卒業試験 三日目試験終了後 ① カリンバの怒り
三日目の結果は、最下位だったカリンバ班。更に、四日目課題発表され・・・
「カ、カリンバ・・・?」
険しい顔のまま黙っているカリンバを見て、伝輝は不安そうな声を出した。
その声をきいたカリンバが、ふと伝輝を見下ろした。
「とりあえず、そこのソファに座るか」
そう言って、カリンバは一階ロビーにある、ソファに腰を下ろした。
伝輝もローテーブル挟んで、カリンバの正面のソファに座った。
「次の課題では、俺達は他班に比べて不利な状況になる。
理由は二つ。
一つ目は、ありさがいないことによって、班の戦力が大幅に欠けたからだ。
人数が減ること自体、かなり厳しい状況になるのに、他班を攻撃するのに有効な催眠も使えなくなってしまった。
そして二つ目は、ありさが四日目課題に参加しないことを他班に知られてしまったからだ。
課題を読めば、そうだと大体予想できる。
適切に課題を行う為には、仕方のないことなのかもしれないけどな」
「他の班に知られることが、何でそんなに問題なんだ?」
「今回の試験は、どの班の誰をターゲットにするかで、結果が大きく異なってくる。
高得点を狙うなら班長だが、その班長自身は、カードを奪われば大失点になる。
いかに自分の点を守り、敵の点を奪うかが重要になってくる。
最も高得点が狙いやすく、かつリスクが低い班と考えたら、どの班になる?」
カリンバはじっと伝輝を見た。
「当然、俺達の班になる。
点数が同じなら、戦力が減った班を狙うに決まっているだろ?
しかも、この班には試験前の順位が最も低い伝輝がいる。
ターゲット申告次第で、最大150点が自分達の班に入るんだぞ。
四日目は、課題に取り組む以外に加点されない。
別の家畜を狩っても意味がないんだ。
そうなると、どの班をターゲットにすれば、効率良く点を稼げるかは明らかだろう」
伝輝は、話を聴きながら、ゴクリと唾を飲んだ。
カリンバの説明は淡々としていたが、それが余計に自分達の置かれている状況が危険であることを痛感させられた。
しばらく沈黙が流れたが、それを遮ったのは、一階ロビーの自動ドアが開く音だった。
「カリンバ」
声をかけてきたのは、雄タヌキの竹男だった。
すぐ背後には、雌キツネの松子と雌タヌキの梅千代も立っていた。
三人共二足歩行姿で、さほど汚れていないジャケットに身を包んでいた。
試験が終わった後だからか、どこかリラックスした雰囲気である。
「ありさは、どうしたんだ? 大丈夫なのか?」
竹男の質問に、カリンバは苦笑いした。
何も言わず、軽く手を挙げ挨拶し、スタスタと宿泊部屋に向かった。
伝輝もその後について行った。
「残り、二日。
がんばろーぜー!」
階段を上る時、竹男の良く通る声が響いた。
励ましのつもりだろうが、班順位二位の竹男の言葉は、最下位班のカリンバ達には皮肉としてしか伝わらなかった。
「余計なお世話だ」
チッと、カリンバが舌打ちするのを、伝輝は聞いてしまった。
◇◆◇
二人は、カリンバの部屋に入った。
室内にある小さなテーブルには、鬣をセットする為の、クシやワックス、スプレーなどが無造作に置かれていた。
「フゥー・・・」
カリンバは空気が抜けたように、二足歩行姿のまま床にしゃがみこんだ。
壁にもたれて、頭をだらんと下げている。
「カリンバ・・・」
バルコニーと小窓を開けてから、伝輝はポンッとベッドに腰を下ろした。
東の管理棟に着いてからのカリンバは、疲れ切っているようにみえた。
キメラを担いで密林からここまで歩いて来たのだから、当然と言えば、当然なのだが。
結果と課題を見た後のカリンバは、魂が抜けてしまったんじゃないかと思えるくらい、いつもの明るい雰囲気が消えていた。
伝輝はもじもじと指先を動かした。
何と言ったら良いのか、分からなかった。
今まで、実力が足りない自分に気を遣って、カリンバはわざと無理せず、コツコツと点を稼ぐ方法をとってくれた。
しかし、今回の件で、それすらも難しい状況になってしまった。
あれほど、カリンバは「三人で合格しよう」と言ってくれたのに・・・。
伝輝は自分がこの試験に参加したことを、ひどく後悔し始めた。
自分がいなければ、他の受験生が班員だったなら、カリンバはここまで苦労せずに済んだかもしれない。
もうどれだけ頑張ったとしても、合格は不可能だろう。
だとすれば、自分が出来ることは、これ以上カリンバに無理をさせないことだ。
休憩日と違い、今は冷房が入っていない。
夜風が優しく室内を通り抜ける。
◇◆◇
「あのさ、カリンバ」
伝輝は自分の手元を見ながら言った。
「なんだ?」
カリンバは目線を落としたまま返事した。
「もう、さ、今回は仕方ないんじゃないかな?
試験前評価最下位の俺が班にいるだけで、相当不利な話だろ。
その上、俺のせいで、要のありさがいないんじゃ、どうしようもないよ。
試験は、年に何回が実施されるんだろ?
俺、次回は選ばれたとしても受験しないからさ。
次、頑張れば良いよ。次なら、きっとカリンバも楽に合格できるさ」
伝輝は努めて、明るい口調で言った。
そして、カリンバを見た。
伝輝の予測では、カリンバは疲れた表情で笑顔を浮かべていると思った。
しかし、違った。
カリンバは、今まで見たことのないような、驚きと怒りに満ちた表情をしていた。
ピンピンと細長い髭が逆立っている。
「お前、今なんて言った?」
「え、だ、だから・・・。
今回は諦めて、次回頑張ろうって・・・」
「本気で言っているのか?」
カリンバの口元から牙がはみ出てきた。
「だって、その、もう合格はできないだろ?
だから・・・」
「ふざけるな!」
そう叫んだと同時に、カリンバは「ガォォォ!」と轟きをあげ、四足歩行姿になり、伝輝に飛び掛かった。
「ぐわっ」
伝輝を押し倒したカリンバは、野生の肉食獣さながらの剣幕で睨みつけ、右前足で伝輝を喉元を押さえた。
「伝輝、正直に答えてみろ。
お前、俺が何歳に見えるか? ヒトに例えてじゃない。
俺の実際の年齢だ」
この状況での思わぬ質問に、伝輝は戸惑ったが、カリンバが喉元の置いた前足の力を緩めてくれたので、呼吸しやすくなった。
カリンバの年齢。
そう言えば、他の動物界の住民達についてもそうだが、考えたことも聞いたこともなかった。
唯一タカシだけが、自分と生年月日が同じで、十歳だということを教えてくれた。
犬のタカシは、人間だと還暦くらいの年齢だと言っていたが、ヒトに化けた姿は、そこまで年をとっているようには見えなかった。
ライオンなら、犬よりも寿命は長いだろう。
そして、カリンバは人間に例えたら、中学生か高校生くらいじゃないかと感じた。
だとすると・・・。
「な・・・、七歳?」
伝輝は言った。
カリンバの目は、少しだけ、普段の目に戻っていた。
「そうか、七歳か。
伝輝、よく聴け。俺は三歳だ」
「さ、三歳・・・!?」
伝輝は衝撃を受けた。
たった三年で、ここまで大きく力強くなるものなのか。
人間の三歳はどうだ?
やっと歩いて、多少は話せるようになるくらいじゃないのか?
「俺は、あと一年もすれば鬣も完全に生えて、成人する。
それまでに、俺は南ヨーロッパ地域の警察訓練を受けて、合格し、警察官になるんだ。
この試験は、その訓練内容を免除してもらったり、訓練後の配属を優遇してもらったりする為に受験している。
もし、下級クラス試験に今回合格できなかったら、次回再受験しようとするなら、俺は南ヨーロッパ地域で出遅れてしまう。
自分が希望するポジションまで、昇り詰められないかもしれない」
カリンバの両前足はやがて、両腕に変わり、伝輝の肩を掴んだ。
「ライオンの寿命は約二十年だ。
日本列島のヒトの寿命は約八十年だそうだな。
つまり、俺はお前の四分の一のスピードで成長し、そして老いて死ぬんだ!
お前には、これから何度でも試験を受けるチャンスがあるかもしれない。
だけど、俺は違う!
いや、俺だけじゃない!
今回の受験生のほとんどが、この一度の試験に全てをかけている。
誰も、次があるから良いや、なんて思っていない。
この五日間の試験が、他の受験生たちにとって、どれだけ大きくて重要な時間か分かるか?
良いか、伝輝。
お前は寿命の長い人間だから、そう思うだけなんだ。
だけど、動物界に生きるほとんどの動物が、人間やヒト程長くは生きられない。
お前みたいな、だらけた考え方で、他の動物に接することが、どれだけ不愉快なことか、分かるか?」
カリンバの口元の牙は隠れた。
いつの間にか二足歩行姿に戻っていて、服を掴み、伝輝の上半身を持ち上げた。
「伝輝。
一瞬一瞬をもっと真剣に生きろ!
それが、寿命が短い動物と共存する為に、必要な条件だ」
伝輝は何も言えなかった。
怯えと驚きがごちゃまぜになった状態で、カリンバの目を、ただじっと見るしかなかった。
やがて、ハッと気づいたように、カリンバが伝輝の服を離した。
伝輝はバタンと倒れ、そのままゴロンと転がり、ベッドから落ちた。
「おい、大丈夫か?」
カリンバの声は、いつもの調子に戻っていた。
一分程、伝輝は床にうつぶせになっていた。
やがて「自分の部屋に戻る」とポツリとつぶやき、ゆっくり立ち上がった。
カリンバの方を振り向かず、ドアを開けて部屋を出た。
諸説あるかと思いますが、雄ライオンは大体4~6歳くらいで成熟するそうです。動物界のカリンバと、人間界の動物園や野生のライオンとでは、寿命も成長過程も異なるかもしれません。どの動物も個体差あると思いますので、「彼の場合はそんな感じ」と考えていただければ幸いです。




