下級クラス卒業試験 ⑤ 試験前日
グル―パー島に到着した伝輝は、宿泊先のホテルのスイートルームで、カリンバ達と試験と受験生について話し合う・・・
カリンバはノートをテーブルの上に広げ、説明を始めた。
「あくまで俺個人の意見だから、参考程度に留めておいてほしいけど、割と自信があるぜ。
まずは、分かりやすいところからな。
イヌ系グループのグレイ班。
シベリアンハスキーのグレイ、キタキツネのサンド、コヨーテのマーブルだ。
全班中、最もチームワーク力が高いであろう班だ。
個々の狩り技術、化け能力を考えると、個人プレーは不向きだからな。
団体で襲われたらキツいかも。
恐らく試験中は縄張りを作るだろうから、うっかり入り込まない様にしないと。
次にロナウド班。ネコ科系グループだ。
トラのロナウド、同じくトラのガリレイ、ヒョウのコウメイ。
グレイ班とは逆、チームプレーというよりは、各自で狩りを行っていくだろう。
力も強いし、余程の理由がない限り、関わらなくて良いと思うぜ。
最も関わりを避けた方が良いのは、松子班かな。
キタキツネの松子、タヌキの竹男と梅千代。
この班は、狩りでポイントを稼ぐことが難しいだろうから、化けで勝負してくるな。
それも、騙す系の化けを使ってくるだろう。
周囲に細心の注意を払って行動すること。
ウチにはありさがいるから、向こうが化けをしかけてきたとしても、対抗できる可能性はあるけどな」
カリンバは、顔を上げてありさを見た。
ありさは、「フン」と小さく鼻で息をした。
「ありさは何か特別な化けが使えるの?」
伝輝は尋ねた。
ありさが答える代わりにカリンバが喋った。
「知らなかったのか。
ありさは「催眠」の化け技術を修行しているんだよ」
「そうなんだ!」
ありさはフイッと顔をそらした。
しかしすぐに伝輝の方を向いた。
大きな瞳に見つめられ、今度は伝輝が顔をそらした。
「精度はまだまだだけど、訓練生になる前の伝輝は騙せたわ」
ありさはニヤッと笑った。
伝輝は買い物に行った日を思い出した。
耳が赤くなる。
「催眠の心得があれば、敵の術も気づきやすくなる。
ありさは遠距離戦向けの特訓しているし、俺達のフォローとして活躍してもらうぜ。
さて、残り二班だが、良くも悪くも注目すべき班だ。
まずはジャンヌ班。
雌ライオンのジャンヌとクララ。シマハイエナのハラミ。
ジャンヌは今回の受験生の中で、一番イケてる女だと思うんだが・・・」
「この班の特徴は?」
ありさが冷たく言った。
「あ、ごめん。
この班の特徴は、試験合格に向けてのモチベーションが凄く高いってことだよ。
つまり、三人ともキバ組織入会を目指している。
誰よりも試験内容にはこだわって取り組むだろう。
個々の成績も優秀だから、更に厄介だ。
ジャンヌは身体能力が高いし、クララは化け治療ができる。
ハラミは、キバ組織メンバーを多数輩出している家系だから、それなりに実力あるだろうな。
ハラミは、ヒレとロースの親戚らしいぜ」
「へぇ」
伝輝はハラミの姿を浮かべた。
黄色のバンダナを外せばバラそっくりの少年。
ヒレとロースの親戚ということは、バラも親戚だろうか?
親戚だからと言って、彼らまでが自分を狙う訳ではないだろうが。
「最後に、ドリアン班。
班構成も意地悪だよな。
明らかこのメンバーは合格させようって感じじゃん。
成績トップのドリアンに、その一番の片腕ベルント。
ルーキー入れてごまかしているけど、ダニエルは化け能力者としてはほぼ完成されている。
レベル的に、そこは伝輝が入らないと、不公平だよ」
カリンバの言葉に、伝輝は少し落ち込んだ。
自分は、レベル下げの役割を果たしているということか。
「でも、俺はタイマンはるなら、ドリアンが良い。
こいつらは、狩りはメインとしない筈だ。
恐らく化けがメイン。
ターゲットは他の受験生になる。
ドリアンは、スゲー奴だよ。正直、あいつには敵わないことだらけだ。
だからこそ、この試験を機に真剣勝負をしてみたい」
カリンバの口調は先程と違って落ち着いている。
瞳の奥が光っている。
「あいつのフランジ(顔周りの黒いでっぱりのこと)、凄いだろ?
伝輝、あれはオランウータンなら誰でもそうなると思っているか?」
「違うのか?」
「ああ。あれはボスの証だ。
オランウータンの中でも、仲間からボスと認められなければ、フランジは出てこないんだ。
あいつのフランジは、下級クラスで絶対的な人望があるからなんだ。
あのカリスマ性は、俺も羨ましく思うよ」
伝輝はドリアンと初めて会った日のことを思い出した。
失礼にも、伝輝はドリアンのそのフランジを笑ってしまった。
しかし、ドリアンは怒らず、冷静にたしなめてくれた。
あの雰囲気は確かに魅かれるものがあると思った。
「ま、どんな課題が出るのかも分からないし、一応参考程度に覚えておくわ」
ありさはそう言って、ベッドルームに戻ってしまった。
「さぁ、明日はリハーサルだ。早く寝て、しっかり休もうぜ」
カリンバはニッと笑った。
◇◆◇
次の日の朝、伝輝達はホテルロビーに向かった。
訓練生達は出発前に、柿渋染めのような独特の茶色をした布地のジャケットを渡された。
「これは革ジャンの代わりです。
試験中は必ず身に付けること。
胸元にチップが埋め込まれています。
試験官はこれを使って、皆さんの位置情報を取得します。
胸元を傷つけなければ、あとはお好きなようにして構いません」
クッキーが言った。
丈は長いものから短いものもあったが、伝輝は今まで着ていた革ジャンとそっくりなデザインを選んだ。
マイクロバスに乗り込み、草原の道なき道を進んだ。
やがて、緑深い森にたどり着いた。
そこで訓練生達は、身体強化による移動の訓練を行った。
木登りの要領も必要なので、なかなか難しい。
木々の間を跳ぶだけでは上手く進めなかった。
「試験が始まれば、嫌でも慣れるよ」
密林の木の上で、伝輝が到着するのを待ってくれたカリンバが明るく言った。
◇◆◇
訓練が終わり、伝輝達はホテルの部屋に戻ってきた。
夏の暑さに身体がまだ慣れておらず、疲労がひどかった。
汗の量も尋常ではなく、空腹だが、何よりもまず風呂に入りたかった。
「さすが高級リゾートホテル。
空調完璧、ベッドメイキング完璧、ジャグジーお湯はり完璧」
カリンバがジャケットを脱ぎながら言った。
「伝輝、先にジャグジー入れよ」
カリンバが言った。
「いいの?」
「どうぞ、お先に。私達も後で入るし」
「ありがとう」
伝輝はベッドルームから着替えを用意した。
カバンを探っていると、カリンバに「水着着用だぞ」と言われた。
白タイル張りの脱衣所で水着を履き、伝輝はガラス張りの浴室に入った。
改めて見ると、やはりでかい。
十分泳げそうな位の広さがあった。
夕日が沈んでいく様子が、こんな贅沢な形で観られるなんて。
伝輝はサッとシャワーを浴びてから、湯船に浸かった。
少しぬるめの心地よいお湯が、伝輝の全身を包んだ。
両手両足を思いっきり伸ばし、大きく息を吐いた。
自宅の風呂とは全く違う、開放感があった。
「気持ち良さそうにしているわね」
「!?」
伝輝は上体を起こした。
ジャグジーの淵に、バスタオルで身体を包んだありさが立っていた。
シャワーで掛け湯を済ましたらしく、肌と髪の毛がうっすら濡れている。
長い髪の毛は後ろでゆるく団子にしており、後れ毛が垂れていた。
「な・・・」
伝輝は言葉が出なかった。
反射的に自分の股間を手で覆った。
だが、水着を着ていることに気付いた。
「入るわよ」
そう言って、ありさはジャグジーの淵に腰掛けた。
ありさの白いふくらはぎが湯に入った。
ありさはバスタオルを身体からはがした。
「やめろって!」
伝輝は目を閉じて、ありさに背を向けた。
つんつん、と背中をつつかれた。
「!?」
思わず伝輝は振りかえってしまった。
目の前にはありさがいた。
本能的にありさの首から下を見る。
ありさは肩ひも無しの黒い水着を着ていた。
長方形の布地で覆われた胸元は、膨らんでいるかも分からない。
下は、伝輝が履いている海パンと大して形は変わらなかった。
「水着を着てるに決まっているでしょ?
何、焦ってんのよ」
「いや、その」
それでも、お湯の中でゆらゆら光るありさのお腹などを見てしまうと、どうしても緊張してしまった。
「それよりも・・・」
ありさはグイッと一歩伝輝に近付いた。
「なんだよ」
伝輝は一歩退いた。
これ以上、ありさと一緒にいるのはキツい。
「お腹のそれ、傷跡?」
「あ・・・」
伝輝の腹には、以前シマハイエナのバラにつけられた爪痕がついている。
脇腹はバラに食いちぎられた後にタカシが修復してくれたのだが、その時皮膚の色味が変わってしまっている。
「人間界でつけた傷? それともアザ?
動物界に来たんだから、消してもらえばよいのに」
ありさは手を伸ばして、伝輝の腹に触ろうとした。
伝輝は抵抗する。
「もう、何恥ずかしがってんのよ!
大体ね、伝輝って、ずっと私によそよそしいのよ。
そんなに、私と一緒にいるのが嫌なわけ?
私があなたを騙して、訓練所に入れたから?」
ありさが今までにない強い口調で、伝輝に言った。
「別に、嫌って訳じゃないけど。
緊張するんだよ。ありさといると。
だって、ありさは基本ずっと澄ましているし」
「あら、ギャーギャー騒ぐ女って、男は嫌いじゃないの?
おしとやかにしている方が、人間界の男は好きなんじゃないの?」
ありさの言葉に、伝輝は意外と思ってしまった。
「そんなこと、気にしてんの?」
「だって、私はいずれ、まごころカンパニーの為に、人間界で活躍することになるのよ。
私の容姿は、人間界で評価が高いんですって。
色んなことに使えるって、カンパニーから言われているそうよ」
伝輝は驚いた。
ありさは、その為にキバ訓練所に居るというのか?
だとすれば、ありさも自分と変わらない境遇にいるような気がした。
「ねぇ、伝輝は人間界にいたのよね」
ありさは口調を落ち着かせて言った。
「教えて。
私の容姿や、振る舞いってどうなの?
人間の男が見たら、魅力的に見えるかしら? 好きって思うかしら?
正直に言って」
伝輝は返事に困った。
確かに、ありさは可愛い。
今まで出会ってきた女子とは桁外れだ。
だからと言って、ずっと一緒にいたいとは思えなかった。
なぜなら、今まで一緒に行動してきたが、ありさのその隙のない雰囲気を見ていると、緊張して疲れてくるのだ。
なんで、ここまで変な緊張感を味わないといけないのだろうか?
伝輝は、伝輝なりに真面目に色々考えた。
そして、ようやく言葉が出てきた。
「ありさは、嘘くさいんだ・・・」
その言葉を聞いた瞬間、ありさの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
伝輝は発言を失敗したと確信した。
「いや、だから・・・」
弁解しようとする前に、ありさはザバッと湯船から出て、そのまま脱衣所に向かってしまった。
バタン!
「うわ!? ありさ、どうしたもう出るのか?」
水着を履き終えたカリンバがボタボタ身体を濡らしたまま脱衣所を出るありさに声をかけた。
ありさは何も言わずに出て行った。
その表情はチラッとしか見えなかったが、泣いていたようだ。
「うーむ」
二人には言わなかったが、カリンバは自身の班についても、個人的意見を持っていた。
この班もまた、化け・狩りともに優秀な人材がそろっているのだが、メンバーの精神年齢が低い。
いかに、この班をまとめて、個々の実力を発揮させるか。
カリンバがリーダーである自分に課した、最も重大な課題である。
「早速、難航しそうだな・・・」
カリンバは小さくため息をついた。




