第五十九頁『聖夜にふたり』(前編)
「……またこの手の夢か」
やたらと頭が働く割に起こる現象はいちいち現実感がなく、
何よりなんとも言えない不快感に満ちた夢。
これで何回目だったか?
前に見たのはもう随分前のことだったと思うから、久しぶりといえば久しぶりだ。
もっとも、久しぶりと言わず、できればもう見たくもなかったが。
「相変わらずの悪趣味だな、この場所は」
今回も春夏秋冬を一箇所に集めたような、それぞれは美しいものの、集めた時の悪趣味さしか感じない場所にいた。
もっとも、そう感じるのはこの場所にまつわる神様とやらの話が、どうにも好かないからってのもあるけど。
だけど、おかげで思い出したこともある。
前回は確か、優子ちゃんと“四季の島の伝説”について調べてる時に見たんだったな。
そう、ちょうどその話を聞いた直後に夢を見たんだった。
「思い出したら、ますます胸糞悪くなってきたな……」
『―――そうつれないことを言うなよ』
「っ!!」
不意に声がする。
背中からだ。
そうだ……もし、この前に見た夢と、今見ている夢がつながっているとすれば。
この声の主は―――
『ようやく、こうして向かい合って話すことができたんだからね』
「……残念だけど、自分の顔と向き合って長く話せるほど、僕はナルシストじゃないもんで」
振り向いて、その視線の先にいたのは。
まぎれもなく、僕自身の形をした何かだった。
『そうトゲのある言い方をしないでほしいものだね。
この姿はあくまで借りているもの……君にも認識しやすいようにね』
「それで選んだのが僕の姿だって? 気遣いには感謝するけど、センスは最低だな」
『ふふふ……嫌われたものだ』
自嘲気味に笑った目の前の―――とりあえず、“アキラ”とでも呼ぶことにしよう。
何がおかしいのか、アキラは笑っていた。
なんにせよ、見慣れた自分の姿だってのに、信じられない不快感だった。
非現実的な状況なのを抜きにしても、一秒でも早く目を覚ましたい。
まさに、悪い夢なら覚めてくれってやつだ。
「お前は何者なんだ?
この場所はいったい何だ、お前が件の神様ってやつなのか?
いや……そもそもこの夢はなんなんだ?
なんで普通に考えたり、こうやって喋ったりできるんだ?」
『残念だけど、今はそれに答えている時間はない』
「……一方的に出てきて、ずいぶん勝手な物言いだな」
『どう思ってもらっても構わないけど、こちらも色々と事情があってね……。
君が相手だからこうして話せてはいるけど、なにかと制限も多いのさ。
そうだな……強いて言うなら、夢であって夢でない、といったところか』
思わせぶりなことばかり言いやがって。
僕は漫画でも小説でも、もっと言うならゲームにしてもアニメにしても、上から目線の訳知り顔で喋るキャラは好きじゃないんだ。
まして現実ならなおの事、だ。
『―――まあ、僕の存在自体がファンタジーなのは認めるけどね。
創作物と同列に考えられるのも、なかなか複雑なものだ』
その上、人の思考までのぞき見してくるときてる。
もうやりたい放題だな。
『そもそも、君の存在も中々のファンタジーなんだけどね』
何を言っているのか、はっきり言って全く意味が分からなかったが、どうやら答えるつもりもないらしい。
アキラが言葉を連ねていく。
『……話を続けさせてもらうよ。
今日は君に警告にきた』
「警告?」
善良な一般市民である僕に、どんな警告があるというのか。
『ふふっ、善良な一般市民であることは間違いないけどね。
端的に言おう。君には、残された時間がもう残り少ない。
やがてその兆候も出始めるだろう。
……選択と決断の時が迫っている』
「―――は?」
何を言っているのか分からない。
時間が少ない?
選択と決断の時だ?
それこそ、そんな物語の世界の中みたいな話があってたまるか。
『無理もない……夢や、あるいは現実でもある程度は不可思議な現象に触れてきたとはいえ、
今日が終われば明日が来る、そのことを当たり前に思うのは仕方ないことだろう』
「…………」
もはや思考を読まれてることにツッコミを入れるのはよそう。
現実での不可思議―――恐らく、京香ちゃんが退治した“魔”のことだろう。
むしろ、姿形が見える分だけ、この現象よりああいった類の方が分かりやすい存在かもしれない。
『だけど、今言ったように君に残された時間は少ない。
そして、君はまだ何も選び取っていない。
……選択と決断の機会、そのヒントは今まで何度か与えられてきたはずだけどね』
何のことだ?
僕に、今までに何かを選ぶ機会があったっていうのか?
そりゃ、細かいものなら日々なにかしら選択をしているかもしれないが……。
そんな大きな選択、あるいは決断の機会に、思い当たる節はない。
『まあ、分からないのも仕方のないことかもしれない。
ヒントといっても、ひどく曖昧なものだからね。
それに、僕が意図して提示できたわけでもない。
……もっとも、君が意図してそれらと向き合っていないのなら、話は別だが』
「そういう、自分がすべてをコントロールできるみたいな物言い、嫌いだって言ったはずだけど?」
『これは失礼、そういうつもりはなかったんだ。
だが……すまない。
たしかに、君が言うように、僕は全能の存在などではないよ』
こいつの正体は、やっぱり―――。
『ただ、僕が何者かなどは、今は些細な問題だ。
……なに、選択と決断といっても、そう難しく考えることはない。
人間ならば、誰しもがしうるものだしね』
「誰しもがしうるもの……?
それをすれば、僕に残された時間とやらが回復するっていうのか?」
『―――そろそろ時間のようだ』
会話が噛みあっていない。
残念ながら、現実で会ったとしても、到底仲良くできそうにないな。
『ご不満もごもっともだ……すまないね。
なにぶん、さっきも言った通りこうして君と話すのも、何かと制約が多いんだ。
……とにかく、後悔の無いようにだけは生きたほうがいい』
また偉そうなことを言ったかと思うと、自らの言葉を否定するかのように首を振るアキラ。
変なところで人間臭い動きだ。
『いや、生きてほしい……これは、僕の偽らざる願いでもある。
残された時間が少ないと言っておきながら、生きろというのも矛盾した話だが……。
他の事は忘れてもらっても、僕の事は恨んでも嫌ってもらってもかまわない。
ただ、この願いだけは忘れないでほしい』
「思わせぶりなことばっかり言ってないで、そこまで言うならハッキリ言ったらどうだ!?」
『……どうやらここまでのようだ。
また会おう―――』
ダメもとで最後の抗議の声をあげてみたが、やはり無駄だったらしい。
最後の最後まで会話は噛みあわなかった。
本当に胸糞の悪い奴だ。
そんな奴の、もはや捨て台詞じみた言葉とともに、夢が終わる。
アキラが消えたのか、僕の意識が途絶えたのか。
この世界そのものと同じく、ひどく曖昧な形で、思考が閉じていった―――
………
………………
―――目覚ましの声が、長く不快な夢の終わりを告げる。
今朝は圭輔のメッセージだった。
もうすっかり冬だっていうのに、イヤな汗。
それと、起きたばかりにも関わらずズッシリとのしかかってくる疲労感。
はっきり言って、目覚めとしては過去最悪だった。
今まで、この系統の夢を見た時も目覚めは悪かったが、今回が間違いなく最悪だろう。
底抜けに明るい我が親友の声が、ある意味で救いだろうか?
一緒に記憶の底も抜けて、さっきの夢も忘れてしまいたいものだ。
選択? 決断?
知ったことではないし、上から言われると余計に腹が立つ。
「くそっ!」
考えまい、考えまいと思うほど、さっきまでの夢を思い出す。
……考えないのではなく、さっさと起きて我が妹と雑談でもして意識の外におく方が健康的かもしれない。
そうと決まれば、さっさと起きるに限る。
朝の部屋は冬の寒さで冷えきっていたが、幸か不幸か、今日は布団に戻る気にはなれない。
それよりも、今は早く下の階に降りて、あやのと話をしたかった。
あやのと話して、茜ちゃんも一緒に三人で学校へ歩いていれば……その内、意識の外へ放り投げられるさ。
思えば、こんなにも“日常”を強く求めたことはなかったかもしれない。
一連の“魔”の騒ぎですら、ここまでは思わなかった。
「後悔の無いように、か……」
もし、そんな生き方をするのだとすれば。
幼なじみや妹、あるいはたくさんの仲間達と過ごす日常。
それを精いっぱいに楽しむこと。
それが、僕にとっての、後悔の無い生き方なのかもしれないと、ふと思った。
………
………………
やはり顔色はよくなかったらしく、茜ちゃんにもあやのにも心配されたが、気持ちだけ受け取っておいた。
あんなにひどい夢見だったし、さすがに何もかもいつも通りってわけにはいかないらしい。
ただ、ありがたいことに三人でゆっくり登校している内にいくぶん調子も戻ってきたようだ。
道すがら、間近に迫った冬休みの話やら、終わったばかりの期末テストの話で盛り上がった。
もう12月も半ば過ぎ……残り僅かな二学期は、既に冬休みへの助走期間と化していた。
―――二学期、もっと言えば夏休みからこっち、ずっとバタバタしていたような気がするな。
修学旅行から帰ってようやくひと段落できると思ってたら、ちょうどその辺りから次々と色んな話が転がり込んできたんだった。
まず修学旅行が終わってすぐ、怜奈ちゃんの頼みで演劇部の手伝いをしたんだったな。
実際の公演で役に立ったかはともかく……自惚れでなければ、少しは怜奈ちゃんの助けになれたんじゃないだろうか。
たった一人で、その身にふりかかる重すぎる期待と必死に戦っていた怜奈ちゃん。
でも、それを乗り越えた末に見せてくれた笑顔は、本当にまぶしかった。
その後、ほぼ立て続けに起こった、夜の校舎の“魔”騒ぎに、京香ちゃんの最終奥義習得への修行。
こっちは茜ちゃんやあやのに心配かけたり、実際に小春ちゃんがケガしちゃったり、本当に大変だったけど。
苦労した甲斐もあって、京香ちゃんは最終奥義を無事習得、本家での再修業はなくなったんだった。
あの一件以来、京香ちゃんとみんなの距離も縮まったし、終わりよければなんとやらってやつかもしれない。
そんな現実離れした騒動が落ち着いたかと思えば、今度は愛美ちゃんの正体というか、声優業で色々あったり。
まさか百乃木愛子と愛美ちゃんが同一人物だったのは驚いたけど。
愛美ちゃんは百乃木愛子という“強い自分”と、現実の引っ込み事案気味な“弱い自分”のギャップに苦しんでいた。
だけど、どっちの“自分”も愛美ちゃんなんだって気づくことができて、自分に自信を持つことができるようになったみたいだ。
そして、こないだ……といっても、もう半月以上前になるけど、圭輔と翔子ちゃんのノック勝負。
珍しく翔子ちゃんが圭輔を焚きつけて始まった勝負で、初めはどうなることかと心配だったけど。
終わってみれば、お互いがお互いを信頼してることを再確認して、より絆を深める出来事だったんじゃないかと思う。
それから、勝負の日以来、二人の距離がますます近づいた気がするのは……気のせいじゃないだろう、きっと。
―――改めて思い返してみると、短い間に随分と色んなことがあったもんだ。
そのせいか、実際に経過した時間に比べてやたらと長い時間を過ごしていた気がする。
演劇部の手伝いからノック勝負まで、正味二か月ちょっとくらいなんだけど。
……まあ、この辺はさておき。
大変だったのは間違いないけど、得るものも大きい時間だった。
みんなの想いと向き合って、ますます絆を深められた。
こうしてざっと振り返っても。その事実だけは間違いない。
もうずっと一緒にいるような気になっていたけど、圭輔と翔子ちゃん以外はこの春前後に知り合ったばっかりなんだよな。
この短い期間で、みんなかけがえのない友達と呼べる存在になったことは……なんというか、むずがゆい気もするけど。
それ以上に、ただただ嬉しい。
日常とは少し離れた出来事もあったけど、今となってはこういうのも悪くないと思える。
あんまりにも大変とか、誰かが悲しんだり傷つくのはもうゴメンだけど。
これからもこうして仲間達と一緒の時間を過ごして、絆を深めていければいいと、ぼんやりそんな事を考えた。
………
………………
「おはよー」
朝のあいさつとともに2-A教室へ。
クラスメイトから返ってくる声も、いくぶん弾んでいる……気がしなくもない。
まあ、冬休みを前にして、みんな考えることは似たようなもんだろう。
……人によっては追試やらなんやらで、気が気でないのかもしれないが。
その辺はご愁傷様である。
―――僕の成績がどうだって?
こちとら、成績優秀な友人達に恵まれたお陰で、もはや赤点とは無縁の身となっている。
「おはよう、章くん」
茜ちゃんと別れて席についたところで、成績優秀な友人達の一人こと、つばさちゃんがやってきた。
……さっきまで仲間がどうとか言っておきながら、こういう言い方はいささか現金すぎるか。
「ん? どうかしたの?」
「ああ、いや、別に……おはよう、つばさちゃん」
あいさつを返しながら、改めて『いつもありがとう』と、心の中でお礼を告げた。
人間、謙虚さを忘れてはいけない。
「何でもないならいいんだけど……」
「あー、そうそう。何でもないって。
ちょっとぼーっとしてただけだから」
「うーん、朝からぼーっとっていうのも、ちょっと心配っていうか……。
冬休みが近いからって、ちょっと気が緩みすぎだよ」
「あはは……おっしゃるとおりで」
さすがつばさちゃん、浮ついた連中とはわけが違う。
一緒くたにしちゃ悪いな。
「……なんて、私も冬休み、楽しみにしてるんだけどね。
今年はお姉ちゃんも帰ってくるみたいだし、久しぶりにお正月を一緒に過ごせるんだ」
そりゃ良かった。
年末年始は実家でって辺り、明先輩もつばさちゃんはもちろん、ご両親とも上手くやってるようで何よりだ。
今までのつばさちゃんの気持ちを考えれば、、浮ついてるっていうよりは、むしろ楽しみにする方が自然ってもんだろう。
「ところで章くんは、冬休みは何か予定あるの?」
「ううん、特には……」
そもそも期間もそう長くはない冬休み。
外も寒いし、基本的には家でのんびりと過ごす予定だった。
いつもだったら、クリスマス時期になんとなくみんなで集まってパーティーめいたこともやってたんだけど……。
そう言えば、今年はそういう話が出ない。
あやのなんか、イブの日は小春ちゃんの家で愛美ちゃんも一緒に、後輩トリオでお泊り会だとか言ってたな。
圭輔と翔子ちゃんはもしかすると二人でよろしくやってるかもしれないし、積極的に声をかけるのも気が引ける。
光はよく分からない。
となると、今まで集まってた顔ぶれで残ってるのは―――
「―――……。
……―――」
茜ちゃんの方に自然と目がいった。
朝の騒がしさの中、何をしゃべっているかまでは分からないものの、近くの席の連中と楽しそうにしている。
「陽ノ井さんと、何か予定があるの?」
「えっ? いや、そういうわけじゃないんだけど」
つばさちゃんの声に、慌てて視線を戻す。
いかんいかん、目の前に話してる相手がいるってのに。
「そうなんだ。てっきり、もう約束とかしちゃってるものだと思ってた」
「まあ、なんとなく話の流れで何かしたりとか、あやのとかも一緒に初詣行ったりとかはあるかもしれないけど。
今までも、しっかり約束して会うってこと、そんなに多かったわけじゃないから」
実際、ゴールデンウイークだったかに二人で遊園地に行ったのは、かなり珍しいパターンだったりする。
たいてい、そういうイベントにはあやのとか、後は翔子ちゃんに圭輔、光もいることが多かったし。
「そっか……。
えっと、じゃあ25日って空いてるよね?」
「25日って……クリスマス?
空いてるのは空いてるけど」
「実は、みんなでクリスマスパーティーをやろうと思って。
ほら、せっかく生徒会の活動を通して仲良くなれたのに、最近は集まることもなくなっちゃって寂しいし」
確かに、学祭が終わったことで仕事がほぼ終わったのもあり、執行部で集まる機会は減っていた。
少なくとも、学祭の準備をしていた頃みたいに、毎日みんな顔を突き合わせるってことはほとんどない。
かくいう僕も、個人的にバタバタしていたのもあって、いつのまにか任期が過ぎていた感すらある。
後期の会長には悪いが、選挙もいつの間に終わっていたのやらって正直なところだ。
まあメンバーの誕生日があったりすれば、個別で集まったりはしていたけど、それにしたって毎回全員が集まったわけじゃないしな。
実際、僕だって何回かは不義理もしていた。
逆に、生徒会メンバーに加えてあやの達後輩トリオ、京香ちゃんまで集まった僕の誕生日が奇跡みたいなものだったのかもしれない。
そう思うと、久しぶりにみんなで集まってワイワイやりたくなってきた。
「そうだね……うん、参加させてもらうよ。
他のみんなにはもう声をかけたの?」
「とりあえず生徒会のメンバーにはほとんど声はかけ終わってて、まだなのは章くんと陽ノ井さんだけ。
後は、章くんの誕生日の時みたいに、西園寺さんに桜井さん、岸辺さんと桃田さんも来てくれるんだ。
あの時は、すごくにぎやかで楽しかったから、よければって声かけたら、来てくれるって。
それに、今度はお姉ちゃんも」
「明先輩もか……確かに、今度もにぎやかになりそうだね」
いや、明先輩がいる分だけ、もっと騒がしくなりそうだ。
あの人も、みんなで集まってワイワイとか好きそうな人だし。
もっとも、そういう騒がしさなら大歓迎だけど。
何より、つばさちゃんが嬉しそうなのが一番だ。
僕の誕生日の時は、まだ二人が和解する前だったからか、明先輩は来なかったし。
お姉ちゃんっ子の気があるつばさちゃんにとっては、きっと嬉しいところだと思う。
生徒会以外のメンバーも若干混じってはいるけど……まあ、気まずい思いはしないだろう。
みんな気のいい連中ばっかりだし。
それに、この前だって集まってるんだから、知らない仲ってわけでもない。
何だかんだ、クラスメイトだったり部活だったり、あるいはバンドだったりでそれぞれに接点はあるし。
「あの時みんなでプレゼントした目覚まし、まだ使ってくれてる?」
「もちろん。あれだとなんかよく分からないけど、すぐに起きられるんだよね」
「ふふっ。あれから、自転車に二人乗りしてくること、すっかりなくなったもんね?」
「そこは……まあ、おかげさまで」
つばさちゃんらしからぬブラックな返しだった。
くすりと笑っていらっしゃるが、なんだかよからぬ深読みをしてしまいそうになる。
茜ちゃんは、今でも思い出したように、少し寂しい気がするみたいなことをポツリと言ったりもするが。
実際にそんな事態になったらなったで、文句タラタラだろうからな。
早起きしてのんびり登校するに越したことはない。
「そういえば、パーティーって25日なんだね?
こういうの、24日にやるもんだと思ってたけど」
「うん……24日は、福谷の家の方でパーティーがあって、
ちょっと顔を出さなきゃいけないから」
ああ、そういう。
きっと政財界の偉い人が集まるような、僕には一生縁が無いであろう催しなんだろう。
あまり関わりたいとも思わないけど。
「それに、やっぱり24日はみんな大切な人と過ごしたりとか、それぞれやりたいこともあるだろうし」
まあ、クリスマス本番は25日ではあるが、世間一般で盛り上がるのはむしろイブである24日だ。
無宗教の日本で、キリスト教の行事であるクリスマスをありがたがるのはどうなんだって声も聞かなくはないが、
形はどうあれみんなで楽しんで、そうやって笑顔が連鎖みたいに広がっていく、そのこと自体は悪くないと思う。
少なくとも、僕はこういう行事に乗っかってワイワイやるのはやぶさかではない。
特に最近はそういう思いが強くなった気がする。
これも、みんなと仲を深めてきた結果だろうか?
「章くんは、24日に陽ノ井さんを誘ったりはしないの?
さっきは特に約束はしてないって言ってたけど」
「茜ちゃんを?
え~っと、まあその……」
どうにも言葉を濁す。
まったくそのつもりが無いわけではないが、ハッキリ言うのもためらわれる気がした。
「しっかりしなきゃダメだよ。
みんなやきもきしてるんだから」
「みんなって……大げさな」
「そんな事ないよ。
島岡さんと萩原くんだって、最近はぐっと仲良くなったんだし。
後は章くんと陽ノ井さんだけだって、優子とか和泉くんとも言ってたんだから」
「それ、みんなって言うか、どっちかというとおしゃべり好きなメンバーってだけだって……」
ホントにロクな事を言い出さない。
つばさちゃんに悪影響だ。
「そうつれないこと言うなよ、章」
「光……つばさちゃんに変なこと吹き込むなって」
「別に、私だって和泉くん達に言われたからじゃなくて、本気でそう思ってたんだけどな?」
「つばさちゃん……」
なんか、最近キャラが変わってきてる気がするのは気のせいだろうか?
優しいのは相変わらずなんだが……。
「まあ、あれだ。
そんなにかしこまって声かけなくても、
25日のプレゼント交換に持ってくものを一緒に選び行くとか、そういうのでもいいんじゃないか?」
「プレゼント交換……?」
「あっ、そうそう。今度のパーティーでは、みんなでプレゼント交換するから。
あんまり高価なものとかは用意しなくても大丈夫だけど、何か持ってきてね」
「それは、もちろん考えてはおくけど……」
「自分のセンスに自信がないなら、なおさら茜に助けを求めるってのはいいんじゃないか?
あいつ、あれで意外と可愛いもの好きなところあるし」
確かに、部屋にはやたらとファンシーなぬいぐるみが置いてあったり、
ペンケースやらストラップやら、身の回りのちょっとしたものがやたら少女趣味だったりするんだよな、茜ちゃん。
そういうわけで、細かい事を抜きにしても、確かに僕のセンスよりはアテになりそうだ。
参加者に女の子がけっこう多いわけだし。
「とりあえず、よく考えて後悔だけはないようにするこった。
せっかくのイベントなんだし、後でああしておけばよかった……じゃ、締まらないぞ?」
「後悔のないように、ね……」
どうしたもんだか。
茜ちゃんの事は何とも思ってない……ってのは、さすがにもう通らないのは分かっている。
光から視線を外すと、ふと、つばさちゃんと目があった
―――彼女に告白された時、引っかかったもの。
それが何だったかを考えれば、答えは明確である。
つばさちゃんがどう思ってこんな事を言ってきたのかは分からないが、
ここで誤魔化すのは何か違う気がしているのも確かだ。
とは言え、である。
今さら茜ちゃんにどう声をかけるかと言われれば、どうしたもんだかとなってしまう。
ここのところのバタバタで、心配をかけこそすれ、ゆっくりと話したり何かすることはほとんど無かった。
流石に毎朝一緒に登校してきてるから、接し方を忘れたとまでは言わないが、機を逸したと感じているのも確かだった。
(選択と決断……か)
ふと思い浮かんだ、今朝の夢での言葉。
かなり……いや、相当シャクだけど、今の状況にはピッタリだな。
今度はつばさちゃんからも視線を外し、茜ちゃんの方を見やってみる。
十五年来の付き合いとは言え、流石に後ろ姿だけで考えが見抜けるわけもなく。
適当につばさちゃんや光とやりとりをしている内に、朝のホームルームの時間がやってきたのだった。
作者より……
ども~作者です♪
Life第五十九頁、いかがだったでしょうか?
久しぶりに特定のヒロインのエピソードじゃない回でした。
冒頭の夢だったり、ちょっと総集編っぽいつくりだったり(笑)
そろそろ次の展開にいこうかって感じでしょうか。
このエピソードも本当は1回で終わらせるつもりだったんですが、
思いのほか長くなりそうなので複数話構成としました。
後編で章がどういう動きを見せるのか。
茜との関係がどうなっていくのか、期待し過ぎない程度にご期待ください。
それではまた次回☆