治らない癖
執筆修行中につき、テスト投稿。そのため人によっては非常にベタな設定、展開になっています。それでもよろしければどうぞお楽しみください。
基本設定↓
・主人公 俺(名前は作中に出ません)
・ヒロイン アキ 学生画家で、卒業後海外へ留学する。
「今日で、この校舎ともお別れなんだね」
気まずい空気から逃げるように、アキは校舎を眺めて言った。
そよ風に揺られる前髪を熱心にかき分けながら、見上げつつチラチラと俺を見ている。バレていないと思っているのか知らないが、これはいつものアキの癖だ。
俺になにかを言ってほしい、なにかをしてほしい。そんな時アキは伝達しようと必死ゆえに、無意識にチラ見を繰り返す。いわばSOSのサイン。
「そうだな。今日でここともお別れだ」
アキを追うように俺も見上げる。
もう何百回も見てきた古臭い校舎には、今日は堂々と大きな幕が飾られていた。
『祝・御卒業おめでとうございます』
「ありがとな」
校舎に向かって不意に零れた言葉に気付いて、俺は慌ててアキに目を向ける。
聞こえていなかったのか、アキはじっと校舎を見つめていた。その横顔はどこか嬉しそうだが、瞳はうっすらと濡れているようにも見える。
(綺麗、だな)
俺はまた、校舎に視線を戻して口を開いた。
「今思えばあっという間だったけど。楽しかったよな、ここでの三年間は」
「・・・うん。絶対に、絶対に忘れないよ。ここでの思い出は」
少し気まずそうに頬を掻きながら、アキは俺に視線を定めて言う。
「もちろん・・・あんたとの、思い出もね」
柄にもないことを言ったせいか、すぐさまアキは沸騰してしまいそうなぐらい顔を真っ赤にして目を背けた。
「そ、そうか。ありがとう」
「・・・うん」
ぎこちなく返すと、アキは消えそうなほど小さい声で呟く。
頬をなでる心地よいはずの春の風が、やけに冷たい。きっと他の奴らに見られたら、笑われるぐらい俺の顔は真っ赤だろう。
どれだけ俺達はうぶなんだと思うと、なんだか笑えてきた。
でも、ずっとこんなことを繰り返せたらと、思っている自分も確かに居た。
俺は今日、その望みを自ら壊さなければいけないのに。
「そういえばよかったのか?あいつらと一緒に打ち上げに行かなくて」
「うん。すぐにみんなと離れ離れになるわけじゃないし、今日はいいよって言われた」
「ふーん・・・」
やっと落ち着きを取り戻したアキが、嬉しそうに答える。そういえば似たような言葉を先程俺も言われたばかりだった。
俺達が付き合っていること、アキが今月中に留学のために海外へ行くことをあいつらは知っている。気遣い半分、面白がって二人っきりのシチュエーションを故意に作ってくれているのだ。
(あいつらには感謝しないといけない、のか?)
脳裏によぎる憎たらしいあいつらのニヤケ顔は、むしろ腹立たしい。
「最後の点呼の時、どっかのクラスの人わざと声裏返してたよね」
「ああ、そうだったな。あれは確かあいつだよ。4組の・・・」
「やっぱりあいつだったんだ。確か入学式の時もやってたような」
それから俺とアキは、この卒業の日でなくてもできるなんでもない会話を繰り返した。
解散してからだいぶ時間が経った今でも、辺りではまだちらほらと写真を撮ったり友達や後輩達との談笑を繰り広げている。
アキとの会話は楽しかった。その時間、その表情、その言葉が愛しくて。いつまでもこうしていたいと思った。
「それでさ――――」
「そうだったな」
饒舌に語るアキの思い出話に適当に相槌を打つ。その度に俺の胸はキシキシと痛む。
悪魔に残った唯一の良心のせいなのだろうか。
アキが知る由もない。俺は告げなければいけない言葉のタイミングを、今かと待っているだなんて。
「・・・っ」
このままタイミングなんて訪れなければいいのに。
もう一人の俺が囁いたその望みは、残酷にもアキ本人によって打ち砕かれるのだった。
「ねえ。私、日本から出ちゃうけど。あんたにメールとかあっちの写真とか、一杯一杯送るからね。覚悟しといてよ?夏休みには絶対帰って来るし、その時には――――」
「いや」
ここだ。ここしかない。
嬉しそうに、大きく開いたアキの口から出るはずの次の言葉を、俺は強引に遮った。
「いいよ。メールとか、そういうのは」
「え・・・?」
アキがきょとんと、目を丸くする。何度も瞬きを繰り返しながら、俺の姿を、表情を確かめているようだ。
しばらく口を半開きにしながら固まった後、アキはなにかを察したように慌てて笑顔で喋り出す。
「あっそうか!メールなんかじゃなくて、電話で声を聞きたいってことね。うーん確かに私もそうしたいけど。でも国際通話って結構お金かかるんじゃ・・・」
「・・・いや」
俺がまた同じ返事をすると、今度はすぐに笑顔を消して眉間に小さなしわを作った。
もしかして、この時アキはなにかを悟っていたのだろうか。俺はそれでも構わず続ける。
「メールも電話もいらない。もちろん写真も、なにもかも全部要らない」
「は?それってどういう・・・」
震えた声で、アキが顔を強張らせながら尋ねてくる。口元は引きつり、瞳は表面張力でも起きているかのように涙を目一杯溜めていた。
俺の口が開きかけては閉じるのを繰り返した。今の自分が振り絞る声を、もう一人の自分が必死に中へと押し込めていた。だけど
――――彼女の絵、急につまらなくなったよね。
その声が、俺の脳を痛いほど貫いて。喉の奥で止まっていた言葉は吐き出された。
「別れよう」
俺ははっきりと、アキを真っ直ぐ捉えながら告げた。
舞い散る桜の花びらがちょこんとアキの頭に乗っかる。そのあってないような衝撃でなにかが決壊したように、アキの目からは涙が溢れだしていた。
「どう、して・・・」
「冗談、だよね?ねえ、そうなんでしょ?」
うっすらと笑いながら、アキがゆっくり俺に手を伸ばしてくる。
小さくて、白い手。初めて握った時、こんなに女の子の手って柔らかいものなのかと、びっくりしていたっけ。
「ごめん」
俺のその三文字に、アキの手はフニャリと垂れ下がった。
「今まで黙ってたけど、もう卒業だし言わせてもらう。飽きたんだよ。お前と一緒に居るの。ほかの奴らがはやし立てるから仕方なく続けてきたけど。正直面倒なんだ」
「お前と居ると、色々重すぎるんだよ」
引きつる口角を隠すために、わざと口を大きく開いて言い続ける。
自分の喉をひん剥いてやりたかった。二度と声が出ないようにしてやりたかった。
アキはずっと黙ったまま目を逸らさず、離すものかと俺をじっと見つめ続けていた。その肩は小刻みに震え、涙もノンストップで顎から滴り落ちて、アスファルトの上で小さく弾ける。
(うっ・・・)
そんなアキにトドメを刺そうとした時。不意に胸の奥から真っ黒で、この世のものではないような気持ち悪い塊が込み上げてきて、吐き出しそうになった。
それを無理やり喉奥にねじ込むと、今度は息が出来なくなって頭がボーっとしてくる。すぐそこに居るはずのアキが、ぐにゃりと不自然に歪んだ。
――――「この娘、どうしちゃったの?」「なんでも彼氏ができたとかどうとか」「ああ、それを聞いて納得した」「本当に迷惑ですよね」「本人は幸せでも、肝心の絵がねえ」「もう彼女のちゃんとした絵が見れないとなると、彼氏君を恨みたくなるなあ」「全くですね」
「むしろ、こちらからしたら彼氏君には死んでほしいぐらいだよ」――――
目を固く閉じてから、ゆっくりと開くと。そこにはやはりアキが居る。
(ああ、やっぱりアキはアキでいるべきなんだ)
もじもじと額を掻きながら口を開くと、アキの肩がびくっと動いた。
「お前がどう思ってるのか知らないけど。俺は大して好きじゃないんだよ。お前のことも、お前の描く絵も――――」
「っ!?」
パチーンッ!最後まで言いかけたところで、目にも止まらぬ速さの平手打ちが俺を襲って、目の前に火花が飛んだ。
こだました綺麗な乾いた音に、周りに居た人の視線が俺達に集まる。けれどそれを無視して、アキは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「あんたが私のこと好きじゃないってのはわかった。だけど、私の絵をバカにするのは絶対に許さないから!!」
「!?」
「私は自分の絵が好き。大好き!たとえあんたが嫌いでも、私の絵は私のものだっ!だって、これはあんたの・・・」
堪えられなくなったアキは顔を紅潮させながら、俯いて辛そうな呼吸を繰り返す。最後の方はもはや言葉になっていなかったが、アキは必死に口を動かしていた。
彼女のこんな姿を、俺は初めて見た。呆然と眺めながら、無意識に手が伸びそうになったところで、再びアキは顔を上げて言った。
「あんたがどうしようと構わない。私はあっちに行ってもあんたにメールも電話もしまくるから」
「・・・じゃ、じゃあ。私もう帰る」
アキは強引に腕で涙を拭うと、そのまま全力疾走で駈け出して行った。
ただでさえ小さな背中が、更に小さくなって俺から離れていく。一度も振り返ることなく、アキは走り続ける。
「・・・さようなら。アキ」
俺は彼女の後ろ姿を眺めながら、呟く。映画やドラマなんかのカッコいい主人公なら、愛する人のために必死に追いかけるシーンなのだろうけど。
俺はアキも、アキの絵もなにもかも好きだ。大好きだ。けれど愛せない。
だから、俺は絶対に彼女を追いかけないのだ。
「ごめん。ありがとう、ございました」
深々と頭を下げた先に、もうアキの姿はなかった。
その後、本当にアキからは毎日のようにメールが来た。内容も本当に普通で、いつも通りのどうでもいいことばかり。
確か彼女自身が言っていた日本を発つ日を過ぎても、それは変わらなかった。
俺は一度でも、その見慣れたメールアドレスに返信はしていない。電話の着信も度々あったが、全て通話ボタンを押すことなく切れていた。
それからしばらくして、俺は携帯を変えた。メールアドレスも番号も違う新しい携帯。もちろん、変えたことをアキに告げることは一切なかった――――
「ほら、そろそろ起きて」
「う、うーん・・・」
肩を揺すられて目を覚ますと、煌びやかな装飾の光に思わず目がくらんだ。
「全く。いくら疲れたとはいえ、寝ることないでしょ?しかもこんなタイミングで」
どうやらよっぽど不服だったのか、彼女はぷくっと頬を膨らませながらぐちぐちとぼやく。
俺は慌てて起き上がり、壁に張り付いている時計を見上げた。
「まだ大丈夫よ。むしろ丁度いいタイミング」
「いやあ、起こしてくれて本当にありがとう。爆睡してた」
苦笑いしながら言うと、彼女はフフンッと誇らしげに胸を張った。
眠気覚ましにグッと背伸びをする。ふと、今まで見ていた「夢」のことを思い出した。
「そういえば、懐かしい夢を見たよ」
「夢って、ほんとに爆睡してたんだね。それで、なんの夢?」
「自分が、好きな女の子に対して最悪なことをしてた夢」
俺がそう言うと、彼女はきょとんと首を傾げる。その後すぐさま怪訝そうにジト目を俺に向けて、実に嫌そうに聞いてくる。
「なに?もしかして公にできないあんなことやこんなことをした・・・」
「違う違うっ。確かに今の言い方は悪かったけど。お前には俺がそんなことをするように見えるのか?」
「うーん、どうだろう。男だしね」
悪戯っぽく笑いながら彼女は吐き捨てる。
どうにもこうにも、こいつは俺で遊んでいるな?お返しとばかりに大袈裟に落ち込んで見せると、彼女はあたふたしながら撤回を試みてきた。
『すいません、そろそろ準備してもらっていいですか?』
不意に、ドア付近に立っている係の女性がとても気まずそうに声をかけてくる。
俺達は二人して顔を真っ赤にしながら、「すいません」と弱々しく謝って急いでドアへと歩み寄った。
よっぽど可愛らしく映ったのか、女性はニコニコ笑いながら俺達を眺めている。
「ああ、恥ずかしい。なにやってんだ俺等は」
「なにって、そっちのせいでしょ。突然夢を見たなんて言うから・・・」
不機嫌そうに言いながらも、彼女がチラチラ俺を見ていることに気が付く。
さりげなく彼女を見ると、なにやら純白のシルクの袖に通した手をもじもじと動かしている。これは・・・。
俺は覗き込むように彼女を見つめながら尋ねる。
「もしかして。手、繋ぎたい?」
「え!?う、うん。すごい、なんでわかったの?」
「まあ、お前の癖なんてもうわかってるからな」
妙に感心しながら顔を赤らめる彼女の手を、俺はそっと握る。するとすぐさま彼女もぎゅっと握り返してきた。
素肌でなくてもその温かみ、柔らかさはしっかり感じることができる。
「それにしてもまだこの服で居ないといけないなんてな。堅苦しいし、早く普段着に戻りたいよ」
「まあまあそう言わず。式に出られなかった人とかも居るから、お披露目しないと。それに私のドレス姿を長く見られるんだから。内心結構嬉しいんじゃない?」
「いや、別にもう充分に見たし・・・」
額をポリポリ掻きながら目を逸らすと、彼女はニタニタ顔で覗き返してきて自慢げに言い放つ。
「嘘ね。私も癖、知ってるんだから。そっか、やっぱり嬉しいんだね。「あなた」♪」
「う~。ああそうですよ。嬉しいですよ。というか「あなた」ってなんだ「あなた」って」
「うん?もう籍も入れて結婚式もさっき終えたし、なにもおかしくないんじゃない?」
「そ、そうか・・・」
嬉しさと恥ずかしさが限界を超えすぎて、俺は彼女の満面の笑みをまともに見ることができなかった。
『ではそろそろ扉を開きます。準備はよろしいですか?』
再び係の女性に声をかけられて、俺と彼女は無意識に見つめあう。
無言で小さくお互いに頷いてから、俺は女性に告げた。
「はい。お願いします。それじゃあ行こうか。「アキ」」
「ええ。あなた」
目の前の大きな扉がゆっくりと開いていき、俺達は手を取り合って同時に一歩を踏み出す。
大勢の人と瞬くフラッシュの中で、司会のハイテンションな男の声が響き渡った。
「どうぞ、みなさん盛大な拍手を。できたてホヤホヤの、新郎新婦のご入場でーす!!」
今回はあえてキャラクターの容姿に関する情報はほとんど入れませんでした。短編ですので、思い思いのキャラ像を描いてもらいたいです。
今回は良い出来とは言えませんが、これからもちょこちょこ短編は作っていくので、よかったらまた読んでみてください。