しいが、ダニエルの化け能力の高さを知った伝輝は、何も言い返せなかった。
「ん?」
ダニエルは自分に足元に、バラバラになった槍の他に、紙切れが落ちているのに気付いた。
伝輝はそれが、カリンバから受け取ったメモだとすぐに分かった。
恐らく、ナイルワニの口から出てくる時に落としたのだろう。
紙切れを広げたダニエルは、プッと噴き出した。
「何だ、コレ?
カリンバからのメッセージかい?
随分と気持ち悪いと言うかダサいと言うか・・・」
ダニエルは紙切れをヒラヒラと指先で動かした。
「『But I believe you』
君達は、ポエムのやり取りでもしているのかい?」
ダニエルが小馬鹿にしながら言った言葉が、日本語で伝輝の脳に伝わった。
『だが、俺はお前を信じる』
密林に入る直前、カリンバが伝輝に渡したメッセージ。
日本語が書けない代わりに、一言の英語を遺したのだろう。
伝輝はコソッとジャケットの内ポケットの中を見た。
カードは二枚入っていた。
あの野郎、散々俺をカモだとか、狙われやすいって言ってたくせに。
伝輝は立ち上がった。
無意識に口元に笑みがこぼれる。
思わぬ期待をかけられた以上、やられっぱなしじゃいられない。
◇◆◇
「さてと、遊びは終わりだ。
試験が終わったら、カリンバに甘い言葉で慰めてもらうと良いさ」
クシャッとメモを丸めたダニエルは、伝輝に歩み寄ってきた。
右手がニュニュニュと伸びて変化する。
淡いまだら模様が施された、青緑色ヘビが現れた。
「美しいだろう。
このアオダイショウのモデルとなった家畜は、僕の部屋に標本として大事に飾っているよ」
アオダイショウは、地を這い、伝輝に近付いた。
その様は不気味だったが、伝輝は冷静だった。
先程のナイルワニもそうだが、これも本物ではない。
ダニエルが操っている人形のようなものだ。
野生の本能で、命を奪われることはないだろう。
伝輝はダニエルに飛びつこうとした。
だが、ヘビが伝輝の足に絡みついた。
「くっ」
バランスを崩しかけたが、伝輝は踏みとどまった。
ヘビが伝輝の胴体も締め付けようと上ってきた。
伝輝はゾワゾワと身震いした。
「これ以上、お前の好きにさせるもんか!」
「!?」
伝輝はヘビの身体を持ち、思いっきり自分に引き寄せた。
ヘビの延長上にある右腕を引っ張られたダニエルは、伝輝の方へ倒れかかった。
バカッ!
伝輝の右拳が、ダニエルの頬に直撃した。
締め付けられていたアオダイショウが姿を消した。
ダニエルは、地面に倒れた。
「人間め・・・」
頬をさすりながら、ダニエルは伝輝を睨んだ。
「化けは、精神のコントロールが大事だって、キツネの先生が言ってたな」
伝輝はニヤッと笑った。
「折角だ。
もう一枚、手に入れてやる!」
◇◆◇
顔を殴られたダニエルは、メガネをかけ直した。
「やり方が乱暴だな。
もっとスマートにできないのかな?」
「本当の狩りは、そんなオシャレにできるもんじゃねーんだよ。
ダニエルこそ、試験が終わったら、家畜の雌コブラでも、持って帰って可愛がると良いよ」
ダニエルの眉がピクッと動いた。
右手が再び伸び、ヘビの頭が伝輝に襲いかかった。
「ウワッ!」
アオダイショウは、太いムチのように、ビュンビュンと不規則な軌道を描いて攻撃した。
伝輝は避けるのに必死で、ダニエルに近付くことが出来ない。
ビシビシとアオダイショウは、激しく地面に顔や胴体を打ち付けている。
しかし、ダニエルは無表情のままだ。
アオダイショウが受けている痛みや衝撃を、ダニエルは感じないのだろうか?
だとすれば、好都合だ。
伝輝は右手の平に力を集中させた。
バチバチと音が鳴る。
数字の6が、伝輝の目にくっきりと見えた。
バチィン!
隙を突かれて、脇腹にアオダイショウの一撃を受けてしまった。
伝輝は地面に転がった。
「僕を甘く見るなよ。
何度も言うが、君とは格が違うんだ」
息を荒げながら、ダニエルは言った。
伝輝はうずくまっている。
アオダイショウはズズズと伝輝の身体に巻き付いた。
両腕も締め付け、伝輝の身体を起こす。
「カードは頂くよ」
ダニエルはそう言うと、アオダイショウの身体を上下にずらし、伝輝のジャケットの胸ポケットが見える状態にした。
バチバチッ!
アオダイショウの身体から煙が昇った。
焦げたような臭いが漂ってきた。
「何だ?」
ブチブチブチと、伝輝はアオダイショウの身体を引きちぎった。
「な!?」
無理矢理化けを消されたダニエルは動揺した。
伝輝はダニエルのコートの襟を掴んだ。
「やめろ!」
ダニエルは、伝輝の手首を掴んだが、足を刈られ、倒れてしまった。
背中に痛みが走る。
続いて伝輝は、ダニエルに覆いかぶさるように乗っかり、左腕を彼の首に回して襟を掴み、両側から下半身を押さえ、足首を絡ませ、寝技を決めた。
バチバチと鳴る右手は、ダニエルの左手を持っていた。
「こっちの手は、痛みを感じるのか?」
「ひぃぃぃ!」
怯えた声を聞いた伝輝は、ダニエルが化けられるのは右手だけだと確信した。
首に回していた左手をダニエルのコートの胸元に移動させる。
暗い密林の中でも、キラリと反射する銅カードを取り出した。
「このカードは俺のものだ!」
伝輝はニヤッと笑った。
先の話にて、ダニエルのコートの襟とベルトはアリゲーターだという表記がありました。
襟とコートは取り外し可能で、試験用ジャケットにも、ダニエルは縫い付けています。
そうなると、ナイルワニの革がベルトになっているのは、おかしくなってしまいます。
ナイルワニはクロコダイルです。
先の話の方を訂正しました。襟とベルトはアリゲーターとクロコダイルを使用しています。
ダニエルは、色んな種類の爬虫類を飼っていて、寿命を迎えたペットの革を小物に変えているのだと思います。
事前確認が至らず、大変失礼いたしました。




