卒業試験 四日目 ① ロナウドの欲望
各班のターゲット申告が完了し、夜、四日目の試験が開始された・・・
夜の密林では、動植物達は暗闇に身を委ね、日が昇るのを静かに待っているように思えるだろう。
実際は違う。
密集する木々は夜風の侵入を簡単には許さず、地表が日中溜め込んだ熱を吐き出しているかのように、独特の熱気に包まれている。
余計な光がなくなり、一部の動物達が活動を始めるのだ。
トラのロナウドは、日中活動でも問題ないが、個人的に好きなのが夜だった。
暗い空間の方が、感覚が研ぎ澄まされる。
己の牙と爪によって、人間の子どもの断末魔の叫びが聴けると思うと、興奮せずにはいられなかった。
◇◆◇
ターゲット申告の為に、ロナウド班は東の管理棟を訪れた。
他班に縄張りや寝床の場所を悟られぬように、わざと遠い方を選んだ。
そこで、人間の伝輝を見た。
人間は危機察知能力が低いと聞いていたが、子どもの本能なのか、伝輝は自分達を見て怯えていた。
そうだ、今回の試験には人間がいるのか。
管理棟に向かう途中で、ターゲットをどうするか話し合った。
結果、最も点をとれそうな班である、カリンバ班を狙うことにした。
全員、ターゲットをカリンバにして、個人プレースタイルでも、100点を分散できるようにした。
カリンバを狙っていれば、伝輝の10点は付随して取れるだろう、と推測していた。
ガリレイとコウメイが先に申告を済ませ、最後にロナウドがカウンター奥に入った。
「ターゲットは?」カンガルーが事務的に尋ねた。
「その前に、確認したいことがある。
狙われた受験生の怪我や命まで、俺達は気を遣えないが大丈夫か?」
「ある程度は問題ない。
試験期間中の怪我などは自己責任だ。
命を落とす可能性があることも承諾した上で受験生は参加しているはずだ」
カンガルーは言った。
「そうか・・・」
ロナウドの口元はニヤリと微笑んだ。
「ターゲットはどうするんだ?」
「カリンバ班の、伝輝だ」
人間を狩る。
そう言えば、そんなマニア向けの裏ツアーがあるって聞いたことがあったな。
◇◆◇
暗闇の中、微かに伝輝の臭いと熱気を感じる。
最下位のカリンバ班が、今日の課題に参加しないわけがない。
奴らも、密林に集うはずだ。
地面を踏み、倒れた大木や岩を飛び越えた。
ガリレイとコウメイが自分と距離を置いた上でついて来ているのを、ロナウドは感じた。
うっとおしかったが、伝輝の臭いを追えると言ってしまった以上、仕方がない。
三日目結果を見て、ガリレイはかなり苛立っていた。
コウメイが狩ったキメラの処理をしなかったらしい。
叱責するガリレイと、しょぼくれるコウメイを見るのは、まぁまぁ楽しかった。
「ん?」
ロナウドは足を止めた。
尻尾をフリフリクイッと動かした。
すると、サッと静かにガリレイとコウメイが近づいた。
「いたぞ」
木々の向こうの少し開けたところに、人間が立っていた。
日中はかなり暑かったからだろうか、汗の臭いが漂ってくる。
「カリンバは?」ガリレイが言った。
「近くにいるだろう。
お前たちはカリンバを探して襲え。俺は伝輝を狩る」
「だけど、ロナウド。
そんなことしたら、君の入る点数が少なくなってしまうよ」
コウメイが言った。
「気にするな。
三人で一人を襲って、もう一人に反撃されるよりは、誰かがもう一人を押さえていた方が、ターゲット狩りに集中できるだろう。
俺は、個人プレー派だ。
お前達と同じ獲物は狙うつもりはないよ」
ロナウドはフッと笑った。
ガリレイとコウメイの表情は、先程までの強張った状態から少し和らいだ。
「ありがとう」
弾んだ声で、ガリレイは言った。
「それじゃあ、散るぞ」
ロナウドの合図で、三人は分かれた。
ロナウドはジュルっと涎をぬぐい、伝輝のいる方へ走った。
◇◆◇
「は!」
伝輝が振り向くと、斜め前方から、トラのロナウドが口を開いてこちらに飛び掛かろうとしていた。
ズゥン!
ロナウドが地面に着地した衝撃で、伝輝は尻もちをついてしまった。
「あ・・・あ・・・」
声にならない声をあげ、伝輝は立ち上がれなかった。
ロナウドは周囲を見渡した。
短い葦が踏み倒され、天然の絨毯になっている。
恐らく、管理棟から放たれた家畜の溜まり場になっているのであろう。
メインディッシュを堪能するには、これ以上にない場所だ。
「お前、キバ訓練生だろ?
ビビッてないで、化けでも使ってみろよ」
四足歩行でユラユラ近づきながら、ロナウドは挑発した。
すっかり怯えきった顔をしている伝輝は、とても反抗できる状態ではなかった。
「まぁ、良いや。
それじゃあ、たっぷり悲鳴を聞かせてもらうぜ。
俺に見つかった自分を恨むんだな!」
ロナウドは助走をつけ、一気に伝輝の頭上めがけて前足をふりかざした。
◇◆◇
「どこだ!? 伝輝!」
カリンバは草むらの中をかき分けて進んでいた。
ガサガサガサ!
背後の音に反応し、カリンバは背中の双剣をさっと両手に持って構えた。
「誰だ!?」
暗闇から、光る四つの目が浮かび上がった。
「まさか、ロナウド班か?」
カリンバと、ガリレイ・コウメイは、ほぼ同じタイミングで走り出した。
互いの距離は保ったまま、草むらを進む。
徐々にコウメイがスピードを上げ、二足歩行姿で走っているカリンバを追い越した。
正面と横に位置し、二人はカリンバを挟み込む状態になった。
「クッ・・・!」
カリンバは双剣の剣先をそれぞれ二人に向けた。
「うわぁぁぁ!」
「伝輝!?」
カリンバは伝輝の声に反応してしまった。
その瞬間、コウメイがカリンバに飛び掛かり、左肩に噛みついた。
カリンバが抵抗する前に、右足にガリレイが食らいついた。
「グハァ!」
苦しむカリンバの声を聴き、二人は勝利を確信した。
◇◆◇
「うわぁぁぁぁ!」
伝輝の悲鳴は、葦の絨毯広場中に響いた。
ロナウドは、ふりかざした前足で伝輝の側頭を殴った。
横に倒れた伝輝の胴体に噛みつく。
汗の染みた布地が舌に触れた。
グルルルルル・・・・!
ロナウドは、伝輝に喰らいついたまま、頭を小刻みに揺らした。
伝輝はピクリとも動かなくなった。
「トラって、そんなものも食べるんだ」
背後から声がして、ロナウドは振り向いた。
振り向いた先には、伝輝がいた。
顎を手の平に乗せ、脚を組んで座っている。
体勢は座っているのだが、腰を下ろしているものが見当たらず、まるで宙を浮いている状態だった。
「お前、何で?」
ロナウドは今しがた自分が食らいついたそれを見た。
そこには、タンクトップを被せた丸太が転がっていた。
「てめぇ! 騙しやがったなぁ!」
ロナウドは伝輝に襲いかかろうとした。
しかし、なぜか身体が動かない。
伝輝はニヤリと笑った。
「駄目よ。
もう少し、そのままで待っていてちょうだい」
声も姿も、人間の少年なのに、話し方と仕草は、妙にクネクネしている。
この雌の様な雰囲気には、覚えがあった。
◇◆◇
徐々にカリンバの身体の力が抜けていった。
コウメイはとどめを刺そうと、一旦口を離し、カリンバの胸元に噛みついた。
すると、今度は全く感触がなく、スススと、カリンバそのものが消えていってしまった。
「え?」
ガリレイが噛んでいた足も突然実物がなくなっていった。
呆気にとられる二人の間に、二人よりも小さな動物の姿が現れた。
それは、パッと飛び上がり、クルンと二人の背後に回った。
バチバチバチ、ドォン!
ガリレイとコウメイが状況を把握する前に、姿を元に戻した雄タヌキの竹男は、身体強化した両手の平で、渾身の一撃をくらわした。
二人は衝撃に抗えず、木々の向こうへ吹き飛ばされた。
「うわっ!」
「キャッ!」
ロナウドのすぐ傍に、コウメイとガリレイは、着地した。
突然飛んできた二人に、ロナウドはビクッと驚いた。
「いたたたた・・・。
ロナウド! 何しているの?」
「それはこっちの台詞だ!
とっとと、あの人間をぶっ殺せ!」
ロナウドは叫んだ。
「野蛮で下品な言葉遣いね。
恥ずかしいと思いなさい。ねぇ、梅千代」
伝輝がそう言うと、ロナウド達がいた葦の絨毯が崩れ出した。
「うわぁ!」
ロナウド班の三人は、突然出来た穴に落とされてしまった。
「くそぉ・・・」
ロナウドは上を見上げた。
伝輝が不敵な笑みを浮かべていた。
穴の底には、麻痺効果のある薬草が仕込まれており、まともに身体を動かすことができない。
その三人の身体を、ネズミ二匹が這い巡り、ジャケットの内ポケットに入っていたカードを全て取り出してしまった。
「ご苦労様。これで三人分のカードが手に入ったわね」
穴から戻ったネズミ二匹は、ポンと竹男と梅千代に戻った。
「麻痺が解ければ、穴から出られるでしょう。
それまで、これでも味わってなさい」
伝輝はタンクトップをヒラヒラと穴に落とした。
タンクトップはロナウドの顔にかかった。
頭を振ってそれを外し、ロナウドは再び上を見た。
そこに伝輝はおらず、雌キツネの松子が自分達を一瞥して、去って行った。
◇◆◇
松子班は、グレイ班をターゲットとして申告した後、管理棟を出ようとした。
その時、ロナウド班が管理棟に向かっているのを偶然見つけた。
竹男はネズミに化け、ロナウド班の後をこっそりついて行った。
そして、この班がターゲットにしているメンバーと、ロナウドが伝輝を見た時どんな表情をしたのかを知った。
竹男はそのことをすぐに二人に報告した。
「点は倍にならないが、上手くいけば、俺達の化けでロナウド班のカード全てを奪えるかもしれない。
縄張りを完璧に作り、俺達にすら居場所を特定させないグレイ班よりも、こっちの方が確実だと思うんだ。
梅の空間化けも使えるはずだ」
竹男はそう言いながら、隣に座っていた梅千代の尻尾をそっと優しく撫でた。
梅千代はポッと顔を赤らめた。
窓を開けたまま仮眠をとっていた伝輝の部屋から、脱いだばかりの下着を回収するのは簡単だった。
伝輝やカリンバに化けることも、梅千代の化け能力で落とし穴を隠すことも、容易いものだった。
大変だったのは、大柄なロナウド班三人が収まる落とし穴を作ることだった。
「さぁ、最終日が始まるまで、しっかり休息をとりましょう」
松子は言った。
竹男と梅千代は、互いの肩を抱きながら歩き、今日の課題の達成感を味わった。




