卒業試験 四日目 ⑤ ジャンヌのターゲット
ドリアンとの戦いに敗れたカリンバは・・・
ドリアンにカードを奪われた後、投げ飛ばされたカリンバは、大木に身体を打ち付け、ズルズルとずり落ちるようにして地面に倒れ込んだ。
身体強化した状態で受け身をとったので、大きなダメージは受けていないが、負けたことの悔しさや、腹にくらった重い一撃の所為で、しばらく動けなかった。
「完敗か・・・」
意外にも頭はすっきり冴えていた。
恐らくドリアンは、「野生回帰派」だ。
野生回帰派とは、動物界という社会は、本来のあるべき姿ではないと主張し、人間界の野生動物の生き方を目指そうと言う思想のことだ。
時々訓練所に通うだけだったのは、単に実力があって特別扱いを受けていたからだけではなかった。
武器や武道、コンピュータや医療、科学。
野生とはかけ離れた特殊訓練所とは、彼は関わりたくなかったのだろう。
じゃあ、何で、キバ訓練所に入った?
「目的の為に、優れた力は身に付けておきたい」
ドリアンは言っていた。
野生回帰派は、一般的に自然を愛する平和的な連中だと言われている。
争いを好まず、自分達が過ごしたいスタイルで生活すると。
だが、一方で動物界の歴史上、幾度か起きた政治的革命や事件。
それらに関与していた動物達の多くが、野生回帰思考者だったとも言う。
「ドリアン、お前は一体何者なんだ・・・?」
互いに長くない寿命の中で、ドリアンと同じ時間を刻める瞬間があることを、カリンバは一抹も不安と同時に喜びを感じていた。
◇◆◇
ジャンヌは地上から、動物の気配を感じた。
枝の上に立ち止まり、音や臭いの在りかを探る。
「あれは?!」
大木の根元で倒れているカリンバを見かけた。
ジャンヌは地上に降りた。
二足歩行姿であおむけになって倒れている彼の両手の傍に、白い刀身の双剣が落ちている。
背後の木の幹の皮がめくれている。
「ドリアンにやられたのか?
カリンバ、気絶しているのか?」
通常、眠るなど、意識を失うと、動物達は四足歩行姿に戻る。
しかし、訓練していれば、二足歩行姿を維持することも出来る。
双剣を扱う彼が、簡単に姿を元に戻すようなことはしないはずだ。
ジャンヌはそう思ったようだが、実際にはカリンバは気を失っていなかった。
目を閉じていただけだった。
「ドリアンはどこにいるんだ?」
ジャンヌの声を聞きながら、カリンバは心の中で自虐的に笑った。
彼女のターゲットはドリアンなのか。
気の強いジャンヌらしい。
大方、合格にもこだわるが、タイマンにおいては、強い奴と戦いたいと考えるタイプだろう。
「あ!」
ジャンヌは、カリンバの腕から血を流していることに気付いた。
「大丈夫か!?」
カリンバの上半身を持ち上げ、自分の肩で支えた。
そして、もう片方の手のひらで、腕の傷口を撫でた。
ゆっくり少しずつだが、傷口が閉じ、出血が収まっていった。
「この傷はドリアンがつけたんだろうな。
こいつを吹っ飛ばすことができるのもあいつくらいだ」
カリンバに聴こえているかどうかに関わらず、ジャンヌは話し続けた。
「なさけねぇーな。
試験前は散々、ドリアンと戦いてー、とか言ってのによ。
あっさり、負けてんじゃねーか」
「・・・悪かったな」
カリンバが小さく返事した。
ジャンヌはドキッとした。
「何で、助けるんだ?
班が違うし、今は敵同士だろ?
つか、お前も化け治療が出来るんだな」
「この試験は個人点評価だ。
班の違いなど、実際には関係ない。
試験のルールに、他班のメンバーを助けたら減点ってあったか?」
そう言いながら、ジャンヌは治療を続けた。
「僕のは、応急処置の止血程度だ。
これくらい、身に付けておけよ」
傷を撫でられながら、冴えた頭でカリンバは考えた。
ジャンヌは、ターゲットのドリアンを探している。
そしてまだ見つけていない。
当然だ。ドリアンはついさっきまで、俺と戦っていたんだからな。
服装に乱れの無い様子からして、ほぼ間違いなく、彼女は自分のカードを持っている。
50点のポイントが手に入るカードだ。
化け治療を終え、ジャンヌはカリンバをそっと地面に寝かせようとした。
その時、カリンバが動き、ジャンヌの両腕を掴んで押し倒そうとした。
「・・・お前のカードをよこせ」
「な・・・!」
腕を掴まれた状態で、ジャンヌはわざとカリンバにもたれかかり、うなじ部分を口で咥えた。
そして、力任せに頭を振り、カリンバを投げ飛ばした。
「クソ!」
カリンバは体勢を整え、突進した。
ボーンソードは彼女の足元にある。
カリンバは素手で攻撃した。
身体を斜めに構えたジャンヌもそれに対抗した。
やがて顎に一撃を食らわしたジャンヌは、タタンっと近くの木の幹を登った。
カリンバもそれについて行こうとする。
しかし、枝を掴み、鉄棒の様に身体を回転させたジャンヌの足に当たり、カリンバは地上に戻された。
「降りて来い!
俺と戦え!」
カリンバは吠えるように言った。
木の上から見下ろすジャンヌは、その姿を残念そうな目で見た。
「断る。
ボロボロのお前に勝っても、何の自慢にもならない。
がっかりだ。
お前ならドリアンに負けないと思っていた」
「え?」
「僕は強い奴と戦いたかった。
その為なら、自分の点を賭けても良いと思った。
ハラミとクララには反対されたけどな。
だから、約束したんだ。
100点のチャンスがない戦いはしないってな」
「ジャンヌ・・・」
カリンバは言葉を発しようとしたが、それを聞こうともせず、ジャンヌはこの場を去った。
◇◆◇
密林の中をよく探すと、地形の歪みや隆起で生まれた洞穴がちらほらある。
その一つを、ジャンヌ班は寝床として使用していた。
洞穴内で火を起こしているが、岩壁によって外に明かりや熱が漏れることはなかった。
試験中、周囲に緊張が走る中、洞穴は三人を守り続けてくれた。
「おかえり、ジャンヌ」
少し目元は腫れているが、すっかり落ち着いた様子のクララが言った。
「どうだったんだ?」
ハラミが尋ねた。
二人は火を囲んで、ココアを飲んでいた。
クララはマグカップを口に近付ける瞬間だけ、マスクを少しずらしていた。
洞穴に戻ったジャンヌは、腰に巻いていたジャケットを雑に放り投げた。
投げた先には、柔らかい草が積まれていた。
同じように自分の身体もそこに沈ませた。
「手遅れだった。
あの野郎、あっさりカードを奪われていやがった」
「へー!
誰なんだ? カリンバを倒したのは」
「多分、ドリアンだ」
ジャンヌは不機嫌そうに答えた。
「やっぱりドリアンかー。
じゃあ、ちゃんと約束通り、自分のカードは持ったまま戻ってきたんだな」
「ああ」
ジャンヌは四足歩行姿になった。
「悪いけど、僕はもう休むよ。
残り時間は交代で見張りながら、休もう」
「了解。
じゃあ、俺が最初見張るから、クララも休みなよ」
「ありがとう、ハラミ」
そう言って、クララもジャンヌの傍に寝ころんだ。
四足歩行姿になり、頭をジャンヌの背中に乗せる。
「お休み」
ハラミはマグカップに粉末ココアとお湯を補充しながら言った。
パチパチとたき火の音が小さく響いた。
クララは前足を優しくジャンヌの身体の上に乗せた。
彼女の首元に自分の顔をこすりつける。
「カリンバと戦わなかったの?」
「ああ」
「後悔してない?」
「別に」
ジャンヌは幼いころから、キバ組織を目指し、訓練所に通っていた。
下級クラス卒業試験は、一回目は選考外、二回目は受験できたが合格には程遠かった。
二回目の試験が終え、訓練所に戻ると、チャラチャラした雄ライオンが入会していた。
ヨーロッパから来たその雄ライオンは、瞬く間に成績を伸ばし、周りと差をつけていった。
それと並行して、訓練所内外の動物達と遊んでいた。
あいつは教室で、まごころ町の雌ライオンとのデート話をグレイ達にしていた。
「俺は、試験に合格したら、南ヨーロッパに戻って、警察に入るんだ。
あっちじゃあ、警察官は超モテるんだ。
プライドも作り放題だ。折角だから、一人まごころ町から持って帰ろうかな」
悔しかった。
あんな軽い奴に負けるなんて、耐えられなかった。
それだけじゃない。
あいつの周りには、常に動物が集まっている。
突然やって来た人間にも、あいつは変わらぬ調子で話しかけていた。
どんな時でも、あいつは楽しそうにしていた。
この試験期間中だってそうだ。
ヘラヘラした態度で、女を口説く言葉しか、あいつは言ってこない。
負けてたまるか。
ジャンヌはそう思っていた。
だから、50点の減点が決まったカリンバを見て、奴の合格が難しくなったことは、嬉しいはずだった。
なのになぜか、モヤモヤしたものが、いつまでも心に残っていて、ジャンヌは苛立ちを隠せなかった。
◇◆◇
木々に囲まれた空間で、沈黙が流れる。
風で擦れる草木の音と、蠢く虫や小さな生き物が動く音や鳴き声が伝輝の耳に入ってくる。
その中に、水の流れる音も聞こえてきた。
川が近いのだろうか。
草が茂る、柔らかく安定した地面の上に立ち、伝輝は少し安心した。
木の上で戦えと言われたら、間違いなく負けていただろう。
ダニエルは真っ直ぐ自分を見据えていた。
彼も目薬を差しているのだろうか。
青い瞳が、他の風景から浮かび上がり光っているようだった。
「どいつもこいつも、ムカつくよ・・・」
沈黙を先に破ったのは、ダニエルだった。




