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初めてのデート ① 卒業式

(前作『人間6号』からのあらすじです)無事に新たな家族が増えた豊家は、退院した母・夏美と弟・優輝と、まごころ荘6号室で、家族四人の朝を迎える・・・

 朝、伝輝は一番早くに目覚め、居間のベランダに続くガラス戸を開けた。


 少しひんやりした空気が風に運ばれて、居間の中を循環する。

 朝日が、伝輝の頭の中の電源を入れてくれる。


「おはようー。

 朝はちょっと寒いわね。もう十一月だもんね。

 伝輝、何かはおった方が良いんじゃない?」


「大丈夫だよ。

 おはよう、お母さん」


 パジャマにカーディガンをはおった夏美が居間に入ってきた。

 あくびをしながら、食器棚の取っ手に引っかけてあるエプロンを体に巻きつける。


 退院してまだ間もないのに、夏美は、家事など本当によく動く。

 助産師のさきやボニー先生から心配されるほどだった。

 夏美が言うには、自分は動いている方が精神的に落ち着くらしい。


 台所で夏美が朝食を支度をしていると、昇平が優輝を抱いて居間に入ってきた。


「おはよー。

 ゆーちゃん、ちょっとぐずってるよ。おしめかも」

「あら、しょーちゃん、取り替えてくれる?」

「へーい」


 洗顔と着替えを済ませた伝輝が居間に戻った。


「ゆーちゃん、おむつ取り替えよーねー」

 赤ちゃん言葉で、優輝に話しかける昇平を、伝輝はむず痒く感じて直視できなかった。

 意外と手慣れた手つきで、ちゃぶ台の傍で昇平は優輝のおむつを取り替えていた。

 これから飯を食うのに、ここで取り替えるなよ。と、伝輝は思いながら、味噌汁の入った椀をちゃぶ台に並べた。


「そう言えば、伝輝は今日、お弁当いらないんだよね」

 たくあんを切りながら、夏美は伝輝に尋ねた。

「うん。今日は、学校で食事会するから」

 伝輝はしゃもじで炊飯器からご飯をよそいながら言った。

「食事会?

 クラスでお楽しみ会でもやるの?」

「ううん。卒業式」

「卒業式? まだ三月じゃないのに?」

 夏美は驚いたように言った。

「そうだよ。

 動物界はそれぞれの成長のタイミングで入学と卒業をするんだよ。

 今回はたまたま卒業する動物がクラスにいっぱいいたから、お祝いするんだ」


     ◇◆◇


「卒業、おめでとー!」

 まごころ学校の中・大型動物クラスの教室内で、クラッカーの音が軽快に鳴った。


 教卓の前で、紙テープまみれになった、猪の源次郎ともう一人の雌猪、ありさといつも一緒にいたトラネコ姉妹が立っていた。


「皆、ありがとう」

 代表して源次郎が挨拶をした。


 担任の団助先生の計らいで、卒業証書を校長室で受け取る前に、クラスメイト皆でお別れ会を行うことになった。


 机をくっつけて一つの大きなテーブルにし、その上に、フライドチキン、厚切りハム、サンドイッチ、スナック菓子、ケーキの他に、リンゴ、干し草、ドッグフード、キャットフードなどを並べた。


「年内に卒業するって言ってたけど、こんなに早いとは思わなかったぜ」

 ドリスがケーキを口いっぱい頬張りながら言った。


「急な欠員が出たらしくてさ。

 入社を前倒ししてほしいって頼まれたんだ。

 俺は別にいつでも良かったし。

 丁度トラネコ姉妹がこの時期に卒業するって聞いたから、じゃあ同じにしようかなって思ってさ」

 ドリスの隣に座っている源次郎が言った。


 伝輝は斜め向かいに三人で並んでいるトラネコ姉妹とありさを見た。


 ありさが雑誌を取り出し、ページを広げてトラネコ姉妹に見せていた。


「ねぇ、卒業記念にさ、三人でおそろいで買わない?」

 ありさは動物界のティーンズ雑誌のアクセサリーページを開いた。


 大きな星型のペンダントトップや、ハート形のラメ入りブレスレットなどがカラフルに掲載されている。


「四葉のクローバーとか、可愛いかなって思うんだけど・・・。

 卒業祝いだから、二人が好きなのを選んでよ」


 トラネコ姉妹は互いに見合った。

 そして、一人が言った。


「そうね・・・。

 ありさが好きなのを選んで良いわよ。

 姪っ子なら、きっと何でも喜ぶと思うから」


「え、姪っ子?」

 ありさが少し戸惑った様子で言った。


「だって、こんな派手なのは、仕事先ではつけられないし」

「私も、大学でスポーツサークルに入るつもりだから、邪魔になっちゃうわ」

「そっか、そうよね」

 トラネコ姉妹の落ち着いた笑顔に合わせて、ありさは笑顔を作った。


     ◇◆◇


 お祝いメッセージを書いた色紙を、源次郎達に渡し、会はお開きになった。

 源次郎達が校長室で正式に卒業手続きをしている間に、残った生徒達は後片付けを始めた。


「ありさ、ゴミ袋を、ゴミ捨て場まで持って行ってくれ」

 団助先生に頼まれたありさは、パンパンに膨らんだゴミ袋を持って教室を出た。


 ドリスは、壁に貼り付けた紙製の輪っかで作ったチェーンを片付けるフリをしながら、身体に巻きつけてふざけている。


「ドリス!

 遊んでないで早く回収しなさい!」

 団助先生が大声で言う。


 バシャーン!

 クラスで一番幼い(最も入学して間もない)雑種の犬の女の子が、中身の入ったペットボトルを机から落としてしまった。

 フタがきちんと閉まっていなかったらしく、床にジュースがこぼれて広がった。


「大丈夫かい?

 マグロ、雑巾を持ってきてくれ」

 半泣きになっている犬の女の子を慰めながら、団助先生が他の生徒と一緒に床を拭いた。


「机を拭く分がなくなってしまったな。

 伝輝君、職員室に行って新しい雑巾をもらってきてくれないか?」


「分かりました」

 伝輝は教室を出て職員室に向かった。


     ◇◆◇


 職員室に行くと、学校事務のゆり子さん(ニホンザル)から、一階の倉庫にあると言われ、伝輝はそこに向かった。


 倉庫に向かう途中の一階廊下の階段傍にありさが立っていた。


 階段を上ろうとしているわけではなく、階段に背を向けてじっとしていた。


 伝輝は話しかけようかと迷った。

 一瞬ドギマギしていると、階段の上から、声が聞こえてきた。


「本当、ここ最近は苦痛だったわ。

 源次郎も同じでしょ。

 だから卒業早めたんじゃないの?」


 トラネコ姉妹の声だった。


「違うよ。就職先の都合だって」

「でも、馬鹿リスから解放されて、助かっているんじゃない?

 あいつ、私達が卒業するまでに、一ミリも成長しなかったわね」

「むしろ、幼稚化した気がする」


 トラネコ姉妹のクスクス笑う声が一階まで響く。

 恐らく一階と二階の階段の踊り場で、源次郎と会話しているのだろう。


「仕方ないだろ。

 ヒトは成長スピードが遅いんだよ。

 俺達が合わせてやらないと。相手はまだ子どもなんだ」


「それでも、さっきのありさのアレは引いたわ~」

 ありさの肩が微かに震えた。


「よくもまぁ、あんなガキっぽいのをお揃いにしようって言えるわね。

 私、ナメられてると思って、逆にムカついたわ」

 再びトラネコ姉妹の笑い声が聞こえてきた。


 嘲りが存分に含まれた笑い声は、詳細を知らない伝輝にも不快に感じさせた。


 フッと顔を動かたありさは、階段を挟んで、廊下に立っている伝輝がいることに気付いた。

 伝輝を見た途端、眉間にしわを寄せ、スタスタと歩いて行った。


「あ・・・」

 伝輝は思わず追いかけようとした。


 しかし、カンカンカンと源次郎達が階段を降りて一階廊下に現れた。


「伝輝」

 源次郎が言った。

 少し気まずそうな顔をしている。


「何、どうしたの?

 早く雑巾を取りに行かなきゃいけないんだけど」

 あたかも、たった今ここを通ろうとしたかのように、伝輝は振る舞った。


「そうなんだ・・・」

 源次郎とトラネコ姉妹に軽く会釈し、伝輝はありさが歩いて行った方へ走った。

 ありさは途中で曲がったので、姿は見えなくなっていた。

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