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第四十二頁「北へ……」(前編)

 『朝だぞー、起きろー、章ー。早く起きないとまた茜にどやされるぞー。おきろー、あきらー』 




 ―――カチッ




 光の声を発する目覚ましを、手探りでどうにか止めた。



 ぐむぅ……ねっ、眠い。

 予想していたとはいえ、まさかここまで辛いとは……。



 上のまぶたと下のまぶたが離れるのを拒んでいる。

 体もベッドから出たくないと語りかけている。

 そして、そう語りかけられている脳も、まだ眠っていたいと心に訴えかけている。

 それを聞く心もまた、もう少し寝ていたいと―――



 ……とまあ、エンドレスになりかねないので、この辺で切り上げ、意を決して一気に体を起こす。

 今日は何があっても遅刻をかますワケにはいかない。


 意識の覚醒はまずまずといった所。

 しばらくすれば徐々に目も冴えてくるだろう。


 止めた目覚まし時計に目をやってみる。

 時針から読み取れる情報は、今が朝の5時ということだった。




 ―――修学旅行へ出発する日の朝、まだ夜と言った方がしっくりきてしまうような時間に合わせ、僕はどうにか起きていた。

 移動する距離が距離だから、集合早いのは分かるんだけど……まさか5時起きとは。


 この前に隠れて―――って言っても隠れきれてなかったけど―――早起きしたのは6時ちょっと前だったから、それからさらに1時間も早い。

 ちょっと普段じゃありえないような時間だ。

 と言うか、今後もこんな時間に起きることはないと思う。


 ……光の心配は杞憂だな。

 こんな時間じゃ、さしもの茜ちゃんだってどやそうにもどやせないだろう。

 後、なんか今ひとつやる気がないような気がしたのは……まあ、気のせいってことにしとくか。




 さて……せっかく早起きしたんだ、とっとと行動を開始するか。

 ここまで来て「二度寝しました」とか「遅刻しました」じゃ目も当てられない。


 夕べの内にあらかじめ用意しておいた冬制服に袖を通す。

 去年より一週間ぐらい早い出番だ。


 あっちはこちらの真冬並みの寒さ―――ではさすがにないものの、

 それでもけっこう寒いらしいので、旅行中は冬制服を着用することになっていた。


 これを着ると、なんだか本当に修学旅行なんだって感じがしてくるな。

 いつもと違うってのは、それだけで何か盛り上がるものがあるし。



 「よしっ」


 そんなちょっとした興奮を象徴するみたいに、着替え終わると思わず声が出ていた。

 明らかにいつもより頭の立ち上がりが早い。


 気合のままにカーテンを開けてみる。

 ―――が、朝の光が差し込むことはなく、ただ薄暗い外の景色が目に入っただけだった。


 ……まあ、実際こんなもんだよな。

 いい感じに気抜けしたし、結果オーライということにしておこう。


 あんまり騒いで、あやのを起こしちゃ悪いしな。

 アイツに何があるわけでもなし、まだゆっくり寝かせておいてやりたい。


 自室を出ると、我が妹を起こさないよう、抜き足差し足でリビングへと降りた。






 さて、朝食は食べられないにしても、コーヒーぐらいは飲んでいくか。

 ……と思っていたが、テーブルの上を見て、状況がそうでもなくなった。


 皿とメモらしき紙が、僕の席辺りにちょこんと鎮座していたのだ。

 これはひょっとして―――?


 淡い期待を胸に抱きつつ、メモらしきものを読むためにリビングの電気をつける。





 『暖めて食べてね あやの』





 淡い期待、見事に的中ーっ!




 さっすがはマイシスター、出来の良さが違う上になんて兄想いなんだ!

 これなら嫁に出しても恥ずかしくないってか!?


 ―――いや、さすがにこれはちょっと誇張しすぎだが。

 って言うか、早々と結婚されてもいろんな意味でかなり困るし。



 なんにせよ、ありがたいことこの上ない。

 わざわざ用意しておいてくれてたとは……昨日はかなり早く寝ちゃったからな、全然気づかなかった。


 しかも、コンビニのおにぎりとかでも十分うれしいのに、しっかりと手作りだし。

 まさに感謝感激なんとやら、である。



 ……と、ひとしきりあやのの心遣いにお礼をしてから、遠慮なく皿をレンジにつっこんだ。

 ちなみに、メニューはおにぎりが2つ。

 朝だし、ちょうどいい量だ。



 さて、あっためてる間にコーヒーを入れるか。

 面倒だし、もうこの際ボトルコーヒーでいいや。




 「ん?」


 冷蔵庫からコーヒー入りのペットボトルを取り出したところで異変に気づいた。

 ……またメモ?





 『お土産、期待してるからね♪ あやの』





 抜け目ないというか何と言うか……。

 元から忘れるつもりもないが、これで確実に忘れるわけにはいかなくなったな。

 しかも、なにを買うかも気合を入れて選ばなきゃダメな気がしてきた。


 それにしても、コーヒーのペットボトルにメモを貼っておくなんて……。

 まさかここまで行動パターンを読まれているとは。


 次からは変化球的な行動も取り入れなきゃな。

 いつもいつも妹の手のひらの上で踊るってのもシャクだし。




 ―――チンッ




 なんて、妙な対抗心が芽生えかけた所でレンジに呼ばれた。

 さてさて、それではありがたくいただきますかね……。




 ………




 ………………




 妹の心遣いに対するせめてもの恩返しにと、洗い物をすませた所で、ちょうど家を出る時間になった。

 する事もないし、そろそろ出るかな……。




 玄関口で荷物一式が入ったボストンバッグを肩からかける。

 同時に、ズシリとした重みが伝わってくる。

 正直な感想を言えば、相当重たい。想像以上だ。


 まあ、持ち歩くのはこれじゃなくてサブバッグだからあんまり関係ないんだけど。



 「それじゃ、いってきます」


 申し訳程度にそう言うと、まだ寝ているであろうあやのを起こさないよう、静かにドアを開けて外へと出た。



 さて、まずは―――






 「おはよー」


 「おはよ、章。

  ちゃんと起きれるか、実はちょっと心配だったんだけど……。

  でも、さすがに今日ばかりは大丈夫だったみたいね」


 ―――家を出て、やって来たのは集合場所ではなく、すぐ近くの陽ノ井家であった。

 セリフも場所も時間も、それぞれが少しずつ違うものの、いつも通りの茜ちゃんの声が迎えてくれた。



 「まあね……って言いつつ、かなりキツかったんだけど」


 実際、油断してるとまた眠ってしまいそうだ。

 茜ちゃんはその点さすがと言うべきか、もう完全に目覚めてるって感じがする。



 「茜ちゃんはさすがだね……」


 「ソフト部の大会とかで早起きすることも多いしね。

  こんなに早いのはそうそうないけど……」


 「なるほど」


 そうそうない割にはいつもと様子が変わらない。

 ……早起きできる人間がうらやましいよ、ホントに。



 「おばさんも、おはようございます。

  それから……ありがとうございます。僕まで乗っけてもらっちゃって」


 茜ちゃんの隣りにいた彼女のお母さん―――僕はおばさんと呼んでるが―――に声をかけた。



 「いいのよ、気にしなくて。千春さんから、章ちゃんとあやのちゃんのことを頼まれてるんだし。

  それに、これぐらいはついでにできちゃうことだしね」


 「ありがとうございます」


 今日の集合は志木ノ島駅になっていたが、家からは結構な距離がある。

 とりあえず、重い荷物をもって歩く距離ではない。


 さりとて自転車を使うわけにもいかず、どうしようかと思っていたところ、陽ノ井家の車に便乗させてもらえることになった。

 何だかんだと、陽ノ井家のみなさんには大小問わず色々と世話になっているが……ありがたい話である。


 ―――この歳になっても呼び方が『章ちゃん』なのはちょっと恥ずかしい気もするけど、まあ、そのぐらいは我慢しよう。






 「二人とも、忘れ物はないわね? それじゃ行くわよ」


 そう言っておばさんがエンジンをかけると、陽ノ井家カーは快調に発進した。




 家に帰るまでが修学旅行だとは言うが……多分、始まりはこの辺からだろう。

 そういうことで、改めて。



 3泊4日で行く、北海道への修学旅行がついに幕を開けた―――




 ………




 ………………




 10分ほどして、大して喋りもしない内に駅についてしまった。

 徒歩だと大変だが、この辺は文明の利器様々といったところだろう。



 「おばさん、ありがとうございました」


 「いってきます」


 「うん、それじゃ気をつけていってらっしゃい。

  それから章ちゃん、茜をよろしくね」


 「それは……むしろ僕が茜ちゃんによろしくされそうですけど」


 「……同感」


 茜ちゃん本人に言われちゃ世話ないが、事実は曲がってくれない。

 残念ながら、どう考えても迷惑をかけるとすれば僕のほうだ。



 「あはは……まっ、いいわ。しっかり楽しんできなさいね。

  それじゃ、バイバーイ」


 その辺はおばさんも分かっているのかいないのか、否定とも肯定ともとれる曖昧な笑みが返ってくる。

 そんな陽ノ井のおばさんも、僕達二人を下ろすと、軽く手を振ってから行ってしまった。


 それにしても……去り際のセリフがバイバイ、か。

 家の母さんもそうだけど、陽ノ井のおばさんも実際の歳よりずっと若い感じがするよな。

 まあ、そうでもなきゃ母さんの友達なんてやってられないのかもしれないけど……。




 「ちょっと、早く来すぎちゃったみたいね」


 「そうだね……」


 辺りを見回すも、まだ生徒の姿はまばらだ。

 これも文明の利器の力か、余裕を持って来すぎたみたいだな。


 ついでに一般の利用者と思しき人も見当たらないが……まあ、そりゃそうだよな。

 平日のこんな時間にマリーンエクスプレスを使う人なんて、よっぽど遠い所に通勤や通学をしてる人ぐらいだろう。


 ちなみに、マリーンエクスプレスとは志木ノ島と本州を結ぶ電車のことである。

 本州に出るには橋や船など、他の手段も色々とあるのだが……とりあえず、今回はコレ。

 僕は乗った事はないけど、乗り心地はなかなか快適で、感じの良い電車らしい。




 「おー、遅刻コンビ! おはよー、今日はバカに早いじゃない」


 失礼極まりない言葉に、思わず体が反応した。

 朝っぱらからどこの無礼なヤツだと思えば―――



 「華先生、章はともかく、あたしまでセットにしないでくださいよ」


 ともかくって部分を否定できない辺り、やっぱ僕って立場弱いよな……。

 ―――それはさておき、声の主は華先生だった。



 「あはは、ゴメンゴメン」


 「もう……遅刻するのは、いつも章のせいなんですから」


 「まあねぇ……茜はそういうところ、しっかりしてるもんね。

  その点、桜井は―――」


 「……そんなジト目で見ないでくださいって。

  それに、確かに遅刻寸前は多いかもしれないですけど、実際に遅刻したのはまだ1回しかないんですから。

  あと、最近は遅刻寸前ってこともないですし」


 「言われてみればそうよね……。前は、1限に入ると桜井が息切らしてることもよくあったけど、最近見ないし。

  ―――まっ、何て言うかイメージよ、イメージ」


 あやのもこないだ似たような事を言っていたが、僕ってそんなに遅刻のイメージが強いんだろうか。

 あるいは雰囲気だけで僕を見ているのか……どっちにしろ、迷惑な話である。



 「あっ、あとね、望がやたら嬉しそうに話してくるのよ。『また桜井くんと陽ノ井さんが遅刻寸前だったんだよ〜』って。

  保健室からは、校門の様子が丸見えだしね」


 「さっ、崎山先生がそんなこと言ってるんですか!?」


 「……もう何でもいいっす」


 崎山先生……それはヒマなのか性格なのか。

 どっちにせよ、僕に言うのはともかく、他の人にまでそういう話を広めるのは止めてほしいぞ。

 茜ちゃんも相当恥ずかしそうだ。



 「まあ何にせよ、そういうイメージを払拭したいなら、これからも努力することね、桜井」


 「は〜い」


 「ほらぁ、いつも言ってるでしょ。返事はシャキッとする!」


 「はいっ!」


 「ん、よろしい」


 この辺のやり取りも定番となりつつある。

 他は適当な部分もある華先生だけど、返事だけは何でかやたらこだわるよな。

 でも、らしいと言えばらしいけど。



 「桃田せんせーい、ちょっとお願いしまーす!」


 「あっ、今いきまーす! それじゃ、ちょっと仕事あるから。

  二人とも、ハメは外し過ぎないように……でも、しっかり楽しみなさいね」


 他の先生に呼ばれ、華先生はそっちの方に小走りに行ってしまった。

 なかなか忙しそうだな……。

 とりあえず、ハメを外し過ぎて先生の仕事を増やさないようにだけはしよう。




 「そろそろ、みんなも集まり始めたみたいね」


 茜ちゃんの言葉で辺りを確認してみると、彼女の言うとおり、さっきよりずっと人が増えていた。

 見知った顔もそこかしこに見える。


 それじゃ、時間までみんなとだべってるとしますか―――





 ………





 ………………





 結団式とか言う謎の儀式を終え、マリーンエクスプレスで本州に乗り込んだ僕たちは、

 今度はバスに揺られながら空港を目指していた。



 「ふぁぁぁ……」


 「眠そうだな、章?」


 隣りの席に座っていた光に声をかけられた。



 「うん、まあちょっと……。

  朝早かったのもあるし、さっきの結団式がちょっと、ね」


 「あれは確かにひどかったな」


 「ひどいなんて生ぬるいレベルじゃないって……」


 結団式とは何のことはない、諸注意と校長挨拶のコーナーである。

 諸注意の方は、華先生が担当だったこともあり手短に済んだのだが―――。



 やはりと言うかなんと言うか、校長がぶちかましてくれやがった。


 もう挨拶が長いのなんのって……20分以上喋ってたんじゃないだろうか?

 もちろん、当然のように面白くない。

 しかも同じ話の無限ループ。


 あまりに話が長引き、危うくマリーンエクスプレスに乗り遅れる寸前だったからな……。

 あそこで華先生のストップがかからなかったらどうなっていたことやら。


 前に出る人間ってのは、えてして話したがる人物が多いもんだけど、ウチの校長ほどの人材はなかなかいないと思う。

 ……その話も、上手いならともかく、超絶に下手クソだし。

 あれぐらいなら、僕の方がまだマシに話せるんじゃないだろうか?

 次の挨拶からは、全部原稿を読むか、つばさちゃん辺りに代わってもらうべきだな。



 「ウチの校長の話が長くてつまらないのはいつもの事だしな……。

  まあ、今日のはさすがに異常だったけど。

  華先生もあの後、半分キレかかってたらしいし。崎山先生がなだめてたぜ?」


 「そりゃそうもなるだろ……」


 校長一人のせいで志木高二年全員で駅内をダッシュなんて日には、スケジュールもなにもあったもんじゃない。

 ……華先生も苦労してるな。



 「あれなら、福谷さんが挨拶したほうが100倍いいな」


 「つばさちゃんか……」


 光も似たようなことを考えていたらしい。

 そのつばさちゃんは何をしているのかと、車内を少し見回してみる。



 「いた」


 って、そりゃいるわな。

 僕達の席の少し後ろの方で、友達と楽しげに喋っている。




 「福谷さんも変わったよな」


 「えっ?」


 「一年の今頃だったら、たぶんあそこまで楽しそうに話してることはないと思うんだよな。

  なんつーか、明るくなったって言うか、距離が近くなったって言うか……。

  相変わらずお前以外には敬語だけどさ。

  でも、前みたいな堅苦しさはなくなったと思う」


 「そう……だね」


 「ん? やけに歯切れが悪いな……どうかしたか?」


 「……いや、別になんでもない」


 ただ、渦中の人の話をするのは避けたかった……そんな所だ。


 光の印象どおり、つばさちゃんは確かに変わっただろう。

 ……だからこそ、あの告白ができたんだろうと思う。



 ―――この修学旅行、ただ楽しいだけじゃ済まないんだよな。

 今さら確認するまでもないけど。



 とか言って、まだ全然なにも考えてないんだよな……。




 「章、光、ヒマだしトランプでもやろーぜ」


 「…………」


 「って……おいおいどうしたんだよ章! シケたツラしやがって!

  せっかくの修学旅行なんだしさ、パーッといこうぜ、パーッと!」


 「圭輔……」


 人の気も知らずに―――と言いたいところだったが、確かに圭輔の言うとおりだよな。



 「ゴメンゴメン、ちょっと考え事しててさ。

  そうだね、じゃあ……大貧民でもやろっか」


 焦って考えてもいいことないし、きっとそういう問題でもないだろうし。

 無理することはない。


 それに、さんざん言われてることだがせっかくの修学旅行、楽しまなきゃ損だろう。

 上手く言えないが、この事を考えてたせいで僕が修学旅行を楽しめないってのは、つばさちゃんも望むところじゃないだろうと思うし。


 とりあえず、今はその楽しみを演出しに出張してきてくれた圭輔に乗っかってみますか。



 「おっしゃ、それでこそだぜ! 光もやるよな?」


 「章とお前だけに楽しませるのもシャクだしな。

  あっ、最後に大貧民だったヤツは全員にジュースおごりな」


 言い方はともかく、光も乗り気みたいだ。


 ただ、勝手にルールを作るのはカンベンしてほしいが。

 ……どうも嫌な予感がする。











 案の定、僕が最後の最下位。

 空港で二人にジュースをおごるハメになったのであった。





 ………





 ………………





 「北海道はでっかいどー!!」


 ―――とは誰が最初に言ったか。

 だが、ダジャレとはいえ的を射た表現だと思う。




 道内はバスでの移動なのだが、とにかく時間がかかる。

 まあ、空港へ行く時みたいにトランプをしてみたりと、みんなでワイワイやってるからヒマはしないけど。




 そんな長い移動の末、僕らは初日唯一の活動場所である、とある農場に来ていた。

 僕ら、とは言っても2年生全体の3分の1、2−Aと2−Bだけなんだけど。


 確かに、200人以上で押しかけても大変だろうしな。グループ分けも当然か。

 それはともかく―――




 「いよいよ北海道らしくなってきたなぁ……」


 気温とか風景とか雰囲気とか。

 そういった要素は、ここが志木ノ島とは違う土地なんだということを実感させてくれる。



 「そうねぇ……これでやってることが草むしりじゃなきゃ、最高なんだけど」


 「うっ……ゴメンって茜ちゃん」


 北海道ムードに浸っていたが、茜ちゃんの一言で現実に引き戻される。




 ―――なんの因果か、はたまた宿命か、僕がまたしてもジャンケンに負けた煽りで、

 僕達の班は、体験学習の内容が“草むしり”になってしまった。

 ……なんかここのところ、勝負事は負け続きだな。


 それにしても、草むしりなんて体験学習じゃなくて、体のいい雑用の押し付けじゃないのか?

 文句を言える立場じゃないけどさ。



 「でも、これはこれで楽しいですよ。

  確かにやってることは草むしりかもしれないですけど……

  みんなで何かするってことは、それだけで楽しいですから」


 「確かに福谷さんの言うとおりなんだけどね……。

  けど、せっかく北海道まで来たんだし、それっぽいことしたいじゃない」


 「それは……まあ」


 やはりつばさちゃんも心中納得いかない部分があるのか、珍しく苦笑いを浮かべている。

 と、同時に二人の視線が僕の方へ集中する。



 「……ゴメン」


 今の僕にできるのは、ただ平謝りすることだけだった。



 「あっ! ちっ、違うの章くん、私は別に責めてるわけじゃなくて、その……」


 「そっ、そうよ章! そんな、本気で落ち込むことないじゃない!」


 「だよねー! やっぱり、開き直って楽しくいかないとねー!」


 努めて明るく、まったく気にしていない風を装って言ってみた。



 「や、そこまで極端なのもどうかと思うけど」


 「章くん……」


 どっちだよ!?

 茜ちゃんはともかく、つばさちゃんまで引き気味だしっ!?



 「ははっ、お前も苦労するな」


 「光ぅ……他人事みたいに言うなよ?」


 「どっからどう見ても、100%他人事だろうが?」


 「僕はそんな冷たい人間を親友にもった覚えはないんだけどな……」


 「そりゃ、お前の認識が甘かったってことだよ。

  残念だったな、章」


 ……もう、なんか色々ヤだ。






 とまあ、こんな具合で、和やかに農場でのひと時は過ぎて行ったのだった。

 ちなみに、華先生の計らいで最終的には草むしり以外の作業も体験できた。

 まっ、そうじゃなきゃ救いようがないわな―――






 ………






 ………………






 「は〜、疲れた疲れた」


 旅館に着き、部屋に荷物を置いた所で大きなため息が一つ。

 あやのがいたら幸運が逃げるだのなんだの言われそうだが、出ちゃったものは仕方がない。



 「ったく、お前はオヤジか」


 「そうは言っても光さん、疲れたものは疲れたわけですよ」


 「まあ、気持ちは分からんでもない。

  実際、俺も結構疲れてるし」


 「だろ?」


 体験学習もほとんど草むしりだったからな。

 慣れない作業に足腰が悲鳴をあげている。

 こりゃ明日に響くだろうな……。


 あんなの、学校行事じゃなかったら絶対ゴメンだな。

 そうは言ってられないのが辛い所だけど。



 「―――が、お前さんには仕事がある」


 「へっ?」


 「頼むぜ、班長さん」


 「あっ……」


 すっかり、そしてしっかり忘れてた。



 「班長会議があるんだった……」


 「そういうこった。ほれほれ、分かったらとっとと行ってこい。

  部屋のほうは、俺達で適当にやっとくからさ」


 「へいへい……」




 光の他、八人程度の野郎どもを部屋に残し、班長会議の会場であるロビーへと向かう。

 面倒なことこの上ないな―――




 ………




 ………………




 「あれ、翔子ちゃん?」


 既に何人か集まっていた班長の中に、知り合いの顔を見つけた。



 「章。そういえばあなたが班長だって、茜が言ってたわね。

  ジャンケンで負けたとかで」


 「まあね。

  ……適任なら他にいくらでもいたんだけど」


 「あら、私はそんなに悪くないと思うわよ?」


 「……そりゃどうも」


 なにを思って翔子ちゃんがそんな事を言うのか、よく分からなかった。

 なので、とりあえず曖昧に頷くだけにしておく。



 「ところで、翔子ちゃんもジャンケンで負けたクチ?」


 「私の場合は消去法よ」


 「消去法?」


 班長決めで消去法ってのもあんまり聞かない話だけどな……?



 「永嶋くんはともかく、圭輔に班長やらせるわけにはいかないでしょ?」


 「あはは……確かに」


 翔子ちゃんが言うと妙に説得力があった。

 まあ、そんな圭輔も今や野球部のキャプテンなんだが。



 「あっ、でも京香ちゃんは?」


 「西園寺さんは自分で辞退したわ。

  『世間に疎い私が班長では、皆に迷惑がかかるだろうから』って。

  止める理由もなかったし、本人の意向を汲んだのよ。

  で、最終的に消去法で残った私が班長になりましたってワケ。

  大して仕事があるってことでもないしね」


 「なるほど……」


 少しは見習わないとな。

 押し付けと消去法で立場が違うとは言え、僕も少しは前向きに仕事に取り組むとしよう。




 「っと、華先生が来たみたいね。

  それじゃ章、また後で」


 「うん、それじゃ」


 翔子ちゃんと雑談してるうちに、いつの間にか班長が勢ぞろいしていたようだ。

 程なくして、班長会議が始まる。

 会議……って言っても、先生からの連絡事項の伝達なんだけど。


 ―――これが旅行中は毎日続くのか。

 やっぱり、なんだかんだいっても、面倒なものは面倒だ。

 担当が華先生ってのがまだ救いだな。











 この後、部屋に戻ってゆっくりする間もなく夕食、入浴となり、

 申し訳程度の自由時間を過ごした後で、すぐ就寝となった。

 何事もなかったものの、今日一日を象徴するかのように、ともかく慌しい夜だった。




 ……なんか、長いようであっという間の初日だったな。

 こんな感じで、すぐに修学旅行も終わってしまうんだろうか?


 そしたら、僕は―――




 ……やめたやめた。

 考えてもロクなことにならない。




 草むしりで疲れてることだし。

 今日のところは大人しく寝ておくか―――


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life四十二頁、いかがでしたでしょうか?


 いよいよ修学旅行が始まりました。

 学校生活の中でも大きなイベントですし、章たちにも何かが起こる……かも!?

 ちょっと短めの予定だったのですが、書いてみると意外と容量が大きくなってビックリ(笑)

 まあ、イベントですから(^^ゞ


 そういえば本編で章たちが遊んでいた『大貧民』ですが、地方によって呼び方が違ったりします。

 まあこの辺までは有名な話ですが、最近ではいじめの原因になるとかで、学校で『大富豪』と呼ぶように指導するそうですよ。

 う〜む……小さなことから、と言えば聞こえはいいですが、着眼点が違うような?(^^;

 ちなみに、作者の地元は『大富豪』でした。みなさんはどうしょうか?


 と、それはともかく……次回はもちろん修学旅行の続きです。修学旅行の醍醐味といえば―――?

 ということで、いつものごとく期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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