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卒業試験 四日目 ② 狙われたグレイ班

四日目試験前のターゲット申告を終えた伝輝とカリンバは、伝輝の部屋に戻っていた・・・

 四日目試験が始まるまで、残り三時間を切っている。

 早く寝て休みたいのに、カリンバはそれを許さなかった。


 伝輝はシャワーを浴び、ベッドルームに戻った。

 カリンバは、伝輝のジャケットやハーフパンツやハイキングシューズに、消臭スプレーを念入りに吹きつけいた。


「申告前に、シャワー浴びとけって、言うの忘れていたよ。

 体臭プンプンの伝輝を、ロナウド班に見せちまったな」

 カリンバは言った。

 伝輝は「そんなに自分は臭いのか?」と不安になり、腕などの臭いを嗅いでみた。


「夜は目に頼れない分、臭いと音で、他班はターゲットを識別する。

 この消臭スプレーは、植物由来のものできている。

 化学物質の臭いプンプンだと、逆にばれるが、こいつなら密林の臭いと上手く混ざって、ごまかせるだろうよ」


 程よく湿ったジャケットを、カリンバはパンパンッと広げた。


「胸の内ポケットに、カードを入れてるから、壊さないでよ」伝輝は言った。


「分かってるって」

 カリンバはそう言って、丁寧にジャケットをハンガーにかけた。


「集中すれば、一時間の睡眠でも、十分回復できる(多分)!

 だから、身の周りの支度は、手を抜かずにやっておけ。

 下着も履き替えたな?

 今日一日着ていたやつは、ちゃんと洗っとくんだぞ」

 細かく伝輝に指示し、カリンバは部屋を出た。


 窓を開けて、夜風を取り込み、伝輝は大きなあくびをかいた。


 四日目に着る服は、カリンバが準備してくれたし、洗濯は四日目の後でも良いや。

 そう思った伝輝は明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。


     ◇◆◇


 タブレットの画面が光った。

 現在時刻と、四日目試験開始を告げる。


 シベリアンハスキーのグレイ、キタキツネのサンド、そしてコヨーテのマーブルは、互いに顔を見た。

 マーブルは、地面に置いていたタブレットを優しく口ではさみ、グレイが着ているジャケットのポケットに入れた。


「出発するぞ」グレイは言った。


 一日目開始からずっと、グレイ班は四足歩行姿を貫き、一人も離れないよう集団行動を続けた。

 ターゲット申告の際も、二足歩行姿に戻らず管理棟に向かった。


 この数日間で作り上げたグレイ班の縄張りは、他班だけでなく家畜にも察知されており、不要に侵入するものはいなかった。

 

 しかし、唯一この密林内の縄張りに、一度も足を踏み入れていない班がいる。

 それが、カリンバ班だった。


 カリンバ班が侵入すれば、瞬く間にグレイ班は察知し、居場所を特定できる。

 非常に不利な状況であるカリンバ班だが、だからといって上位を目指すのを諦めて、草原のどこかで隠れているような連中ではない。

 あいつのことだから、逆転を狙って、密林にいる他班のターゲットを探しに来るはずだ。

 

 この意見はグレイ班内で一致した。


 グレイ達は、カリンバ班の二人をターゲットとして申告した。

 そして、縄張りの境界線付近を巡回し、彼らが侵入する機を伺った。


     ◇◆◇


 周囲に警戒しながら、慎重に地を踏み進んだ。


 時折吹く風に、頭上の木々の葉が擦れる。

 その音一つ一つにも、グレイの耳はピクピク反応した。


 記憶に残るカリンバと伝輝の臭いと、空間に存在する臭いを分別していく。

 まだ、二人の臭いの痕跡は見つけられなかった。


「あ」


 小さく声をあげたのは、サンドだった。

 ピタッと三人の動きが止まる。


「どうした?」

「グレイ、上だ」


 フッとグレイは木々を見上げた。


 突然、頭上から三つの塊が落ちてきた。

 グレイ班は、素早くその場を離れる。


 落ちてきた塊の一番小さいものが、落ちた瞬間にグレイの方向に飛んできた。

 

「うわっ!?」

 グレイがそれを避けると、塊は木の幹にぶつかった。


 否、塊はぶつかったのではなく、器用に着地していたのだ。


 二足歩行姿で、幹を踏みしめ、前足で枝を掴んでいる。

 黄色いバンダナを巻き、黒い眼光をグレイに向けているのは、ジャンヌ班の班員、シマハイエナのハラミだった。


「サンド! マーブル!」


 二人もまた、雌ライオンのジャンヌとクララと対峙していた。


「ボルシチを食べてから、小樽で合流だ!」


 グレイは暗号の言葉で、時間と場所を叫んだ。

 ブラウンとブルーのオッドアイがハラミを捉える。

 その場を離れる為、グレイは単独で走り出した。

 ハラミもそれを追いかけた。


     ◇◆◇


 グレイとハラミは、四足歩行姿で、木々の間をすり抜けるようにして走った。


 体格は自分の方が劣るが、力は負けていないはずだ。

 しかし、暑い環境が得意でないグレイは、ハラミと対決するにあたって、色々不利だった。


 縄張り内の自分が有利になれる場所へと、グレイはハラミを連れて行こうとした。


 ハラミは、グレイが企んでいることを、何となく推測できた。

 ならば、それを実行される前に、決着をつけないといけない。


 ハラミは、身体強化で脚力を上げ、通常の何倍の飛距離でジャンプした。

 グレイを飛び越え着地し、二人は向かい合った。


「ガルルルル・・・・!」

 唸り声を出したハラミは、素早く四足歩行姿で、グレイに飛び掛かった。


 グレイはそれに応じた。

 前足を上げ、ハラミと取っ組み合う。


 互いの爪が身体に食い込む。

 グレイは、ハラミを押し倒そうと、自分の身体を前に押し上げた。

 力が衝突し、二人の身体はゴロゴロと地面を転がった。


 何とかグレイが、ハラミを地面に押し付け、頭のバンダナに噛みついた。


「ウグッ」

 ハラミは唸った。


「まだ、俺の犬歯は皮膚に到達していない。

 十秒以内に「カードを渡す」と言わなければ、一瞬でお前の脳みそを噛み潰す」


 グレイは、ハラミの頭を咥えたまま言った。

 バチバチとキバに力がこもる。


「十・・・九・・・八・・・」


「ウッ・・・」


 ハラミは辛そうな声を出した。

 グレイはジッとハラミを顔を見ていた。


 グイッ!


 突然、何かに身体の両横を掴まれたような感触がした。

 フッと口がハラミから離れた途端、グレイは誰かに投げ飛ばされた。


 受け身をとり、身体を回転させ、グレイは体勢を整えた。

 眼前には、同じく四足歩行姿のハラミが構えていた。


 二人はジリジリと距離を詰める。


 次、襲う時は、譲歩しない。

 完全にハラミの動きを止めないといけない。


 グレイの口から、再びバチバチと音がした。


 ほぼ同時に、二人は動き出した。


 グレイが口を開けて、ハラミの黄色いバンダナを捉えようとした。


 一瞬、ハラミの頭がヒュッと視界から下がった。


「!?」


 次の瞬間、横から強い衝撃を受けた。

 グレイは、ハラミの回し蹴りを喰らい、身体ごと地面に打ち付けられた。


「ぐぅ・・・!」


 すぐに動けないグレイの首元を、ハラミは右手(・・)でガシッと掴んで持ち上げた。

 母親の口で引っ張られる仔犬のように、グレイの胴はだらんと丸出しになった。


「君のカードは頂くよ」

 二足歩行姿のハラミはスルリとグレイのジャケットの内ポケットに、左手を滑り込ませた。

 グレイはバタバタ前足を動かしたが、関節の構造上、ロクな抵抗ができなかった。


 金色のカードを自分の内ポケットに入れたハラミは、ポンッと四足歩行姿になり、去って行った。


 グレイは地面に横たわり、悔しがった。


 ハラミはこの短時間で、何度姿を変えたか?


 ほとんどの動物にとって、四足歩行から二足歩行へ姿を変える技術は、実は簡単なものではない。

 骨格、内臓、筋肉、身体機能全てが異なる為、自身に大きな負担をかけてしまう。

 二足歩行に化けた姿を維持するのはさほど苦労しないが、コロコロと何度も化けるのは難しい。


 双方の姿には、メリットデメリットがあり、それを自在に操り、かつ身体強化も併用するには、高い化け技術が必要になってくる。

 ずっと四足歩行で戦っていたと思っていたハラミは、実は反撃の際に二足歩行に戻っていた。

 そっちの方が、関節の動きが広がり、リーチが伸びるからだ。


 化けが得意でないグレイは、感覚を最大に高めるために、二足歩行姿を捨ててきた。

 今回の戦いは、完全にそれが仇になった。


 ハラミは、多くの優秀なキバ組織メンバーを輩出してきたシマハイエナの家系の子だ。

 あらゆる実力の差を見せつけられたと、グレイは痛感した。


     ◇◆◇


 ジャンヌ班の合流地点に戻ったハラミは、ポンと二足歩行姿になった。


 既にジャンヌとクララが戻っていたが、クララはシクシクと泣いていた。


「どうしたんだ、クララ?」


「お帰り、ハラミ。

 クララのカードが、サンドに奪われたんだ。

 サンドは、身体強化でスピードを大幅に上げて、僕達を翻弄してきた。

 あの野郎、クララのジャケットを無理やり引き剥がして、カードをだけを持っていきやがった。

 女の子の服を脱がすなんて、種が違っても最低だ」


 ジャンヌは、髭を極限まで逆立てていた。


「クララを助けたかったが、マーブルに邪魔されてさ。

 一応マーブルのカードを奪って、クララのところへ行ったけど、既に遅かった。

 クララ、本当に悪かったよ」

 ジャンヌはクララの肩を抱いた。


「ところで、ハラミはどうなんだ?」


「二人の協力のおかげで、無事に手に入れたよ」

 ハラミは、クララに気を遣いながらもニコッと笑った。

 自分の順位を上げる為には、班長のカードを手に入れることが必須だった。

 ハラミは、ジャンヌ達に訴え、グレイをターゲットにした。


「おめでとう」ジャンヌは言った。


「じゃあ、ハラミ。

 悪いが、クララを任せても良いか。

 僕は、僕のターゲットを倒しに行く」


 ジャンヌは立ち上がった。

 黒のピッタリしたタンクトップ、迷彩柄ズボンと茶色いブーツ姿に、ジャケットを腰に巻きつけた。


 鍛え抜かれた腕と腹筋を主張させる為、彼女は黄土色の体毛を、首下からかなり薄めにしていた。

 その結果、程よくがっちりした二の腕と一緒に、二つの風船がパンパンに膨らんだような胸元が目立つようになっていた。


「頑張って、ジャンヌ」

 クララが顔を上げた。

 どんなに泣いていても、彼女はマスクを外さなかった。


「無茶はするなよ」

 ハラミは言った。


 ジャンヌは、余裕を見せた表情を浮かべ、力強くジャンプし、木々を飛び越え進んで行った。  

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