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穴掘りはづきの迷走  作者: 茅野平兵朗
12/40

012


「第一関門突破は五人かぁ。思ったより少なかったなあ」

 と、裾を引きずるように長い丈のコートを羽織り、ふとももの露出を隠したはづきの引率で、全員が駐屯地の門へと向かう。

「残りの人員をつれて来ましたあっ!」

 はづきが掌を見せる形の敬礼をしながら門に向かって大声で告げる。

 たしか、俗に「フランス軍式の敬礼」といわれているやつだ。陸自が経営する高校に行った悪友に昔聞いたことあがある。

「お疲れ様ですっ!」

 ガチャッとメカニカルな音を立てて、門に立っていた隊員が自動小銃を体の前に捧げ持つ動作をした。

 どうやら、鼻の下は伸びていない。

「あ、あの鉄砲、ほ、本物?」

「だ、だよなあ」

 本物の銃なんてほとんど初めて目にした俺たちは、鈍い光を放つ銃にビビリながらも駐屯地の門をくぐる。

「おはようございます!」

 門の内側で俺たちを出迎えてくれたのは、なんと、上から下まできっちりと迷彩服でキメた女性の隊員さんだった。

 こちらに向かって、ビシッとした敬礼をしている。自衛隊だから迷彩服でキメているのは当たり前だし、敬礼がビシッとしているのも当たり前か。

「あ、お疲れ様です。残りを連れてきました。よろしくお願いします」

 はづきがフランス式の敬礼で答礼する。

 この敬礼、フランス式と俗に言われているが、イギリス陸軍もこの敬礼だし、アメリカも南北戦争のころは手のひらを見せる形の敬礼だったそうだ。

 現在でもかなり多くの国の軍隊が採用している形式だ。そうだ。

 自衛隊の高校に行ってるヤツが言っていた。ヤツは筋金入りのミリヲタだから、間違いないと思う。

「ようこそ西高の皆さん! お待ちしておりました」

 その女性隊員さんがこちらに二歩前進して、えらく大きな声で挨拶をする。そう、まさに前進といった体だ。

 やたらとハキハキしているのも、自衛隊なら当たり前なんだろうが、俺のような一般人からしてみたら、尋常じゃないハキハキさだ。

 前にテレビで見たスーパーマーケットのレジ接客大会の優勝者よりもハキハキしている。

 しかも、動作がじつにキビキビしている。女子高生のゆるーい動作に慣れ親しんだ目にはビシッビシッて音がしそうな挙動だった。

 だが、そんな、じつに軍人っぽい動作ではなく、他のものに俺たちは活目する。

 思春期の牡どもの嗅覚は、その迷彩服に覆われたマーヴェラスな肢体を瞬時に嗅ぎ取っていたのだった。

「っくぅ!」

「ほぉぉぉ……ッ」

「はうッ」

「うむぅ」

 でかい。

 それは、榊さんが日本の南アルプスだとすれば、まさに、本家本元ヨーロッパアルプス、最高峰モンブランを擁する西アルプス山脈だった。

「あんたたち、なにニヤケてんのッ! ご挨拶なさいッ! 全員減点ッ!」

 はづきの叱咤に俺たちは、正気を取り戻す。

「ッあ、ザスッぅ!」

「は…よう~っすぅ!」

「ッおざーす」

「あ…はよぅざす!」

「おはようございますッ!」

 とか、俺たちは、三々五々に伸びきった鼻の下を気にしながらあいさつをする。

 神田はともかくとして、柔道部先輩までがだらけきったミドルティーンなあいさつだった。

「では、男子生徒の皆さんは、こちらへそうぞ!」

 左向けに左をして百メートルほど奥の建物を手で指し示し、女性隊員さんはクスリと微笑んだ。


 はづきたちと別れ、女性隊員さんに連れられて大きめの建物に入り、学校の教室よりも少し広い会議室みたいな部屋に通される。

「ではここで、各自用意して来た野外活動に適した服装に着替えてください。制限時間は、私が外に出てこのドアを閉めてからきっかり二分です」

 いきなり第二関門かよ。

 だが、俺は着替える必要がなかった。家から着てきたからな。プールの日と同じだ。

 Tシャツとパーカーに裾が紐で絞れるようになっているカーゴパンツ、踝まで隠れるハイカットのアウトドア用のスニーカーにリュックサックといった恰好だ。

 あ、あと、ガキの頃、親戚の誰かにもらった迷彩の帽子を持って来てはいた。

 ブラシで描きなぐったような迷彩柄で、後背部に日差しから首をカバーする布がくっついたその帽子を俺はけっこう気に入っていて、キャンプなんかではよくかぶっているのだが、今回はリュックの中にいてもらうことにする。

 なぜなら、はづきが着ている迷彩の上着と同じ柄だからだ。帽子と上着で柄がおそろいなんて、あらぬ疑惑の元になる。 

「では、始め!」 

 ドアが閉まる。

「わああああああああああああッ!」

 部屋に牡ガキの雄たけびが響く。

 着替えの早さ程度のことで落とされてたまるかという気迫がビンビンと伝わってくる。

 俺はたしかに着替える必要が無かった。

 だが、それでも靴の紐を蝶結びから、本結びに替えて、端末をスニーカーの中にたくし込む。行動中に紐が解けるのは怪我の元だからな。

 先輩たちは大急ぎで、それぞれが持参した野外活動に適していると思う服装に着替えていた。

 ジャージ上下にランニングシューズ、ジーンズにトレーナーなど、人それぞれだ。

 意外だったのは、本格的な迷彩服にコンバットブーツといういでたちになるんじゃないかと予想していた神田が、俺と似たような服装だったことだった。

 奴はちゃんと帽子をかぶっているがな。


「はいっ、そこまでですっ!」

 女性隊員さんが飛び込んできた。

「皆さん、存外手際がいいですね。では、荷物を持ってこちらへどうぞッ!」

 女性隊員さんに誘導されて部屋から出た俺たちは、皆、ギクリとした。

 少なくとも俺は、びっくりしてのけぞった。

 廊下に、迷彩服姿の男性隊員さんがずらりと整列していたからだ。

 出会いがしらに、筋骨隆々の迷彩服の集団に出くわしたと想像して欲しい。

 ピンとこなければ、曲がり角で、ドーベルマンの群れに鉢合わせしたと想像して欲しい。俺のびっくり具合はそんな感じだった。

 他の先輩方も似たりよったりだったろう。

 唯一人を除いてな。

 やっぱり、こういう服装って威圧効果満点だな。


「ハイ、皆さん横一列に整列してくださいねー」

 ビビリまくっている俺たちに女性隊員さんが次の行動を指示する。

 いや、その前に、この、おっかない人たちどうにかして欲しい。

「横隊、一歩前へ!」

 廊下に男のでかい声で号令が響き渡り、隊員達が一斉に一歩前に出る。本当に「ザッ!」って音がした。

「うわああぁっ!」

 神田以外の全員が思わず腰を抜かしそうになる。俺なんかチビリかけた。

「皆さん大丈夫です。食べられたりしませんから。これから、頭にヘルメットを被っていただくだけです。隊員の方を向いてください」

 案内嬢(俺が勝手に心の中でそう呼称することにした)さんの指示に従い、俺たちは男性隊員の方を向いて直立する。 

 と、頭にずしりと重りを載せられたような感触がする。

「おおぉ!」

「ひいぃっ」

「ぉひゃぁ」

 それぞれ初ヘルメットの感想が口をつく。ちなみに俺の初ヘルの言葉は、

「うひぃ」

 だった。

 そうして、また、女性隊員さんに先導されて、建物の外に出ると、そこには怪獣映画でよく見る幌掛けの自衛隊トラックが止まっていた。

「では、このトラックに乗ってください」

 荷台のゲートが開いて下りている。ゲートにはがっちりとした角パイプで造った鐙状の足がかりが付いている。よーく見ると、ゲート自体にもステップが付いている

(あれに足を掛けて荷台に上がるのか。それだけでもう、山登り的だな)

 と、素朴な感想を思っていると、案内嬢さんがたたたっと小走りにトラックに近づいて、ひょいっと、幌の中に吸い込まれた。

「え?」

「あ……?」

「ほお!?」

「ぅンンンッ?」

 あまりにも瞬時の出来事で、どうやって荷台に上がったのかわからなかった。

「こちらの隊員の手を取って乗車してください」

 薄暗い幌掛けの荷台から顔を出して、案内嬢さんが俺たちに指示した。

 荷台の左右で男の隊員さんが、俺の腕の三倍はあろうかという腕を差し出して身構えている。

 ああ、そういうことか。荷台に乗っている男の隊員さんに引っ張りあげてもらったのか。

「なるほどね」

 頷く俺の横をすり抜け、誰かがさっとトラックへと進む。

 案の定それは神田だった。

 荷台のゲートに付いている乗馬の鐙みたいな金具に足をかけ、同時に隊員さんの手を取る。またまた、ひょいっと幌の中に吸い込まれる。

「よし、次は自分だ」

 柔道部先輩が荷台の隊員さんの手を取る。

「おわぁっ」

 素っ頓狂な叫びを残して先輩は幌の中に消えた。

「へえ、じゃあ次ぎはボク……ッッ!!」

 叫び声を上げる間もなくブラバンの先輩もひょいっと、幌の中に消える。

「中々、おっかなそうだなあ」

 続いて山岳部先輩。

「……ッひ!」

 彼もまた、えらい勢いで幌の中に消えていった。

 あの幌には真空掃除機が付いているに違いない。

「さあ、そこの、ぼーっとしてる君も!」

 案内嬢さんが、最後に残った俺をうながす。

「あ、はい!」

 慌てて、荷台からこちらに伸ばされているごつい手を、腕相撲の要領で握る。

 ゴリラに掴まれたかと思うような力で引っ張り上げられる。このままでは、河岸に上げられた冷凍マグロのように、トラックの荷台に水揚げされてしまう。

 あたふたとステップに足を乗せ、よじ登りながら隊員の手を引っ張る。

「ひょえぇッ!」

 父親に片手で振り回される幼児よりも軽々と、荷台に放り上げられる。

 一瞬感じる浮遊感はなんかクセになりそうな感覚だ。


 何とか冷凍マグロみたいに転がされずに、俺は荷台に上がることができた。

「やあ」

「よ!」

「おう!」

 先に乗った先輩方が、電車みたいに進行方向に平行に設置してあるベンチに横並びに腰掛けていた。その顔は少し蒼ざめている。

「座って!」

 いつの間にかヘルメットを被っていた案内嬢さんが、ベンチを指し示す。

 学校の椅子より座り心地が悪そうな申し訳程度の腰掛だ。見てるだけで尻が痛くなりそうだ。

「あ、はい!」

 先輩方が蒼ざめているわけは、椅子に腰掛けてすぐにわかった。 

 俺たちの向かいに、七~八人のヘルメットを被った迷彩服の男たちが、またもやずらりと並んでいたからだった。

 座って正面を見るまで全く気が付かなかった。まるっきり気配がしなかった。

 だから、ドーベルマンと差し向かいにされたと思ってくれって。


 バタン! ガチャガチャと、荷台のゲートを閉める音が響く。

「全員乗りましたね。いない人は返事をしてください!」

 これって、自衛隊ギャグ? さすがに誰も笑わない。せめて、向かいに座ってる隊員の皆さんは笑ってあげてもいいのに。身内の渾身の? ギャグなんだから。

 俺のそんな思いを感じてか、案内嬢さんは照れくさそうに咳払いをする。

「これから移動しますが、ここまででなにか質問はありますか?」

 俺の隣に腰掛けながら案内嬢さんが俺たちに問いかける。

「一緒に来た女子達もこれに乗るんですか?」

 せっかくだから聞いてみる。まあ、無駄な質問だがな。

 先輩方三人がぎらぎらとした目で、一斉にこちらを注目する。

「女子の皆さんは、こちらには乗車しません。残念でした」

 案内嬢さんは、茶目っ気たっぷりな笑顔を俺たちに向けた。

 ああ、やっぱりだ。はづきたちはもっと乗り心地がいい車で、目的地へ行っているに違いない。

 俺と神田以外の三人が露骨にがっかりとした表情を浮かべる。

 そうだよなあ、憧れの女子とトラックの荷台とは言え同乗できたら、気分は最高だよなあ。がっかりする気持ちは分かる。

「乗車完了! ではっ、出発します!」

 先輩方のがっかり感に思いを馳せているうちに、トラックが出発する。どこをどう走っているのか、俺が座っているところからでは分からない。最後尾の座席にはたぶん安全対策のためなのだろう、隊員がビンのふたのように座っている。

 不意にコツンとつま先に何かが当たり、足元を見る。幌の中の薄暗さにようやく慣れた目に、一メートル半くらいの円柱状の物体が三つ映る。

 その物体を指差しながら神田の方を見ると、奴はこれがなんなのか多分知っているに違いない、ニヤリと笑いながら両手を広げて首をすくめて見せた。

「指示するまで、口は閉じていてください!」

 案内嬢さんがそう言うや否や突然ドスンと軽い衝撃を感じて、ケツが少し浮く。股間にゾクリと寒気を感じる。

 チンさむってヤツだな。

 どうやら舗装された道から不整地に入ったのだろう。 ユサユサと体ごとあっちこっちに持っていかれるような揺れに、ヘルメットをなぜ被せられたのか納得がいった。

(案内嬢さんが脱いでいいですって言うまで脱がないほうがよさそうだな)

 そんな事を思いながら、ヘルメットを幌の支柱に何度もぶつける。隣のヘルメットと石頭自慢をするようにゴチゴチと何度もぶっつけあう。

 ちなみに俺と石頭自慢をしていたのは残念ながら案内嬢さんじゃなくて柔道部の吉田先輩だった。

 案内嬢さんは、俺はおろか、最後尾の男性隊員さんとも頭突きをすることなく、揺られていた。

 向かいに座っているおっかない人たちの方からも、俺たちが頭から出しているような騒音は聞こえてこなかったように思う。

 そうして、ヘルメット無しだったなら、あきらかにタンコブだらけになっていたであろう頭が、盛大な頭突き大会に飽き始めた頃、ようやくトラックが停車した。

 運転台から下りてきた隊員さんが荷台のゲートを開く。同時に最後尾に座っていた隊員さんが立ち、外をきょろきょろと見渡してこちらに何やら合図をする。

 俺たちの向かいに座っていた隊員さんたちが、一斉に立ち上がり次々とゲートから飛び降りていく。

 なんか戦争映画のワンシーンみたいだ。

「では、下車しましょうっ!」

 案内嬢さんも立ち上がり、荷台から飛び降りた。

「うわぁッ」

「うしッ」

「おほうッ」

「はうッ!」

 それに続いて、俺たちも遅れじと我先に飛び降りた。


「えぁ…、えぇ? えぇー!」

「ひゃああぁ!」

「うっ……ぅあああぁ?」

 桁外れのものを見た人間が発する声を、誰もが発していた。

 そこは、本当に俺たちが住んでいる街と名前を同じくする土地にある場所なのかと思うほどにだだっ広い、アスファルトに覆われていない茶色の土と草ボーボーの原野だった。

 少し高台になっているそこからは、実によく周囲が見渡せる。転々と雑木林はあるものの、その他にはホンッとに何もない。人間の営みなどまるっきり感じない。あきれるほどに何も無い野っ原だった。

ちなみのに俺が発していたのは「おわあああぁ」だったと思う。当たり前すぎてすまん。

 どすっ!

 地面を揺する衝撃を背後に感じて振り向くと、さっき足元にあった濃緑の円柱状の物体がトラックから二つ降ろされていた。

「全部で三つあったよなあ」

 神田に問いかける。

「すぐにわかるさ」

 やっぱりこいつはこれが何なのか知ってた。こいつは、ミリヲタなんだなきっと。あいつと同じ匂いがする。

「ではこれから、皆さんが今夜泊る場所を作っていただきます」

 案内嬢さんが、ハキハキと爽やかにとんでもないことを口にした。

「ってことは、これは……」

 俺の足元に転がっている濃緑色の物体を見下ろす。

「天幕…もとい、テントだな。ボーイスカウトがキャンプに使うようなちゃっちいヤツじゃなくて、本格的なヤツだ」

「テントに本格的も何もねえだろ」

 いや、その前にテントなんてものは、この濃緑色の円筒形物体の五分の一ぐらいの大きさだろう。

 たぶんこの中に四人用のテントが二、三張入ってるんだろうな。

 まあ、テント張りなら多少の経験はあるから、なんとかなんでしょ。

 なんてことを思って、タカをくくっていた俺は、数瞬後にものすごく後悔することになった。


14/06/29掲載開始です

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