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穴掘りはづきの迷走  作者: 茅野平兵朗
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 さて、放課後。

 事務室前に行って、届いている荷物を見て、俺は少なからずたまげた。

 ちなみに、我が校は朝がとてもとても早い。

 朝のホームルームは午前八時五分から始まり、曜日によって違うが、大体は午後二時半過ぎには授業が終わる。

 まるで江戸時代の生活のような時間割だ。

「竜洞さん、パソコン及び周辺機器の運搬だと伺っていたのですがこれは……」

 神田もたまげているらしい。そりゃあそうだ。俺たちの目の前にはミカン箱大のダンボール箱が三段五列に計十五個積み上げられていた。

「パソコンだけでこんな物量にはならんよなぁ」

 こんなことなら、佐藤や中西を連れてくりゃよかった。あいつらのことだからきっとヒマぶっこいていたに違いない。

「眺めてても終わらないわ。さあ、とっとと作業開始よ」

はづきがパンパンと手を叩いて、急かせる。

 確かにその通りだ。とっとと終わらせて、さっさと家に帰ろう。今日の晩飯は俺の大好きなバラ焼きだと、朝、出がけに母親が言ってたからな。

「じゃあ、やるか」

 俺は制服を脱ぎ消火栓箱の上に置き、ネクタイを外してシャツの袖を捲くり上げ、荷物の仕分けを始める。 

 手にちょっと持ってみて重いヤツと軽いヤツ、中くらいのヤツに分けていく。軽い荷物を鳳梨と榊さんに持たせ、持ってみた中で一番重いヤツを俺が持つ。

 神田は俺が二番目に重いと感じたモノに手を伸ばし、はづきは……中くらいの重さに分けたモノの内、一番重いヤツを持ち上げた。

 まあ、それなら文句はないか。

「一人一個持てば二往復半で済むわ、がんばろうっ!」

 はづきが檄を飛ばす。

 そんな計算どおりに行くもんか。榊さんと鳳梨がひとりで運べそうな重さのダンボールは精々四個程度だ。残りの十一個をはづきと男二人の三人で運ぶことになるとして、最低三往復半だ。最悪五往復半になるかもしれない。

 つまり、女子三人で一個づつ運び残り十二個を俺と神田で運ぶという計算なんだが、これが一番ありそうな事態だ。

 なら、元気なうちに重い物を運んでしまったほうがいいってのが、俺が一番重いヤツを持った理由だが、おかしいか?


 竜洞はづきと御一行様は、事務室教員室などがある管理棟一階から渡り廊下を通って地学部の部室がある特別教室棟四階の一番端っこまでの2百メートル弱の行程をえっちらおっちらと歩いて行く。

 エレベーター設置基準に満たない4階建てだから、上に上がるには当然階段利用だ。

 荷物の重さが膝をフルフルと笑わせてくれる。我ながら墓穴堀の名人だなと思ってしまう。

「貴様、ユンボって渾名は伊達じゃないんだな。苦労する方に自分から突撃して行く」

 神田が荷物の重さを感じさせない軽快な歩調で俺を追い越しざまに笑いかける。その笑いの意味するところが好意なのか嘲りなのか解らないが、まあ、好意的なものだと思い込んでおこう。

 そっちのほうがストレスを感じなくて済むからな。



 結局、俺が想定した最悪のことにはならずに済んだ。

 重たいダンボールを榊さんと鳳梨が、頭ひとつと少々の身長差をものともせずに二人で運ぶというウルトラCを繰り出し、三往復半で作業は終了したのだった。

 僥倖にも最悪の想定よりも二往復も少なくて済んだ。

「で、何を買ってこんな物量になったんだ?」

 部外者とはいえ、労働力を提供したのだから質問くらいには答えてもらう。神田も微妙な角度でに頷く。

 あからさまに頷いてはづきの不興を買いたくはないが、この物量がなんなのかは知りたいんだろうな。

「パソコンが存外安く手に入ったから、余った分でこの部室を快適な空間にするための物資と発掘のための装備を少々購入したの」 

 まあそんなことだろうと思った。

 それにしても、よくもこんなに買ったもんだ。まあ、あの封筒の厚さを見て、世界征服でもできる気分にでもなったんだろうが。

「竜洞さんってすごいんですよぉ。ほんっとに驚愕の連続でした」 榊さんが力仕事であがった息のまま、両手を握り締めて力説し始める。

 なるほど、買い物の一部始終を見てきたあなたが報告してくれるわけですね。

「初め、パソコン買いに三人で家電量販店に行ったのです。応対してくれた店員さんが、私でも判るくらいの型落ちの展示処分品を買わせようと、執拗に勧めてきたのです」

 なるほど若い女の子が連れ立ってパソコンを買いに行ったら、当然不良在庫の整理に利用されるわな。

どうせネットでツイッターぐらいしかせんだろうと思い込まれてな。

「いくらぁ、こちらのぉ、ようとをぉせつめいしてもぉ……ふぅ、はひぃ……」

 鳳梨美佳がひとことふたことしゃべって息を切らす。

 おまえはしゃべらないほうがいいぞ鳳梨。十分休憩を取れ。

「ぜんっぜん聞く耳持たずだったわけよ。だから……」

 はづきが後を引き受けようとしたが、真っ赤になって口ごもった。

「竜洞さんが店員さんの首をこう絞め上げて、私達の要求する性能を伝えたんですぅ」

 榊さんが両手で輪っかを作って頭上に差し上げる。

 はづきがネックハンギングツリーで、自業自得とはいえ気の毒な店員を吊り上げる様子が目に浮かぶ。

「そこまでの性能のはそのお店にはないというので、帰ろうとしたら店員さんがパーツショップの事を教えてくれたのですぅ」

「親切に地図まで描いてくれたから、その店ではスキャナーとプリンターを買ってやったわ」

「なるほど、そのパーツショップでパソコン一台を組み上げる分のパーツを買って、今日学校に届くようにしてきたって訳ですか」

 神田が、大仰に頷く。

「そうなんですぅ。パーツショップでの竜洞さんが、さらにすごかったんですよぉ!」

 榊さんが興奮気味に頭をブンブンと振り口角泡を飛ばす。

 くはぁっ! 榊さん! そ、それはある種のマニアックな興奮を呼び起こしてしまいますからっ!

「お店に入ったとたんに目の色が変わって薄ら笑いを浮かべながら、私の忠告を無視してジャンク品コーナーにまっしぐらですよぉ」

 ああそうか、それでタダ同然の値段のジャンクパーツを一台分掘り出したんだな。しかしそれってちゃんと使えるものなのか?

「そうなんですよぉ。ジャンク品って自己責任ですから、使えないからって返品交換が効かないんです。だから、私はジャンクは止めようと行ったんですが、竜洞さんがジャンクパーツの山の中から掘り出すものは、未使用新品ばっかりで、しかも、最新式のものばかりなんです!なんでこんなのがジャンクの中に入ってるのかってものばっかりだったんですよ!」

「つうじょうかかくでぇ、そうがくぅ三十万円以上するようなパソコンパーツがたった一万五千円でそろっちゃったんですよぅ」

 ようやく呼吸が楽になったのか、鳳梨がとどめと言わんばかりに値段を言った。

 三十万円分のパーツか……。前にパソコン好きな中学の時の友人が、お年玉三年分と普段の小遣いを積み立てて、十五万そこそこで、通販ショップでパソコンを組み上げていたが、かなりなイカれたハイエンドな物だと言っていた事を思い出した。

 じゃあ、三十万円もするパソコンってどれだけのモンスターマシンなんだろう。で、そんなモンスターパソでなにをしようってんだ? 我が校の地学部様は。地球環境シミュレーションでもやろうってのか?

「ま、それで、ずいぶん残ったから、DIYストアーやスポーツ用品店、眼鏡屋を回って、シャベルにスコップやツルハシ、刷毛なんかの発掘に使う道具とか、天体望遠鏡のパーツとか双眼鏡に煮炊き用具や登山用品、テントやシュラフなんかの野営用品、非常食やお茶受けのおかしなんかを買ったの。五人なら十日くらいはここに立て篭もれるわよ」

 いや、立て篭もらねーから! いまどき!  

 まあ、はづきのことだから、当然、そっちでも半額以下の掘り出し物や曰くつきの品物を掘り出して安く買えたんだろう。

 ちなみに俺たちが住んでいるこの街には、天体望遠鏡の専門店なんか無い。望遠鏡やその他光学系の商品は眼鏡屋が一手に扱っている。

「はいっ! 双眼鏡も購入しました! 欲しかったんですよぅ、これえぇ! 広い視界で星座見るのに最適なんですよぅ」

 榊さんがダンボール箱から、一般的イメージの双眼鏡からかけ離れたフォルムの、眼鏡のお化けみたいな双眼鏡を取り出して頬ずりする。それも格安だったんだろうな。

 ひょっとしたら、御殿商会からもらった代金の内九割は残っているかもしれない。

「あの箱のを売った値段の一割なんだけどね。渡したの」

 鳳梨が悪徳商人よろしく耳元でささやく。

「むふふふぅ……、ですからぁ、お金は半分以上残ってるんですよぅ」

 榊さんが鼻息を荒くしてあごを出す。このひと、やっぱり年齢詐称してないかな。どう見たってお姉さんぶってるようにしか見えない。

「ふむ、それで、この物量ですか。いやはや、榊さん、竜洞さん、鳳梨さん。流石です。この物資調達能力は賞賛に値します。アメリカ海兵隊の兵站将校でもこうはいかないでしょう」

 神田の理解不能な用語が混じった追従に、三人娘はそれが誉めそやしているのだと本能的に理解したのだろう、してやったりと胸を張る。

「美佳、ありがとうね。この抜群の貢献には、二次試験の免除を持って遇したいと思うんだけど、悠乃ちゃん、どう?」

 榊さんは少し戸惑った様子だったが、

「そうですね。それが一番だと思います」

 と、にっこり笑った。

「じゃあ決まりね。部長、おねがいします!」

 突然何をお願いされたのか理解できなかったのだろう。榊さんはたっぷり一分半おろおろした後、ハタと気が付き、ポンと手を打つと、戸棚から賞状に使うような上質な紙を出す。

 その紙に筆ペンでサラサラとなにやら書いて、改まって咳払いをして両手で鳳梨に差し出す。

「ようこそ地学部に」

 なるほど、辞令か。

 鳳梨は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でその紙を受け取る。

「ありがとう、頑張ります」

 しっかりとした口調で応える。その顔は今までで一番健康的な笑顔だった。

「んふふふふん、これで我が部のウリがまたひとつ増えたわね」

 はづきがどっかの腕利き芸能マネージャーか、はたまたやり手婆を髣髴とさせる笑みを浮かべる。お前はこの部をどこに連れて行こうとしてるんだ?

「あ、そだ、美佳、さっそくだけど、これ、表に貼って来てくれる?」

 はづきが筒状に丸めた模造紙を鳳梨に手渡す。正部員の初仕事ってか?

「ああ、これはぁ」

 俺と神田は鳳梨が広げた模造紙を覗きこむ。

「あ、そうだった」

「ふむ」

 それは、地学部員採用第一次試験の合格者の名簿だった。トップ合格は九十九・四五点で鳳梨。次点は九十八点で神田。俺は十二人の一次試験合格者中十二位だ、ビリッケツだ。ギリギリで合格だ。

 どうせなら、逆のギリギリ不合格がよかったんだが。

 鳳梨の名前の脇には二次試験免除と書いてある。いつの間に書いたんだ?

 その紙にはさらに、二次試験の実施要綱が記載されていた。

「マジかよ本当にやるとはな」

 それによると二次試験は連休中に、二泊三日の日程で、自衛隊の訓練場でキャンプを張って行われるとあった。

 俺が怖れていた展開になっているようだ。

 だが、俺は内心ほくそえんでいた。

(これで、正々堂々と不合格できる。これでこいつらとはおさらばだ。ウェルカム帰宅部ライフだぜ)

 鳳梨が模造紙を廊下に張り出すために部室から出ていく。

「バイトがあるので自分はこれで失礼します」

 辞去の挨拶をして部室のドアを開ける神田の背中に、それぞれが挨拶を投げかける。

「んじゃ、俺も帰るわ。今日の晩飯は俺の大好物だから、遅れるわけにはいかんのだ」

「晩御飯? まだ、四時前よ」

「ウチの晩飯は早いんだ。午後五時には食卓についていないと最悪メシ抜きになる」 

 神田に続いて部室のドアを開けようとした俺の制服の袖を榊さんが掴む。

「ユンボ君どうか、頑張ってください。私、あなたの入部を楽しみにしてますから」

 うーんこの人に楽しみにされたら、頑張らないで不合格になるのが愛娘との約束を反故にした父親のような裏切り行為のように思えてくる。

 俺ってロリ属性だったけか?

「頑張らずに不合格したらマジで身長縮めてやる。手抜きできないようにしっかり見張るから」

 はづきの声に肩をすくめてドアを開け、廊下に出ると鳳梨が壁によりかかっていた。

 俺を待っていたのか?

「手抜きして、ワザと不合格したらぁ、ゲリとぉフレキにぃあなたのぉハラワタを貪り食うように命令しちゃうからね。あの子達、社長以外ではわたしに絶対服従なのよぉ」

 ゾクリとして全身が粟立つ。こいつならやりかねんと本能的に感じる。やばい、マジにやばい。

「そして、あんたの死体をわたしの奴隷にするわ」

 頑張らなかったら、愛らしい女の子を裏切った罪悪感に苛まれながら、おっかない女に半殺しの目に会わされた挙句、狼みたいな犬に喰らい殺されてゾンビにされるのか。

 たった数十秒で、中々に切羽詰った状況に追い込まれている。土壇場もいいところだ。

 全部が脅し文句だとしても、その後の俺の高校生活が楽しいものになってくれる気が全然しない。

 むしろ全校の女子全員を敵に回しかねない。いや、敵ならまだ相手にされてるだけいい。一番怖いのは無視されることだ。全校の女子に無視されてキャッキャうふふなハイスクールライフが送れるはずもない。女子が無視したら男どもだって俺と仲よくしてるわけにはいかなくなるだろう。

 最悪、全校生徒から無視される。

「おっかねえなあ……」 

 下駄箱の蓋をしめながら思わずつぶやく。

「そうだな、脅し文句でもあの人たちのは、一味違う。特に鳳梨さんのはマジっぽいな」

 俺の独り言に背後から相槌を打ったのは先に帰ったはずの神田だった。

「お前、バイトはどうした……って、全部立ち聞きしてたのかよ」

 耳の後ろが熱くなる。鳳梨が実は魔法使いだということが、神田にバレてしまっているかもしれないことに、俺は焦った。

「大丈夫、時間的余裕はかなり取ってある。バイト先には、始業十五分前には到着予定だ。あと、鳳梨さんの身分などについては、あのレンジャ……もとい、登坂訓練塔の上で自己紹介された」

「って、おまえ、それ信じてるのか?」

「こないだの穴掘りのときに普通じゃないと思っていたが、キサマの今の反応で確信した」

「あんとき、お前もあの箱に異様なものを感じてたよな。実はお前も腹に一物のくちか?」

「まあ、自分のことは近いうちに分かることだ。それよりも、体力の練成はしっかりやっとけよ。特に持久力をつけとけ」

 神田は俺を追い抜きざまに、アドバイスめいたことをぬかしながらポンと肩を軽く叩き、後ろ手に手を振りながら昇降口を出て行った。

「やれやれ、あいつまで俺を地学部に入れたがっているみたいだな」

 校門を出た俺の脚は勝手にスピードを速め、駆け足を始めている。もうそんなに日にちはないが、やれるだけのことはやっておこう。

 少なくとも積極的に不合格になることは控えなくてはならない状況になってしまった。

(なんでだ? なんでこうなる? どこで墓穴を掘った?)

 夕焼けの中を駅に向かって走りながら俺は考える。いくら考えてもどこで間違えたのかさっぱりわからない。

 しょうがねえ、わからないときはとにかく動いてみることだ。

 とりあえず俺はこれから連休まで犬どもの運動もかねて走り込みをすることにした。そんなことぐらいしかできないからな。

 しかし、なんでだ? なんで、あいつらは俺を地学部に入れたがっている?


14/06/15掲載開始です

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