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第三十七頁「仲間がいるビリーヴセッション」

 「あ゛〜疲れた……」


 ようやくシフトから解放されたよ……。

 ホント、地獄のような60分だった。


 よりによって茜ちゃんと同じ時間にシフトなんだもんなぁ……。

 おかげで死ぬほど労働させられてしまった。



 「それにしても……茜ちゃんは僕に何の恨みがあるのやら……。

  あんなにこき使われるなんて……」


 「まあ、その理由を章が分かってないのが一番の理由かしらね」


 「どういうこと?」


 翔子ちゃんの言葉の意味が読めず、思わず聞き返す。



 「言葉通りの意味。

  ―――もっとも……茜自身も、自分のことをあんまり分かってないんだろうけど」


 「へっ?」


 「何でもない。無節操なのもほどほどにしないと、その内痛い目見るわよって話」


 「なっ!? ぼっ、僕は別にそんなつもりじゃ―――」


 「はいはい、そんなに焦らなくても分かってるから。

  章はそんなに器用じゃないものね」


 「翔子ちゃ〜ん……」


 この娘はホントにもう……。

 第一、無節操っていっても別につばさちゃんと学祭回ってただけだし。

 ―――楽しんでたのは認めるけど。


 だが、そのつばさちゃんも僕がシフトの時間になったのでもう別れてしまった。

 今はどこにいるのかすらも分からない。



 「それより章、急がないと危ないんじゃなかったっけ?」


 「っとと、そうだった。こうもしてられないんだ……。

  早く体育館に行かないと」


 この後はステージ企画の進行がある。

 のんびりしていた午前中とは対照的に、午後はハードスケジュールだ。



 「立ち話してると、また茜にどやされるでしょうし」


 「そいつはご勘弁を。それじゃあ翔子ちゃん、僕もう行くから。

  後はよろしく」


 「こっちは心配ないから。しっかりやりなさいよ」


 「ありがとう。それじゃ!」


 2−Aはクラスメイト達に任せ、少し早くシフトをあがらせてもらう。

 そして一路、体育館へと駆け出した。



 「―――茜自身も分かってない……か。そして多分、章も……」



 「でも、いつまでもそうやってはいられないのよ、二人とも」



 「……って、いくらなんでも、ちょっとおせっかいかな。さっ、仕事仕事っと―――」




 ………




 ………………




 人波をかきわけたどり着いた体育館。

 中に入った瞬間、そこにいる多くの人々が作り出す熱気を肌で感じた。

 特設ステージ周辺は既に人で埋め尽くされている……予想通りの大盛況だ。


 とりあえず、この人たちを押しのけてでもステージ裏に回らないと。

 ……やれやれ、また疲れそうだな―――




 ―――どっ!




 突如として館内が爆笑の渦に包まれる。



 「なっ、なんだ!?」


 集団催眠か!?

 ―――って、そんなわけないだろ。

 大体、笑わせる集団催眠ってどんなだよ。



 自分にツッコミを入れ、いったん心を落ち着かせてからステージの上を見る。

 よく考えれば、笑える企画なんていくらでもあるんだ。



 「……なるほど」


 ステージの上を見た瞬間、すべての疑問が吹き飛んだ。



 「―――女装コンね」


 舞台上では、フリフリのごっついドレスという、可愛らしい服に身を包んだ―――“男”が立っていた。

 化粧はベッタリだし、これは完全にウケ狙いだな。

 まあ、そうでもなきゃ笑いなんかとれないか。

 ……こういうこと言うと変な趣味に思われそうだが、綺麗な人はホントに綺麗だし。



 この企画、かなりのキワモノだと思うのだが、ライブと並ぶ人気企画だったりする。

 華先生に聞いたところによると、けっこう伝統のある由緒正しい企画らしいし……。


 こんな企画に進んで出てくれる、勇気ある男子諸君に感謝だ。

 参加者がいないと、いかに人気があろうと企画倒れになっちゃうしな。


 ―――自分で出る気には到底なれそうにないが。

 自分でも童顔なのは認めるし、女装すれば綺麗系で攻めることもできるだろうとは思う。

 だが、そんなことは関係ない。

 恥ずかしいのもあるが……これに出た瞬間、自分の中で何かが音を立てて崩れていきそうな気がする。


 ……かと言って他薦で出場させられるのも参る。

 去年はエントリーを取り消すのにどれだけ苦労したか……。


 フタを開ければ予想通り、翔子ちゃんの策略だったらしいんだけど……あの時は本当に困った。

 しかも、ギャグじゃなくて本気だったっていうんだから余計にタチが悪い。


 衣装やら化粧のプランまで用意してたし。

 茜ちゃんや光まで巻き込んで熱心にプレゼンをしていたのを今でも鮮明に覚えている。


 最後は結局、生徒会の人に頼み込み、エントリーをどうにか取り下げてもらって決着をつけた。

 当時はまさか自分が同じ立場になるとは思わなかったけど……。


 幸い、今年はそういうトラブルはない。

 というか、参加希望は全て自薦だった。

 実を言うと、タイムテーブルをいじる必要が出てくるので、エントリー取り下げはやめてほしかったりする。

 ……今思うと、去年の担当だった先輩には悪いことしたな



 ―――って、こんな所で思い出にひたってる場合じゃないんだ。

 とっととステージ裏に行かないと。

 ただでさえいっぱいいっぱいのスケジュールなんだ、急がないと遅刻してしまう。




 そうして再び人波をかきわけ、どうにかステージ裏の待機場所までたどり着く。

 これだけ人が多いと移動するにも一苦労だな……。



 「来たか桜井」


 「お疲れ、吉澤」


 入るなり、スーツに身を包んだ吉澤に迎えられる。

 ……ただでさえカッコいいヤツなのに、これじゃ三割増しだな、オイ。



 「沖野と工藤は?」


 「次の企画で司会だからもうスタンバってる。

  俺達もその次なんだから、早く着替えた方がいいぞ」


 「うん。それじゃ、ちょっと着替えてくる」






 ステージ企画の進行はスーツで行うことになっている。

 これも毎年恒例のこと。

 僕は親のスーツがなかったので、あるツテで借りてきた。


 ……吉澤みたいに背が高くないからなぁ。

 果たして似合うかどうか。


 まあ、普通のネクタイじゃなくて蝶ネクタイだったりと、幾分コミカルな仕上がりだから大丈夫だよな。



 あらかじめ用意してあった衣装に手早く着替え、吉澤の所に戻る。



 「どう、かな?」


 「そうだな……うん、いいんじゃないか。上出来だ」


 「吉澤にそう言ってもらえると、自信になるよ」


 「ははは、そいつはどうも」


 僕も吉澤も、今はまだ少し余裕があるからこうして笑いあったりしてリラックスできている。

 だけどこれが本番になれば……吉澤はともかく、僕はそうもいかないだろう。

 自分がパフォーマンスするわけではないのだが、人前に立つってだけで緊張する。


 前の立会演説会の時も大変だったからな……。

 あんなに堂々としていた吉澤と沖野は本当にすごいと思う。



 「……大丈夫かな」


 「ん? どうかしたか」


 「いや、その……緊張しないかな〜って思ってさ」


 「そんなん、緊張するに決まってるだろ。俺も緊張すると思うぞ」


 吉澤の口から返ってきたのは意外な言葉だった。



 「そうなの? なんか意外だな」


 「ん……そうかもな。でも、人前に出てもまったく緊張しないなんてヤツはいないと思うけど。

  俺だって何回やっても、やっぱり緊張するしな」


 「そうなんだ……」


 「そりゃ、ある程度は慣れるけどな。でも、ゼロには絶対ならないさ」


 中学の時も生徒会をやっていたという吉澤。

 何かと人前に立つ経験も豊富であろうそんな彼のことだ、緊張なんて超越してるもんだとばかり思っていた。



 「まあなんだ……リラックスしてやればいいと思うぞ。

  別に桜井一人で舞台に立てってワケじゃないんだしな」


 「吉澤……」


 「月並みなセリフだけど、お前は一人じゃないんだから。

  俺だっているんだし、それに桜井が多少トチっても、参加者が盛り上げてくれるって。

  だから、必要以上に硬くなりすぎないことだな。

  ―――なんて、ちょっとカッコつけすぎかな、俺?」


 最後の一言はおどけて、吉澤が言った。

 カッコつけてるわけじゃないんだろうけど、言ってることは間違いなくカッコいい。

 なんと言うか……流石って感じだ。



 「そんなことないって。

  それに、そういう考え方ができるのって、やっぱり経験の賜物だと思うよ」


 「そうか?」


 「そうそう。

  ……とにかく、ありがとう吉澤。

  なんだか、どうにかなる気がしてきたよ」


 「よし、その意気だ」


 もちろん僕だって頑張るが、吉澤が一緒にいてくれる。

 それだけで心強かった。




 ―――ワァーーー!!




 「……沖野と工藤が行ったみたいだな。

  ミスコンが始まったか」


 「そっか。じゃあライブももうすぐだね……」


 自分が関わった企画だということを含め、色々な要素が絡んでずっと気にかけていたバンドのパフォーマンス。

 その集大成が目前まで迫っていた。


 ―――それまでに、やっておかなきゃならないことがある。



 「吉澤、参加者の人たちは?」


 「多分、ステージ裏の反対サイドで待機してると思うが……どうかしたか?」


 「うん、ちょっと様子を見てきたくて」


 「そうか、分かった。あまり時間がないから、できるだけ手短にな。

  ついでに、もうすぐ出番だってのを確認してきてくれ」


 「了解。それじゃ、行ってくるよ」




 吉澤と別れて、裏口から体育館の逆側まで回る。


 僕がやっておかなきゃいけないこと……。

 それは小春ちゃん達、バンドのみんなの様子を見ることだ。


 中でも、特に愛美ちゃんの様子が気になる。

 今朝あやのに念をおされたからってわけではなく、ただ単純に心配だ。

 もしあやのが言うとおり、僕の言葉が力になるなら……それなら、僕は自分にできることがしたい。

 今あるのは、その気持ちだけだ。




 ………




 ………………




 「あっ、お兄ちゃん。もう……やっと来た。……こんな時まで遅刻なんだから」


 「ごめんごめん、色々あってさ。それに、まだ大丈夫だろ?」


 「それはそうだけどさ……」


 待機場所につくなり、あやののゴアイサツなセリフが迎えてくれた。



 「それに、僕は時間ギリギリは多いけど遅刻はほとんどないの。

  だから問題ないって」


 「はいはい、分かりましたー。でも、時間には余裕をもった方がいいと思うけど?」


 「うっ……まっ、まあそれはそれとして、だ」


 一呼吸おいて、勢ぞろいしたバンドメンバーを見回す。

 あやの、小春ちゃん、明先輩、光……そして愛美ちゃん。

 練習時のように制服ではなく、今日はライブ用の衣装を着ている。


 バンドとしての初ライブ。

 加えて、明先輩は今回限りの助っ人だから、このメンバーとしてのライブは最初で最後。


 メンバーのみんなも、そのことが頭にあるのか、表情を見るだけでも気合が入っているのが分かる。



 「いよいよだね」


 「はい。小春達のバンドがここまでこれたのも、桜井先輩のおかげです。

  本当にありがとうございました」


 「そんな、予選勝ち抜いたのもみんなの実力なんだし。僕なんてなにも……」


 「何もしてない、なんて言わせないぞ、章。

  俺がこのバンドに参加したきっかけをくれたのはお前なんだからな」


 「あたしも、桜井に連れてこられたようなもんだからね。

  初め話を聞いた時はどうしたものかと思ったけど……今では助っ人ができてよかったと思ってるよ」


 「先輩方の言うとおりです。最高のドラマーとギタリストを紹介してもらって、私はもう感謝感激です!

  桜井先輩には、もっと自分の役割の大きさを自覚していただかないと」


 「みんな……。

  なんか、そう言われると照れくさいな」


 本当に大した事なんてしてないと思うのだが、こうも感謝されると照れるしかない。

 でも、悪い気はしなかった。


 感謝されてるからってだけじゃなくて、友達のために何かできたってこと。

 それを確認できたような気がして、嬉しかった。




 そうして少し浸っている所に、あやのが近づいてくる。



 「ほら、お兄ちゃん。ぼんやりしてないで、愛美にも何か言ってあげてよ」


 小声でそうささやくあやの。



 「私達はともかく、愛美は緊張でガッチガチなんだから」


 「えっと……」


 愛美ちゃんの方にチラッと目をやる。

 他のメンバーと比べて明らかにその表情は暗く、重い。

 あやのの言うとおり、だいぶ緊張しているのが分かった。



 「確かに」


 「でしょ? ほら、分かったなら頑張って!」


 「でも、他にもメンバーのみんなだっているんだし……」


 「私達はもう伝えることは伝えたからいいの!」


 「だけど……」


 僕なんかよりずっと親しいはずのみんなが言ってもあの状態なら、

 残念ながら僕がどうこうできるレベルじゃないような気もするんだけどな……。



 「今朝も言ったでしょ。お兄ちゃんじゃなきゃダメなの!

  愛美には、お兄ちゃんの言葉が一番の励ましになるんだから!

  だからしっかりしてよね」


 言いたいことだけ言ってあやのが離れる。

 簡単に言うけど、声をかけるっていってもどうすればいいのやら……。



 「…………」


 そう考える間にも、愛美ちゃんは一人押し黙ったまま。

 ……むぅ、これは確かに深刻だ。


 ―――悩んでいるほど時間もない。

 ここは行動あるのみ。






 「愛美ちゃん」


 「あっ……桜井先輩……」


 「大丈夫? その……あんまり元気ないみたいだけど。

  体調とか、悪かったりする?」


 「いえ、体は別になんともないんですけど……」


 もしやと思って言ってはみたが、やはり違うようだ。

 まあ、それなら周りの対応も違うよな。



 「私、昔から人前に出るのとかが苦手で……」


 あやのに聞いてはいたが、実際本人から聞かされると現実味が増してくる。



 「……今日も、上手くいくかずっと不安で」


 「そっか……」


 「その……小春達の足を引っ張らないかなとか……」


 「うん」


 「色々考えると、もっと緊張しちゃって……」


 「…………」


 愛美ちゃんの言葉を、一つ一つ噛みしめるように聞く。

 きっと今、彼女の心には言葉以上に色んな不安が渦巻いているんだろう。


 そしてそんな姿は、つい先ほどまでの自分と重なっていた。

 ならば、かけるべき言葉はある。




 「えっと……愛美ちゃん」


 「……はい」


 「緊張しちゃうのは仕方ないと思うんだ」


 「えっ?」


 「どんな人だって、やっぱり人前にでればある程度は緊張するだろうし。

  慣れこそすれ、それがゼロになるってことはないよ」


 「桜井先輩……」


 先ほどよりも、いくらか表情が和らぐ愛美ちゃん。

 そこへさらに言葉を続ける。



 「だから、その……リラックスしていけばいいよ。

  ほら、愛美ちゃんの周りをみてごらん」


 言葉の通り、自分の周りを見回す愛美ちゃん。

 小春ちゃん、あやの、光、明先輩―――そこには、バンドのメンバーがいた。



 「ねっ? 愛美ちゃんには最高の仲間達がいるだろ? 

  だから、何も気にすることはないよ。

  ちょっとクサいセリフかもしれないけど……愛美ちゃんは一人じゃないんだから」


 「先輩……ありがとうございます」


 最後に愛美ちゃんは笑顔で答えてくれた。

 これなら大丈夫だろう。



 「頑張ろう、愛美ちゃん。せっかくここまで練習してきたんだから、ね?」


 「俺達だっているんだ、細かいことは気にせず、思いっきり楽しんでいこうぜ」


 「新参者のあたしが言うことでもないけど……桃田の歌は本物だと思う。だから大丈夫」


 「みんな……」


 いつの間にか近寄ってきていたバンドのメンバーも口々に言葉をかける。

 その度に、愛美ちゃんの表情が明るくなっていくのが見て取れた。



 「へぇ〜、お兄ちゃんもけっこういいこと言うんだね」


 「まあね」


 一度得意げに胸を反ってみる。

 ―――とは言え、そろそろ種明かしをせねばならないだろう。

 愛美ちゃんももう大丈夫みたいだし。



 「……と、言いたいところだけど、実はこれ、完全に友達の受け売りなんだけどね。

  しかもついさっき言われたばっかりだし」


 「……やっぱお兄ちゃんはお兄ちゃんかも」


 そう言ってため息をつくあやの。

 そこまで落胆することないだろうに……。



 「ぷっ―――あはは、はは、あははは!」


 そこでいっせいにみんなが笑い始める。



 「はははははは……いやあ、やっぱ章は章だな」


 「ひどいよ光……愛美ちゃんまで〜」


 「ははは―――あっ……すっ、すみません! 私ったら……」


 「あっいや、別に謝ることはないんだけど……」


 笑えるほど硬さがとれたなら、それはそれでいいことだろう。

 ―――かと言って笑ってくれとは言わないが。



 「いえ、その……今の受け売りの話聞いたら、ああ桜井先輩だなぁって。

  すごくて面白い方だなって思って……そしたら、なんだか笑えてきちゃって」


 「へ?」


 「……何でもないですよ。もう大丈夫です」 


 表情こそ笑顔というわけではなかったが、表情は随分と柔らかい。

 たぶん本当にもう大丈夫なんだろう。


 

 「それより……桜井先輩、ありがとうございました。

  おかげで、緊張とか、だいぶなくなりました。

  仲間がいるんだってことが見えるようになったから……今は、どうにかなりそうな気がします」


 「そっ、そう? 受け売りだけど、そう言ってもらえると嬉しいよ」


 愛美ちゃんももしかしてあやのみたいに気落ちするかもしれないと思ったけど、むしろ逆だったようだ。

 なんだかよく分からないけど、もう心配はなさそうだ。



 「受け売りとか、そんなの気にすることないですよ。

  さっきはああいう風に言いましたけど……あれはもう、立派に先輩の言葉です」


 「……うん、ありがとう」




 「あーあ、ったくお前は。最後に出てきてオイシイとこだけもってっちゃうんだからな」


 「あはは……悪い悪い」


 「まあ、そういう部分も含めてお前らしいさ。

  それに、なんだかんだ言っても、愛美ちゃんの力に一番なってやれるのは、章だしな」


 「そういうものかな?」


 「そういうものなの」


 あやのと同じことを言う光。

 この二人の中には、なにか共通認識があるようだ。

 あやのに視線を向けると、言ったとおりでしょーと言いたげな表情をしていた。

 ……何だかな。まあ、いいけど。結果オーライだ。



 「さて……そろそろ行くよ。この分なら、もうみんな大丈夫そうだし。

  たぶん、あんまり長居するものでもないと思うから」


 「桜井先輩、わざわざどうもありがとうございました」


 「いえいえ……それじゃ、みんな頑張って!」


 最後はキッチリ締めて、再び裏口から元のサイドに戻るのであった。






 「どうだった、桜井?」


 「うん。みんなちゃんと準備できてた。

  それから……吉澤のおかげで助かったよ」


 「ん……どういう意味だ?」


 「色々とね。それじゃあ、そろそろ僕達も準備しようか」


 「あっ、ああ。分かった。司会原稿はあるな?」


 「ここに」


 ポケットから取り出して既にかなり傷んだ用紙を見せる。



 「よし、じゃあ行くか―――」




 ………




 ………………




 いよいよバンドによるライブが始まった。


 眩しいスポットライトを浴びながらステージ上に立つ。

 自分が主役じゃないとは言え、やはり緊張はあった。


 それでも、すぐ隣りに吉澤という心強い仲間がいてくれること。

 そのことを思い出せば、そういった感覚は随分と和らいだ。




 吉澤と参加者の好演もあり、ここまでは大きなミスやトラブルもなく進む。

 そしていよいよラスト、小春ちゃんたちのバンドの番だ。



 『それではいよいよ最後のグループです!

  登場していただきましょう―――どうぞ!』


 僕がアナウンスを終えるのと同時に、二人で舞台裏に引っ込む。

 それと入れ替わるようにして、5人のメンバーが反対サイドから出てくる。


 同時に響き渡る黄色い歓声。

 観客が興奮しているのもあるが、光や明先輩へと向けられたものだ。

 確かに、女の子に人気が出そうな二人ではある。


 だけど、観客から生まれた声はそれだけではない。

 どよめきにも似た歓声。今度は主に男子からだった。



 「なんだ……?」


 舞台袖からこっそりとステージ上の様子をうかがってみる。



 「あっ!」


 ……なるほどな。

 原因はこれか。


 愛美ちゃんが伊達メガネを取っている。

 僕も一度しか、しかもほんの少ししか見たことないけど、かなり可愛かったのは覚えている。


 そりゃあ、あれだけ可愛い娘が出てくれば世の野郎諸君が興奮するのは無理もなかろう。

 加えて今まで見たことがないというミステリアスなおまけつきだ。

 付加効果も相まって効果100倍ってところだろう。




 『みなさーん、こんにちはー!!』


 小春ちゃんの元気な声が響く。

 MCは小春ちゃんが担当するようだ。

 偉そうないい方かもしれないが、妥当な人選だろう。




 『―――それでは聞いてください!』




 ―――〜〜♪〜〜〜〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜♪♪〜〜




 聞き覚えのあるメロディーが響く。

 1曲目、2曲目……細かい部分はともかく、素人が聞く分には最高の演奏が聞こえてくる。

 心配していた愛美ちゃんも、すっかり元気といった感じだ。


 スポットライトの光が降り注ぐなか演奏する小春ちゃん、愛美ちゃん、あやの、明先輩、光のメンバー達。

 その姿は、比喩や大げさな言い方じゃなくても輝いて見えた。




 やがてプログラムは進み、後は最後の一曲を残すのみとなる。




 『―――いよいよ最後の一曲になりました。

  ご存知ない方も多い曲かもしれませんが、一番自信がある曲です。

  百乃木愛子で、“Prism Days”!!』




 ―――〜〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜♪〜〜♪




 幾度となく聞いたイントロ。バンドバージョンで多少のアレンジは入っていたが、基本のラインは同じだ。

 そのメロディーに載せて、バンド演奏の大トリを飾る曲が始まった。




 『―――〜〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜♪♪〜〜〜♪』




 最高の演奏に、最高の歌い手である愛美ちゃんの声が加わる。

 ……贔屓目抜きで、今までで最高の1曲だ。


 下手なほめ言葉なんて陳腐でほめ言葉にならないくらい。

 それぐらいに最高の歌と演奏だった。




 『〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜♪♪』




 やがて曲はフィナーレを迎える。

 その場に百乃木愛子が降臨したかのような、そんな臨場感あふれる一曲だったと思う。

 まるで、じゃなくて本当にそこに百乃木愛子がいるような、そんな錯覚にさえ陥った。


 そしてそれ以上に、今の演奏はバンドメンバーの心が一つになっていた。

 素人意見だけと、そんな一体感を感じさせる演奏だったのだ。


 今までバンドの練習、カラオケ、あるいはCDと、何度となくこの曲は聴いてきたけど……。

 間違いなく、今のは最高の“Prism Days”だった。


 文字通りステージ上で輝いていたメンバー達。

 観客からおくられる惜しみない拍手に、僕も、吉澤も、そして他の待機中のスタッフも加わる。


 言葉なんていらない。

 この拍手が、彼女達の演奏がいかに素晴らしいものだったかを言葉よりも雄弁に語っていた。






 鳴り止まない拍手の中、進行役の僕と吉澤が再びステージにのぼる。

 最高のひと時も、ひとまずはここでおしまい。


 文化祭も、残すところ生徒会イベントだけとなった。

 これも進行やら準備やらで、けっこう骨が折れるけど……でも、きっと大丈夫だ。




 隣りを見れば、いつだって心強い仲間がいる。

 今はそれが分かるから。

 みんながいれば、大変なことだって乗り切れる。

 今さらながらに、そのことを強く感じた。




 よぉし最後の締めだ、みんなと一緒に、もっかい気合入れていくぞ―――!!


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life三十七頁、いかがでしたでしょうか?


 前後編にわたってお送りしてきた文化祭編もこれにて終了。

 次回からは学祭もいよいよ後半、体育祭編が始まります。


 と、いうことで(?)今回は久々の登場となった愛美ちゃんメインのエピソードでした。

 ―――のつもりだったんですが、吉澤もかなり絡んでるかも(笑)

 まあここまで章と一緒に頑張ってたわけですし、ここらで華を持たせるのもアリかな、と(爆)


 いくぶんクサいセリフが多い今回ですが、本当に仲間の存在っていうのは心強いものです。

 一人ではできないことでも、仲間がいればできる。当たり前ですけど、大切なことじゃないでしょうか?

 とまあ、作者の高校時代の経験を元に書いたりもしちゃってるわけですが(^^;

 とにかく、これで章はまた一つ成長できたんではないでしょうか。


 さて次回ですが、上にも書いたように体育祭編の前編です。

 一応、ある特定のヒロインをフィーチャーして書こうとは思っています。

 誰になるかは……お楽しみに! ヒントらしいヒントは今回はナシ(笑)


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ

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