まずは、お友達から
イルバシア皇国。皇帝のいる国。
この世界の国々の中でも大国だ。
それが彼と彼女がいる国。
現在、とある一般食堂にイケメン騎士の彼と美青年姿の彼女が
丸いテーブル席に向き合って、食事を取っている。
(う~ん・・流されているような)
彼女は、今までの自分の行動は何だったのか自問自答。
少し前までは、この一般食堂よりも10分歩いた先にある中流貴族がよく使う
ホテル内のレストランにいた。
彼は、妹の見合い相手。否、元見合い相手。
(その相手と食事を取る姉?)
「なあ、名前は?」
(名前すら知らなかったな)
女性とは思えないぶっきらぼうな言い方に、彼は苦笑する。
彼は、しっかりとお見合いを断れたことでスッキリしている。
「俺は、ランスロッド・アーティア。呼び名はラリー。君は?」
「私は、ラティ・ス・ウェルディー。ラティと呼ばれてる」
「今後、よろしく」
「?妹と?」
「まさか。君と。俺、さっき妹さんに断っただろ?」
「・・・・・・」
まじまじと彼女は彼を見つめてしまった。
驚くことに、先ほど、自分の前で妹との見合いを断り、姉である自分を引っ張って
この食堂に来たのだ。
席に着くなり、腹が減ったとメイドにあれこれオーダーし、今に至る。
「ここ、気に入った店の1つなんだ。美味いだろ?」
「あ、ああ。この店はギルドでも評判の店だから」
「あ、そうか。君、冒険者か」
彼は、彼女が提示したギルド発行の通行証を思い浮かべた。
「まあ、その。女だけど。冒険者している。メインは両親の店の為に、依頼をこなしているから
ここ2年は、それほど大きな依頼は受けていない」
なんとなく、おかしな冒険者に思われないよう、親の手伝いを強調してみる。
彼の反応は、いたって普通。
今までの男性達とは、全く違う反応だ。
「お前、私を見てその態度とは、変わってるな」
「そうか?俺は、君の方が変わっていると思う。俺と一緒にいる場合の女性は
そんな態度を見せたことがない。新鮮だ」
「?」
そのうち、何故かお互い彼氏彼女が出来ない、長続きしない苦労話に花が咲き
彼らは意気投合。
食事を終えると、あちこち王都をブラブラ、夜は居酒屋で盛り上がり
「外見が男に見えて悪いか~」
「俺に釣り合うってなんだ~」
歩いて帰れないほど飲みまくったので、居酒屋の隣の冒険者ご用達の宿の1室を
借りることになった。
寝るだけだからと1室。
受付の彼女をよく知るおかみは驚いたが、彼らはそのまま部屋に入ってしまった。
勘ぐるような事はもちろんない。
彼らは、1つのベッドに兄妹のように倒れるように眠っただけ。
ただ、本人の知らないところで噂は流れてしまったというオチ。
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宿に泊まり、朝2人が起きた時は、お互い驚いたものの
これからも宜しくという、友人関係が結ばれ
何事もなく宿を後にした。
ただ問題だったのは、2人は異性だったことと。
それぞれがちょっと有名人だったことだ。
彼女、ラティが自宅に戻ると、店を開けて品物を並べていた従業員達に見つけられ
両親と妹にリビングでお説教を食らうことになった。
「昨日の事、どういうことか説明しなさい」
「今までどこにいたの?心配したのよ」
両親に叱られ、ラティは項垂れた。
「実は、あのレストラン内の別テーブルで、女性に絡まれたところを助けてもらった。
そこで話しを聞いてくれるとか言い出して・・・」
その時のことを説明すると、両親はかなり驚いていた。
「その後、私達の前で妹との見合いを断ったと」
「そう。それから彼と食事してあちこち散策して、飲み屋で深夜まで飲んで
冒険者ご用達の宿で泊まって、今帰ってきたところ」
第3者から見れば、デートだ。
両親は、呆れていた。
「彼は、お前を気に入ったということなのか?」
「え?でも友人になっただけだと思う」
「友人?」
「もしかして、また女性と思われてない?」
「否、知ってる。通行証見せたから」
「・・・・・・」
両親は、この外見父親似の哀れな長女が婚姻出来ることを、物凄く望んでいる。
その男性が、このまま不毛な娘と婚姻してくれるなら、それはそれでいい。
ただ、今回は拙い。
妹の見合い相手を奪った形になっているので、
自分達の隣で怒っている妹をどうしようかと2人顔を見合わせた。
「お姉さま。彼を私に紹介して頂けます?」
そう妹は、絵姿に一目惚れしていた。
お見合い回数はあるが、顔良し、仕事先良し、背も高いので
自慢になる夫となるだろうと踏んでいた。
確かに、絵姿紙を見せて貰った時に、断られる覚悟はして欲しいとは
聞いていた。了承して引きうけた。
だけど、お断りされたけれど、何故姉と。
可愛いと評判の自分でなく、男性にしか見えない姉なのか、納得がいかないのだ。
「私、バカにされてるとしか思えません」
妹は、怒っていた。
彼ときちんと話をさせろと、今まで見たこともない形相で
妹に怒鳴られ、姉は驚いたものの、当の彼に相談することにした。
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彼が勤務している城の門にある警備室へ届けを出すと、
休憩時間に会えるよう取り計らってくれた。
「へえ、君がラリーの相手?」
警備している兵士に問われ
「友人です」
と、答えると彼は首を傾げた。
「そうか。同性説は違ったのかな?」
「同性説?」
彼女が聞き返すと、兵士は苦笑した。
「ラリー先輩は、随分前は彼女がいましたが、大抵は女性の気持ちが分からない人間だと言われて
振られること5人。そこで、彼女を作るのを辞めてしまった。
家族は、婚姻して跡継ぎ問題を解消したくて、毎月見合いをさせているんですよ。
昨日、そのお見合いをしたそうですが、食堂、居酒屋で美青年と一緒で、
飲み屋の隣りの宿でその青年と一泊したとか、もう噂が凄くて。
貴方がその青年じゃないかな?と、思った次第です」
兵士に言われた言葉に、彼女は頭をガツンと受けた気分だ。
「訂正させてくれ。その青年は私だが。私は、女だ」
彼女は、いつものごとくギルドの通行証をよく見ろと見せる。
「え?貴方は女性なんですか?」
カードには、名前の下に女性という文字が読めた。
「男性に見える女性・・・。失礼しました」
「お前、一言多いぞ」
不機嫌を露わにして兵士に向かって怒鳴っていると、
同じ冒険者仲間が、丁度敷地内から出てくるところだった。
「お、ラティ。いつもながら美青年だな」
「・・マッシャ」
「どうだ?俺の女になるつもりはないか?」
「断る」
鋭い目をさせた30代の男は、ギルドでも腕の立つSクラスの傭兵。
実は強くても弱くても、美形男性が好みという。
人の好みにケチはつけるつもりはないが、それさえ無ければ・・と思う人物。
ラティが女性だということは知っていて、彼女の顔と体型が好みだと
何度か誘われているのだが、彼女は迷惑している。
「おいおい。マッシャ。人の彼女に手を出すのはルール違反だぞ」
昨日1日聞き慣れた低く男らしい声が、マッシャの背後から聞こえた。
「彼女?ラリーの?」
ラリーこと、ランスロッドが、騎士服で現れた。
「そうだ」
「いつから?」
「昨日から」
その場にいた兵士も、彼と一緒にいた騎士達も、マッシャも驚愕した。
「おいおい、マジかよ。ラリー、こんな男性姿の女がいいのか?」
自分の好みは差し置いて、人の好みにケチをつけた。
「マッシャ。お前、本人前によくも」
ラティは、腰に差していた剣をマッシャの首筋に充てたことで、彼は我に返った。
「わ・・いや・・その・。ま、じゃあこの辺で」
マッシャは、部が悪いと思ったのか、回れ右して走って行った。
「酷い言いようで、済まない」
彼女は、自分のような女に情けをかけてくれたラリーに頭を下げた。
「どうして?酷い言われようは、君の方だ。君こそ、昨日言っていたように
外見で判断されて・・・」
ラリーは、周囲を見渡し、いろいろ思っていそうな仲間達に散るよう顎を左右にして指示。
兵士も騎士達も状況を察し、慌てて去って行った。
「君が会いに来てくれたから、今から休暇になった。直ぐに着替えてくるから」
彼は門から少し離れたところにある店で、待ち合わせしようと提案してくれた。
「分かった」
彼女は、礼をすると、ゆっくりと城の門から離れて行った。
その後ろ姿を見ながら、踵を返すと、どこかへ散ったはずの騎士仲間や兵士が顔を出してきた。
「え?何故いるんだ?」
「いや、心配だったから」
「そうか~、美青年な姿の女性なのか」
「まあ、女性で、化粧気もなくいいのじゃないか?」
彼らは、お互い丁度いいのじゃないかと言ってくる。
「なんだか面白がっているように聞こえる」
「ははは。まあ、そうともとれるかも」
「お前が、前に進めたのが嬉しいよ」
次々に言われて、彼は複雑な気分で、彼らと分かれて宿舎へ戻った。
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店は、食事がメインだが
時間外は喫茶利用出来て、夜には居酒屋になるようだ。
宿屋も兼ねている店も何件かある。
特に城での仕事をしていて、時間をつぶすのに役立っている店らしい。
そんな店が並ぶ1つを指定したので、彼女は彼から指定された店の中へ入ると
メイド達が黄色い声をあげた。
本人は気付かなかったが、美青年の冒険者が入店したと店の中では大騒ぎになっていた。
日常的に飲むとされる黄緑色のチチャを頼むと、彼女は椅子に座ってから
大きく息を吐いた。
(妹はかなり怒っていた。乗り気だったから、まさか断られるとは思ってなかったようだ。
彼は見合い自体を断り、何故か私と店を出て行った。
知らない者がその様子を見たなら、
私は妹の見合い相手を奪ったことになるのではないか?
結果的にはそうなっている状況に見えなくはない。
私はせっかく女性として見てくれる彼になんて言ったらいいのか)
テーブルに突っ伏していると、メイドがチチャとケーキを添えて置いて行く。
「え?あ・・ケーキを頼んだ覚えは」
「いえいえ、貴方様がいてくれるだけで、店が繁盛しますので
オーナーからのお礼です」
頭を下げて、別のテーブルへ行ってしまう。
(私は何も貢献した覚えはないが、どうなってるんだ?)
ぼーっと、店内を見回すと、あちこち空席が多かったテーブルは既に埋まっている。
しかも、女性が多いようだ。
「待たせた」
そんな中、ようやく待ち人がやってきた。
「あ、ラリー」
彼は、昨日同様にラフな格好。
見ていると、自分は彼の特別になったような気分になる。
「いつもこんなに混んでいないのだが、入ってびっくりしたよ」
いつもは、空席が目立つのに、混んでいたことを話すと、彼女は項垂れた。
「・・・・」
そんな2人のテーブルへ、近くにいたメイドがやってきた。
「それは、そちらの方がわが店へ来店されたからですわ」
「そちら?」
ラリーが、真正面に座る彼女を見る。メイドは、ラリーの視線に頷く。
彼女は、その視線でようやく自分だと分かり、目を瞠った。
「まあ、美人だからね」
「そうですね。美しい冒険者の男性なんて、久しぶりです。この辺りは城の前なので
騎士にしても兵士でも、お客様としては逞しい方が多いですからね」
ラリーが、チチャを注文するとメイドは直ぐに下がっていった。
「・・・・。まあ、顔が役に立ったということか」
「ははは。君の顔は、ギルドと君の実家付近では知名度があるけど、城周囲は
君自身が現れることがないから、知らないんだろう」
「・・・、そうみたいですね」
ラティの自宅は、ギルドがある地域で、城よりは南方面にある。
城周辺は、騎士や兵士達が多いので、冒険者達は仕事以外ではあまり立ち入らない地域だ。
「それはそうと、どうしたんだい?昨日の今日で、何かあったのか?」
不思議そうに聞いてくる彼に、彼女は今朝の自宅での話をした。
「そう。妹さん、怒ってるのか。大抵、理解されるのだけれど、なんだろう?」
「え?」
「俺、見合いを直ぐに断る常習犯だから、絵姿を見せている時に、断られることを必ず
添えて話をしているはずなんだ。怒ること自体、不思議だ」
初めて聞く情報に、彼女は驚いてしまった。
「断る確率が高いことを事前に話しがされているのか?だとしたら、何故妹は?」
彼女は考え込んでしまった。
妹の考えが分からないのだ。
彼は昨日話してくれたが、女性としばらく付き合いたくないのだ。
だから両親から見合いを強制的にさせられても、断っている。
それを承知していながら、私に彼を紹介してなど、どういうつもりなんだ?
(ここが女性としての考え方が出来ないのだろうなあ)
「分かった。再度、きちんと断る。ところで、気になっていたけど、君はいくつなんだ?」
「え?私?23」
「・・・。妹さんは、20歳だったな」
「そうだ」
「お見合いするなら、年齢的にも君が先のような気がするが」
その言葉を聞きながら、じっと2人で見つめ合ってしまう。
「私は、女性に見られない。だから、父や母は、せっかく貴族の方からの見合いを
可愛い妹にしたのだと思う」
その返答に、ラリーは複雑な気持ちになった。
(男性に見られるから、姉よりも妹?じゃあ、何故姉を女性らしくさせない)
「付き合っている相手はいないんだね」
「ああ」
男性から言われると、胸が痛いなあと彼女は思った。
急にテーブルに置いていた両手が、温かい物に包まれる。
「?」
彼女が直ぐに手に視線を変えると、彼の手がある。
「あの、ラリー?」
「俺と付き合わないか?」
「え・・・」
ラリーの目は、真剣だ。
「どうだろう?」
彼女は、自分に交際を求めてくれる男性という者がいることに感動。
ふと、涙がポロッとテーブルに落ちた。
「ラティ?」
「私、そんな言葉を言われたの。生まれて初めてで・・。うっ」
ぐすぐす泣き出してしまったので、ラリーは周囲の戸惑う視線に促されながらも
しばらく彼女がテーブルに伏して泣いているので、泣き止むまで、頭を撫でていた。
そして次に彼女が顔をあげた時、
「で、でも。その、私全く免疫がないので」
取りあえず、相手に訳が分からない言葉で言い繕う。
彼は、彼女が誰とも付き合ったことがないことを理解した。
「分かった。お友達から始めて、1週間後には恋人へ昇格させて欲しい」
「え」
泣き止んだ顔が、一気に耳まで赤くなったことは言うまでもない。