初めてのデート ② ありさのお願い
卒業を迎えたクラスメイトのトラネコ姉妹の「ヒトは成長ペースが遅くて、幼稚で困る」といった内容の発言を聞いてしまった伝輝とありさ。伝輝は複雑な思いを感じつつ、次の日を迎える・・・
次の日、伝輝のクラスに新入生が入った。
昨日卒業した人数と同じ、四人の生徒だった。
猪の女の子、鹿の女の子、ヤギの男の子二人(血縁ではないらしい)は、緊張した面持ちでクラスメイトを見た。
皆、それぞれ動物としては、小ぶりで幼い雰囲気があり、伝輝は人間に例えると小学一年生位の年齢なのだろうと思った。
転校してから、卒業するクラスメイトと入学するクラスメイトをそれぞれ見てきた。
だが、ここまで一気に入れ替わったのは初めてだった。
昼ごはんは、四人の幼い生徒達を囲んで皆で食べた。
昼休みの時間になると、ドリスが声高らかに言った。
「よーし、新入生諸君!
一緒に遊ぼうぜ!」
伝輝は校庭でサッカーでもするのかなと思い、図書室へ行く支度をした。
「伝輝。お前は怪獣ピカモンの役な」
「は?」
聞きなれない単語に伝輝はキョトンとした。
「新入生諸君は、赤・青・黄・緑・ピンクレンジャーから、好きなのを選んで。
余った色はこっちで補充するから。
マグロ、お前は怪獣のボスのキング・ニャンメカ役な」
「仕方ないなー」
バラバラと解散する生徒もいたが、新入生四人とドリスやマグロ含めた数人の生徒は、教室でヒーローごっこを始めた。
「進めー! レンジャーロボ!」
ヤギの新入生の男の子がドリスのおんぶされて、元気よく言う。
「ウオー!」
ドリスが片腕を上げて、大げさに叫ぶ。
「出たな、カラーレンジャー!」
マグロが台詞っぽく言う。
演出として、箒を杖のように持っている。
他の生徒も、雑魚敵キャラ役として、ギューギュー言って跳ねていた。
伝輝はその状況に完全についていけていなかった。
ついこの間まで、サッカーやドッジボールで白熱していた生徒達が、一変してヒーローごっこに熱中している。
恥ずかしくないのかな・・・
伝輝は単純にそう思った。
自分はとても参加できないと思った。
「おい、ピカモンが先に戦わねーと・・・。
あれ、伝輝は?」
ドリスが教室を見渡したが、伝輝はとっくにその場から逃げていた。
◇◆◇
伝輝は図書室に入った。
フーと一息つき、図書室内全体を見渡した。
「あ・・・」
動物達が本を読んでいたり、探していたりする中で、ありさが中央に並べてある長テーブルの席に座っていた。
ありさは読書に集中していて、伝輝の方を見ていない。
伝輝は本棚の方へ行く素振りを見せながら、ありさを見た。
艶々とした長い黒髪。
透けてしまうのではないかと思う程に白い肌。
長い睫毛が縁取る大きな瞳は黒く輝き、口元はきゅっと引き締まっている。
一枚一枚ページをめくる、繊細な指先。
ピチッと足を閉じ、姿勢は鉄棒が刺さっているのかのように真っ直ぐだ。
いつも伝輝は感じていたが、ありさの行動や振る舞いは、全く隙がない。
だらしない、という言葉を、彼女を見て思い浮かべたことがなかった。
パリッとした水色の襟付きブラウスに紺色のリボンがついている。
その上に白のV字ベストを着ていて、紺色と黒のチェック柄プリーツスカートを履いていた。
ベストの袖は手首できちんと止まっていて、わざと伸ばしていない。
スカートは膝丈で、太ももは見えない。
裾と紺色のハイソックスの間から、うっすら赤い膝小僧だけが出ていた。
真面目ぶった地味な恰好なのだが、ありさが着ると、とても上品に見えた。
こんな女の子は、人間界でも見たことがなかった。
何を読んでいるのだろうか・・・
伝輝は、ありさが手にしている本の表紙を、さりげなく見ようと試みた。
落ち着いた茶色の表紙には、銀色の模様が縁取られている。
昔の有名な作家の全集とか、そんなものだろうか。
伝輝はいつも読んでいるライトノベルコーナーにある本を手に取った。
表紙のイラストは、可愛い女の子が太ももと胸の谷間丸出しで描かれていた。
伝輝は思わず本棚に戻してしまった。
「伝輝」なんと、ありさが声をかけてきた。
伝輝は慌てて、本棚に背を向けてありさを見た。
「そっか、伝輝はいつも図書室にいるもんね」
自分が根暗なオタクみたいに言われた気がして、伝輝は恥ずかしく感じた。
「今日は、何を読むの?」
ありさは続けて伝輝に質問してきた。
伝輝は答えられず、黙ってしまった。
「コホン・・・」
貸出カウンターに座っていた、学校事務のニホンザルのゆり子さんが、わざとらしく咳をした。
それに気付いたありさは、席を離れ、本を元の棚に戻した。
棚には「日本の文豪」と書かれていた。
伝輝は「やっぱり」と思った。
「ねぇ、ちょっと良い?」
本を戻したありさは、伝輝に近付いて言った。
ありさは指で出口を指すと、そのまま図書室を出て行った。
他の利用者がチラチラこちらを見ているのを感じた伝輝は、慌てて出口に向かった。
◇◆◇
ありさと伝輝は黙ったまま並んで廊下を歩いた。
通り過ぎる時に、廊下にいる動物達がこちらを見る。
人間界でも、女子と男子が一緒に並んで歩いていれば、それだけで彼氏彼女と騒がれてしまう。
動物界でも同じなのだろうと伝輝は思った。
「ごめんね、本を読みたかったんでしょ」
ありさが言った。
「いや、別に気にしなくて良いよ」
ありさがこちらを向いて話しているが、伝輝はそちらを見ることができなかった。
「ねぇ」
「な、何? あ・・・」
伝輝は口をつぐんだ。
伝輝は今まで一度もありさの名を呼んだことがない。
それどころか、こうやって面と向かって話すのも初めてだった。
ありさも伝輝も、普段あまり他の動物を積極的に関わるタイプではない。
トラネコ姉妹がいた頃は、ありさはずっと彼女たちといた為、伝輝と一緒に何かをするということがほとんどなかったのだ。
名前を呼ぶのが照れくさかった。
人間界でも、クラスメイト達は基本的に互いに下の名前で呼び合っていた。
しかし、当時不良レッテルを貼られていた伝輝に対しては、気軽に名前を呼ぶ者はいなかった。
(動物界に来る前、伝輝は父・昇平に無理やり金髪に染められていた。
動物界に来て、黒髪に戻った)
伝輝もそれは同じだった。
呼ぶ時は、わざと距離を置く為に苗字で呼んだ。
動物界には、苗字がないので困る。
「伝輝」
「は、はい」
「私の名前、知らないの?」
ありさはちょっと不機嫌そうな顔をした。
「違うよ・・・」
「じゃあ、ちゃんとヒトの名前くらい呼びなさいよ」
「ごめん。あ、ありさ・・・」
口に出すと、耳たぶが急に熱くなった。
「ありさ、って呼ぶんだ」
ありさは、クラスメイトの大半に「アリ(発音は蟻と同じ)」と呼ばれていた。
「うん、だって・・・」
「だって?」
「虫みたいに黒光りした髪の毛って、失礼だと思うから・・・」
「そうなんだ」
ありさは意外そうに言った。
アリの名付け由来は、艶々した黒髪からだった。
かつては同じ黒光りするゴキブリと呼ばれていたことを聞いていたので、伝輝はとても「アリ」とは言いたくなかった。
「ありがと」ありさはニコッと微笑んだ。
その顔は、たまらなく可愛かった。
「伝輝って、最近弟が生まれたんだよね。
もう、家にいるの?」
ありさが廊下の窓に寄り、伝輝に尋ねた。
「うん、もう退院してるから」
「今度、赤ちゃんを見に行ってもいい?」
意外なお願いに伝輝は驚いた。
「私、ヒトの赤ちゃんも、実際に見たことがないの。
今度の土曜日、伝輝の家に遊びに行っても良いかな?」
「お母さんに聞いてみるよ」
「本当!? お願いね!」
ありさの表情がパッと明るくなる。
「明日、何時に行けば良いとか、教えてね!」
そう言って、ありさはスッと歩き出した。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「よろしくね。
赤ちゃんを見るのは、そんなに時間とらないから。
その後、ちょっと伝輝に付き合ってほしいことがあるの」
一度クルッと振り返り、ありさは言った。
そしてすぐに教室に戻るために小走りした。
チャイムが鳴り止むまで、伝輝はその場で直立していた。
ありさが優輝に会いに家に来る。
そして、その後、自分にある場所に一緒に来てほしいと言った。
それってつまり・・・
「デート」という言葉を思い浮かべただけで、伝輝の顔は真っ赤になった。




