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第五十三頁『伊達眼鏡の真実』

 「ついにこの日が来た……!!」


 目覚ましが鳴る前に目が覚め、起きるなり思わずそう口走っていた。

 我ながら、朝からいささか暴走気味のテンションだが、それも大して気にならない。


 待ち望んでいた今日という日。

 こんなに興奮するのもかなり久しぶりかもしれない。


 起きたばっかりなのに目もばっちりさえているし、これだけ頭も回る。

 自分でも気持ち悪いぐらいだったが……でも、納得できる。

 それだけの“モノ”が今日はあるからだ。


 そう、なんといっても今日は―――




 ………




 ………………




 「おはよう、あやの」


 「あっ、お兄ちゃん。もう起きてきたの?」


 「朝からごあいさつなセリフだな……」


 もっとも、そんなセリフも今日なら許せる。

 急に心が広くなった気分だ。



 「朝は『おはよう』だろ?」


 「あっ、うん……おはよう。

  ―――じゃなくって。いくら最近は早起きっていっても、ちょっと早すぎじゃない?」


 「いやいや、今日はちょっとね」


 「ふ~ん……ちょっと、ねぇ……」


 口では納得しつつ、表情はそれに伴っていないあやの。

 いいさいいさ。

 大して気になることでもないし。

 大事の前の小事ってやつだ。



 「朝ごはん、まだできてないから、ちょっと待っててね」


 「わかった。あっ、急がなくていいから」


 「う、うん……」


 「? どうかした?」


 「……今日は、妙に優しいんだね?」


 「いつもこんなもんだろ?」


 「……そういうことにしとくよ」


 相変わらず釈然としないというか、微妙な表情のままのあやの。



 「変なお兄ちゃん……」


 そんなつぶやきすら聞こえてくる。


 いつもならツッコミの一つも入れてるところだが、今日はあえてしない。

 やはり、嬉しいことが控えていると心も寛大になるらしい。


 そう、なんといっても今日は―――




 ………




 ………………




 「おはよう、ふたりとも。

  ごめん、ちょっと遅れちゃったみたいね」


 「おはようございます、茜さん。

  全然遅くないですから、大丈夫ですよ」


 「え?」


 いつもの集合場所。

 あやのに言われて携帯で時間を確認する茜ちゃん。



 「あっ、ホントだ……。

  いつも通りって言うか、ちょっと早いぐらいだったんだ」


 「今日はお兄ちゃんがやけに張り切ってるから、なんか早く出ちゃって」


 半分あきれたみたいな表情を見せるあやの。

 ひどい言われような気もするが、気にしない。



 「張り切ってる? 章が?」


 いぶかしげな視線その2。

 茜ちゃんもいろいろと思うところがあるらしい。


 こうまでされると、普段の僕って一体どう思われているのかとさすがに気になってくるが、

 それでもあえて口に出すまではしない。



 「いやいや。

  まあ楽しいイベントがあれば、ついつい盛り上がっちゃうのが人情ってもんでしょ?」


 「はぁ? 朝からどうかしちゃったの?」


 「どうかしてる……って言えば、そう言えなくもないのかな?」


 確かに、自分でもこのテンションの上がり方は半端じゃないと思う。

 まして、今日は普通の人にとってはなんでもない日。

 どうかしてるのかもしれない。



 「―――ねえお兄ちゃん、本当になにがあったの?

  盛り上がるのは勝手だけど、お願いだから犯罪だけはしないでよね」


 「いくらなんでも、それだけはないから安心しろって」


 「じゃあなにがあったのよ? もしかして……隠すようなやましいことなわけ?」


 「別にそういうわけじゃなんだけど……」


 ただ、声高らかに宣言するとなると、それはそれで少し恥ずかしいような気もする。

 イヤだとまでは言わないが。



 「じゃ、言いなさいよ」


 「そうそう。朝から妙なテンションに付き合わされる身にもなってよ」


 しかし、茜ちゃんとあやのの追及も厳しい。

 ここは大人しく白状した方が無難だろうな……。



 「え~っと、実はさ」


 僕が朝から盛り上がっている、その理由。

 それは―――。






 「―――今日、百乃木愛子のファーストアルバムが発売になるんだ」



 「…………」



 「…………」






 「「…………は?」」


 しばしの沈黙のあと、ふたりが口をそろえて出したのがこのセリフだった。


 呆けた表情。

 しっかり者のふたり、こんな表情はなかなかレアだろう。



 「いや、だから百乃木愛子のファーストアルバムが発売するんで、

  それが嬉しくって、ついついテンションも上がってるの」



 「…………」



 「…………」






 「「…………は?」」


 果たして出たセリフはまたしても同じものだった。

 ……一体これ以上何を言えと?。



 「へーそうなんだー。それはよかったねー」


 「そうねー。よかったじゃないあきらー」


 ようやく出てきたのは、まったく抑揚のない声での気のないセリフだった。



 「なんだよー、ふたりとも!

  どうしても聞きたそうにしてたから話したのに、その反応はないだろー!?」


 「そう言われればそんな気がしなくもないけど……でも、ねえ?」


 「茜さんの言うとおりだよ。

  私もあの声優さんの歌はけっこう好きだけど、そこまでって程じゃないし……」


 「だいたい、アルバム一枚で騒ぎすぎなのよ、アンタは」


 ひどい言われようだ。

 ―――だが、今日の僕はこれしきの責めではへこたれないのだ!



 「いやいや、茜ちゃんもあやのも、全然わかってないね!

  むしろ、なっちゃないって感じ?」


 「って言われても……」


 「あたしたちは、別にその声優のファンじゃないんだし……」


 「ふたりとも、学祭の時の盛り上がりを見たでしょ!?

  もう、間違いなく一番盛り上がってたんだから!

  百乃木愛子の歌には、ファンならずとも惹きつける魅力があるんだって!」


 「う~ん……それはちょっと分かる……かも。

  何回か聞いた時も、けっこういい感じだったし、愛美が歌ってる時はもちろんだけど。

  お兄ちゃんが歌った時はともかく」


 「一言余計だけど―――だろ!?

  やっぱ分かる人は分かってるなぁ」


 バンドで曲を演奏したこともあり、あやのは中々に気に入っているようだ。

 CDに加え、すごく上手い愛美ちゃんの歌を間近でずっと聞いてたんだ、それが自然ってもんだろう。



 「あやのちゃんまで章の肩を持つの~?」


 「う~ん……。

  でも、お兄ちゃんの味方するみたいでなんかシャクですけど、いい曲なのは間違いないですよ」


 「ふ~ん……」


 「いや、だからさ―――」




 この後、主に茜ちゃんに対して百乃木愛子の素晴らしさを説きつつ登校した。

 効果のほどはともかくとしても、僕が盛り上がる理由だけはどうにか納得してもらえた。

 ―――と思う。今後も継続して“布教”しなきゃな。





 ………





 ………………





 ―――だが、迎えた昼休み。

 まさかの悲劇が起った。






 「あー、桜井。」


 4限の授業が終わるなり、僕を呼ぶ華先生。



 「ちょっとちょっと」


 やけに嬉しそうに手招きをしている。

 なんだか怪しい。


 とはいえ、行かないわけにもいかないので、教壇の華先生の元へ。



 「? なんですか」


 「職員室まで付き合ってくれる?

  すぐ済むからさ」


 「いいですけど……」


 ……どうにも嫌な予感がするな。

 華先生の笑顔が妙に引っかかる。



 「いいですけど……って、なーによ、その気の抜けた返事は?

  ほら、しゃんとする!」


 「はーい」


 「……まあいいわ。それじゃ、行こうか」


 華先生の後ろについて職員室に向かう。

 やっぱ嫌な予感がするんだよな―――。






 「ってことで、この書類を今日中にやってちょうだい」


 「……いや、どういう流れで“ってことで”ってセリフが出てくるのか、僕にはちょっと分かんないんですけど」


 別に省略したわけじゃない。

 華先生の机に着くなり、いきなり書類を手渡されたのだ。

 流れもクソもあったもんじゃなかった。



 「私は生徒会の担当教員、君は生徒会の副会長。

  そして目の前には生徒会関係の書類……そゆこと♪」


 「そゆことって……」


 無茶苦茶だ。

 僕の都合とか、どう考えても完全無視だよな、これ。

 勘弁してほしい。



 「いやね、福谷や茜に頼んでもいいんだけどさ、あの子たちも何かと忙しいじゃない?

  それともなに、桜井は女の子に仕事押しつけて自分はさっさとトンズラしようとでも?」


 「うっ!?」


 そこを突かれると非常に痛い。

 さすがは華先生、的確な攻めだと言わざるをえない。


 ―――ここは折れる……しかないんだろうなぁ。



 「や、やだなぁ華先生!

  僕がそんなことするわけないじゃないっすか!」


 「だよねぇ?

  ―――ってことで、お願いね」


 「は~い……」


 「返事はしゃんとしなさいって」


 トホホ……。

 これ、けっこうな量があるから何のかんのと時間かかりそうだなぁ。


 帰りは百乃木愛子のアルバムを速攻で買いに行こうと思ってたのに……。

 こうなったらしょうがない。この灰色の脳細胞をフルに回転させて、できるだけ早く片付けよう。



 「それじゃ、失礼しました」


 気持ちを切り替え、とりあえず職員室を後にした。






 「よしよし。なんだかんだいって、桜井もよく働くから助かるわ~」


 「ねぇ、はな……じゃなかった。桃田先生?」


 章と入れ替わりで、華に声をかけたのは望。

 思わずプライベートでの呼び方が出て、慌てて言い換える。



 「えっ? ああ、崎山先生。

  昼休みに職員室にいるなんて珍しいじゃない」


 「うん、ちょっと用事で。

  ところで、今さっき桜井くんに渡した書類って……」


 「ああ、あれね。今度の生徒総会に出す、代議員会の決算報告。

  一応、生徒がやるのが筋でしょ?

  ―――って言って、締め切りが今日っての忘れててさ、あはは……。

  自分で設定しといて忘れるなって話よね」


 言葉ほど悪びれた様子もなく笑い飛ばす華。

 だが、望の心配は別のところにあるようだ。



 「えっと……それはそれで問題だとは思うんだけど。

  それより、今日って“アレ”の日って言ってなかった?」


 「うぇ!? そ、そうだっけ?

  えっ、え~っと―――」


 あわてて手帳を繰る華。

 あるページでその動きが硬直する。



 「どう?」


 「あちゃ~……ビンゴだわ。

  参ったなぁ……あれって、お金の絡む書類だから、一応教員のサインがいるのになぁ……。

  私がいないんじゃ話にならないって……桜井には悪いことしちゃったなぁ」


 今度は多少は悪いと思っているのか、さっきとは口調が違っている。

 どうやら、華は都合で放課後、学校を空けるらしい。



 「どうするの?」


 「うーん……。

  まっ、考えとくわ」


 言葉は軽いものの、少し深刻な様子で華が言った。

 もちろん、同僚兼親友ふたりのこの会話、章が知る由もない―――





 ……





 …………





 よっし、放課後だ!



 「バリバリ仕事するぞー!!」


 「……相変わらず気合い入ってるのね」


 そう突っ込んだのは、ユニフォーム姿の茜ちゃん。



 「まあね。でも、ダラけてるよりはいいでしょ?」


 「それはそうなんだけど……」


 「けど?」


 茜ちゃんは複雑な表情。

 何か思うところでもあるのだろうか?



 「やる気の源が源だけに、なんとも言えないっていうか……」


 「それ、偏見だって……」


 どうにも、茜ちゃんには継続した“教育”が必要なようだ。



 「っとと、こうして話してる時間も惜しいんだった!」


 「はいはい、それじゃ、あたしは大人しく部活に行ってきますよ」


 「あっ、うん。ごめん、なんか気をつかわせちゃったみたいで」


 別に、茜ちゃんもそういうつもりで言ったわけじゃないんだろうけど、なんだか申し訳ない気持ちになった。



 「いいわよ、別に。

  それに、本当ならその書類も、あたしが手伝ってなきゃいけないんだし。

  むしろこっちが申し訳ないくらい」


 「いやいや、僕が貢献できるのはこのぐらいですから。

  茜ちゃんも、部活頑張ってね」


 「うん、ありがとう。それじゃね」


 荷物を持つと、茜ちゃんは軽く手を振って教室を出ていった。



 「さてと……」


 商店街のCDショップに行くには、目の前の“こいつ”をやっつけるのが絶対条件だ。

 そりゃもう、否が応でも気合いが入るってもんですよ。



 「桜井」


 「わっ!? はっ、華先生!

  急に出てこないでくださいよ!」


 いざ書類にかからんとしたところで、ホームルーム終了と同時に教室を出たと思われていた華先生が、いきなり声をかけてきた。

 ……こういうのは、西園寺家のみなさんだけで間に合ってますから。



 「ごめんごめん。茜と話してたみたいだったから、声をかけるタイミングを取りづらくって。

  それより桜井、この後は空いてるわよね?」


 「一応……でも、できるだけ早く帰りたいんですけど」


 「まっ、その辺の事情はとりあえず却下の方向で」


 やっぱりか。

 ……だったら、予定が空いてるかどうかを聞く必要がない気もするが―――あえて言うまい。



 「大丈夫よね? このあと、荷物と書類もって、駐車場まで来てくれる?」


 「……は?」


 「事情は後で話すから、とりあえずよろしくね。

  じゃ、また後で!」


 「あっ、ちょ!? 華先生!

  ……もう行っちゃったし」


 言いたいことだけ言うと、華先生は小走りに去ってしまった。

 明先輩といい茜ちゃんといい、どうしてこう女子ソフト部には強引な人が多いんだか……。

 いや、顧問が華先生あんなだから、部員もああいう風になってしまうのか。


 ―――などと、女子ソフト部に関して一通り考察したところで、ひとまず指示通りに駐車場へと向かった。

 事情は後で話すなんて言ってたけど、そもそも事情って何のことやら……。




 ………




 ………………




 「華先生……は、まだか」


 駐車場に着いてはみたが、呼び出した張本人の姿はない。

 むぅ……こっちとしては、一刻も早く仕事を片付けたいっていうのに。



 「あれ? 桜井先輩……ですか?」


 「えっ?」


 不意に僕を呼ぶ声。振り返ってみれば―――



 「愛美ちゃん。どうしたの、こんな所で?」


 そこには愛美ちゃんが立っていた。



 「このあとちょっと用事があるので、お姉ちゃんと待ち合わせなんですけど……先輩は?」


 「用事? おかしいな……僕も華先生に呼び出されたんだよ。

  生徒会の仕事のこと……だとは思うんだけど」


 自分から呼び出しといて、愛美ちゃんとも約束があったとは。

 ―――もしや、ダブルブッキング?



 「あの……すみません、先輩」


 「ん、なにが?」


 「あの、なんだかお姉ちゃんが迷惑かけちゃったみたいで……。

  お姉ちゃん、ちょっと強引なところがあるから」


 「ああ、いいっていいって。このぐらい、日常茶飯事だしさ」


 言っててちょっと悲しいのは内緒だが。



 「あ~、でも……」


 「?」


 不思議そうな顔をする愛美ちゃん。

 その顔を見て、頭に思い浮かんだことを言うか言わざるか、一瞬迷ったが。



 (そういえば、愛美ちゃんも百乃木愛子のファンだし、別にいっか―――)


 「今日は百乃木愛子のファーストアルバムの発売日でしょ?

  だから、早く買いに行きたかったんだけど……。

  ちょっとそういうわけにもいかなくなっちゃったのが、残念かなって」


 「…………」


 「あれ……どうかした?」


 なぜか、少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔をする愛美ちゃん。

 今はもはや11月。暑くて顔が赤いわけではあるまい。



 「あっ、なんでもないです!」


 「そっ、そう?

  ―――そういえば、愛美ちゃんはアルバム買うの?

  結構好きみたいなこと、前に言ってたけど」


 「私ですか? 私は……そうですね、買いますよ」


 「そっかぁ。でも、この後は先生との用事でしょ?

  買いに行けなくって残念だね」


 「……そう、ですね」


 ―――何故だろうか。

 愛美ちゃんは、何か言いにくいことでも言うかのような表情を浮かべている。



 「―――愛美ちゃん」


 「はい?」


 「もしかして、愛美ちゃんってさ……」


 まさか、まさかとは思うが―――






 数秒間、お互いを見つめたままの沈黙。

 愛美ちゃんの顔に―――そして恐らく僕の顔にも―――緊張の色が浮かぶ。






 「アルバム、通販で買っちゃったりとかしてる?」


 「……へっ?」


 「いやその……あんまり残念そうな感じじゃないからさ。

  僕に遠慮して、話を合わせてくれてるのかなって思って……」


 「…………」


 しばらく、言葉を失ったかのように黙る愛美ちゃん。

 やがて―――




 「ぷっ……くすくすくす」


 「あれ?」


 「あははははは!」


 「わっ、笑うことないだろー!?

  いくら愛美ちゃんでもひどいよ!」


 「あはははは、ははは……ごっ、ごめんなさい。

  だっ、だって先輩が真剣な顔をするから、何を言うのかと思ったら……」


 ……むぅ、どうやら愛美ちゃんの“ツボ”にはまってしまったらしい。



 「―――やっぱり、桜井先輩っておもしろい人ですね」


 「……それって、ほめてる?」


 「もちろんですよ♪」


 そう言うと、愛美ちゃんは珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 文句の一つでも言ってやろうかと思ってたのに……そんな顔されたら、もう何も言えないじゃないか。



 「それで。結局、愛美ちゃんは通販でちゃっかりゲットって感じ?」


 「……はい。今頃、きっと家に届いてると思いますよ」


 「そっかぁ……あーあ、僕もそうしとけばよかったかな。

  返す返すも惜しい事をした……」


 でも、あやのが家にいるから、そういうものを通販で買うのって、何となくはばかられるんだよな。

 愛美ちゃんはそういうの、気にしないんだろうか?



 「あの……先輩。

  よかったら、CDは明日にでもお貸ししましょうか?」


 「えっ? でも、それじゃ愛美ちゃんが聞けないんじゃ……」


 「私は……大丈夫ですよ。

  それに、百乃木愛子も、先輩みたいな大ファンの方には早く聞いてほしいだろうと思いますし」


 「大ファンだなんてそんな……そういう風に言われると、なんか照れるな」


 褒められてるってわけでもないんだけど……。

 何か、愛美ちゃんが言うと、まるで百乃木愛子本人が本当にそう思ってるかのように聞こえた。



 「それじゃあ……うん。お言葉に甘えるよ、愛美ちゃん」


 「はい」


 そう言うと、愛美ちゃんはまた笑顔を見せてくれた。

 いつもはもうちょっとはにかんでるような感じだけど……今日のは、幾分遠慮が少ない気がして……やっぱり可愛いなと感じた。




 「はーい♪ お待たせ、ご両人!」


 「華先生……待ちましたよ」


 待ちはしたが―――もうちょっと愛美ちゃんと喋ってたい気もしたから、すこし残念かも。



 「それで、事情って一体?

  愛美ちゃんとも約束があるって聞きましたし……」


 「いやまあ、その辺の細かい話は、もうちょっと後でね。

  色々あって余計な時間食っちゃったから、とっとと車に乗っちゃって」


 「え……お姉ちゃん、車って、もしかして……」


 愛美ちゃんがやけに心配そうな声で言った。



 「……まあ、桜井なら……構わないでしょ、愛美?」


 「………………」


 少し逡巡の表情を見せた愛美ちゃんであったが、やがてかすかにうなずいた。




 「あの、先生―――」


 「わっと!? もうこんな時間!

  本格的に時間ないから、急いで急いで!」


 どうやら、とことんまで事情を話すのを後回しにしたいらしい。

 こっちの話を聞いているのかいないのか、先生は愛美ちゃんを引き連れて車の方に向かってしまった。

 ……確かに、“妹さん”が言うように強引な人だ。

 とは言え、文句を並べてもしょうがないのでひとまずふたりについていく。






 先生の車は赤い“MATODA”の“LX-7”だった。

 バリバリのロータリースポーツである。

 ……なんちゅう車に乗ってんだ、先生は。


 ちらっと運転席を見ると、当然のようにミッション車だった。

 どうにも、華先生の意外な趣味を垣間見た気がしてならない。




 「後ろ、ちょっと狭いけど我慢してね」


 「あの……これ、狭いなんてもんじゃないんですけど」


 果たして座席と呼んでいいのかも怪しいぐらいの後部座席は、およそ快適性とは縁遠い空間だった。

 漫画か何かで、『スポーツカーは車を買うんじゃない、夢を買うんだ』って言葉を見たことがあるが……。

 もうちょっと車としてのアイデンティティーを発揮してほしいと思う。



 「桜井はコンパクトだから大丈夫だって♪」


 「何気にひどいこと言ってますよ、それ……」


 「あの、先輩。できるだけシートを前に出しますから」


 そう言って、言葉通りの動作をしてくれる愛美ちゃん。

 おかげで、多少のスペースが生まれた。

 姉妹でこうも違うものかと、失礼ながらも思ってしまう。



 「それじゃま、みんな乗ったところで―――行くわよ」


 「行くって……どこへ?」


 前の座席に座る桃田姉妹は行き先を知っているようだったが、僕はそうじゃない。

 未だ、なぜ呼び出されたのかも謎のままだ。



 「本州」


 「……は?」


 華先生による、最小限の言葉。

 対して僕の口から、思わず間抜けな声が出た。


 唐突な……そしてあり得ないワード。

 本州ってあんた、そうそう行ける距離じゃなくってよ?



 「飛ばすわよ~、しっかりつかまってなさい!」


 「へっ……って! うわわ!?」


 華先生が言うと、爆音轟かせ、真っ赤なスポーツカーが駐車場を飛び出した。

 比喩ではない。

 本当に飛んで出て行ったのだ。

 少なくとも、僕にはそう思えた。



 (一体、何がどうなってるんだ―――!?)


 が、考えても答えは出ず。

 今できるのはとりあえず、この猛スピードで華先生が事故らないことを、ただひたすら祈ることだけだった―――。






 ………






 ………………






 1時間ちょっとほどが経ったろうか。

 結局、一切の事情説明もないまま……。

 僕ら三人を乗せた真っ赤なスポーツカーは、都内某スタジオの駐車場に到着していた。



 「ってか、スタジオ……?

  あの、先生。これって一体―――」


 「愛美、ちょっと遅くなっちゃったから急いでね!」


 「あっ、うん。分かった。

  あの、先輩も作業頑張ってください」


 それだけ言って、愛美ちゃんはスタジオ内へ走り去ってしまった。

 ……いや、姉妹の間でしか会話がつながってないんですけど。



 「さてと……桜井、私たちもとっとと始めるわよ。

  愛美が帰ってくるまでに終わらなきゃ何の意味もないんだからね」


 「……とことんまで、ここに連れてきたわけは話してくれないんですね?」


 「ほ~ら、そんな恨めしそうな顔しないの。

  別に悪気があってやってるわけじゃないんだから」


 「でも……」


 「男の子でしょ、桜井は? だったら細かいこと気にしないの!」


 その理論はこのご時世、どうかとは思うが……。



 「……はぁ。分かりましたよ。

  そのかわり、あとで納得のいく説明をしてもらいますからね」


 「オッケーオッケー。じゃあ、行きましょう」


 ……思うものの、とりあえずため息混じりで納得しておくぐらいしかできなかった。

 今までの流れからいっても、ここでゴネたところで徒労に終わるだけだろう。


 こうして、愛美ちゃんに続く形で、僕たちふたりもスタジオ内へと足を踏み入れたのだった。




 ………




 ………………




 どのくらい時間が経ったろうか。

 書類そのものは、少し前に終わってしまった。


 さあ、いよいよ事情とやらを話してくれるのかな……なんて期待してみたけど。

 華先生は相変わらず黙して語らず。


 何か言ったところで状況が変わるとも思えなかったので、もうこちらからは何も言わない。

 先生、あるいは愛美ちゃんから話してくれるのを待つことにした。


 結局、おごってもらった缶コーヒーを片手に、ぐだぐだと雑談を続けていた。

 まあ、華先生と話す機会なんてそうそう無いから、これはこれで貴重なんだろうけど。



 (それにしても……)


 ここに着いてから、妙に不審な点が多い。

 華先生が、やたらと顔が利くのである。

 さっきも、何食わぬ顔で“関係者以外立ち入り禁止”と書いてあるスペースに入り込んで行ったし。

 今さっきまで作業していたこのスペースも、一角だったりする。


 ……華先生、いったい何者なんだ?

 とりあえず、単なる教員以外の何かはありそうだ。

 その辺の事情も含め、後で説明してくれるんだろうか?



 それから、さらにしばらくが経ち。




 ―――ガチャ




 ドアの開く音がして、愛美ちゃんの声がした。



 「お姉ちゃん、終わったよ?」


 「おっ。お疲れ、愛美」


 「お疲れ様、愛美ちゃん」


 何が“お疲れ”なのかは分かりかねたが、とりあえず僕もそう言っておく。


 ドアの隙間から覗きこむような恰好から、やがて部屋の中へと入ってくる愛美ちゃん。

 そんな彼女を見た時、ふと違和感を覚えた。



 「あれ……愛美ちゃん、今日は眼鏡取ってるんだね?」


 「あっ、はい……」


 前に一度だけ見たことがある。

 まあ、その時もほんの一瞬だったが……。


 こうしてまじまじと見ると、やっぱり可愛いよな―――なんてのは、ちょっと邪な思考かもしれないが。



 「ん?」


 ―――と、再び違和感。

 はて……愛美ちゃんじゃない誰かに見える。

 えーっと……確か―――。




 あれ?

 おかしいな……ありえない検索結果だぞ、これ。

 “あの人が”ここにいるわけないじゃん。



 あはははは……ははは……は―――




 「って、あーーーー!?!?!?!?」




 そんな……ありえない……けど、目の前にいるんだし……でもでもでも―――




 「なっ……ななななななんで百乃木愛子がここにいんの!?」




 唐突なありえないシチュエーションに、隠すことも忘れてただただ驚く僕の声が、部屋に木霊していた―――


 作者より……


 ども~作者です♪

 Life五十三頁、いかがでしたでしょうか?


 更新が遅くなってしまって本当にすみませんでした。

 読者及び関係者の皆様、ご心配とご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。


 理由はいろいろあるのですが……。

 大きな所では、作者自身のモチベーション低下、次いでリアルでの多忙でしょうか。

 現在は、諸々の事情がある程度改善の方向に向かっています。

 今後は精進いたしますので、皆様、今後とも応援よろしくお願いいたします。


 さて、次回ですが……ついに明かされた伊達眼鏡の謎、その真相に迫ります。

 いつものごとく、期待しすぎない程度にご期待ください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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