下級クラス卒業試験 ① 受験者発表
キバ訓練所で、伝輝は身体強化など、様々な訓練を積んでいく・・・
午前中の身体強化の訓練を終えたカリンバと伝輝は少し早い昼食をとるために、食堂に向かった。
昇平が仕事休みの日は夏美の弁当作りも休みになるので、伝輝は食堂を利用した。
「もうすぐ卒業試験の受験者が発表されるな」
食堂入口傍の掲示板を見たカリンバは言った。
「卒業試験って?」
伝輝は食券販売機に小銭を入れながら言った。
「下級クラス卒業試験だよ。
卒業試験に合格すれば、晴れて卒業資格が得られるんだ。
キバ組織メンバーになるためには、下級クラスを卒業して上級クラスに入る必要がある。
だけど、受験できる訓練生も、全員じゃなくって、普段の成績とかを見て、指導員が決めるんだよ」
「ふーん」
カリンバの話を聞きながら、伝輝はバイキング形式の料理を皿に乗せていった。
「絶対、受験者になってやるんだ。
俺は早く下級クラスを卒業して、ヨーロッパに戻って警官になるんだ
試験自体は一月だから、受験が決まったら、みっちりトレーニングするよ」
席に着いたカリンバは豪快にグリルチキンの山盛りを頬張った。
味噌汁をすすりながら、伝輝はカリンバのモグモグ口を動かす様子を見た。
ま、入ったばかりの俺には関係の無い話だな・・・
◇◆◇
クッキーは化けコントロールの訓練を、伝輝のカリキュラムに加えた。
革ジャンに着替えた伝輝は、クッキーについて行きながら、キバ訓練所の地下廊下を歩いた。
クッキーは一つのドアの前で止まった。
ドアを開けると、靴を脱ぐための玄関があり、玄関の向こうの床は畳になっていた。
「靴はきちんと揃えるんだよ」
クッキーは一度も磨いたことの無いようなボロボロの革靴を、ぴっちり踵をそろえて並べながら言った。
靴を脱ぎ、目の前の襖を開けると、中は伝輝の祖父の家にあるような、和室になっていた。
奥には床の間があり、掛け軸がかけられている。
掛け軸には「精神統一」を書かれていた。
部屋の真ん中には、紺色の袴姿のキツネが腕を組み、仁王立ちで立っていた。
毛並みの質感や、骨っぽい華奢な体格から、かなりの老人の年齢だと思われた。
「先生、彼が人間の伝輝です」
先生と呼ばれたキツネは、ジッと黙ったまま伝輝を見た。
「伝輝君、まごころカンパニーでは、化け能力・技術を高める訓練として、人間界の座禅を応用しているんだ。
ここでは、頭を空っぽにすることだけに集中するんだよ」
クッキーが簡単な説明をしている間に、キツネの先生は二枚の座布団を和室の中央に並べた。
先生と一緒に、伝輝は座布団の上であぐらを組んだ。
クッキーはその場を去った。
頭を空っぽにするとは、目を閉じてじっとしているだけでは、実現できなかった。
瞼を閉じて目の前を真っ暗にしても、色んなことが浮かんでは消えていく。
何も考えないようにしているのに、なぜか無意識に九九を頭の中で唱えていた。
「まだまだ、訓練が必要だな・・・」
伝輝は一言もしゃべっていない筈だが、ポツリとキツネの先生はつぶやいた。
◇◆◇
身体強化に、座禅と、伝輝は個別に組まれたカリキュラムに沿って、日々訓練を続けた。
少しずつだが、日ごとに出来ることが増えていく自分が嬉しかった。
もちろん、失敗したり、何度やっても上手くいかなかったりすることも沢山あったが、それに対して次はどうするかを、クッキーや指導員達と一緒に考えていった。
中には、剣道など、思い切って切り捨てる訓練もあった。
ある日、キバ訓練所からまごころ荘に着いた時、カバの樺と会った。
まごころ総合病院で歯医者をしている樺は、大きな顔をグインと伝輝に向けた。
顔がデカすぎて距離が近くなる。
「最近、表情がイキイキしてるね」
樺は目じりを下げた。
「次、人間狩りが再開された時は、期待してるよ」
そう言って、樺は自分の部屋に戻って行った。
◇◆◇
十二月に入り、伝輝は冷たい空気に身を震わせながら、キバ訓練所に向かった。
革ジャンは風を通しにくいのだが、頬など、直接肌に触れる部分は寒かった。
「おはよー! 伝輝、来いよ!
卒業試験受験者が発表されているぞ!」
ロッカールームに入ろうとしたところを、カリンバに止められた。
カリンバに手を掴まれ、伝輝は食堂の方へ走った。
食堂傍の掲示板には、茶色い革ジャンをはおった動物達がゾロゾロと集まっている。
塊から外れた動物達は、ガッツポーズをしている者もいれば、しょぼんと肩を落としている者もいた。
「お前も見てみろよ!」
カリンバは少し興奮しているようだ。
掴まれた手首が熱くて痛い。
【一月度 下級クラス卒業試験 受験者一覧】
1、ドリアン (オランウータン)
2、カリンバ (ライオン)
3、グレイ (シベリアンハスキー)
4、ロナウド (トラ)
5、ジャンヌ (ライオン)
6、松子 (キツネ)
「カリンバ、良かったじゃん!
受験できるんだね!」
伝輝はカリンバを見て言った。
「ありがとうよ。
ちなみに、掲載順は現時点での成績順だぜ」
カリンバはニヤリと笑った。
「え、じゃあカリンバって、下級クラスで成績二位ってこと?」
「そういうこと。
今回の受験者は十八人だから、上位六人は班長になるのかな・・・」
「へぇー」
成績順と聞いて面白くなり、伝輝は続きを見た。
7、ガリレイ (トラ)
8、竹男 (タヌキ)
9、ありさ (ヒト)
10、ベルント (グレート・デーン)
11、クララ (ライオン)
12、サンド (キツネ)
「ありさも受験者なんだ!?」
「何気にトップテン入りしてるんだよな」
カリンバは言った。
13、ハラミ (シマハイエナ)
14、マーブル (コヨーテ)
15、コウメイ (ヒョウ)
16、梅千代 (タヌキ)
17、ダニエル (ヒト)
18、伝輝 (人間)
「え・・・?」
伝輝はもう一度、一覧を上から下まで見た。
18番目に書かれているのは、自分の名前・・・?
「やったな! 伝輝!
頑張ろうぜ!」
カリンバがバンバンと背中を叩いた。
肉球が弾む。
「でも、何で?
入会して、まだ一ヶ月位しか経ってないのに」
「何言ってんだよ!
一ヶ月も通っているんだぜ。
全然おかしくないって!
詳しい成績のつけ方は分かんないけどさ。
期待値ってのもあるみたいだぜ」
カリンバは今度は伝輝の肩をギュッと握った。
「同じ班なら良いんだけど、もし違えばライバルだな」
肩から、カリンバの力強さが伝わってきたが、伝輝はまだ実感が湧かなかった。
◇◆◇
所長室で、クッキーは剛力所長と向かい合っていた。
剛力所長は机に肘をついてクッキーを見ていた。
「あの人間を受験させるんですね。
いくらなんでも早すぎるのでは?
人間は成長が遅い。あまりにも無茶ではないでしょうか?」
クッキーは剛力所長に訴えた。
しかし、剛力所長は表情一つ変えなかった。
「受験資格に必要なのは、化け成績・狩り成績・期待値だ。
あの人間の場合、期待値が非常に高いのだよ」
「どこに期待値をつける要素が?
化けのコントロールも最近になって、ようやくまともになってきたところなのですよ」
「我がまごころカンパニー最大の化けアドバイザーが推薦するのだ。
これを期待値として換算しないわけにはいかない」
剛力所長はクルリと椅子を回転させ、訓練所から帰ろうとする動物達を窓から見下ろした。
「分かっていますか、所長。
あの人間は、実験体ですよ。
もし、予定外の損傷を与えてしまっては・・・」
「だから、お前を訓練所に呼んだのだ。
人間6号は興味深い成長をしている。
安全を最優先し、しっかりと観察するのだ」
クッキーはシュンと耳を折り曲げると、ペコリと頭を下げて所長室を出た。
◇◆◇
クッキーは首をコキコキ回しながら、キバ組織の談話室に入った。
中央のテーブルには、ジャガーのワイヤーがタブレットを叩いていた。
その他には、動物はいなかった。
「カプチーノのおかわりは?」
クッキーはドリンクコーナーに立ち寄り、ワイヤーに声をかけた。
「ありがとう、頂くわ」
ワイヤーは返事をするも、目線はタブレットを向いていた。
「一体、何を調べているんだ?」
カプチーノが入ったマグカップをコトンと置いて、クッキーはワイヤーの隣に座った。
「裏切り者のキバ組織メンバーについてよ」
「それって、訓練所で噂になったやつ?」
クッキーはズズズとコーヒーをすすった。
「本当にそれがただの噂か都市伝説なのか調べているのよ」
「何で、そんなことを?
もしかして、あのヒトの女のことか?」
人間5号が出産した赤ん坊を、美食会に食材として出品するために、キバ組織は特別班を作った。
しかし、その班はたった一人の雌ヒトによって壊滅させられたのだ。
その時の容姿が雌のヒトだった以外、正体は不明である。
「関係あるのか、その噂と女が」
クッキーは背もたれに身体を傾けた。
「僅かでも可能性があるなら、調べて突き止めるだけよ。
最も、その裏切り者について知っている動物はほとんどいなくて、情報もロクに残っていないけど。
それでも訓練所のデータベースなら、裏切り者が裏切る前の記録が残っているかもしれない」
「頑張るねー」
「でも、調べれば調べるほど分からなくなるの。
わずかな証言を辿っても、猫やらカバやら馬やらで、支離滅裂で繋がらないのよ」
クッキーは一瞬ドキッとした。
その組み合わせは偶然であってほしかった。
「あ、これ・・・」
ワイヤーが手を止めた。
「この訓練生の記録時期が、裏切り者がいた時期と一致するわ。
同じ時期にいた訓練生の現在の状況は確認とれるけど、この情報だけは、現在・過去と確認できない」
「そいつは、誰なんだ?」
「残っている情報は・・・
犬、雄・・・」
「え?」
クッキーの表情が固まった。
ワイヤーの脳裏にある姿が浮かんだ。
バラの身体に穴を空けた男。
三角の耳と尻尾を生やしたヒトの姿をした男。
「まさか・・・」
ワイヤーがギリッと奥歯を噛みしめた。




