下級クラス卒業試験 ③ 試験会場へ
伝輝は一月に行われる下級クラス卒業試験の受験生に選ばれた・・・
班分けが発表された日の終礼で、受験者達はいつもの集会室ではなく、別室で集まることになった。
先にロッカーからカバンを取り出し、伝輝はカリンバと一緒に別室に向かった。
室内は集会室より小さく、長机が二列数行分しかない。
既に着席している訓練生達は、各自デザインが異なる茶色い革ジャンを羽織っていた。
選ばれた訓練生だけあり、他とは違う雰囲気に、気持ちが引き締まるようだった。
長机は三人横並びできるようになっており、入口ドアと教壇から一番近い列が空いていたので、伝輝とカリンバはそこに座った。
隣の長机には、ドリアンとベルントが座っていた。
しばらくして、ありさとダニエルが入ってきた。
サッと全体を見渡したありさは、何も言わずに伝輝の隣に座った。
(カリンバが端で、伝輝は真ん中に座っていた)
不満げな表情で、ダニエルはドリアン達が座っている列の方へ行った。
ダニエルが伝輝の前を通った時、目が合った。
眼鏡越しにダニエルは冷たい目で睨むようにこちらを見ていた。
伝輝はゾワッとした。
隣に座っているありさは、澄まし顔でカバンから筆記用具を取り出していた。
◇◆◇
受験者全員が着席した頃、キバ訓練所の所長であるホッキョクグマの剛力が入って来た。
剛力に続いて、キンイロジャッカルのクッキーとシマハイエナ二人も入ってきた。
シマハイエナ二人はそれぞれ赤いバンダナと青いバンダナを頭に巻いている。
赤いバンダナの方は、小柄だがガッシリした体格だ。
青いバンダナの方は、細身でハイエナとしては長身だった。
二メートル越えしてそうな剛力所長の後ろを歩く三人の姿は、まるで子どものようだった。
「訓練生の諸君、受験資格取得おめでとう。
君達は来週行われる下級クラス卒業試験に参加する。
試験自体は休憩除き計五日間行われる。
出発から解散まで合わせて約二週間の長期プログラムだ。
体調には一層の注意を払い、本番を迎えるように」
剛力所長は教壇の前に立ち、堂々と話した。
「君達の試験に同行するキバ組織メンバーを紹介しよう。
指導官のクッキーと、組員のヒレとロースだ」
ヒレとロースはペコリと頭を下げた。
二人はいささか緊張した面持ちだった。
「彼らは、上級クラス卒業試験を合格したばかりの、キバ組織のルーキーだ。
ルーキーの中でも評価が高く、早くも組織内で活躍してくれている。
君達も色々質問や相談をすると良い」
パラパラと受験生たちが拍手をした。
「今日は試験に向けて、試験概要と同意書を配布する。
事前準備について書かれているので、各自しっかり読んでおくこと。
また、出発日二日前までに、受験者とその保護者のサイン済みの同意書を提出するように」
剛力所長の話に合わせて、クッキーが慣れた手つきでプリントを配った。
「試験会場は、例年通りグル―パー島で行われる。
試験に必要な備品は現地で用意しているが、個別で必要なものは各自用意しておくこと」
淡々と連絡を終え、剛力所長とクッキー達はその場を去った。
バタンとドアが閉まる音と同時に、受験生達は気が緩み、雑談を始めた。
「虫よけスプレー、新しく買う?」
「酔い止め、まだ家に残ってたかな・・・」
受験生達の会話は、どこかに旅行にでも行くような内容だった。
ありさはパパッと書類をカバンにしまい、席を立った。
「あのさ、カリンバ・・・」
「なんだ、伝輝?」
「グル―パー島って、どこにあるの? 沖縄?」
「いや、オセアニア地域だ」
「オ!?」
伝輝の頭の中で、世界地図が浮かんだ。
カリンバ言ったオセアニアという言葉が指すのは・・・
「人間界の名称でいうと、ニュージーランドの近くにある孤島だ」
「ニュージーランド!?」
「南半球だから、向こうは夏だ。
人間は衣服で体温調節しないといけないから、着るものには気をつけろよ。
じゃあ、また明日な」
カリンバはそう言って、カバンを肩に掲げて立ち上がった。
伝輝はまだ、状況を理解できていなかった。
今まで旅行は、学校行事と祖父母の家に行く位しかない。
海外なんて、全く想像がつかなかった。
「カリンバ!」
ドアに向かおうとするカリンバに向かって、伝輝は叫んだ。
「俺、パスポート作ってないよ!」
カリンバだけではなく、他の受験生達も伝輝を見た。
皆、キョトンとしている。
「伝輝」
カリンバが口を開いた。
「何のパスポート(通行証)が必要なんだ?
俺達はもう受験資格を持っているじゃないか」
「あ・・・」伝輝は何も言えなくなってしまった。
◇◆◇
伝輝が帰宅すると、居間から大きな笑い声が玄関まで届いていた。
その笑い声は、昇平と夏美とあともう一つあった。
「ただいま・・・」
「伝輝、おかえり!」
真っ先に「おかえり」を言ったのは、まごころ学校のクラスメイトでヒトのドリスだった。
「何で、いるんだよ?」
伝輝は眉間に皺を寄せた。
「人間の赤ちゃんが見たくてさ、マグロに頼んでもらったんだよ」
ドリスはベビーベッドで手足をバタつかせている優輝の頬をつつきながら言った。
「おかえり、伝輝。
ドリス君のお兄さん夫婦のところで、もうすぐ赤ちゃんが産まれるんですって。
今日はその予習ですって」
夏美が台所から手を拭きながら現れて言った。
「なぁ、伝輝。
さっき訓練所ってところから連絡があったぞ。
お前、今日書類もらってないか?」
テレビを見ていた昇平が言った。
「ああ、うん。もらってる」
伝輝はぶっきらぼうな口調で返事し、カバンからプリントを出した。
「オセアニアの方に行くのね」
夏美がプリントを見ながら言った。
「あれか? フラダンスとかやるのか?」
「しょーちゃん、それはハワイよ。
オセアニアはオーストラリアとかがある所よ」
「すげー!
伝輝、コアラ抱っこした写真撮ってこいよ!」
昇平は笑いながら、プリントにさささとサインをした。
「ほい、お前もサインしろよ」
伝輝は受け取ったプリントを見た。
訓練所ではちゃんと見ていなかったが、書かれている内容を読むと
「受験生に何らかの被害があっても、キバ訓練所は何ら責任を問わない」
「受験生はこの試験に参加するにあたり、命を落とす結果となったとしても、遺族はキバ訓練所に何ら責任を問うことはできない」
ということが書かれていた。
何だよ、これ。
命を落とす可能性があるのが当たり前ってことじゃないか。
この親はよくそれをあっさりOKできるな。
言いたいことをグッとこらえ「記憶操作と催眠のせいだ」と伝輝は思い込むことにした。
「向こうは夏だな。
雨も多いし、森の中は意外と涼しいこともあるから、着るものは多めに用意した方が良いよ」
ドリスが言った。
「ドリスは行ったことあるの?」
思わず、伝輝は質問してしまった。
「ついこないだまでオーストラリアの親戚の家にな。
忘れてる? 俺の先祖はオーストラリア先住民だぜ」
そうだった、と伝輝は思った。
「他に、何を持っていけば良いかな?」
「行く場所によるけど、酔い止め薬と胃腸薬と虫よけスプレーと日焼け止めにサングラスと帽子。
それから、水着は絶対!
ビーチとか絶対楽しいぜ」
「一月にビーチリゾートなんて素敵!」夏美が言った。
その後、三人はオーストラリアのリゾート話で盛り上がったが、今回は遊びにいくのではない。
しかし一応、プールの授業で履いていた海水パンツは持っていこうと伝輝は思った。
◇◆◇
それから出発当日まで、伝輝は引き続き特訓に励んだ。
化けのコントロールの訓練では、茶碗割りを四分以内でできるようになった。
すると、座禅の先生は銅像を数体用意し、同様の指示を出した。
その他にも、身体強化でジャンプ力を強化する訓練も行った。
天井の高い体育館には、動物一人分の足場が沢山ついた柱が館内いっぱいに連なっている。
柱同士の合間は近いものでも二メートル程あるが、それを飛び移るようにして進んで行く
始めは床から三十cm位のところを飛び移る練習をし、出発が近づく頃には命綱をつけた状態で、床から五メートル位の高さで移動できるようになった。
「良いね、伝輝君!」
クッキーの声が届いた伝輝は、少し嬉しい気持ちになった。
「命綱をつけている状態じゃあ、何の意味もないよ」
背後からボソッと声がした。
振り向くと、ダニエルが別の柱の足場に立っていた。
彼は命綱をつけていなかった。
ダニエルはフンッと顔をそらして、先に進んで行った。
◇◆◇
出発の日が訪れた。
いつもより早い時間にキバ訓練所に集合した受験生達は、バスに乗って移動した。
向かった先は、まごころ港だった。
「まごころ町の流通の全てが集約されているところだ。
隣接しているのは、工業地域さ」
カリンバが教えてくれた。
たくさんのコンテナが積まれた大きな船がいくつも停泊しており、周辺を大型トラックがこまごまと動いている。
潮よりもガソリンの臭いの方が強い港で、伝輝達は白い客船に乗り移った。
遊覧船のようで、これでニュージーランドまで行けるとは到底思えなかった。
「こんな船で本当に一日で到着するのか?」
甲板で潮風を浴びながら伝輝は言った。
「まさか。これは多分オッセー潜水艦までの中継さ」カリンバが言った。
「オッセー?」
「人間の伝輝が見たら、きっと驚くぜ。
動物界唯一であり最高の長距離移動手段さ」
船は沖で停止した。
すると、ゴゴゴゴとすぐそばの海面が揺らぎ始め、黒い大きな潜水艦が水面に姿を現した。
潜水艦の傍では、ブシューと潮が噴き出した。
「何だ?」
水滴が身体にかかる。
伝輝は甲板に身を乗り出すようにして潜水艦を見た。
「キバ訓練所の皆様、いつもお世話になっております。
これから我がオッセー潜水艦が、皆様の安全を守りながらグル―パー島までお運びします。
私は従業員のオッセーで、前半皆様を運びますのが、ザトウクジラのターコイズです」
オッセーと名乗る淡い栗毛色のサラブレッドが潜水艦から現れて挨拶した。
「クジラ?」
「そう。あの潜水艦をクジラが引っ張るんだ。
途中で交代もするから、人間界の移動手段に負けないスピードを誇るよ」
カリンバがニヤッと笑った。
動物界・・・すげぇ・・・
伝輝の頭では、その言葉しか浮かんでこなかった。




