卒業試験 三日目試験終了後 ② 動物界の宿命
伝輝の発言に、怒りを露わにしたカリンバ。伝輝は戸惑いながら、自分の部屋に戻った・・・
自分の部屋のドアを閉めた途端、膝から崩れ落ちた。
カリンバが自分に飛び掛かった時、本気で死ぬかと思った。
一瞬、眼前にシマハイエナのバラの顔が浮かび上がった。
思い出すと、身体がガタガタ震えてくる。
伝輝は自分の腹を抱くように、腕を強く組んだ。
恐怖が真っ先に全身を駆け巡る。
今はただ、その恐怖にじっと耐えるしかなかった。
少し身体が落ち着いてきたので、伝輝は立ち上がり、荷物や武器を身体から乱暴に外して、ドア横の壁にぶつけるように投げた。
ジャケットとサポーター脱ぎ、荷物が積まれているところに、ポンポンと放り投げた。
ドサッとベッドに仰向けに倒れ、天井を見上げた。
「クソ・・・」
伝輝は苛立ちを隠せなかった。
なぜあそこまでカリンバに言われなくてはならないのかが、理解できなかった。
自分は決して、だらけた気持ちで言ったわけではない。
むしろ、カリンバの為を想っての発言だった。
「ああ! もう!」
伝輝はバンッと右腕を振り上げ、ベッドを叩いた。
その時、右手首にサポーターをつけたままだったことに気付いた。
『我慢しろ。
皮膚剥き出しの動物のくせに』
今までカリンバに言われてきたこと、どれもこれもが、ムカついてきた。
伝輝は上体を起こし、手首用サポーターを外して、脱いだ服や荷物の山を狙って思いっきり投げつけた。
サポーターは、山に命中し、勢いよく弾けて別の方向へ飛んで行った。
山はぐらつき、ガシャンと靴や荷物が倒れて崩れた。
荷物が崩れた際、折り畳み式の槍がコロコロと転がった。
「槍・・・」
二日目は、この槍で猪を捕まえた。
でも、その後の始末はカリンバがやった。
点にもならない行為を、きっとカリンバは内心不満タラタラでやったのだろう。
余計なことを考えてしまったせいで、余計にムカムカが高まってきた。
伝輝は荷物に背を向けて寝た。
◇◆◇
槍
あの槍はキバ訓練所から支給されたものだ。
以前に使っていたものは、優輝が産まれる日、包産婦人科病院でバラと戦った時に壊れてしまった。
その槍は、ドリスの兄のお下がりだった。
「ドリス・・・」
伝輝は、ドリスに感じていた疑問点を二つ思い出した。
一つは、仲が良かった猪の源次郎が卒業すると決まった時、非常にあっさりしていたこと。
もう一つは、新しい生徒が入学すると、子どもっぽいヒーローごっこで遊び始めたこと。
『動物界に生きるほとんどの動物が、人間やヒト程長くは生きられない』
『寿命が短い動物と共存する為に必要な条件だ』
ドリスは、それを知っている?
もしかしたら源次郎も、入学した頃はサッカーよりもヒーローごっこが楽しかったのかもしれない。
ドリスはそれに付き合った。
そして、二人は仲良くなった。
一緒に先生にイタズラしたり、ネットカフェで漫画を読んだりするようになった。
源次郎が卒業する頃にはそんな遊びもしなくなって、ドリスは角砂糖を何個も入れないとコーヒーが飲めないが、源次郎はブラックで飲むようになった。
そう考えると、ドリスが言ったこと、やってることの理由が見えてきた。
例えば昇平は、今でも中学高校時代の友達や先輩・後輩と、酒を飲みに出かける。
しかし、ドリス達にそれはできないのだ。
自分が大人になった頃には、もう源次郎はこの世にいないかもしれないからだ。
だから、ドリスは何度も同じことを繰り返す。
そうやって、友達と付き合ってきた。
じゃあ、源次郎は?
ドリスにとっては何度も入れ替わるクラスメイトの一人だが、源次郎にとって、ドリスはたった一人の存在だ。
二人はずっと昔からの幼馴染のようだと、伝輝は思っていた。
『一瞬一瞬をもっと真剣に生きろ』
ドリスは、自分が源次郎にとって、二度と会えない友達だと分かっている。
だから、いい加減な付き合いをしなかった。
そして、どんなに一緒にいたくても、ずっといられないことも知っている。
源次郎が卒業する時は、涙一つ見せないで、見送った。
寿命の長い動物は、出会いと別れを何度も繰り返さないといけない。
寿命の短い動物は、出会いと別れの数が限られている。
どんなに願っても、ずっと一緒にはいられない。
時間がそれを許さない。
それが、動物界なのだ。
◇◆◇
伝輝は、カリンバの言葉の意味を少し理解したような気がした。
だとすれば、自分の言ったことは間違っている。
今、自分がすべきことは、諦めることでも、逃げることでも、カリンバに無理をさせないようにすることでもない。
ムクッと身体を起こした。
カリンバのところに行かないといけないと思うと、これ以上動くのが嫌になる。
できれば、明日の朝まで待ってほしい。
しかし、そうは言っていられない。
四日目試験が始まる。
時間はとても速くて短いのだ。
グッと腹に力を入れて、伝輝はベッドから出て立ち上がった。
スーッと深呼吸し、お腹に手を当てた。
「メル・・・」
まごころ町に来て、初めて出来た友達、仔羊のメル。
だけど、メルは動物ではなくラム肉用家畜だった。
家畜として、死ぬ運命が決まっていた。
それでも、俺と過ごした時間を嬉しいと言ってくれた。
それが「一緒に生きる(共存)」ってことなんだろうか。
◇◆◇
伝輝がカリンバの部屋のドアをノックすると、ガチャリとドアを開けてくれた。
シャワーを浴びていたのか、カリンバは濡れた鬣を丁寧にタオルで乾かしていた。
「さっきのことだけど・・・」
「さっきの? ああ、あれは悪かった。
つい、俺もカッとなっちまって。どこか怪我はしてないか?」
カリンバはドサッとベッドに腰を下ろして言った。
「大丈夫。
その、俺の方こそ、ごめん。
カリンバのこと、ちゃんと考えてなかった」
何とか口を動かしていると、徐々に顔が上がっていった。
「まだ、チャンスはあるよね?
だって、無事にカードを守れたら、カリンバは50点手に入るもんな。
更に、班長をターゲットにして、カードを奪えば100点になる。
点が分散されても、ありさがいないから、二人で山分けだよな!」
心臓の鼓動が激しくなり、顔が赤くなるのを感じる。
「俺も自分のカードはちゃんと自分で守れるように頑張るよ。
だから、カリンバ。
四日目試験は、自分の点を上げることを一番に考えてくれ。
俺自身はやっぱり、そこまでこだわっていないけど、カリンバには合格してほしいんだ」
カリンバは黙って伝輝の話を聴いていたが、やがてクスッと微笑んだ。
「なんだよ。
さっきと言ってることが違うじゃねぇかよ。
記憶の種でも植え付けたか?」
「俺なりに、カリンバに言われたことを考えてみただけだよ」
伝輝は照れくさそうに答えた。
「人間やヒトは、成長が遅いと聞いていたが、どうやらそうでもないみたいだな。
全く、長生きするくせに、羨ましいもんだぜ」
そう言って、カリンバは立ち上がり、伝輝に近付いた。
ポンと固めの肉球で伝輝の肩を叩いた。
「ターゲットの申告、まだだろ?
これから一緒に行こうぜ」
カリンバはニッと笑った。
◇◆◇
一階ロビーに降りると、松子班の三人は既におらず、誰もいない状態だった。
家畜を提出するカウンターから、カンガルーが顔を出した。
「ターゲット申告とカード引き渡しはこっちだよ」
ロビーに来る途中、伝輝とカリンバは誰をターゲットにするか話した。
「お前はダニエルを狙え。
一番リスクの少ない相手だと思うし、お前が勝てる可能性もあるかもしれない」
「そうかなぁ」
異論は無いが、不安はどうしても残った。
「どうせ、ダニエルはお前をターゲットにするだろうしな。
だったら、タイマン張って、正々堂々カードを奪い合えよ」
カリンバは言った。
「俺は、悪いけど・・・」
カリンバは一瞬黙り込んだ。
だがすぐに口を開き、伝輝を見て言った。
「ドリアンをターゲットにする。
点云々よりも、俺はあいつと戦いたい」
反対する理由は、伝輝になかった。
カリンバがカウンターの奥から出てきたので、交代で伝輝も中に入った。
すぐ入った狭い通路に机と椅子が置いてあり、もっと奥の扉の方までは進まなかった。
「誰をターゲットにするんだい?」
二の腕の筋肉が膨れ上がった雄カンガルーが言った。
「ダニエルです」
「ドリアン班のダニエルね。
では、君に銅色のカードを渡すよ。
試験が始まったら、ジャケットの内胸ポケットに入れるんだ。
そこはチップも内臓されてもいるところだから、デリケートに扱うんだよ。
カードは常に身に付けていること。
奪われる以外で、意図的にカードを手放したら、点を放棄したとみなされるからね。
誰かに預けるのも駄目だよ。
でも、ありさのカードは特別にカリンバ班のどちらか二人が持つこととする。
さっきカリンバに渡したからね」
買い物で使うポイントカード位の大きさの銅色カードを受け取り、伝輝はカウンターを出た。
ただ銅メッキを貼っているだけで、模様も何もない地味なものだった。
「お帰り、伝輝」
カリンバは、パンツのポケットに手をつっこんだまま、声をかけた。
「ただいま」
「試験が始まるまで、そんなに時間もないから、休憩して身体を回復させるか」
二人は宿泊部屋に戻ろうとした。
その時だった。
自動ドアが開く音がし、三頭の肉食獣が二足歩行姿で現れた。
「ひっ・・・!」
伝輝は思わず、怯んでしまった。
強烈な臭い。
離れていても、恐怖を感じる威圧感。
ロナウド班だった。
汚れた衣服や毛並みを見ると、彼らは一度も管理棟の施設を利用していないようだ。
ノシノシと歩いているが、ほんの少しでも隙を見せれば、たちまち襲いかかってきそうだった。
彼らは今、動物界の動物ではなかった。
ロナウド班の三人が、カウンターに向かう時、カリンバと伝輝の傍を横切った。
あえて、互いに声をかけることはしなかった。
しかし、雄トラのロナウドがピタッと歩みを止めた。
ギロリとこちらを見る。
反射的にカリンバは伝輝を自分の背後に隠した。
ロナウドの眼は、伝輝を捉えていた。
しばらくじっと見つめた後、怪しい笑みを浮かべ、ロナウドはカウンターの奥へと進んで行った。




