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第四十頁「告白のフィナーレナイト」

 『―――平成17年度体育祭、総合成績を発表します』


 ……来た。結果はもう分かっているとはいえ、何となく緊張するよなあ。

 閉祭式の会場も、ちょっと浮ついた雰囲気に包まれる。



 『―――650点対652点で、今年度の勝者は……』


 じらしているつもりなのか、はたまたそういう原稿なのか、ここで一旦間が入る。

 同時に、場内も水を打ったように静かになった。

 ……はっ、早く発表してくれ……。






 『―――赤組です』




 ―――ワアーーーッ!!




 アナウンスと同時に、沈黙は一転、大歓声へと変わった。

 立場上、喜びを表には出せないものの、僕も心の中でその輪に加わる。






 ―――最終種目のリレー……それに代走として、僕は土壇場で出場した。

 しかも何の間違いでかアンカーとして。

 ……あの時は無我夢中だったけど、改めて思うとすごい状況だったよな。

 ワンツーフィニッシュじゃないと勝てないとか。


 で、結果。僕ら赤組は僅差ながらも1位と2位で滑り込み、逆転勝利を決めたのだ。


 とは言え最後までヒヤヒヤ物だったけど。

 アンカーにバトンが渡った時点では2位と3位が横並びだったし……。


 どうなるかと思ったけど、どうにかなるもんだ。


 まあ、ゴールしたらしたで、その後も大変だったわけで。

 ……まわりのみんなが騒ぐのなんのって。


 茜ちゃんや圭輔はもちろんのこと、普段は冷静な翔子ちゃんや光、

 さらにはリレーに出ていた1年や3年も巻き込んで、大騒ぎになってしまった。


 でも、それだけおいしい場面だったってことだろう。

 そんないい所を持っていけて、僕もまんざらではない……と言うより、嬉しかったり。






 とにもかくにも、こうやって結果は出たわけだけど。

 勝敗云々を置くとしても、それでも十二分に楽しかったと、素直にそう思える。

 同時に、学祭もこれで終わりかと思うと、ちょっと寂寥感みたいなものも感じたり。


 みんなはどう思っているのだろうか。

 閉祭式の最後を飾る校歌の大合唱……それは、過ぎ行く学祭を惜しむ歌のようにも聞こえた。




 ………




 ………………




 閉祭式が終わり、後夜祭まで一時解散となった。

 こっちはノータッチだからな……気楽に楽しめる。


 思えば、今年の学祭で何も考えずに楽しむだけってのも、これが初めてかも。

 これまでは仕事があったり競技に出たりと何のかんのあったからな。

 それはそれでもちろん楽しいけど、こういう受け身の楽しみ方ってのもアリだろう。


 とは言えこの後夜祭、まったくもって関わっていないかと言えばそうでもなかったりする。

 何たって企画の一つであるステージパフォーマンスに出るのは、文化祭で予選落ちした皆さんだし。


 後夜祭では漫才とかバンドとかのくくりは特にないんだけど、それなりの数が出場する。

 予選落ちしたとは言え、どのグループも素人の目からすれば十分な実力があると思う。


 一応、予選通過者を選ぶ責任者は僕だったわけだけど、 そういうわけで審査にはかなり苦しんだ。

 結局のところ、半分は好み、残り半分は年功序列……つまり、今年でラストチャンスの3年を中心に選んでしまった。

 後は同じく審査員の華先生やつばさちゃんの意見を参考にしたりとか。


 もっとも、その中でも小春ちゃん達の実力はズバ抜けていて、文句なしの満場一致で出場決定だったが。

 その辺は他の予選参加者も同じ意見だったらしく、グゥの音も出ない様子だった。






 『みなさーん! お待たせしました、ただ今から後夜祭を開祭しまーす!!

  最後まで楽しんでいきましょうねー♪』


 とか何とか考えてるうちに、いよいよ後夜祭が始まった。

 司会は怜奈ちゃんと吉澤……一気に野郎どものわめき声やら女子の黄色い歓声が沸き起こる。


 ―――最後の最後でものすごい組み合わせが出てきたもんだ。

 どっちも人気者だし、盛り上げ効果に関していえばこれ以上ない人選だな。


 そしてグラウンドの中心にはキャンプファイヤーみたいなでっかい焚き火。

 日が沈みかかっていることもあって、炎の灯りがちょっとしたファンタジックなムードを形成する。


 さっきまでの寂しさはどこへやら、まだまだお祭り騒ぎは終わらないって気さえしてきた。

 わずかばかりの延長戦……今は、それを満喫するとしよう。




 ………




 ………………




 諸々のステージ企画、賞品つきのゲーム大会、そしてありがちながら告白タイムなどなど、色んなイベントが過ぎていく。


 ―――それにしても、この告白タイムってのもすごい企画だよな。

 これまたお得意の由緒正しい伝統のある企画らしいけど。

 設立10年そこそこで伝統もなにもない気がするが……それはさておき。


 後夜祭は全員参加じゃないとは言え、それでも相当数が参加するわけだし。

 そんな大勢の前で告白なんて……僕じゃ絶対無理だ。

 される方も大変だよな。断るとかってあるのかな?

 少なくとも去年も今年もいわゆる“ごめんなさい”はなかったから……案外、サクラなのかもしれない。


 ……まっ、とりあえず僕には縁のない話だよな。

 幸か不幸か、告白するアテも、ましてされるアテもないし。


 企画としては面白いから、きっと来年も傍観者きどりで見て楽しんでることだろう。

 というか、後夜祭自体がそういう構えで楽しんでたんだけど。


 これはこれでやっぱり悪くないな。

 なんのことはない、今までどおりのスタンスだけど、こっちも自分らしいって気がしてしっくり来る。

 生徒会をやったからこその新たな発見だな、うん。






 『―――いよいよ後夜祭も残すところわずかとなってきました!

  最後は皆さんおまちかね……ダンスタイムで締めくくりたいと思います!』


 来た来た。

 色々あった伝統企画シリーズのラストを飾るのは、焚き火を囲んでのフォークダンスだ。


 司会の怜奈ちゃんの声にあわせ、みんなが男女のペアを作っていく。

 男子と女子だからとはじらうこともなく、自然に手と手を取り合う生徒達。


 カップルだったりこれからカップルになったりする―――のかはどうかは分からないが、グラウンドにはたくさんの男女二人組が形成された。

 まあ、中には男同士、女同士とかいうのもあるが……。

 青春の悲哀を感じないこともないけど、そういうのはここではさておき。




 ただボーっと見てるのもナンだし、せっかくだから僕も誰かと組んで踊ろうか。

 ……とは言え、ここまで一人で見物してたから相手がいないんだよな。

 この際だから男でもシャレが効いてておもしろいだろうし、誰でもいいから知り合いを―――



 「章くん」


 「つばさちゃん?」


 探そうとして一歩目を踏み出したところで、つばさちゃんに声をかけられた。



 「あっ……もしかして誰かとフォークダンス踊るところだった?」


 「いや、そういうわけじゃなくて、むしろ相手を探してたところなんだけど……。

  そうだつばさちゃん、せっかくの機会だしさ、もしよかったら一緒に踊らない?」


 さっきは誰でもいい、なんて言ってしまったがつばさちゃんなら大歓迎だ。

 それにどうせなんだし、野郎よりは女の子と踊りたいってもんだ。



 「それはそれで嬉しい提案なんだけど……。

  フォークダンスの相手がいないなら、ちょっと付き合ってほしいんだけど、大丈夫かな?」


 「付き合う……って、別にいいけど。

  でも、それってここじゃまずいの?」


 「……大事な話だから」


 「つばさちゃんがそう言うなら……分かったよ」


 「うん、それじゃあついてきて」


 人気(ひとけ)のない方へと向かうつばさちゃんの後について歩き始める。






 後夜祭の喧騒とはどんどん離れ、僕達二人はやがて誰もいないであろう校舎へとやって来た。

 さらにそのまま中へと足を踏み入れる。


 案の定、校舎内に人の気配はなく、ここしばらくの騒ぎが嘘のように静まり返っている。

 その上、つばさちゃんとの間に会話がないことが静寂に拍車をかけていた。


 特に雰囲気が悪いとか、そういうわけではない。

 ただ、なんとなく言葉が無いという感じだった。


 ちょっとデジャヴを感じる……前にもこんなことがあったような?

 そう思い、すこし記憶に検索をかけてみた。




 ―――ああ、会長選挙の時だ。

 詳しく言えば後援会長を頼まれる時……あの時も、つばさちゃんに連れられて屋上へ行ったんだった。


 そういえば、あの時もつばさちゃんは言葉少なだった。

 もっとも今とは違って、お互い緊張で言葉が出ないって感じだったけど。




 思えば、今みたいにつばさちゃんと親しくなったのって、あれがきっかけだったんだよな。

 そりゃあ、選挙の前だって委員長の仕事を手伝ったりして話す機会はあったけど。 

 でも、今のほうが間違いなく親しいと、胸を張って言える。


 生徒会も色々あって大変だったけど、何だかんだと楽しくやれたのは……。

 やっぱり、つばさちゃんのおかげなんだろうな。


 生徒会に誘ってくれたのも彼女ならば、生徒会を楽しくしてくれたのも彼女。

 ……ホント、つばさちゃんには感謝しないと。


 つばさちゃんについて歩く間、何も言わない代わりにそんなことを考えた。




 ………




 ………………




 「ついたよ、章くん」


 「ついたよって……ここは」


 階段をのぼって2階にあがり、渡り廊下を渡り、特別機教室棟に来て、さらにその奥……。

 慣れた道をたどり、やってきたのは生徒会室だった。



 「待ってて、今あけるから……」


 どこから持ち出したのか、生徒会室の鍵を取り出すつばさちゃん。

 そのままドアにさすと、いつものようにドアはあいてしまった。




 当然のように中には誰もいなかった。

 既に陽は沈んでしまっていて、辺りはかなり暗くなっている。


 ただ、グラウンドからたき火の灯りが漏れるかのように入ってきていて、室内は不思議な明るさに包まれていた。


 そんな外とは違った幻想的な雰囲気を持った生徒会室で、つばさちゃんと向かい合って立つ。

 そして、程なくしてつばさちゃんが口を開く。




 「章くん……副会長の仕事、引き受けてくれて……ありがとう」


 「つばさちゃん……。

  あはは、どうしたの、急にあらたまって?」


 「うん……まだちょっと気が早いけど、もうすぐ前期の仕事も終わりだから……」


 つばさちゃんの言うとおり、学祭が終わってしまえば生徒会にとって大きな仕事はもうほとんどない。

 まして、学祭準備のように毎日顔を突き合わせて仕事をするようなことはまずないだろう。



 「そっか……でも、僕なんてお礼を言われるほど大して役に立ってないし。

  むしろ、こっちこそ……誘ってくれてありがとう。

  なかなか楽しかったよ、生徒会の仕事。いい経験にもなったし」


 「そう言ってもらえると、私もあの時、副会長をお願いしてよかったなって思えるよ。

  それに……役に立ってないなんてことない。

  私が頑張れたのは―――章くんがいてくれたからなんだよ?」


 「えっ?」


 意外なつばさちゃんの言葉に、返すセリフが見つからない。

 戸惑いを隠そう、何か言おうと必死に頭を働かせていると。



 「ねぇ、章くん……1年生の時のこと、覚えてる?」


 再びつばさちゃんから言葉が紡ぎだされた。



 「えっと、まぁ……それなりには」


 「じゃあ……初めて私の手伝いをしてくれた時のことは?」


 「初めて、つばさちゃんの手伝いをした時のこと―――」






 ―――それはもう、一年以上も前のことだ。

 あれは多分、四月だったと思うから……まだ入学したてだった頃のこと。











 「失礼しましたー」


 入学して一発目の個人面談がようやく終わり、放課後の職員室を出る。

 華先生との話を終えたときには、みんなはとっくに帰ったか、あるいは部活に行ったかの時間になっていた。



 「はぁ……最初なんだからそんなに話すこともないだろうに。何でこんなに面談が長いんだか……。

  そりゃまあ、いきなり課題を忘れちゃったのは自分でも悪かったと思うけどさ……」


 結局のところは自業自得なのだが、そんなことはお構いなしにブツブツと文句を言いながら教室に戻ってきた。

 まあ、いい先生だとは思うんだけど……話が長いのはカンベンしてほしい所だ。




 (どうせもう誰もいないだろうし、僕もさっさと帰るか……)


 そんな事を思いながらドアを開けてみると―――。

 予想に反し、既に夕陽に近い日の光が差し込む教室内には、一人で作業をしている女子生徒がいた。



 (あれは委員長の……確か、福谷さんだっけ? 仕事……してるんだろうな、多分)


 彼女の机の上には、丁寧に折られた紙の山が大量に積まれていた。

 福谷さんはそれを1枚1枚取っては、これまた丁寧に重ねてホッチキスで閉じていく。


 だが、山がいっこうに減る気配はない。

 福谷さんの手際が悪いということではなく、オーバーワークだというのは誰が見ても明らかだった。


 どう考えたって一人でやる分量じゃないだろ、ありゃ……。

 いくら委員長だからって、あれじゃかわいそうだ。


 集中しているのか、こちらに気づく様子はない。

 一心不乱に作業を続けている。




 さっさと帰ろう―――と思っていたけど、気が変わった。


 ここで彼女を見つけたのも運が悪かった……じゃなくって、何かの縁。


 ―――別に急ぎの用事があるわけじゃないし、手伝うか。

 それに、あんなに大変そうなのに見て見ぬフリじゃ、きっと後味も悪いだろう。




 「お疲れ様、福谷さん」


 「えっ……?」


 ずっと集中していたであろう所に急に声をかけたからか、呆けたような声をだす福谷さん。



 「あっ、えっと……桜井くん、でしたっけ?」


 「そうそう。覚えてくれててどうも」


 「いえ……何かご用ですか?」


 「用って言えば……まあ、そうなるけど。

  仕事、大変そうだね」


 「ええ、まあ……少し。でも、これも委員長の仕事ですから」


 「そっか。

  でも量も多そうだし……手伝おうか?」


 「えっ? で、でも……」


 「いいっていいって、こんなん一人でやる量じゃないんだからさ。

  さてと……どうすればいいのかな?」


 遠慮してためらう福谷さんを説得するのは難しそうだったので、適当に椅子を持ってきて向かい合わせに座る。

 多少強引な気もするけど、こうしてしまえばやめてくれとも言えないだろう。



 「―――はい、それでは……お願いします。

  遠足のしおりを作ってるんですけど、まずこの山から1枚ずつ取って―――」


 こうして、福谷さんと放課後の共同作業が始まったのだった。




 ………




 ………………




 どのくらい時間が経ったのだろう……。

 単調な作業だからか、時間がゆっくり進んでいる気がする。

 教室の時計を見てみると、思ったとおり、手伝いを始めてから大して針は進んでいなかった。


 加えて、会話がない今の状態が時間の遅行に拍車をかけている。

 作業中なのだから当然と言えばそうなのかもしれないが……妙に空気が重くてやりづらい。


 こういう雰囲気は性に合わないので、とっとと打破してしまいたいものだが……。

 とは言え、そうしようにも目の前では福谷さんが一心不乱といった感じで作業に取り組んでいて、なにをするのもはばかられた。

 どうしたもんか……。



 「………………」




 「………………」



 とは言え、いつまでもこうしてるのも精神衛生上よろしくない。

 それに、どうせなら作業だって楽しくやりたいじゃないか!

 ―――と、自分を納得させたところで早速行動開始だ。



 「ねぇ、福谷さん?」


 「えっ……なんですか?」


 嫌そうな顔されたらどうしようかと思ったが、そんなことはないようなので一安心。

 ……かと言って、そんな意外そうな顔しないでもいいようなもんだけど。



 「あっ、いや別になにってワケじゃないんだけどさ……。

  えっと……あっ、そうそう。

  こんな二人がかりでも多いくらいの作業なのに、どうして一人でやってるのかなって」


 「はい、そうなんですけど……」


 「副委員長とかは? 確かいたんじゃなかったっけ?」


 「今日は用事があるとのことなので、先に帰ってもらいました」


 やけに適当な話なんだな。

 面倒だから逃げた……とは言わないが、そう思われても文句は言えないぞ、副委員長。


 まあ、委員長そのものが先生がホームルームで適当に決めたもんだからなぁ……。

 一体なにを基準に選んだのやら。

 選ばれなくてよかったとは思ったけど、現にこうして選ばれてしまった娘と仕事をしていると複雑な気分がしてくる。



 「そっか、そりゃ災難だったね。

  あっでも、友達に頼むとかすればよかったのに」


 「………………」


 そこで押し黙ってしまう福谷さん。

 ―――気まずいことこの上ない。



 「えっと、福谷……さん」


 「―――私、友達いないんですよ」


 「えっ?」


 福谷さんの口からでた意外なワード。

 少し自嘲的な笑みと共に出たそれは、短いながらもズッシリとした重みを持っていた。


 もう入学して3週間近く経とうかというのに、一人もいないってことだろうか。

 いや、それに加えて―――



 「中学の友達とかは? クラスにいないとか?」


 「ここに来るまでは、ずっと島外の学校に通っていたので……。

  実は、知り合いもほとんどいないんですよ」


 「そうだったんだ……」


 志木ノ島の中の中学から進学してくる生徒がほとんどの志木ノ島高校において、

 島外の中学出身ということは、それだけで友達作りのハンデになりかねない。


 加えて福谷さんはどう考えても押しが強いとは思えないし、余計に友達を作りづらいのだろう。



 「皆さん、部活があったりして放課後は忙しそうですし、

  なかなか声もかけ辛くて……だから、結局一人でやることにしたんです」


 「そっか……そりゃなんて言うか、災難だったね」


 難儀な話である。今さらだが、気づいてあげられればよかったと、そう思った。



 「でも、今はこうして桜井くんが手伝ってくれていますし、助かってます」


 「いやあ……まあ、困ってるのを見かけて放っておくわけにもいかないし」




 ―――言ってから、照れくさくなって再び作業に戻った。

 福谷さんもそれを察してくれたのか、「ありがとうございます」と一言お礼を言った後は作業に没頭している。




 「―――そうだ、福谷さん」


 「はい、なんですか?」


 一つ……いや、二つだけ伝えたいことがあった。



 「友達いないって言ってたけど……でも、志木ノ島のみんなはいい人たちばっかりだから。

  だから、勇気は要ると思うけど、思い切って声をかけてみればいいと思う。

  僕がいつもつるんでる茜ちゃ……じゃなくって、陽ノ井さんとか、明るくて付き合いやすいと思うし」


 なにが面白かったのか、一瞬クスリと笑った福谷さんを見据えながら、話を続ける。



 「それでも、作業とかを手伝ってもらうのに遠慮があるって言うなら―――」




 「いつでも、僕を頼ってくれればいいからさ」


 「……ありがとうございます、桜井くん―――」











 (あの時のつばさちゃんの笑顔……今でもはっきり覚えてる)


 それほどまでに印象的な笑顔だった。

 心配事がなくなったときのような、あるいは、なにか吹っ切れたよな……。

 そんな、清々しい笑顔だった。




 「―――章くん? どうかした、何だか呆けた顔してたけど……」


 「いやっ、その……ちょっと、そのときのことを思い出しててさ。

  あの頃とはつばさちゃんも随分変わったなって」


 「そうだね……私も、章くんとの関係も……」


 感慨深げにつばさちゃんが呟いた。




 「章くん―――私が頑張れたのは、章くんのおかげだって、さっき言ったよね」


 澄んだ瞳でこちらを見つめながら言うつばさちゃん。

 なぜだか言葉を返すのがためらわれて、ただ頷くことで同意を示した。



 「あれはね、嘘でもなんでもなくて、本当の事なんだよ」


 「………………」


 「だって章くんは、私に勇気をくれた人だから。

  私に、自分を変える勇気をくれた人だから……」


 “自分を変える勇気”

 つばさちゃんの言葉を頭で反芻するも、思考が追いつかない。



 「あっ、ゴメンね。それだけじゃなんのことだか分からないよね」


 つばさちゃんの方でも、そんな僕の状況を察したのかさらに言葉を続ける。



 「私は中学まで島外の私立の学校に通ってたんだけど……。

  やっぱり、そこでもあんまり友達はいなかったんだ」


 「………………」


 「あの頃はね、家の名前のせいなんだって思ってた。

  その学校って、いわゆるお嬢様学校なんだけど……そのせいだからか、どこそれの家の娘っていう意識が強くて。

  だから、私はどこに行っても“福谷つばさ”っていう一個人じゃなくて、“福谷の娘”としか見られなかった」


 そういえば前に、家のことは家のこと、自分は自分として見てほしいみたいなことを言っていた。

 ……確かに、家の名前とセットでしか自分を見られないというのは苦痛以外の何者でもないはずだ。

 そういう上流階級とは縁のない僕でも、そのぐらいの察しはつく。



 「自分で言うのもナンだけど、福谷の家の影響力ってやっぱりすごいから……。

  中学までは、周りの同級生も一歩引いて私を見てる感じだった」


 「それはその……家名に気後れしてってこと?」


 「多分、そうだと思う。

  そういうこともあって、前の学校のこともあまり好きじゃなかったし、高校は志木ノ島高校に通うことにしたの」


 環境を変えて新しい生活、新しい人間関係を……って感じだったんだろうか。



 「でも、中々うまくいかなくて……その辺は、章くんも知ってるよね?」


 「うん、まあ」


 さっきまで回想していたことだ。

 友達がいないってことに、そういう事情があったってことは、今になって知ったわけだけど。



 「そのとき気づいたんだ。ああ、友達ができないのは家のせいでも何でもないんだって。

  ……結局、自分に勇気がなかったんだよね。声をかけたりとか、仲良くしようとか……。

  一歩目を踏み出す勇気が足りないせいなんだって、そのときにやっと分かったの」


 「………………」


 「昔から、引っ込み思案……っていうのかな? 人と話したり、声をかけたりっていうのが苦手で。

  それまでの環境が環境だったから、そういうことをする機会も少なかったし」


 僕にはそういうイメージはなかった。

 僕の記憶の中にいるつばさちゃんは、柔らかく笑って、人付き合いがうまくて、でも芯はしっかりしてて……。

 とにかく、つばさちゃんが言ったような印象を抱いたことはなかった。



 「志木高に入って、環境を変えればどうにかなるかなって思ってたけど……。

  うまくいくわけないよね。だって、問題は環境じゃなくて自分にあるんだから」


 「………………」


 「そんなときに声をかけてくれたのが―――章くんだった」


 「それが、初めて手伝ったときのこと……」


 「うん。あのときは嬉しかった……なんの打算もなく手伝ってくれた章くんの気持ちが。

  私を“福谷の娘”としてじゃなく、“福谷つばさ”として見てくれた章くんの眼差しが―――」


 つばさちゃんは、とても大切な扱うかのように、一言一言、丁寧に言葉を紡ぎ出している。

 そう、とても大切なことを話すかのように……。



 「こういう人達がいるなら、私も頑張れるって、そう思ったの。

  章くんみたいな、温かい心を持った人達と、もっと触れ合いたいって。

  そう思うと、苦手なことでも不思議と頑張れた」


 「………………」


 「そういう勇気をくれたのは―――章くんなんだよ?」


 「つばさちゃん……」


 僕にそんな自覚はなかった。

 ただあの時は、困っているつばさちゃんを助けられればいいと、そう思っていただけだから。

 ……けど、そう思われて悪い気はしなかった。



 「生徒会長になったのもね……1年の頃に先輩方を見て、それで憧れてっていうのもあるんだけど……。

  もっと言えば、そうやって自分を変えるための手段だったんだ。

  ……なんて言ったら、みんなに怒られちゃうよね」


 いたずらっぽくつばさちゃんが笑う。


 「いや……それはそれでアリなんじゃないかな」


 動機はどうあれ、つばさちゃんは会長としての責務を立派に果たしている。

 それならそれで、なんの問題もないだろう。



 「やっぱり優しいね、章くんは……」


 「………………」


 「そんな章くんがいつも隣にいてくれたから、だから頑張れたんだね、きっと……」


 そこまで言うと、つばさちゃんは目を閉じ、何かを考えるような様子を見せる。

 途端に、生徒会室の空気が変わる。


 彼女から発せられるいつもと違う空気。

 切なさと甘酸っぱさとが混じりあったような、重さと優しさを同時に含んだ空気。


 やがて開かれたつばさちゃんの瞳が、真っ直ぐにこっちを向いた。



 何も言わず、あるいは何も言えずにお互い見つめ合う。


 こちらを真っ直ぐに見つめるつばさちゃんの瞳には、いつも以上に強い意志の光が宿っていた。

 その強い光に魅入られたか、あるいは射抜かれたように、僕はただ立っていることしかできない。



 どのぐらいそんな状況が続いただろうか。

 永遠のような一瞬のような時間が経過し、ついにつばさちゃんが沈黙を破った。




 「それに……そんな章くんだから、どんどん好きになっていったんだね」




 つばさちゃんは、確かにそう言った。




 「章くん―――好きです……ずっと好きでした」




 そして、それに続けての決定的なセリフがつばさちゃんの口から発せられる。

 『好きです』と。




 「章くんからもらった勇気……今日なら返せるから。

  だから、章くん―――あなたの気持ちを教えて」


 「つばさちゃん……」


 相変わらず彼女の瞳は強い輝きを放っている。

 今まで何度も見てきた……いや、今までで一番強い、彼女特有の意志の光だ。

 その光が、今の言葉が嘘でも冗談でもなく、本気のものなんだということを何よりも雄弁に語っていた。




 ―――僕の気持ち。




 つばさちゃんのことは好きだ。

 これは間違いない。

 今までだって、特別な感情を持っていなかったと言えば、多分嘘になってしまうだろう。


 ……ただ、僕の“好き”はつばさちゃんが言う“好き”と重なっているのか?




 ―――いや、違うな。そんなのはただの言い訳にしかすぎないんだ。


 ……なんだろうか、胸がモヤモヤする。

 引っかかることなんてないはずなのに、何かが胸に引っかかっている。


 特定の誰かのことが思い浮かぶとかそういうのではなく、ただなんとなく、スッキリしないのだ。


 そのモヤモヤした何かが、僕に返答をためらわせている。

 そいつは、『好きにすれば?』と言いたげにしながらも、僕を留まらせるのだ。

 タチが悪いことこの上ない。




 ―――つばさちゃんの好意は嬉しいし、僕だってつばさちゃんに対して好意を持っているのは否定しない。

 何も問題はないはずなんだ。


 ……ただ、どう答えを出すにせよ、今のはっきりしない状態でやってはいけない気がした。


 真剣に向き合ってくれているつばさちゃんに対し、僕も真剣な態度で臨む必要があるように思えた。


 それができない今、僕が出す答えは―――




 「少しだけ……待ってほしい」


 「えっ?」


 「ちょっと色々あって……今すぐに答えるのは難しいんだ」


 「……うん」


 ややあって、つばさちゃんは納得してくれた。



 「必ず答えは出すから。

  そうだな……じゃあ、修学旅行が終わるまで。

  それまでには、ちゃんとつばさちゃんに、僕の気持ちを伝えるよ」


 「章くんがそう決めたなら、私は待ってるよ」


 「……ゴメン、つばさちゃん。こんな中途半端な答えで」


 「ううん。私こそ、急にゴメンね。

  ―――章くんが真剣に悩んで出した答えなら、私はどんな答えでも受け入れるから。

  だから……待ってる」


 つばさちゃんの言うことに黙って頷くと、それっきりその話はなかった。




 胸のモヤモヤの正体……そのことも気になる、気になるけど……だ。

 つばさちゃんの真摯な気持ちにちゃんと応えたい……僕の胸にあるのは、今はただそれだけだった―――


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life四十頁、いかがでしたでしょうか?


 後夜祭編というか、つばさの告白だったわけですが……。

 いやあ、若い若い(何っ


 今回で学祭も終了となりましたが、最後の最後でサプライズでしたね。

 告白シーンを書くのは久しぶりだったのでかなり緊張しました(^^;

 それゆえか難産になってしまいましたし……精進せねば。


 次回からは、長かった学祭も終わり、次なる行事が待っています。

 まあ、章にとってはそれどころではないようですが……(笑)

 毎度のごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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