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第二章
「私、こういう者です。以後、よろしくお願いします」
生徒会長がイベントの終了を宣言して、当事者、ギャラリーが、ある者は未練たらしくはづきを見つめながら、またあるものはうなだれて、そしてまたあるものは談笑しながら三々五々解散する中、俺たちは、はづきが人山から掘り出した少女から名刺を手渡されていた。
「うん! よろしく! あたし、あいにく名刺切らしているの。今度あげるわね」
はづきは少女にウィンクをする。貴様、名刺なんて気の利いたもの、いつ印刷してたんだ?
名刺を手渡した眼鏡に三つ編み髪おさげの少女は、手を前で組み、引きつったよそ行きの笑顔で、俺たちと向かい合っている。
やたらとおどおどして見えるのは、激しさを増しているカミナリのせいだけではないにちがいない。
真正面に対峙しているので自然と上から下まで観察してしてしまう。しょうがないじゃないか、異性を目の前にした男の本能なんだから。
眼鏡をかけてはいるが、えらい美少女だった。
だが、ちっちゃい! 小柄というにも程があるだろうというほどちっちゃかった。俺よりも余裕で頭二つは小さい。
おまけにおそろしく童顔だ。うなじあたりで二つに分けた三つ編みお下げが、そのミニマムな身長とあいまって、不必要にその人を幼く見せている。
我が校の制服を着てはいるが、中学年の小学生がお姉ちゃんの制服を拝借して背伸びしている感でいっぱいだ。
が、その美少女を特徴付けているのは、その身長にそぐわない巨大なバストだった。というか身長と、童顔、そして偉容をほこる胸のアンバランスだった。世の中の特殊な嗜好の人間の網膜には、天使の像を結ぶに違いない。
手渡された名刺には「地学部部長 一年五組 榊 悠乃」と、書いてあった。あと、携帯のナンバーやらメールアドレスやらが記載してあったが、個人のプライバシーなので省略する。
しかし名刺とはな、見かけによらず大人みたいなことをする。
変なやつだ。
カミナリが激しく鳴り響き、ポツリポツリと大粒の水滴が落ちてきた。
「ひゃうう! ひにゃあああ!」
空が明滅しゴロゴロいうたびに頭を抱え、しゃがみこんで怯える様は見かけ通りだ。
「え、っと、あのぅ、こんなところで、立ち話もなんですから、地学部においでいただけませんか? 部室でお茶も用意させていただけますしぃ……」
榊悠乃は、その顔の半分もあろうかという大きな目を恐怖に潤ませ、俺とはづきを見上げる。そんなに怯えなくても、取って喰ったりしないから。
はづきはどうかしらんがね。
「いいわね、あたし、ちょうど喉が渇いていたし、なんといっても、これからあたしが高校生活の大半を費やす部だもの、早く馴染みたいわ」
あと、数分早くその言葉を言って欲しかったぜ。
そしたら、こんな浴槽をひっくり返したような雨の中に立っていなくても済んだんだが。
「竜洞さんが入ってくれるなんて、なんと言う僥倖でしょう。これで、我が地学部は安泰です!」
部室のドアノブを回しながら榊悠乃は、相変わらずこわばった微笑を顔に張り付かせながらはづきの入部を歓迎する辞をのたまった。
地学部の部室は特別教室棟四階の通称『文化部通り』の一番奥にあった。グラウンドからの移動途中に自分らの教室に立ち寄り、鞄やら制服やらは回収済みだ。
「ようこそ地学部へ! 部員一同、竜洞さんの入部を歓迎します!」
誰もいなかった。
「てへへへへぇ。まあ、どうぞどうぞ、ずずい――っと、奥へお進み下さい」
引きつり笑顔を照れ笑いに替えて、榊悠乃は俺たちを地学部部室に招き入れた。存外と広い室内にはそこかしこに、岩石標本やら、化石標本、手作り感たっぷりの天体模型や地層模型、その他、意味不明な物体が鎮座し、大口径の天体望遠鏡が窓から上空を睨んでいる。スチールの書棚には、俺にはわけの分からない分厚い書物がこれでもかと詰め込んである。
マッドサイエンティストの研究室って、こんな感じなんだろうな。
「一同と言う割には、ずいぶん頭数が少ないのね。でも、この部室はすてき。あたしここが好きになりそうよ」
榊悠乃に手渡されたタオルでマッシュルームのような赤毛の頭を拭きながら、はづきが感想を述べる。たしかに、他の部員が見当たらない。ひょっとして……。
「お察しの通りです。我が地学部はわたし一人きりなんです」
ぴょんと小ジャンプして空中で膝を折りたたみ、着地と同時に土下座をする榊。
「そうなんだ。じゃあ廃部寸前ってこと?」
「流石、竜洞さん。御慧眼に感服です。じつは、昨年度卒業した方々が最後の地学部員だったそうなんです。わたし、入学してすぐにここに入ろうとしたんですが、時すでに遅く……。なんとかここの鍵を借りられたので、わたし一人で活動しよう思ったのです。……が、生徒会規約により廃部を迫られている事態でして……。来月の頭までに五人、部員になってもらわないといけないなんです」
「ふうん、だから一年生なのに部長なんだ。たいへんね」
「はい……。ですから、竜洞さんには是が非にでも入部していただきたかったんです」
このときの二人がどんな表情をしていたのかは見ていなかった。なぜなら俺は天井の石膏ボードの穴を数えながら、はづきと榊悠乃の遣り取りを聞いていたからだ。はづきが着ている体操着は雨で濡れ、かなり危険な様相を呈しており、俺が視線を平常時の位置に据えていると、どうしたってそれが視界に入ってくるからである。
いや、なぜはづきの体操着が透けているのがわかったかというと、グラウンドからここに移動するまでの間、俺は最後尾にいたからであり、歩いているときに前方を見ないことには思わぬ事故に繋がるからであって、決してはづきが着用している下着がスポーツ用のシンプルなものだとかいうことをじっくりと観察していたわけじゃない……っ。
――すまん、うそだ。ガン見していた。
「それより悠乃ちゃん、あたしパンツまで濡れちゃってるの。着替えたいんだけど」
「あ、濡れた服を乾かすのでしたら、今ハロゲンヒーターを出しますね。わたしも制服を乾かしたいので」
「へえー! そんなものまであるの? どっかの間抜けとはちがって気が利いてるわ」
はづきが俺をギロリと睨む。正確には睨んだ気がした。俺は石膏ボードの穴のカウントを中断して地学部室から飛び出した。後ろ手にドアを閉め座りこむ。
俺もずぶ濡れなんだがな。
「わあー、悠乃ちゃんのおっぱいおっきい。すっごーい」
「ぅひええええっ! さっ、竜洞さんなにを……」
「うっわあーっ! ぷにっぷにぃ! ねえねえ、これ、何カップあるの?」
「にゃっ、ふにゃあああ! 揉んじゃいやああぁん!」
薄い扉の向こうで、美少女二人が繰り広げているであろう禁断の光景を妄想して、俺は鼻の奥がじんわりと熱くなるのを覚えた。
しばらくして中から入室の許可がおり、そろりとドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは部室の天井に渡した細いロープにぶら下げられた、それまではづきたちが身に着けていた衣服の群だった。勿論、下着もその中に含まれている。
ハロゲンヒーターから発生した熱により起こった上昇気流にヒラヒラとたなびくブラジャーやパンツ、キャミソール、体操着にブルマー。さすがに俺の我慢強いキーゼルバッハ部位の血管は限界を超えた。つまり、鼻血を噴いてひっくり返ってしまったわけだ。
「ありゃりゃあっ、ドーテーには刺激が強すぎたかなぁ?」
制服に着替えたはづきが口角を吊り上げて意地悪な微笑を浮かべ見下ろしている。そのすぐ隣ではジャージ姿の榊悠乃が大きな目をさらに大きく見開いて、びっくりしていた。
「あわわっ、わああん! み、見ないでぇーっ、わたしのパンツ見ないでぇっ! 竜洞さんのうそつき! もう帰ったなんて」
俺の頭の中では、レースやらフリルやらがタンゴを踊っていた。
「で、悠乃ちゃん。地学部って何をするところなの?」
「はい、一言で言うとなんでもありです」
「はあ?」
はづきが素っ頓狂な声を上げながら椅子を引き寄せ、どっかと腰を下ろし足を組む。
たしかにそうだ。なんでもありだなんて、アバウト過ぎにもほどがある。更なる説明を要求する!
俺も手近な椅子に腰掛ける。視線を真下に向けながら…な。
「え、と、本当になんでもありなんです。科学的アプローチでさえあればですが」
今度は床とにらめっこする。樹脂製タイルの継ぎ目を端からアミダくじの要領で辿る。意外と楽しいぞこれ。
榊は説明を続ける。
「この地球上のこと、宇宙のこと。その全てが我が地学部の活動対象なのです」
「話がデカすぎるわ。もう少しコンパクトにならない?」
「そうですね、地質学、自然地理学、鉱物学、海洋学、気象学、古生物学に地球物理学とか数え始めたらキリがないくらいのたくさんの学問を、高校教育ではとりあえずひとくくりにして地学って言ってるんです。ですから、なんでもありなんですよ」
高校教育では? おいおい、俺たちゃ昨日今日、高校生になったばっかりだろ。教育委員会みたいな言い草だな。
「ですから、一概に地学部と言っても、その高校、その高校でやってることが違うんです。ある高校は、その土地の地質学的歴史的成り立ちを研究していたり、ある高校は恐竜の化石発掘と再現が強かったり。わたしは、天文がやりたかったので、この高校を志望したんです。ここって、天文では県内でも有名だったんですよ。屋上に天文台ありますし」
ああ、確かにあったな。この学校の外観を表現する上で欠かせない構造物だ。
「ふうん、あらゆる学問を網羅しているってわけね。――悠乃ちゃん、将来は天文学者とか夢だったりする?」
はづきは形のよい脚を組みなおす。
「えへへへへ、なれたらいいなあ。なんて思ってますけど」
膝の間にはさんだ手の指をくるくると回しながら榊が答える。
「ふうん、天文学者っていうより。高級官僚って気がするけどなあ」
榊はギクリとして膝の間の手を握り締める。はっとして、俺もはづきの方に視線を上げる。
「あ、ごめん。そんな気がしただけ。口から出任せだから気にしないで」
「は、はい。でもびっくりしました。官僚だなんて……」
はづきから視線をそらした榊の瞳が俺を映す。
「しっ、ししし、下を向いててくださいって、お願いしたじゃないですか!反則です!違反です!」
頭から湯気を出さんばかりに顔を真っ赤にした榊が俺に抗議する。あと少し上を向いたら榊のキャミソールが視界の端にはいるところだった。
「も、申し訳ない!」
俺は慌てて、床アミダを再開する。
「とにかく、なんでもありってことは分かったわ。そして、あたし向きの部活だってことがね。あと二人集めればいいわけね。さて、どうしようか?」
それには心配及ばんぞ、はづき。明日の今頃には、この静かな文化部通りは東京原宿竹下通りの様相を呈しているだろうし、入部届けの用紙の山で机が埋まってるだろうからな。
「よおし、手始めは部員勧誘ね。はりきっていくわよ! あんた、サボるんじゃないわよ。サボったらぶん殴るからね」
俺はうなずくしか選択肢がなかった。首を横にふったところで、待っているのは非常に痛い結果だけだろうからだ。
ところでだ、このヅラどうする?
俺の予想以上だった。翌日の放課後の特別教室棟四階は、原宿竹下通りどころか、夏の東京国際展示場東館を彷彿とさせる混雑だった(行ったことは無いが)。
例によって、首からIDカードみたいなものをぶら下げた奴らが結構な割合で混じっている。
日直だった俺はクラス日誌を提出するために、職員室がある管理棟に出向かねばならなかったため、特別教室棟四階に到着したのは、放課後になってから十五分過ぎた頃だった。
はづきはホームルームが終わるや、脱兎のごとく教室を後にしていた。榊も既に部室に入り、山と提出された入部届けに目を白黒させているに違いない。
「さて、どうやって部室にたどり着くかだが」
あまりの混雑に、階段の降り口で立ち尽くしている俺に、特別教室棟を埋め尽くしている群集が気が付いた。一番初めに俺の存在をその意識に留めたのは、首からIDカードみたいなものをぶら下げた連中の一人だった。そこからザワザワとさざなみが立つように俺へと視線が向けられ、数十秒後にはその場所で一番注目されている人間になっていた。
善意での注目ならば喜んで享受しようと思うが、この場合は悪意に満ち満ちていた。こりゃあ、無事に部室までたどり着けるか……。
このままUターンしてこの群集から逃れ、明日はづきに殴られるのと、今、この群集に突撃を敢行してリンチを受けるのでは、どちらがよりダメージが少ないだろうかと本気で思案し始めたときのことだった。
「あららぁー、すっごいひとだかりぃ。これじゃあ、地学部にいけないわぁー。わたしぃ、地学部の部室にぃ、行きたいのになぁ」
この、一触即発の状況にたまげるわけでもなく、むしろ楽しむかのようなのんびりとした少女の声が背後から聞こえた。
振り向くとまたもやとびっきりの美少女が、日向ぼっこをしている長生きのネコのような笑顔で、ぼんやりと立っていた。
「ちょっとぉー、とおしてくださいねぇー」
美少女が、歌うように呼びかける。
奇跡が起こった。群集が中央からみるみる割れていく。まるで、旧約聖書の出エジプト記の一場面のようだった。あまつさえ、それまで俺に向けられていた敵意の視線が和らぎ、むしろ、好意さえ感じられるものになっていた。
「さあ、いきましょぉー。あなたぁ、地学部のひとでしょおー」
美少女は追い抜きざまに俺の手を取り、割れた海の底を歩んだモーセのように地学部室へと歩を進める。ふわっと焼きたての砂糖菓子のような匂いが鼻腔の奥をくすぐる。その手はマシュマロみたいに柔らかかった。
「あ、あんた、いったい何をしたんだ?」
「んふふっ、わたしはぁー、みちをあけてくれるようにぃ、おねがいをしただけ。ここにいるひとたちは、とてもいいひとたちだからぁー、わたしのおねがいをきいてくれたのよぅ」
ラルゴで歌うように、美少女は答えた。
たしかにこんな美少女にお願いされたら、これくらいのことは起きるのかもしれない。俺は、いつまたあふれ返るとも知れない海の底を歩く子羊のようにビクつきながら、少女に付き従った。
地学部室に到着した俺たちを迎えたのは、常夏の南洋の島に咲く花のようなはづきの笑顔と、目を顔からはみださんがごとく見開いている榊の驚き顔だった。
「遅かったじゃない! 見てよ、この入部届けの山! 部員募集の告知も出してないのにこの状況よ! と、あなた誰? 入部希望者? ウチの下っ端一号と同伴出勤とはやるじゃない!」
はづきは笑顔を一転させ、俺と一緒に入室した美少女に怪訝な顔を向け、コンマ数度目線をずらし、腸内細菌と体内細胞の死骸が半分を占めるものの塊を見るような目で俺を見た。
しまった、手を繋いだままだった。この人、かなりのぼんやりさんだ。
「あららぁー。はいぃ、入部希望ですぅ。鳳梨実佳と、もうしますぅ。よろしくおねがいもうしあげますぅ」
鳳梨実佳と名乗った美少女は、はづきに気後れすることなくラルゴで答え、ウェーブがかった長い髪の毛を揺らしておじぎをした。まだ手を繋いだままだ。いい加減手を離してくれ、あらぬ疑いをかけられ始めてるから!
「あんた、いつの間に彼女作ったわけ? 我が地学部の部内恋愛禁止という部内法度を知らないわけじゃないでしょうね! まあ、部員を増やそうとした気持ちは汲んであげるけど、ここは部活の場だからね!」
「ま、待て! これはちがう! 断じて違う! この人とは、たった今、そこの階段で初めて出会って、廊下の人だかりをくぐり抜けるのを手伝ってくれただけだ。そ、そうですよね、鳳梨さんとやら!」
俺は、鳳梨実佳から、自分の手のコントロールを取り戻し、はづきに言い訳した。そもそも、そんな部内法度なんていつの間にできたんだ? たった今だろ!
「はい、そうですぅ。わたし、このひととは、さっきはじめてあいましたぁ。このひとはぁ、ろうかであまりのこんざつに、立ちおうじょうしていたわたしの手をひいて、ここまでつれて来てくれたのですぅ。わたしはこのひとのかのじょさんじゃあ、ありませんよぅ。あんしんしてくださいぃ」
髪の毛一筋ほどの緊迫感も持たずに言ってのけた鳳梨実佳は、日向ぼっこをしている長生きの猫のような笑顔を全く崩してはいなかった。
「ふん! まあいいわ。あんた、え、と、鳳梨さんだっけ、これに記入して外で待っててくれるかしら。三分以内に現状をどうするか決めるから」
はづきは敵意丸出しに、入部届けの用紙を鳳梨実佳に突きつけた。おいおい、なんでそうなる? せっかく入ってくれようって人に、なんて態度だ。
「はぁい、わかりましたぁ。でも……、あれだけの人間をどう捌くのか見物だわ」
ん? 一瞬、漢字が増えなかったか? 俺が違和感を覚え、鳳梨実佳の方を見たときには既に鳳梨は部室のドアをくぐっていた。
「どうしましょう? 入部希望者の人たち、廊下に溢れ返ってるみたいです。と、いってもあの人数をここには収容し切れませんし……。このままでは学内騒乱のかどでおとりつぶしになってしまうかもです」
榊は半泣きだ。
「悠乃ちゃん、部員は多いほうがいい? 少ないほうがいい?」
「え、あ、わたしは天文がやれればいいので、人数にはこだわりません。でも、こぢんまりしてた方が、まとまりやすいかと思います」
「あたしも同意見。少数精鋭がいいわ! それに、廊下にいる入部希望者の大多数は真面目に地学部やるような気がしないしね。必要最低人数まで絞らせてもらうわ」
「どうするんだ? まさか、採用試験でもやろうってか?」
「そのまさかよ! 地学部愛を見せてもらうわ」
なんだそのどこかのハラ監督みたいな造語は?
そもそも、どんな方法で選抜しようってんだ?
「そんなの簡単じゃない。地学に関する筆記試験と、面接。入学試験とおんなじよ」
「そうか、お前さんのことだから、特殊部隊みたいな選抜方法でも採るのかと思ったぜ」
しまった。口が滑った! 今のナシ……。
「それ採用! どうして思いつかなかったんだろう。そっちの方が効果的に不要分子を追い出せるじゃない! しかも、今後二度とあたしたちに絡もうなんて気を、起こさせずにすむかもしれない! あんた、味の素常用してる?」
いや、俺が味の素を使うのはTKGすなわち卵かけご飯の時だけだ。……じゃなくて、そんな危険極まりない選抜方法、どうやって実施するんだ? ヘタすりゃ本当にお家断絶だ。それだけで済めばめっけもんで。けが人でも出したら退学させられかねないぞ。
「大丈夫、心当たりがあるから。これ以上の安全はないってくらい安全に実施できるわよ! じゃあ、決定ね。一次試験は筆記、二次試験は特殊部隊式選抜! 一次試験の実施はあさって! 二次試験は連休にやるわよ! 表の人たちに伝えてくるわね」
はづきは勢いよく立ち上がると、大股でドアに向かった。ドアノブに手をかけ、四分の一ばかり回したところで、なにかを思い出したように俺に振り向いた。
そして、胸を反らし腰に手を当て、皇帝のように命じたのだ。
「あんたも受けるのよ。そして必ず合格すること! 手を抜いたら、頭ひとつ分身長が低くなると思いなさい!」
榊は、部長だから当然試験は免除される。俺にしたって、はづきに無理やり付き合わされてるだけなのだから、免除されてもいいだろうが、そうはいかないらしい。
俺は試験終了まで、地学部への出禁を命じられた。試験の公平性を保つための措置らしいが、俺は内心ほっとしていた。このまま、やつに巻き込まれて地学部なんぞに居続けることになったらどんな危険が身に及ぶかわかったもんじゃない。
しかしながら、身長が頭ひとつ分低くなるのは嫌だし、第一そんなことになったら、生命が維持できるかも怪しい。とりあえず夭折を回避すべく、不承不承ながらも俺は、地学部受験勉強に精を出すことにした。
まあ、ある意味、この選抜試験はラッキーだ。あいつは合格しろとは言ったが、斬首の条件は「手を抜いたら」であって「合格しなかったら」ではなかった。努力の痕跡を留めつつ不合格になれば、罵倒されはするだろうが、斬首にはならずにあいつとおさらばできる。おまけに、全校生徒からの身に憶えのない怨嗟からも逃れられる。
俺って冴えてんじゃん。まあ、その匙加減が難しいんだろうがな。
出題者は、榊とはづきだ。そこから攻略の糸口をつかもうと頭をひねる。榊は天文をやりたいといっていたから、そっち関係からの出題が予想される。榊のことだから、極端な難問はないだろう。せいぜい中学理科の範囲内のはずだ。
問題は、はづきからの出題だ。発掘関係が絡んでくることは間違いないだろうが、それが、鉱物なのか化石なのかはたまた遺跡のことなのか全く見当がつかない。それに、やつのことだ、どんな常識外れの問題を出してくるか判ったもんじゃない。
「考えても分からんときは行動してみることだな」
俺は、はづきから出される問題の予想を放棄して、榊からの問題に対処すべく、中学理科第二分野の教科書を押入れのダンボールから引っ張り出した。
たった二日で何ができるか分からんが、やらないよりはましだろう。とにかく努力したことだけは認めてもらわんとならんからな。
2014/04/08 掲載開始
2014/08/03 誤字脱字修正