卒業試験 休憩日
二日目を終えた、伝輝達は、三日目が始まるまでの間、休憩日として、東の管理棟で過ごす・・・
二日目の結果を確認した後、三人は個別の寝室に戻った。
東の管理棟は、草原にある管理棟よりも設備が整っており、試験の間の休憩日の時間帯は、個室に冷房が入っていた。
ヒンヤリとした空気が、汗もべたつきもほてりも、全てなかったことにしてくれるようだ。
伝輝はベッドに寝転がり、思う存分寝ようと、深呼吸した。
「・・・臭い」
伝輝は身体を起こした。
血と汗と泥と獣臭さが混じった臭い。
部屋の片隅に乱雑に積んだ、自分の靴や服から、その臭いは発していた。
下着の替えなどは、草原の管理棟に置いたままだ。
しかし、靴やジャケット、ズボンは今ある分しかない。
このまま三日目を迎えれば、カリンバとありさから、「敵に位置を知らせる気か!」と叱られてそうだ。
体は重いが、この異臭を放つ物がある限り、ぐっすり眠れそうにもない。
伝輝は靴や服を持って、部屋を出た。
◇◆◇
管理棟の外にある水場とホースとタライを、従業員から借りることができたので、伝輝はタライに水を溜め、ゴシゴシと服と服を擦り合わせた。
「お、やってるな。感心、感心」
カリンバがやって来た。
伝輝と同じデザインのシャツとパンツを身に付け、小脇にグシャグシャにまとめた服を抱えていた。
「これもついでに頼むよ」
ヒョイッとカリンバは、自分の服を伝輝に向けて投げた。
伝輝はそれを受け取った・・・
「くっさ! 自分で洗えよ!」
「俺、水はあまり好きじゃないんだよ。
終わったら、アイスキャンディバーをおごってやるよ」
そう言って、カリンバは管理棟に戻って行った。
嫌々ながらも、伝輝はカリンバの服を広げた。
カリンバの服は、血がベットリついていた。
強烈な獣臭さと血の臭い。
昨夜の猪を捌いた時だろうか、それともヤギを狩った時か。
タライに張った水の中に服を入れると、たちまち水は赤茶色に濁った。
◇◆◇
伝輝がカリンバの服も一緒に洗い終えた頃に、再びカリンバは現れた。
「俺の部屋にバルコニーがあるから、そこで干そうぜ」
二人はカリンバの寝室に行き、カリンバが持参していたロープを使って、洗濯物を干した。
ポトポト水滴が落ちるが、落ちた水滴は、時間をかけずとも蒸発していった。
「一日干してりゃ、乾くだろう」
カリンバは、伝輝にアイスキャンディーを渡しながら言った。
冷たさと甘さが、喉を優しく通る。
冷房の効いた部屋。
甘いアイスバー。
どちらも、野生の世界では手に入らない。
伝輝は文明の発展に感謝したくなった。
「そう言えば、ありさは? 寝てるの?」
「伝輝、気付かなかったのか?
ありさは結果が出た後、キバ組織の審査員と一緒にホテルに行ったぜ。
今日の休憩日は、エステやマッサージで、徹底的に肌や髪のメンテナンスをするらしいぜ」
カリンバは、アイスバーを齧りながら言った。
「えー! 大変だなぁ」
伝輝は、カリンバの部屋のベッドに腰掛けた。
「そうかぁ、ホテルのスイートで休めるんだから、羨ましいじゃん」
真夏の日中に、全身黒ずくめにさせられるありさのことを考えると、メンテナンスというものも、決して楽なものではなさそうだと、伝輝は思った。
「折角の休みだし、これ食ったら、西の管理棟に行こうぜ。
俺が連れてってやる」
「やだよ、寝たいよ。疲れてるし」
伝輝は非常に嫌そうな口調で言った。
「何言ってんだよ。
変な時間に寝ちまったら、逆に調子狂うぞ。
三日目は明日の朝なんだ。
今日の夜に早く寝て、しっかり睡眠とった方が良いって。
その為にも、昼はしっかり活動して、疲れること!」
カリンバは、肉球で伝輝の額をポンと押した。
「それに西の管理棟には、家畜だけじゃなくって、キメラ研究や飼育もしてるんだぜ」
「キメラ?」
「異なる遺伝子や細胞を合成して作り上げた家畜のことさ。
動物界では、化け医療の一つの分野として、昔から研究されてきているんだ。
人間界に登場する伝説の生物も、このキメラだと言われているとか、言われていないとか。
とにかく、滅多に見られるものじゃないんだ。
つべこべ言わず、ついて来いよ!」
◇◆◇
伝輝は管理棟を出た。
洗濯をしている時よりも、太陽は高く、日差しは強かった。
何もしていなくても、汗が噴き出てくるようだった。
「来たか、伝輝。
よし、俺の背中に乗れ」
カリンバが四足歩行で伝輝のところにやって来た。
伝輝は足を伸ばし、カリンバの背中をまたいだ。
「密林の中を通った方が、近そうだからそうするぜ。
振り落とされない様に、しっかり掴まってろよ」
そう言って、カリンバは走り出した。
カリンバの前足後ろ足が、力強く地面を踏みしめて、蹴り上げる。
全身を躍らすように走る、その力強い姿はきっと、人間が「百獣の王」と称賛したくなるものだろう。
しかし、伝輝にとっては、どうでも良いことだった。
ビシビシ伝わる衝撃に耐え、安定というものは存在しないカリンバの背中に、必死でしがみついた。
密林の中に入り、川を渡ろうとする時など、カリンバの声が聞こえた気もしたが、伝輝には周りの景色を見ている余裕がなかった。
人間が、移動手段に、ライオンではなく、馬を選んだ理由がよく分かった気がした。
◇◆◇
「着いたぞ」
カリンバは、パッと姿を二足歩行に変えた。
伝輝はおんぶされる状態になった。
「暑苦しいから、早く離れろよ」
カリンバは、伝輝を雑に地面に落とした。
足がガクガク震えて、伝輝はしばらく立てなかった。
「上に乗っかっているだけなのに、そんなに疲れるもんなの?」
カリンバのあっけらかんとした言葉に、伝輝は思わず苛立ちの目を向けた。
「行くぞ、中はきっと涼しいぞ」
西の管理棟は、東の管理棟同様、大きな建物だった。
東のそれと違い、西の管理棟のそばには、大きな塀がそびえたっていた。
おそらく、塀の向こうには、グル―パー島で管理されている家畜達がいるのだろう。
広い病院と博物館を組み合わせたような建物内には、タンクトップ姿のたくましい動物や、白衣を着たほっそりした動物が、ポツポツ行き交っていた。
カリンバと伝輝は、来客用見学ルートを、受付の動物に教えてもらい、それの通りに建物内を歩いた。
見学ルートのスタート地点付近に、カフェがあった。
そのカフェ内に、水色のワンピースを着たキツネとタヌキと、伝輝達と同じシャツとパンツ姿のタヌキの三人が一つのテーブルを囲っていた。
「松子班だ」
カリンバが言った。
何を話しているのかは聞こえないが、三人の表情から、作戦会議だと思った。
「今はおとなしくしているけど、後半戦が怖いな。
目をつけられないように、そっとしとこうぜ。
特に、班長の松子には一番注意しておけ。
あいつは、日本列島で最も化け能力が高いと言われる常木一族らしい」
「常木一族!?」
班長の松子は、キリッとした目元と、すっきりした毛並みをしていた。
まともに話したことはなかったが、こうしてみると、どこか貫田医院の看護師ウコンと、不思議と似た似た雰囲気を、伝輝は感じた。
◇◆◇
見学ルートは、ガラス越しに見る動物園のようだった。
ヤギやイノシシ、ウサギなど、伝輝達が試験で狩った家畜の他に、肉食獣などもいた。
ライオンの群れが、かたまって寝ているのを見たカリンバは、少し困ったような表情で目を背けていた。
伝輝は、家畜の中にヒトがいたらどうしようかと思ったが、幸い見かけることはなかった。
やがて、見学ルートは、キメラのコーナーに入って行った。
合成した家畜と聞いていたので、伝輝は頭がトラで、身体はヘビといったそんなものを想像していた。
だが、見学できるキメラは、ごく普通の家畜と変わらない姿だった。
「この辺のキメラは、食肉用に改良されているやつだから、見た目は普通だな」
カリンバは、英語で書かれた解説をチラリと見て言った。
「でも、何か、でかくない?」
伝輝はブタのコーナーを見ていた。
そこにいるブタは、見た目こそブタだが、大きさはウシ並みだった。
「あんなにでかいブタ、どうやって飼育してるんだろう?」
「別に難しくないだろう?
デカいからって、ブタであることには変わりないんだから。
基本は通常のブタ飼育なんじゃねぇか」
カリンバは、ぶっきらぼうに言った。
彼は、少し飽きてきたみたいだった。
キメラコーナーも後半になってくると、伝輝が想像していたような、二つの生物を組み合わせたような家畜が見られるようになった。
体つきはヤギみたいなのに、イノシシのような角を生やした生物。
大きさと鳴き声は犬だが、毛並みと顔つきはトラのような生物。
伝輝は、不気味に思ったが、怖いもの見たさで、ガラス越しのキメラ達を見た。
「うわ、すげー」
伝輝は足を止めた。
イグアナに、黒い翼がついている。
岩に見立てた足場で、イグアナ達はじっとしていたが、時折何かのはずみで、黒い翼をはばたかせて足場から足場を移動した。
「カリンバ!
これ、なんていうキメラなのかな?」
伝輝はカリンバを呼んだ。
ガラス傍の英語の解説を読ませるためだ。
「えーと。
正式な名前は決まってないな。最新のキメラらしい。
夜行性に似た行動をとり、夜の内にエサを巣に運び、明け方それを食べて、日中は寝る。
乾燥した場所を好み、砂漠や岩壁に巣を作ることが多い・・・
おい、聞いているか?」
伝輝はキメラをじっと見ながら、カリンバの棒読みの解説を聞いていた。
鱗と羽根のつなぎ目を見たかったが、残念ながら、見えなかった。




