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第五十一頁「友と呼べる人」

 「あっ、おはようお兄ちゃん」


 「おはよう……」


 「……何だか、今日は一段と眠そうだね?」


 「ん……そうでもないよ」


 ―――桜井家、朝のリビングでのひとコマ。


 眠くはない……が、体が重い。

 夕べの騒ぎでかなり疲れて、その疲れが抜けきってないのは間違いない。


 小春ちゃんの家から帰ってきたのは11時過ぎだし、そこまで遅くは無かったんだけど……。

 どうにも、色んなことがありすぎた。

 肉体的っていうよりは、精神的な疲労が大きいのかもしれない。



 生まれて初めて見た“魔”という存在。

 それによって味わった恐怖は、これまた生まれて初めて感じるような、底冷えするような恐ろしさだった。


 鈴香さんが何とか退けてはくれたけど、小春ちゃんは左腕にケガを負ってしまった。

 不幸中の幸いで、大事には至らなかったみたいだけど、無事といえる状態ではない。


 未完成の奥義で、鈴香さんより先に挑んでいった京香ちゃんは無期限の刀剣没収。

 修行再開のめどはもちろん立つはずもなく……。



 『桜井、そなたには世話をかけっぱなしだな。

  ……だが、それもこれで最後だ』



 去り際の、京香ちゃんの言葉。


 奥義修得の期限まで、まだ少しあったが、刀剣に触れることさえ叶わない今、

 その修得もほぼ絶望的といって間違いないだろう。


 そうなってくれば、京香ちゃんの本家での再修業……つまり、京都に戻るという事態も現実味を帯びてくる。

 そんな状況になってきているのを感じての一言だったんだろうけど……。


 正直、辛かった。



 そして京香ちゃんに処分を言い渡した、当の鈴香さんはと言えば―――



 『京香のこと、よろしく頼みますね』



 この一点張り。

 自分で刀剣没収を言い渡してこれだから、気楽なもんだ。

 ……鈴香さんには申し訳ないが、正直に言って何をどうすればいいか、皆目見当すらつかない。


 小春ちゃん曰く、“何か考えがある”とのことだけど、あの人の微笑みからは、それを読みとることはできそうにない。




 そんなこんなで色んなことがありすぎて、心の疲れが体にまできていた。

 昨日の夜だって、帰ってすぐに寝たはずなのに、全然そんな気がしない。

 目をつぶって、次の瞬間には朝がやってきていた……そんな感覚。




 「あんな夜遅くに出かけるから……。

  帰ってくるなり、お風呂も入らずに寝ちゃうんだし」


 「…………」


 「ねぇお兄ちゃん、何かあった?」


 「いや……別に」


 「……そっか」


 少し残念そうな顔をするあやの。

 ちょっとだけ、心が痛む。



 「私でよかったらさ、何でも聞くから。

  だから遠慮なく話してね、お兄ちゃん」


 「ああ。ありがとう、あやの」


 ―――だが、本当の事を話すわけにはいかない。

 あやのに余計な心配はかけたくない。

 それに、親友だって巻き込まれてるんだ、ショックを受けないとも限らない。

 バレた時が逆に恐いが―――だけど、隠せる限りは隠し通そうと、そう思った。


 全部が終わって落ち着いたら……その時は、きっと話せるだろう。

 その役目は僕であっても、小春ちゃんであってもいい。


 早くそんな日がくればいいんだけど―――。




 ………




 ………………




 いつも通りの通学路。

 昨日の騒ぎがまるで幻だったかのように、志木高の校舎はいつも通り過ぎた。


 玄関であやのと別れると、茜ちゃんと共に教室へと向かう。



 (そういえば、京香ちゃんは来てるんだろうか……)


 修行ができない今、学校を休む理由はないはずだ。

 ショックで休んでいる可能性も否定できないが……。


 期待半分、心配半分といった気持ちでドアを開けた。



 ―――ガラガラ



 見つけた。

 ここ3日間、空席だった席には、その主―――京香ちゃんの姿があった。


 京香ちゃんは、何をするわけでもなく、誰と話をするわけでもなく、ただそこに座っている。



 「おはよう、西園寺さん」


 僕より先に、茜ちゃんの方が声をかけていた。



 「陽ノ井殿か……お早う」


 「体のほうは、もういいの?」


 「ああ、お陰様でな。

  ……皆には、要らぬ心配をかけたようだな」


 「ううん。元気になったみたいで何よりよ。

  今日は、またみんなで一緒にお昼ご飯食べようね。

  それじゃ、また後で」


 「ああ……」


 「…………」


 ―――今日の京香ちゃん、明らかに元気が無い。

 いつもの凛とした、一本の筋が通ってるような雰囲気が感じられない。

 それに、茜ちゃんとの会話も今ひとつ張りが無いように聞こえた。


 ……やっぱり、ショックが大きいんだろうか?

 “魔”に惨敗したこと、奥義が失敗したこと、刀剣没収を言い渡されたこと……。


 僕が分かるだけでも、これだけのことが一気に京香ちゃんの身に降りかかった、昨日の夜。

 もしかしたら、彼女とすれば他にも何かあったかもしれない。


 そんな中でいつも通りの状態でいろって言うのは、いくら京香ちゃんでも酷な話だよな。




 だけど……。


 小春ちゃんや鈴香さんが言ったみたいに、僕に京香ちゃんの力になるなんてできるのか?

 彼女にとって、昨日の出来事がどれだけの意味を持っているのか、見当さえつかない僕に……。




 こうして自問自答しながら、何か声をかけようとは思ってもできないまま、

 時は昼休みへと移っていった―――。





 ………





 ………………





 「よーし、メシだメシだーっと!」


 4限担当の先生がいなくなるなり、威勢のいい圭輔の声が聞こえてきた。



 「もう昼か……」


 「章、今日は久しぶりにフルメンバーなんだ。

  ボーっとしてちゃ、時間がもったいないぞ?」


 今度は光の声。



 「……うん、そうだね」


 思うところは色々あったが、ひとまずは京香ちゃんの復帰を祝うとしよう。

 まずはそこからだ。




 僕ら野郎3人組に、茜ちゃん、翔子ちゃん、つばさちゃんに京香ちゃんを加えた7人で机を囲む。

 光がいうところの、これがフルメンバー。


 中々の大所帯だったが、なんとなくこのメンバーで集まって昼食にすることが多かった。

 まあ、さっき光が言ってた通り、京香ちゃんの休みがあってちょっと久しぶりなんだけど。



 「………………」


 が、本日復帰した話題の人、京香ちゃんは相変わらず生気がない。

 昼休みに集まってからも、その場にはいるものの一言も発していない。


 口数は元から多いほうじゃないけど、そういう問題ではなく。

 まとっている空気が重いような、そんな感じ。



 「あの……西園寺さん。もしかして、まだ体調がよくないんですか?」


 「えっ?」


 「何だかその……元気がないように見えて」


 そして、彼女の様子がおかしいことに気づいていたのは僕だけじゃないらしい。

 つばさちゃんが心配そうに声をかけていた。



 「……そう見えるか?」


 「そうね……私も、声をかけようかかけまいか、迷ってた所だから。

  病気、まだ治りきってないんじゃない?」


 翔子ちゃんが付け足した。

 さすがに鋭い……まあ、病気じゃないんだけど。



 「いや……そういうわけではない。

  ―――そもそも、風邪で休むなどとは、単なる方便にすぎんしな」


 「方便って……嘘ってこと?」


 「そのように考えてもらって構わん。

  休んだのには、もっと別の理由がある」


 「別の理由……?」


 「………………」


 そこで、いったん何かを考えるように、静かに黙り込む京香ちゃん。

 ―――恐らく、“別の理由”を話すか話すまいか、それを迷っているのだろう。


 僕だってつい最近、それも半分偶然みたいな形で知った話だ。

 おいそれと話ができるようなもんじゃないってのは分かる。

 だけど―――。



 「京香ちゃん、もしよかったら……話してくれないかな?

  その、こんなこと言うのは勝手なのかもしれないけど―――」


 あえて“別の理由”を知っている僕から言ってみた。

 それが小春ちゃんや鈴香さんが言う、京香ちゃんを支えることにつながるのかは分からないけど……。


 確かに勝手なのかもしれない。

 だけど、僕にしか……いや僕達にしかできないこと……。



 「僕たち、“友達”なんだしさ。もしかしたら、何か力になれるかもしれないし」


 僕たちが“友達”であることに偽りはない。

 それを京香ちゃんにも、確かめておきたかった。



 「桜井、お前……」


 「そこで考えるってのはさ、話してくれるつもりがあるってことでしょ?」


 「それは……」


 一瞬、動揺したような表情を見せた京香ちゃんだったが、それもすぐに変わる。

 今度は何かが吹っ切れたような、そういう表情。



 「―――そうだな……桜井の言うとおりだ。

  それに、もはや隠す必要もないのかもしれんな」


 話の全貌をつかんでいないみんなはキョトンとした顔だったが、

 やがて京香ちゃんの話が始まると、それに耳を傾けていた。



 無限天道流のこと、京香ちゃんがその次期継承者であること。


 “魔”という存在の話……って、さすがに夜の校舎にそいつが現れてる話はしてないけど。


 流派の役目、小春ちゃんの家もその協力者であること。


 京香ちゃんが志木ノ島にやってきた理由、こないだ最終奥義修得の最終勧告がきたこと。


 そして、修得できなければ京都の本家で再修業となること……。


 だけど今は刀剣没収でそれがほぼ確定的となっていること―――。


 静かに……しかし一つ一つの言葉をしっかりと、京香ちゃんは改めて話してくれた。

 突拍子も無い話のはずだけど、僕達の輪の中で誰一人として彼女の話を疑ったり、バカにしたりする人はいない。

 全員が全員、京香ちゃんから語られる事実を真剣に受け止めていた。




 「―――かなりかいつまんだ形になったが、大体の話はこんなところだ」


 「………………」


 みんなの間に沈黙が流れる。

 やっぱり、ちょっとみんなに打ち明けるには早すぎる話なんだろうか……?



 「みんな、すまない……去り際になって、急にこんな話を……」


 「去り際なんかじゃないだろ?」


 「えっ?」


 そんな沈黙を破ったのは光だった。



 「確かに状況は悪いかもしれないけど……まだ京都に戻るってことが決まったわけじゃないんだろ?」


 「和泉殿……」


 「光の言うとおりね。もう諦めちゃうなんて、西園寺さんらしくないんじゃない?」


 「島岡殿……」


 「剣道の事とか、細かい事はよく分からないですけど……私も、西園寺さんならきっとできると思います」


 「福谷殿も……すまない」


 唇を噛みしめ、心底申し訳なさそうな表情を見せる京香ちゃん。



 「おいおい、そこは謝るところじゃねえって! なあ、茜?」


 「そうそう。“すまない”よりは、ここは“ありがとう”って言ってもらった方が、あたし達も嬉しいかな」


 「萩原殿、陽ノ井殿……。

  ―――ああ、前言撤回だ。それから……“ありがとう”」


 柔らかな微笑みを見せながらの、京香ちゃんの言葉。

 それはここにいる一人ひとりの胸に染みこんでいるはずだ。



 「まあ、無限何とか流とかがあろうが無かろうが、西園寺は西園寺なんだしよ!

  島だとか京都だとか関係なく、これからも仲良くやろうぜ?」


 「無限天道流な、圭輔……。

  ―――だけど、こいつの言うとおりだ。

  それに、俺達の気持ちは、さっき章が言ったとおり……」


 「桜井が言ったこと……?」


 「“友達”ってことだよ、京香ちゃん。

  ―――で、いいんだよね、光?」


 「……カッコつけて言ってから、確認とるなよ」


 光は肩をすくめていつもの呆れ顔だけど……本当は、確認なんかじゃない。

 僕だって光の意図する所は分かっていた。

 ……ちょっと、改めて口にするのが照れくさかっただけだ。


 でも、口にすると同時に、なんだかあったかい気持ちにもなれた。



 「友達……か。

  こんな私でも、皆の友になれるのだろうか?」


 「なれるかじゃなくって、もうなってるつもりだったんだけどな、私達としては?」


 翔子ちゃんの言葉にみんながうなずく。

 今さら確認するまでもなく、京香ちゃんは既に僕達の仲間だった。



 「みんな……ありがとう。

  ―――やはりいいものだな、親しい友人がいるというのは」


 「京香ちゃん……?」


 「あっ、いや……すまない。

  その……恥ずかしい話なんだが、これまで友人らしい友人がいなかったものでな」


 「これまでって……志木ノ島に来るまでってこと?」


 京香ちゃんがうなずく。

 修行で全国を転々としてたって話は聞いてたけど……。



 「親しくなる前に、学校を変わる事も多かったし……それに、実際にそういった存在が必要とも思っていなかったのでな」


 「………………」


 「人と馴れ合うことは、剣に打ち込む上で障害になるような気がしていて……。

  だが、それも間違いだったらしい。

  こうして皆といると、とても穏やかな気持ちでいられる……。

  馴れ合いなどではなく、むしろ必要なことなのだな」


 そう語った京香ちゃんの横顔は、少し寂しげなものに見えた。


 ―――きっと、本家から修行の旅に出て、ここにくるまで孤独に剣の修行に打ち込んできたであろう京香ちゃん。

 そんな彼女が見つけた、友と呼べる初めての存在……それが僕達。


 けど、それに気づけたのが、皮肉にも自分が本家に戻る事がほぼ確定的になってしまった後だったなんて……。

 確かに、寂しすぎる。



 「もはや京都に戻るまで時間が無いが……その時までは、どうか今までどおり接してほしい。

  そして……できれば、その後も―――」


 京香ちゃんは、この話の最後をこう結んだ。

 こういう言葉が聞けたのは素直に嬉しいんだけど……何とかならないもんかな?


 楽しいランチタイムを送りながら、頭の片隅ではそういう思いが渦巻いていた。





 ………





 ………………





 「―――はー、終わった終わった」


 連絡事項が多く、珍しく長引いた華先生のホームルームも終わり、放課後となった。

 教室内は部活へ行く連中やら、さっさと家路につく連中やら様々。

 そんな中で、僕は隣りの席に目をやる。


 そこにいる京香ちゃんは、本来なら前者側の人間のはずなんだけど……。

 いつもすぐに部活へと向かう京香ちゃんが、今日に限っては全く動きを見せていない。



 (刀剣没収じゃ、しょうがないよな……)


 剣道で使う竹刀だって“刀”の文字が入ってるし、立派な刀剣類だろう。

 鈴香さんが四六時中見張ってる訳じゃなかろうに、律儀というかなんと言うか……。

 いやいや、そういう問題じゃないんだろう、きっと。



 「京香ちゃん」


 「桜井か……。

  急に部活が無いというのも、何だか拍子抜けするものだな」


 「あはは、そうかもね。

  僕も演劇部の手伝いが無くなってすぐは、そういう感じだったし」


 「そうか、やはりそういうものなのだな。

  それにしても……どうしたものか」


 「えっと……何が?」


 「―――こういう時、何をすればいいのか分からん」


 「…………」


 そっか……ずっと剣の修行に打ち込んできた京香ちゃんにとって、こういう経験ってなかったのかも。

 ―――だけど、それならそれでいい機会かもしれない。



 「うん、きっとそうだ!」


 「何の事だ?」


 「えっとさ……京香ちゃん、今から―――」


 と、言葉はここで途切れた。

 ……いや、喋るのを止めたわけではなく、例のごとく“彼女”の登場で会話が強制的に中断されたのだ。




 「きょうかおねえさまーーーーーー!!!」




 大音量で京香ちゃんを呼び、猛ダッシュと共に2−A教室に突っ込んできたのは……。

 言うまでもなく元気印・小春ちゃんだった。




 そして小春ちゃんはいつものごとく、京香ちゃんにもの凄い勢いで飛びつく。

 いつものパターンなら、ここで京香ちゃんが撃墜する流れなのだが―――。



 「はふ〜……おねえさまぁ〜」


 「……あれ?」


 今日に限っては、小春ちゃんのなされるがままになっている。

 さすがに頬をすりよせられたりするのには抵抗があるみたいだけど……。

 それでも、決して振り払うことはなく、小春ちゃんを存分に抱きつかせていた。




 ―――そんなこんなで、そういう状況が2,3分続き。




 「……気が済んだか、小春?」


 「はい〜、もう大満足ですよ京香お姉様」


 「ふふ……そうか」


 わろてるで。

 今までなら考えられないけど……。

 何だか、今日の京香ちゃんを見てると妙に納得できるから不思議だ。



 「桜井先輩もこんにちは」


 そして僕の存在に今になって気づいたかのようなあいさつ。

 ……まっ、実際今の今まで視界にも入ってなかったんだろうけど。



 「あっ、うん。今日も元気だね、小春ちゃん」


 「はいっ! 元気が私の売りですから!」


 昨日の事とかもあったし、実は少し心配だったんだけど……。

 どうやら僕の杞憂だったようだ。


 もっとも、左腕には手当てがされてるし、さすがに全くの無事ってわけではない。



 「…………」


 京香ちゃんもその辺りには思うところがあるらしく、微妙な表情を見せた。

 ……そりゃ、性格から考えても、責任感じちゃうわな。


 京香ちゃんの視線に気づいたのか、左腕を隠しながら、小春ちゃんが新たな話を振る。



 「ところで京香お姉様、今日は部活お休みなんですよね?」


 「ああ、そうだが……」


 「じゃ、お暇ですよね!?」


 「まあ、そうなるな。

  ……それがどうかしたのか?」


 「でしたら―――」


 果たして出た言葉は、予想どおりのものだった。




 ………




 ………………




 「………………」


 繁華街にある某ファーストフード店内。

 目の前には、あからさまに嬉しそうな小春ちゃんと、シェイクとポテトを前に硬直する京香ちゃん。

 ……端から見たら、きっと珍妙な光景なんだろうなぁ。




 『でしたら、今から遊びに行きませんか!?

  せっかくのお休みなんですし、こんな機会めったにありませんから!』




 小春ちゃんのこの一言で引き起こされた、目の前の状況。

 僕も同じ事を考えていた……考えてはいたが、先ほどの乱入騒ぎで先を越される形となった。

 まあ、二人よか三人の方が楽しいだろうし、それはそれでいいのだが。



 「あの……京香ちゃん?」


 「……すまぬ桜井。こういった食べ物は初めてでな……どうしてよいものやら」


 「いや、その……普通に食べればいいと思うよ?」


 「ふむ……分かった、それもそうだな。

  代金を出してもらっているのに、食べぬというのも失礼な話だしな……」


 その辺は気にしてもらわなくてもいいんだけどね。

 正直、おごり以上に面白いものが見れそうだし。


 ファーストフードと京香ちゃん。

 彼女からすれば未知との邂逅って感じだろう。

 失礼な話だが、その様子を見て楽しむのも悪くない。


 やがて、恐る恐るポテトに手を伸ばす京香ちゃん。

 そしてそのうちの1本を手に取ると、それを口へと運び―――。



 「…………」


 無言だ。

 ちゃんと噛んでいるから、味わってはいるようだが……感想はない。


 続けてシェイクに手が伸びる。

 ちなみに、こちらは期間限定の栗味だ。



 「(ジュルジュルジュル―――)」


 まだ微妙に溶けきっていないのか、滑りの悪い音。

 そして、こちらに関しても京香ちゃんは無言で味わっている。


 う〜む……。

 面白いコメントを期待していたわけではないが、これはこれで何と言うか……拍子抜けかも。

 よし、ここは一つ―――



 「京香お姉様、お味はいかがですか?」


 感想を聞いてみるか―――と思っていたら、またしても小春ちゃんに先を越されていた。



 「うむ……悪くはない。

  いや、むしろ美味いぐらいだ。

  話には聞いていたが、たまにはこういうのも悪くはないな。

  特に、こちらのシェイク……これは気に入った」


 「あれ、京香ちゃんって甘いもの大丈夫なの?」


 「お姉さまも和菓子とか大好きですよ。

  ねえ、お姉様?」


 「まぁな。

  あまり食す機会が無いだけで、甘味そのものは好きだぞ」


 「へ〜……」


 何だか意外な感じだけど、やっぱり京香ちゃんも女の子ってことだろう。

 ともかく、ファーストフードは結構気にいってもらえたようでなによりだ。


 ……コメントが普通だったのが、やはり残念といえば残念だが。






 「お姉様、次にどこか行きたい場所とかありますか?」


 一通り腹ごしらえも終わったところで、小春ちゃんが切り出した。



 「いや……そもそも、どういったものがあるのかもよく分からんからな……。

  二人に任せる」


 「……って事だけど、小春ちゃんはどう?」


 僕も案がないわけではないが、さりとて主張するほど執着があるわけでもない。

 いつものメンバーで遊んでる時も、コースは他のみんなに任せっきりだし……。

 今日も小春ちゃんにお任せするとしよう。


 「そうですねぇ……それでしたら―――」




 ………




 ………………




 「う〜ん、どのフレームがいいかなぁ……」


 やってきたるはゲーセン……その中でも、男同士では決して立ち入らない、女の子達の聖域。

 その名もプリントシール機コーナーだ。


 そこにあった一台に三人で入り、今は小春ちゃんが忙しくフレームを選んでいる。




 「……今、こういう類のって一回400円なんだね」


 「えっ?」


 「いやね、僕が知ってるのは一回300円の頃だから」


 「……先輩、いつの話してるんですか」


 あくまで冷ややかに小春ちゃんが言った。

 ……僕も学習しなきゃな。



 「桜井、一つ聞きたいのだが……」


 「ん?」


 「これは一体何をする機械なのだ?」


 「え〜っと、僕もあんまりやらないから詳しくはないんだけど……。

  簡単に言えば、撮った写真がシールになる機械なんだ。

  で、小春ちゃんが今やってるのは、その写真の枠選び」


 「ふむ……」


 これも初めてなのか、京香ちゃんは小春ちゃんがせわしく操作する様子をじっと見ている。

 触れた事が無かっただけで興味はあるんだな……。


 ―――そういえば、僕もプリントシールなんて久しぶりだな。

 最近はあんまりゲーセン来ないし。

 だからこそ、さっきの“一回300円”発言なんだけど。



 「―――うん、今日はこれかな。

  京香お姉様、ちゃんと笑ってくださいね」


 「……ああ、分かった」


 「…………」


 今、一番嬉しそうに見えるのは小春ちゃんだけど……。

 こうやって笑ってるのを見ると、京香ちゃんだってかなり嬉しそうだ。


 これだけ素直に感情を表現する京香ちゃんも珍しい気がする。

 ……いや、むしろこっちが自然なのかもな。



 「桜井先輩、撮りますよー」


 「っとと、はいはい」


 何だか京香ちゃんの新しい一面を垣間見た気がして―――自然と笑顔になっていた。






 出来上がった写真を小春ちゃんがハサミで三分割する。

 さっきの操作もそうだったが、これも手馴れた動き。



 「うわぁ〜……憧れの京香お姉様との写真が、ついに手に入りましたよ!」


 「大げさだな、小春は」


 「いえいえ、これでも喜びを表現しきれてないぐらいですよ!

  お姉様とこうやって写真を撮るの、長年の夢だったんですから!

  ……よ〜し、表紙に貼っちゃおうっと」


 そう言って手帳を取り出し、その表紙に先ほど撮ったプリントシールを貼り付ける小春ちゃん。

 少し元のサイズより膨らんでいて、かなり使い込んでいる様子がうかがえる。



 「……よかったら、ちょっと見せてくれる?」


 「いいですよ」


 ……。



 「―――これは何と言うか……すごいね」


 「はい〜、大好きですから♪」


 手帳を埋め尽くすシール、またシール、シールの嵐。

 これだけ場数を踏んでいれば、そりゃ慣れるわな……。


 そして、そのほとんどにあやのと愛美ちゃんが写っている。

 伊達に親友やってませんよ!と写真の一枚一枚が主張しているようにも見えた。



 「あっ、ちなみに携帯にも貼ってありますよ」


 「何て言うか……もう流石としか言葉が出ないんだけど」


 小春ちゃん侮るべからず、だな。


 って言うか、これに近い枚数のプリントシールをあやのも持ってるって事だよな……。

 あいつも、兄貴の知らないところで女の子してるんだな。



 「ところで、京香ちゃんはどこに貼るの?」


 「そうだな……あいにく、小春のような手帳もないし……」


 「でしたら、筆箱のフタの裏とかどうですか?

  確か、お姉様は缶のものをお使いでしたよね。だったら、ちょうどいいと思いますよ」


 「では、そうするか―――」


 ゴソゴソと学生鞄を漁り、銀色の缶ケースを取り出す京香ちゃん。

 隣りの席だから何度か見た事があるが、飾りっ気がないのも彼女らしい。


 そこに、一枚のプリントシールが唯一の装飾として加わる。

 シンプルなのも京香ちゃんらしいかもしれないけど、これはこれでもっと良い……そんな気がする。


 京香ちゃんもまんざらではないのだろう、その横顔は、写真と同じく笑みをのぞかせていた。




 ………




 ………………




 その後もブラブラと商店街を練り歩き、買い食いしたり色んな店を冷やかしたりして過ごした。

 だけど、楽しい時間が過ぎるのはえてして早いもの……気の短い秋の太陽は、既にその姿を消していた。



 「―――そろそろ、お開きですね」


 商店街の、ちょうど入り口辺り。

 小春ちゃんがポツリと漏らした。



 「そうだね……もう、時間も時間だし。

  名残惜しいけど、今日はこの辺で」


 女の子を遅くまで連れ回すわけにもいかないし、

 それに家では、多分あやのが待っているだろう。


 京香ちゃんも無言でうなずいた。



 「……桜井、それに小春。

  今日は……ありがとう。

  こういうのは初めてだったが……楽しかったぞ。

  志木ノ島で、いい思い出ができた」


 「お姉様……いいえ、こちらこそ。

  私も、今日はすごく楽しかったです!」


 これも“長年の夢”だったのだろう、言葉がそのまま表情に出ていた。



 「だから、また一緒に遊びましょうね」


 「それは……」


 「いい思い出だなんて言わないでください……。

  もう一度……ううん、何度だって小春はお付き合いしますから。

  お姉様と一緒に行ってみたい所、まだまだ沢山あるんです」


 「……それは約束できない」


 「京香ちゃん……」


 最後の最後で出てしまった、悲しい言葉。

 だけど、現実を見ればそれを否定する言葉も見つからなくて。

 僕には、肯定と同じ意味をもつ“無言”という態度しかとれなかった。


 小春ちゃんはさっきまでの嬉しそうな表情から一転、今にも泣き出しそうな顔をしている。




 「―――だが」


 それでも、京香ちゃんの言葉は悲しいだけじゃなく。



 「私も小春と同じ気持ちだ。

  まだまだ色々なところに行ったり、色々なことをしたりして、もっと世間の事を知りたい」


 「お姉様……!」


 「……私だって世間知らずを気にしていない訳ではない。

  桜井なら、分かるだろう……?」


 「へっ?」


 ―――まあ、思い当たるフシが無いこともない。

 学祭の時にメイドをやってみたり、修学旅行で地下街散策を希望してみたりなんてこともあったし。

 あれって、京香ちゃんなりに社会勉強のつもりだったんだろう。



 「だから、その……また機会があれば、その時はまた案内を頼むぞ、小春」


 「……はいっ! この不肖岸辺小春、誠心誠意頑張らせていただきます!

  だから、だからお姉様も……お姉様も……」


 「ああ、分かっている。

  だからもう泣くな、小春」


 「ひっく……はい……ひっく……お姉様―――」


 泣くな、と言われて泣かないヤツがいるかと言わんばかりに、

 小春ちゃんのその大きな瞳からはとめどなく涙があふれる。


 そんな小春ちゃんが泣き止むまで、京香ちゃんは彼女の小さな頭を、いつまでも撫で続けていた。

 ……従姉妹なんだけど、本当の姉妹みたいな、あるいはそれ以上の絆を感じさせる光景。


 何だかんだ言っても、京香ちゃんは小春ちゃんのことを大切にしてるんだ。

 今日になって幾度となくみた京香ちゃんの優しげな横顔に、それを強く感じた。





 ………





 ………………





 「すまんな桜井、つき合わせてしまって」


 「いやいや。もう暗いし、女の子一人で帰らせるわけにはいかないよ」


 「だが、小春はともかく、私は一人でもよかっただろうに」


 「まあ、確かに京香ちゃんの方が僕なんかよりよっぽど頼りになるんだろうけど……。

  でも、京香ちゃんだって女の子でしょ?」


 「ふっ……そうか。すまん」


 小春ちゃんを岸辺の家まで、京香ちゃんと共に送り届けた後、

 今度はその京香ちゃんを送って学校裏の山小屋まで来ていた。




 「桜井」


 僕のちょうど目の前に立つ形で、京香ちゃんがこちらに向いた。

 その表情は、いつもの凛とした感じの真剣なものだった。



 「ん? どうかしたの、改まっちゃって」


 「……今日は、色々とありがとう」


 「いやあ、僕なんか何もしてないって。

  小春ちゃんについて回ってただけだし」


 正直、小春ちゃんがいてくれて助かった部分もある。

 変な意味じゃなく、あの娘は遊び上手だな。



 「放課後の事もそうだが、昼休みのことだ」


 「昼休み?」


 「私を友だと言ってくれたこと……嬉しかったぞ」


 「そんな、あれぐらい当たり前のことだよ」


 「ふふ……桜井らしいな」


 何が面白かったのか、京香ちゃんはクスリと笑う。




 「―――お前にとっては当たり前でも、

  あのように面と向かって言われたのは初めてだったのでな。

  なんと言うか……感慨深い」


 「そっか……。

  でも、礼なら僕だけじゃなくて、みんなにもしてあげてよ

  みんなだって同じ気持ちなんだから」


 「ああ、そうだな……。皆にも、もちろん感謝している。

  皆のおかげで、私は自分独りでいるのではないということ……。

  私にも、友と呼べる人がいること。それを理解できた」


 「うん……」


 確認するかのように、静かに言葉を紡ぐ京香ちゃん。

 その表情は、いつになく晴れやかだ。



 「だが、そうして皆と出会えたのも、全ては桜井がいてくれたからだ。

  桜井が、皆と私を引き合わせてくれた……その点は、やはり感謝せねばならん」


 「京香ちゃん……」


 「私は、お前がうらやましかったのかもしれん……。

  陽ノ井殿をはじめとして、会った時から常に親しい友人に囲まれ、

  桜井の周りの空気はいつも不思議と穏やかだった」


 「…………」


 「私には縁のないことだと、そう思っていた……いや、思い込んでいただけなのかもな」


 ふっ、と自嘲気味に京香ちゃんが笑う。



 「いつの間にか、私も桜井によってあの空気の中に引き込まれていたのだから。

  その事に気づくまで、随分と時間がかかってしまったが……。

  それでも、今さらかもしれないが、初めて“友達”ができて……嬉しかったぞ。

  ―――だから、何度でも言う。ありがとう、桜井」


 「いや……こちらこそ」


 京香ちゃんの言葉で、ようやく本当に友達同士になれた気がした。

 ……だが、言葉の一つ一つは別れを強く感じさせるもので。

 それだけが、ただただ寂しかった。




 「―――今ならば、母上が言っていたことも理解できるような気がするのだがな……。

  そうすれば、奥義も……」


 「鈴香さんが言ってたこと?」


 「……いや、何でもない。

  それに、刀剣没収となった今では、もはや叶わぬ話―――」


 そこで、ここまで穏やかだった京香ちゃんの表情が一変する。

 ―――かと思えば、いつの間にか体が地面に伏せっている、



 「えっと……京香ちゃん?」


 「すまぬ桜井。急に伝書の矢が飛んできたのでな。

  少々手荒なやり方になってしまった」


 「いやまあ、いいんだけどね……」


 僕が京香ちゃんに頭を押さえつけられる形で、二人して地面にうつ伏せている状態。

 少し視線を上げると、京香ちゃんが立っていた後ろの木には、確かに矢文が刺さっていた。



 「それにしても、今さら一体何なのだ?

  そうそう何かあるとも思えんが……」


 「とりあえず、目を通してみたら?」


 「ああ、そうだな……。

  ふむ―――」


 そう言うと、黙って書面に目を通す京香ちゃん。

 さっきまで色々言っていたものの、やはり表情は真剣だ。

 本家からの伝書とやらは、よほど重要度が高いものらしい。



 「………………」


 その真剣な表情の京香ちゃんの目が、字を追うごとに段々と見開いてくる。



 「京香ちゃん、どうかしたの?」


 「……そなたも読めば分かる」


 そう言って、震える手で手紙をこちらに差し出す京香ちゃん。

 読めば分かる……ってことは、読んでいいって事だよな。



 「えっと……?」




 そこに記されていた内容は二つ。






 『西園寺京香。右の者、無期限の刀剣没収令を本書の到着を以って解除す。

  また、右の者に、三日間以内の志木ノ島高校内の“魔”討伐を命ず』






 書面には、縦書きの相変わらず達筆でそう書かれていた―――


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life五十一頁、いかがでしたでしょうか?


 京香の今までと違った一面、お楽しみいただけましたか?

 作者としても、彼女の新たな面を書けて楽しかったです。


 ところで、本編中のプリントシール機の話ですが……。

 作者も一回300円の人です(笑)

 二人で撮る時は、片方に200円渡して50円のおつり、あの情緒はもう無いんですね(^^ゞ

 なんと言うか……時代のながれだなぁ。


 それはさておき、次回で京香エピソードも完結。

 突然解除の刀剣没収令。その訳は?

 京香は見事“魔”を討伐できるのか、そして最終奥義修得の行方は―――?

 いつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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