卒業試験 二日目 ② 食事
試験二日目。夜の湖で、伝輝は、獲物となる老イノシシに立ち向かう・・・
老イノシシは、自分が走る先に伝輝がいることに気付いていないのか、まっすぐ突き進んでくる。
伝輝は槍を振りかざした。
ガシッ!
刃先がしっかりと地面に刺さり、槍は勢いよくしなった。
その動きを利用し、伝輝は上空に身体を持ち上げる。
自分の身体の下を、イノシシが通過しようとする。
伝輝はタイミング良く、イノシシの上に覆いかぶさるように抱きついた。
「ブフォッ!」
突然の衝撃と重さに、イノシシは鳴き声のようなものをあげた。
背中の違和感を振り落とす為に、イノシシは右往左往に走り回った。
頭を動かし、角を振りかざそうとする。
伝輝はイノシシが背後を向きかけた隙に、槍の柄をイノシシの口に噛ませた。
猿轡をつけられたような状態になったイノシシは、ますます興奮し始めた。
臭い息が伝輝の腕や顔にかかる。
ありさは麻酔銃を構えて、伝輝とイノシシが格闘する様子を見ていた。
伝輝が力負けし、イノシシが伝輝を振り落とす瞬間を狙った。
この距離から麻酔銃を発射すると、衝撃でイノシシの身体に、程度の大きな銃痕が残ってしまう。
しかし、これ以上離れたところからの射撃は、伝輝に当たってしまうかもしれない。
己の射撃技術を踏まえて、ありさは最も最適な距離を保っていた。
自身の呼吸が熱い。
ありさは冷静になろうと努めた。
バタン!
イノシシが倒れた。
カリンバは身を乗り出して、イノシシの方を見た。
まだイノシシは動いている。
横たわった状態で、身体を転がし、へばりついた塊を剥がそうと必死だった。
その塊である伝輝は歯を食いしばり、槍を握り続けた。
足に力を入れ、どんなに地面に叩きつけられても離れなかった。
「やるな、あいつ・・・」
カリンバは口元をほころばせた。
「うくっ・・・!」
伝輝は考えた。
ドリスと源次郎との特訓では、どちらかがギブアップするまで続いた。
だが、今回の相手は、試合しているとは思っていない。
自分の命を狙われていると分かっている。
本能が、「諦める」ことをさせない。
自分も、これを試合やゲームだと思ってはいけない。
これは狩りだ。
動きだけではなく、息の根を止めないと。
腹が減った。
バチバチ!
伝輝は左手を柄から離した。
手刀でイノシシの側頭を強打した。
化けによる「身体強化」が、伝輝の手を保護し、通常よりも強い力でイノシシにダメージを与えた。
イノシシは動きを止めた。
伝輝は慎重にイノシシから離れた。
槍の柄は、ヨダレでベトベトになり、所々削れていた。
「良いぞ! 伝輝!」
カリンバが二足歩行姿に戻り、イノシシに近付いた。
イノシシの口を上下から掴み、右手で背中に装備していた双剣の一本を抜き出した。
真っ白な刀身は、まるで陶器のようにツルツルしているが、刃物のような輝きはなかった。
「すぐに血抜きをして、捌くぞ」
そう言ってカリンバはイノシシの首元、頸動脈を切った。
ドクドクと血が流れ出る。
「ウ・・・」
伝輝は一歩退いた。
しかし、今回はこの目でちゃんと見届けようと思った。
このイノシシは、自分自身の手によって、命を奪われたのだ。
自分は、何てことをしてしまったんだろう・・・
伝輝の中で、罪悪感が生まれた。
左手が震え出したのを、伝輝は見た。
「水で洗いながら、解体していくぞ。
二人とも手伝ってくれ!」
カリンバはイノシシを抱きかかえた。
ありさはササッと近づき、銃を背中に背負い直し、サバイバルナイフを取り出した。
「伝輝も、早く!」
湖のほとりに向かおうとするカリンバが伝輝を呼んだ。
しかし、伝輝は動けなかった。
泣きそうな顔になっているのを、カリンバは見た。
「人間は、訳がわからねぇ・・・」
カリンバは軽く舌打ちをした。
だが、そうは言ってられない。
「お前は見てるだけで良いから、来い!」
カリンバは伝輝に言った。
「待って、カリンバ。
それじゃあ、点数が上がらない。
一人の一連の行動の流れに対して、点数はつけられるのよ。
イノシシを狩った伝輝が捌いて食べて、残りを提出するまでしないと二十点にならないわ」
ありさが言った。
「どうせその二十点は伝輝個人に入るんだ。
だったら、俺はこの後、自分一人で提出までやるさ。
お前も腹減ってるだろ。
このイノシシは三人で食べちまおう。
余ったら、俺が出す分と一緒に提出しよう。
投棄して、減点になるよりはマシだ」
カリンバはありさを見て言った。
ありさは渋々うなずいた。
「お前が狩ったんだ。
最後まで責任持って、見届けろ!」
カリンバの言葉に、伝輝は唇をかみしめた。
そして、二人の元へ歩いた。
◇◆◇
カリンバは、白い刀身の剣で、イノシシの腹を裂いた。
内臓を取り出し、しっかりと洗う。
ありさはカバンから大判の紙を取り出した。
適当な大きさに破り、洗った内臓の一部を紙で包んでいく。
剣は、イノシシの肉や皮に滑り込み、イノシシはやがて、枝肉の状態になっていった。
伝輝は、時々吐き気をもよおしたり、反射的に目をつぶったりしながら、二人の解体作業を見た。
「伝輝」
ありさが不意に声をかけた。
「湖から少し離れたところに、穴を掘ってくれる?
提出しない内臓や破片を埋めるから」
伝輝はピンと背筋を伸ばし、パタタタとその場を離れた。
地面が硬くなさそうな場所を選び、槍の柄の先でゴシゴシ掘った。
「伝輝! 火を起こしてくれ!
穴掘りはありさと交代!」
カリンバが湖のふもとから大声で言った。
「りょーかいー!」
伝輝が返事すると、すぐにありさがやって来た。
ありさの服は濡れていた。
それが、湖の水なのか、血なのか、はっきり区別はできなかった。
◇◆◇
赤い肉の塊と化したイノシシを見て、伝輝は空腹を思い出した。
そんな自分がちょっと嫌だと思った。
カリンバは双剣で肉の両端を刺し、蒲焼きのように、たき火の炎であぶりながら肉を裏表まんべんなく焼いた。
焼く前に、持参していた白ワインをたっぷり肉にかけ、焼いている途中で塩コショウを振りかけた。
「肉を美味くするなら、この白ワインは欠かせないぜ。
臭みがとれて、柔らかくなるんだ」
カリンバの垂れそうになった涎をぬぐいながら言った。
焼いた肉は適当な大きさに切り分けられ、それぞれの前に敷いた紙の上に置かれた。
「それじゃあ、食うぞ」
そう言うと、カリンバは胸の前で十字を切り、両手を握った。
「お祈り?」
伝輝が言った。
「あ、うん。
俺のnonnoが、趣味で人間界のキリスト教ってのを、勉強してたんだ。
別に俺はクリスチャンじゃないし、細かいことまで分からないけど」
nonnoのという単語が、伝輝の耳に「おじいちゃん」という言葉として入ってきた。
「普段はやらねぇけど・・・。
自分で狩った獲物を食べる時は、ついやっちゃうんだ。
通常の食事なら、俺に食べられるまでの間に、きっと色んな動物に感謝されてきていると思うんだ。
でも、このイノシシは俺達によって命を奪われ、そのまま食われる。
俺達が感謝しないと、このイノシシに失礼だろ。
・・・って、ノ・・・祖父が言ってたんだ」
カリンバは何だか照れくさそうに話した。
恥ずかしさを紛らわす為か、カリンバは豪快に素手で肉を掴み食べた。
伝輝も合掌をし、「いただきます」とはっきりとした声で言った。
こんなにも「いただきます」と思ったのは、初めてだった。
ふと、メルを食べた日を思い出した。
ありさは二人の様子をポカンと見ていた。
◇◆◇
カリンバの言った通り、不思議なくらい美味しいと感じた。
独特の臭みや風味は残っているが、気にならない。
「好きなだけ食えよ」
カリンバは口をモゴモゴ動かしながら、新たな肉を双剣に刺し、あぶり焼いた。
「その剣ってさ。
パッと見、切れそうに見えないけど、良く切れるのね」
ありさが言った。
「ああ、確かにこの剣は切れないなぁ」
そう言うと、カリンバは一本肉から抜き、伝輝の頭をポンを剣で叩いた。
「うわぁ、何するんだよ!」
伝輝は持っていた肉を落としてしまった。
「ああ、落とすなよ・・・」
カリンバはその肉を拾って口に入れた。
「切れてないだろ。
背中の方じゃないぜ。持ってみろよ」
伝輝はカリンバから白い刀身の剣を受け取った。
オモチャのようにそれは軽かった。
カリンバの横に置いてある肉を切ろうとしてみたが、全く切れない。
それは木刀のように、ただ肉に当たっているだけだった。
「全然、切れないんだけど」
「そんなはずないわよ。
その剣で、イノシシを解体したのよ」
伝輝がぼやくと、ありさが言った。
「そう。これは特別なんだ」
カリンバは伝輝から剣を受け取った。
「普通に持っているだけでは、この剣は切れない。
だけど、こうすれば・・・」
バチバチバチ・・・!
カリンバは「身体強化」を行った。
その状態で、焼いていた肉に刀身を当てた。
すると、肉はストンと切れ、カリンバの足元に敷いていた紙の上に落ちた。
「どういうこと!?」
伝輝とありさは身を乗り出した。
「骨の剣、ボーンソードだ。
刀身も柄も、全てライオンの骨で出来ている。
俺が身体強化をすると、その効果が剣まで及ぶんだ」
カリンバは説明した。
「すげー! 俺もやってみたい!」
「悪いな、伝輝。
これは、俺以外の動物はできないんだ。
この骨は祖父の骨だ。
血縁があるからこそ、身体強化が上手く伝わるそうだ。
細かい仕組みはよく分からないけど」
ニヤッとカリンバは微笑んだ。
「食えるだけ食ったら、残った肉と内臓を提出しに行こう。
東の港にある、管理棟に向かうぞ。
火山と岩群を避けて、ぐるーっと、草原を進むことになるから、今のうちにしっかりスタミナつけとけ」
その後、三人は無言で肉を食べ続け、火の始末をした後、夜の草原を再び歩き始めた。




