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第三十六頁「運命のフリータイム」

 目が覚めると、そこは見慣れた風景だった。


 ―――けど、そこは目が覚めた時にいるべき、自分の部屋ではなくて。

 差し込む光も、朝の白じゃなくて別のなにかで。

 そして何より、そこに流れる空気がいつもと違っていて―――。



 (なんで生徒会室にいるんだっけ……?)


 気がついたら“ここ”に立っていた。

 今まで何をしていたのか、これから何をしようとしていたのか……全然思い出せない。

 ただただ、漠然とした感覚で立っている。


 でも、頭の中は空っぽに近いのに、心だけはいつもより満ち足りていた。

 満足感、充実感、達成感―――そういう正の感情でいっぱいだった。




 気がつくと、目の前に少女が立っていた。


 見慣れた姿。

 思えば、彼女の存在はこの場所と結びついていると言っても過言でない気がする。



 (つばさちゃん……)


 いきなり現れたことへの疑問はない。

 ただ感じたのは、彼女から発せられるいつもと違う空気。

 切なさと甘酸っぱさとが混じりあったような、重さと優しさを同時に含んだ空気。

 そしてそれは、今の生徒会室の異質な空気を作り出していた。




 (…………)


 何も言わず、あるいは何も言えずにお互い見つめ合う。


 こちらを真っ直ぐに見つめるつばさちゃんの瞳には、いつも以上に強い意志の光が宿っていた。

 その強い光に魅入られたか、あるいは射抜かれたように、僕はただ立っていることしかできない。




 「章くん―――」


 どのくらい時間が経っただろうか。

 やがてつばさちゃんの唇が動き、言葉を紡ぎ出す。

 しかし、それが音になることはなかった。


 間違いなくつばさちゃんは何かを言っている。

 だが、僕の耳にはまったく届いてこない。




 (なにを言ってるんだつばさちゃんは……)


 確かに目の前で、彼女は何か言葉を発しているのに僕には何一つ理解できない。


 さらに、耳がいかれてしまったのか、他のあらゆる外界の音もカットされる。

 そしてそれだけでなく、曖昧だった意識がさらに遠のくようにして消えていく。



 「章くん―――」


 意識が完全になくなる寸前、つばさちゃんが僕を呼ぶ声が、もう一度だけ聞こえた―――。






 ………






 ………………






 『せんぱーい! 朝ですよせんぱーい! 今日も元気に学校いきましょー! せ・ん・ぱーい!!』



 ―――カチッ



 小春ちゃんのメッセージを止める。

 ……朝か。

 今度はちゃんと自分の部屋。



 「さっきのは……夢、だったのか?」


 ファンタジックなくせに妙なリアリティーがあって変な夢だったな……。

 それでいてあんまり嫌な感じはしない。

 ……ホント、不思議な夢だ。




 まあ、それはともかくとしてだ。

 小春ちゃんの言うとおり、今日も元気に行こう。

 何たって今日は大一番も控えてることだし。


 ……そのためにはまず、朝飯といくか。






 「おはよう」


 「おはようお兄ちゃん。

  さすがに今日も早いね」


 「僕だって生徒会の副会長なんだから。

  学祭の朝に早起きしなきゃいつ早起きするって話だし」


 「あはは、それもそうだよね。

  でも、早起きはいつでもすればいいと思うな、私は」


 「まっ、努力はするよ……」


 そんな軽口を叩き合いながら、あやのと朝食をつつく。

 最近は僕が早い時間から学校に行く関係で、こうすることが以前より格段に多くなっていた。



 「そういえばあやの、いよいよ今日だな、バンドの演奏。

  調子はどうなの?」


 「うん、そうだなぁ……演奏そのものは、もう完成の領域に達してると思うよ。

  特に例の声優さんの曲は、愛美が上手いのもあってかなりいいんじゃないかな

  ……でも」


 「でも……なに?」


 「演奏はともかく、メンタル的な面が、ちょっとね」


 「メンタル的な面……」


 確かに、ライブはステージ企画の目玉でもあるから、人出は一番多い。

 そんな中でパフォーマンスをするんだ、緊張するなという方が無理な話か。



 「ふ〜ん……あやのも意外とそういうの弱いんだな」


 「私は大丈夫なんだけどね」


 あっ、やっぱりか。

 言ってから思ったが、よく考えたら小さい頃にピアノのコンクールとかにも出てたんだし、

 舞台慣れはしてるよな。


 明先輩も緊張とは縁がなさそうな人だし、光もバンド経験者だからライブには強いはずだ。



 「じゃあ、小春ちゃん?」


 「ハルはむしろ本番に強いぐらいだよ。

  ……って言うかお兄ちゃん、ホントは見当ついてるんでしょ?」


 「うん、まあ。

  一緒にカラオケ行った時の様子とかで、何となく」


 ―――やっぱり愛美ちゃんか。



 「愛美ちゃん、緊張とかに弱いんだ?」


 「そうなるかな……。自分でも、人前に出るのは苦手だって言ってたし。

  元々歌は上手いから、技術的な面は問題ないって言うか、むしろ引っ張ってるぐらいなんだけどね。

  でも、今ひとつ自分に自信が持てないでいるみたいで……そういうのもあるんだと思う」


 「そっか……」


 かなり練習してきているんだろうに、それでも不安を払拭できないってのは……相当重症かもしれないな。

 前からそういう部分はちょっと心配だったんだけど……どうも現実になってしまったらしい。



 「お兄ちゃん、愛美が心配?」


 「ん? そりゃ、まあ……」


 「そうだよね〜。お兄ちゃんってば、ずいぶん愛美のこと可愛がってるもんね」


 「バッ、バカ! そういう意味じゃないって! 愛美ちゃんは、その……大事な後輩だし」


 「そっかそっか〜、大事な後輩か〜♪」


 ……あやの、お前絶対に分かってないだろ。目が完全に笑ってるし。



 「ったくもう……」


 「そんなに怒らないでって。

  でもさ、そんなに心配なら、出番の前にちょっと声かけてあげてよ。

  お兄ちゃんが進行役やるんだから、どうせ近くにいるんでしょ?」


 「それぐらいならいくらでもやるけど……僕なんかでいいのかな?」


 バンドメンバーのみんなだって、ここまで色々と励ましてきたのだろう。

 今さら僕が出てきたところでそんなに変わらない気がするけど―――。



 「分かってないな〜、お兄ちゃんは。お兄ちゃん“でいい”じゃなくて、お兄ちゃん“じゃなきゃ”ダメなの!

  いい、ちゃんと声かけてあげるんだよ? じゃないと晩ご飯作ってあげないんだから」


 「わっ、分かったよ」


 「うん、よろしい」


 半分あやのに圧倒されるようにして頷いてしまった。

 ……何をムキになってんだろ?


 ―――まあ、声をかけるぐらいで愛美ちゃんの緊張がほぐれるなら、いくらでも声をかけよう。

 それぐらい、あやのと約束するまでもなくするつもりだったし。


 とにかく、愛美ちゃんだけじゃなくて僕にとって大事な人たちばかりがいるバンドだ。

 結局、メンバー集めぐらいしか手伝ってないけど……。

 今日はせめて、ライブの成功を祈らせてもらうことにする。


 文化祭2日目の今朝、そんなことを思った。





 ………





 ………………





 『―――と、このようにこの期間は盗難なども多いので、生徒諸君は注意して―――』


 体育館での全校合同ホームルーム。

 各教室は既に模擬店の準備なんかで、とても朝のホームルームができる状態ではないので、こういう形態をとっている。


 前では指導部の先生がご高説を打っているが……かったるいことこの上ない。

 あのベタベタとした嫌味ったらしい話し方はどうにかならんのか。


 大体、ホール発表でも今と同じこと言ってたし。

 ―――しかも貴重な時間を浪費しながら。


 前で話している先生、昨日は割り当ててあった時間を大幅にオーバーしながら喋り続けるという悪行をぶちかましたのだ。

 外部のホールだから、ただでさえ貸し出し時間とかの関係でスケジュールギリギリだって言うのに……。


 まあ、結局最後は各所の努力もおかげでなんとか時間内に終わることができたんだけど。

 僕たち生徒会はもちろんのこと、発表する各部活のメンバーなどなど、みんなが精力的に動いていた。

 一人ひとりの協力あってこそ―――なんて言うけど、まさにそんな感じだな。




 そういったスケジュール面もそうだけど、発表の中身はそれ以上に充実していたと思う。


 我らが生徒会のオープニングパフォーマンスは大成功。

 当初からの予想通り、つばさちゃんや工藤の演技は特にウケがよかった。

 ダンスも特にミスはなく、まずは堂々と春夏秋冬祭の幕開けを飾ることができたんじゃないだろうか。


 それから、吹奏楽部・合唱部・邦楽部などなど……文化部の発表があったわけだが。

 ―――やっぱり一番印象的だったのは、怜奈ちゃんがいる演劇部だ。


 演劇部、と言うよりは怜奈ちゃんその人。

 部として今ひとつというわけじゃなく、怜奈ちゃんが抜群に目立っていたのだ。


 何て言うか……さすがの一言しかない。

 主役ではなかったものの、それでも舞台上でひときわ存在感があった。

 素人目でも分かるぐらいなんだからよっぽどなんだろう。


 ……あれだけ演技力があって、その上めちゃくちゃ可愛とくれば、そりゃ人気も出るわな。

 今さらながら、怜奈ちゃんが志木高のアイドルと呼ばれる所以が分かった気がする。

 まあ、だからと言って今までと付き合い方が変わるとか、そんなことはないけど。

 本人もそこは望むところじゃないだろうし。




 ―――こうして学校祭一日目を振り返ってみると、色々ありはしたが、ひとまず成功と言っていいだろう。

 滑り出しとしては快調だ。

 まだ先は長いけど、この調子で最後までいけたらいいな―――。











 『―――ということで、これで合同ホームルームは以上。……解散!』


 司会役の華先生の言葉で、体育館が一気に騒がしくなる。

 祭りを前にしてずっと抑制状態だったんだ……無理もないよな。




 「……さて、どうしたもんかな」


 解散は大いに結構なんだが、これからどうするかのプランをあまり決めていなかった。

 一応、僕は昼過ぎまでフリーで、その後はクラスのシフト、それが終わればいよいよバンド演奏にかかることになる。

 シフトの後はほとんど時間がないから、午前中さえ時間を潰せばいいわけなんだけど……。



 「―――とりあえず、新聞部と漫研は行っとくか」


 どっちも製作には完成品まで見る余裕はなかったからな。出来上がりが気になる。

 何のかんのと、自分もかなり深く関わったわけだし。


 ……それに、どのぐらい人が来るかも気になるポイントではある。

 あまりこういう事は言いたくないのだが、部としての存続もこの文化祭にかかっていることも忘れちゃいけない。


 よしっ、そうと決まればさっさと動こう。

 移動先で誰かに会えれば、後はその人と一緒にいればいいんだし。


 とりあえずの指針を決めた所で、自分の足を漫研の展示会場へと向けた。




 ………




 ………………




 それにしても……どこに隠れてたんだってぐらいに人がいるな。

 ここに一般入場者も加わったら一体どうなるんだ……。


 まぁでも、人がいないよりはいるに越したことはない。

 ここはむしろ喜ぶべきか。

 ……移動はもう少し楽になってほしいものだが。




 ―――とりあえず、漫研の展示会場である漫研室までやって来た。

 いつの間に用意したのやら、飾りつけもされていて見栄えはいい。

 突っ立っていてもしょうがないし、まずは中に入るか。




 「あっ! やっほー章くん!」


 部屋に入るなり、未穂ちゃんの元気のいい声が迎えてくれる。

 ―――と、同時に室内にいる全員の視線が僕に集まる。

 ……そんなに見ないで、皆さん。



 「みっ、未穂ちゃん……。

  できればもうちょっと声のトーンを落としてほしいかも……」


 「にゃはは、ゴメンゴメン〜」


 ……無視されるよりは嬉しいけど、他の客だっているし、あんまり派手な出迎えは少し恥ずかしいぞ。

 当の未穂ちゃんはあまり気にしてないみたいだけど。



 「わざわざ来てくれてありがとう」


 「いえいえ。それより、調子はどうかな?」


 「まだ始まったばっかりだから何とも言えないけど……うん、評判はよさそうだよ。

  今年は、新作は一冊しか出せなかったから旧作も出してるんだけど、そっちも好評みたいだし」


 「そっか……ならよかった」


 確かに、開始直後の割にはちゃんと人も来ている。

 正直なところ、閑古鳥が鳴いている可能性を考えてなくもなかったけど……。

 どうやら、漫研の、そして未穂ちゃんの力を甘く見ていたようだ。



 「最近、ドラマとかの影響で漫画とかアニメに興味持ってくれる人が増えたしね。時期もよかったよ」


 「なるほど、そういう事情もあるのか……」


 「出し物も、そういう系統のが多いし。確か章くんのクラスもメイド喫茶でしょ?」


 「加えて執事喫茶、ね」


 「にゃはは、楽しそうだね♪ 後で優子とか怜奈と遊びに行くよ。

  章くんの執事姿も気になるし♪」


 「……カンベンして」


 そんな組み合わせが来たらオモチャにされる可能性大だ。

 来るなとは言わないけど、せめてシフト外の時間に来てくれることを祈ろう。



 「さて……あんまり邪魔するもんでもないし、漫画読んだらもう行くよ」


 「うん。わざわざ来てくれてありがとう。

  それじゃ、またね」


 ひとまずその場は未穂ちゃんと別れ、展示の漫画を一通り読んでから漫研室を後にする。

 相変わらず未穂ちゃんの漫画はいいな……今度はもっとじっくり読みたいもんだ。


 とりあえず漫研はけっこう盛り上がってるみたいだし、一安心だ。

 ってことで次は近所の新聞部に行ってみよう。






 ―――勝手知ったる新聞部室……ではあったが、その様相はやはりいつもと違っていた。

 ここも漫研室と同じく飾り付けられていて、学校祭モードって感じだ。

 ……それにしても、二人とも飾りとかはいつ準備してたんだろうか?



 「おじゃましま〜す」


 ……よし、今度は熱烈歓迎はないな。


 室内もいつもとは違い、展示用にレイアウトが変更されていた。

 その中を、展示の新聞には目もくれず一直線に優子ちゃんの所を目指す。



 「おっ、いらっしゃい章くん。今日はコーヒーはないけど、いつもみたいにゆっくりしていってよ」


 「そりゃどうも。

  結構、盛況みたいだね?」


 室内にはそれなりに人がいる。出だしとしては悪くないだろう。



 「うん、まあね。元々、SHIKIそのものへの関心ってけっこうあるから。

  だから、客足は心配してないよ」


 「そっか……」


 後の問題は、そこから一歩進んで入部希望者が出てくれるかってことだ。


 展示を見学している人の様子を見ると、反応はかなりいい。

 じっと紙面に見入ったり、中にはうなづいてる人もいるし、誰一人として適当に読んでいる人はいない。

 これは……こっちも心配なさそうだな。


 ―――実際に来てみて、様子を自分で確かめるまでは不安な部分もあったけど……。

 そんな不安はもう吹き飛んでしまった。どっちの部活も好評そうでなによりだ。



 「もしかして……心配してくれてた?」


 「そりゃね。僕だって手伝ったんだし、こことは関係が深いんだし。

  それを抜きにしても、優子ちゃんは友達だしさ」


 「くぅ〜! 嬉しい事を臆面もなく言ってくれちゃってさ、章くんってば!

  わたしゃホントに嬉しいよ! 優しいね〜章くんは」


 ここまで感動してくれると、僕まで嬉しい気分になってくる。

 来た甲斐があるってもんだ。



 「それでさ。その優しい章くんはこれからどうするの?」


 「えっ? ああ、それなんだけどさ……特に何も決めてなくて。

  誰かと回る約束とかもしてないし、ここを出たらどうしようかなって思ってたぐらいだから」


 「ふむふむ……要するにヒマってことだよね」


 「まあ、そうなるかな?」


 そうして僕が自らのヒマを肯定した瞬間、優子ちゃんの目が怪しく光る。



 「ふっふっふ〜! じゃあ、学祭を一緒に回る彼女もいない可愛そうな章くんにナイス情報をあげよう!」


 「余計なお世話だって! ってか、目が絶対にいいこと教えてくれる目じゃないんだけど!?」


 「はいはーい、細かいことは気にしないの〜。

  それじゃ本題いくわね。

  ―――実はね……つばさが今自由時間なのだー!」


 「…………」


 ―――それで? と思わず聞き返しそうになった。

 そりゃ、仕事がなければ自由時間だろう。


 つばさちゃんは忙しい身だ、貴重な自由時間に違いない。

 ……が、それが特に僕にとってナイスな情報とはとても思えない。



 「ちょっとちょっと、そんなにポカーンとすることないでしょ」


 「う〜ん……そうは言ってもなぁ。そりゃ、一緒に回れるものなら一緒に回りたいけど。

  でも、これから人もどんどん増えるし、探そうにもちょっと無理があるんじゃ……」


 「や〜だな〜章くん。私がそんな当てずっぽうでこんなこと言うと思う?」


 そう言って優子ちゃんはニカっと笑うと、新聞部室内の一点を指差す。

 ―――そこに立っているのは現志木高生徒会長、福谷つばさちゃんその人だった。



 「……もしかして、何か企んでる?」


 「知らない知らない! 男の子なら、そんな細かいことは気にしないの!」


 ごまかすって事は何か企みがあったんだろう。

 ほんっとに抜け目がないというか何と言うかだな……。



 「ホラホラ、ぼ〜っとこんなトコに突っ立ってないで、さっさと行ってこい!」


 「へっ?―――っておわっ! ちょっ、ちょっと!」


 急に押されたからバランスが!



 「またのご来場をお待ちしておりま〜す♪」


 反論する間もなく、優子ちゃんの声が背中から響いてくる。

 ……ったく、おもしろいこと好きなんだから。



 「おわっ……っとっとっとっとぉ!」


 バランスを崩しながらも、どうにか立ち止まった。

 やれやれこれで一安心……と、顔を上げたその時。



 「あっ、章くん!?」


 つばさちゃんの顔が至近距離にあった。

 お互いの息遣いすら感じられる距離。

 ―――瞬間、心拍数がバブル期の地価よろしく、急上昇する。



 「うっ、うわぁ!? ごっ、ごめんつばさちゃん!」


 「いっ、いえ! だだだ、大丈夫です!」


 そしてお互いに飛びのくようにして距離をとる。

 ……は〜、いろんな意味でヤバかった。

 まだ心臓がバクバクいってるし。



 「えっと、あの、その〜……ゴメン。ちょっと色々あって、急に背中を押されたもんだからさ。

  バランス崩しちゃって……ほんとにゴメン」


 「あっ、ううん。いいの、気にしてないから……。私こそ、大きな声出しちゃったりして、ごめんなさい」


 お互いひとしきり謝ったところで、話を続ける。



 「あの、それでつばさちゃんはどうしてここに?」


 「私は、優子の展示だから興味があってのぞきにきてたから、それで。章くんは?」


 「僕も似たような感じ。もしかして、一人?」


 「うん。章くんも……そうなのかな?」


 「そう。みんなとシフトとか係の関係で時間が合わなくてさ……。

  一人で回ってたんだけど……」


 そっか、つばさちゃんも一人か……。

 優子ちゃんから聞いた話はデマじゃなかったらしい。

 大方、一緒に回らないかと誘われでもしたんだろう。


 ―――さて、どうしたものか?

 目の前には一人でいるつばさちゃん。

 そして僕も同じく一人。



 「えっとさ、つばさちゃん……その、よかったらなんだけど……文化祭、一緒に回らない?」


 お互い知らない仲じゃない、むしろ親しい友達。

 だったら、この流れで誘わない話はないだろう。


 少し間があってから。



 「……うん、喜んで」


 まださっきの恥ずかしさが残っているのか、ちょっと照れたように頷くつばさちゃん。

 ―――さっきとは違った意味でドキッとしたぞ、今。



 「そっ、それじゃあいこっか! お互い、あんまり時間もないみたいだし」


 そんな自分の反応をごまかすように、つばさちゃんを連れて歩き出した。

 ―――多分に優子ちゃんの陰謀を感じつつも、少しだけ感謝もしながら。





 ………





 ………………





 さて、勢い込んで歩き出したはいいけど、やはりノープランなのには変わりない。

 ……まあ、今は僕一人じゃないんだし。ここはつばさちゃんの意見を聞いてみよう。



 「つばさちゃんは、どこか行きたいところとかある?」


 「う〜ん……私は章くんが行きたいところでいいよ」


 それがないから困っているのだが……まあ、そう言うなら仕方ない。

 ちょうどよく目の前にお化け屋敷をやってる教室が見える。

 とりあえずはここで。



 「じゃあつばさちゃん、お化け屋敷でいい?」


 「お化け屋敷……入るの?」


 「まあ、そうなるけど……もしかして、苦手だった?

  もしそうなら、別に無理しなくても―――」


 「だっ、大丈夫! 大丈夫だから……並ぼう?」


 口ではそう言っているものの、笑顔は完全に引きつっている。

 ……ホントに大丈夫なのか?




 『キャーーー!!』


 時折、部屋の方から女の子のものと思しき悲鳴が聞こえてくる。

 こういう出し物のお化け屋敷って大抵チープなものが多いんだけど、このクラスはそうでもないらしい。

 その証拠に、結構本気の悲鳴も聞こえてくるのだ。



 「……ひぅ」


 「つばさちゃん……?」


 「だっ、大丈夫だよ!」


 そしてそういう悲鳴が聞こえてくる度、つばさちゃんは小さく震えていた。

 これはこれで可愛いものがあるんだけど……絶対大丈夫じゃないな、こりゃ。

 本人強がってるけど。



 「つばさちゃん、さっきも言ったけど、別に無理しなくてもいいんだよ?

  どうもこういうの苦手みたいだしさ」


 「…………」


 そのまま押し黙るつばさちゃん。

 列は少しずつ進んでいき、間もなく僕らの番というところまでくる。




 「―――大丈夫」


 「えっ?」


 「章くんとなら、苦手なことだって乗り越えられると思うから……。

  だから章くん……その……私から離れないでね?」


 「うっ……うん」


 さっきよりもずっと顔を真っ赤にしながら、つばさちゃんはポツリと言う。

 最後の方はほんの小さな声だったけど、それでもちゃんとした言葉になっていた。

 ……だからそういうことされると可愛いって。


 やがて、いよいよ僕たちの番になる。

 つばさちゃんは相変わらず震えたり短い悲鳴をあげたりしていたが、それでも入室を渋ることはなかった。



 「じゃあ、行こうか?」


 「はっ、はい!」


 緊張のあまりなのだろうか、つばさちゃんの返事は固いものになっていた。

 今さらながらやはり不安になりつつも、入り口のドアを開く。




 ―――ガララ




 一般教室を改造したお化け屋敷は、いかにもなBGMが流れていた。

 中に入った瞬間、まるで別世界に迷いこんだかのような錯覚に陥る。


 その中で、僕たちは一歩、また一歩と前進していった―――。




 ………




 ………………




 「はぁ、はぁ、はぁ……ひぃ、ふぅ……はぁ、はぁ、はぁ」


 ―――大体5〜6分ほど経っただろうか?

 叫び疲れたのであろう、息も荒くボロボロのつばさちゃんと共にお化け屋敷を突破した。



 「……つばさちゃん、大丈夫?」


 「はふ〜……だいじょうぶれす〜……」


 ……こんなボロボロのつばさちゃん、初めて見たな。

 よっぽど苦手だったんだな、こういうの。


 順路の途中でも、これでもかってぐらい恐がってたし。

 あれだけ恐がれるなら、ある意味来た価値があるってもんだ。


 ……その度に悲鳴をあげながら腕に抱きついたりしてくるのは少し困ったような、嬉しいような……だったけど。

 不謹慎ながら、感覚がまだ微妙に残っている気がして少しだけバツが悪い。

 けど、それがまた嬉しくもあり……って、なに考えてんだ僕は。

 ひとまず、つばさちゃんをどうにかしなきゃ。



 「つばさちゃん、次はもうちょっと落ち着いたのにしよう……っていうか、少し休もうか?」


 「……うん。ゴメンね章くん、迷惑かけちゃって……」


 「いいっていいって。こういうのも楽しいし。

  そうだなぁ……ちょっと気が進まないけど、あそこに行くか」


 ―――あそこ、とは2−Aだ。喫茶店だし、休むにはうってつけだろう。

 ……茜ちゃんや翔子ちゃんがシフトに入っていなければの話だが。

 とりあえず、そうでないことを祈っていよう。






 「それにしても、つばさちゃんはどうしてあんな無茶を……?

  行く当てがあってあそこにしたわけじゃないんだし、他の場所でもよかったんだよ?」


 「うん……本当は自分でもよくわかってないの。

  でもね、章くんとなら、何となく大丈夫そうな気がしたんだ。

  多分、他の人とだったら入ることすらできなかったと思うし」


 「……つばさちゃん」


 『章くんとなら、苦手なことだって乗り越えられると思うから』


 つばさちゃんがさっきそう言っていたことを思い出す。


 そこにどんな意味があるのかはよく分からなかったけど……

 それでも、つばさちゃんにとって大事な意味の言葉なんだというのは察しがついた。



 「だから、せっかく章くんと一緒なんだから、普段はやらないこともやってみたいって思ったんだ。

  私……楽しかったよ、お化け屋敷?」


 「……そっか、ならいいんだ」


 ひとまずはそうしておこう。つばさちゃんが楽しんでくれてるなら……それはそれでいいじゃないか。



 「私はあんまりお祭りとか行ったことなくて……。

  だから、どんなことでも楽しいって思えるんだ」


 「……うん」


 お嬢様育ちだもんな……島外の学校出身らしいけど、そこの学祭もこんなんだったとは考えにくい。



 「……だから本当はね、一人で回るの、ちょっと不安だったんだ。

  そんな時、章くんが突然やってきて私のことを誘ってくれて……嬉しかったよ」


 「つばさちゃん……ははは、なんか照れるな」


 「私も、言っててちょっと恥ずかしいかも……。

  でも……ありがとう、章くん」


 そう言って微笑むつばさちゃんはいつもよりずっと可愛く見えて……。

 またしても左胸の辺りが騒がしくなったのを感じた。


 ……とりあえず、祭りのこの浮かれた雰囲気のせいってことにしておこう。




 ………




 ………………




 ほどなくして、2−A教室についた。

 とても毎日来ている場所とは思えないほど、大きく様変わりしている。

 学祭効果ってとこだろうか?




 「いらっしゃいませ……って、章じゃない? それに―――福谷さん?」


 「ゲッ、茜ちゃん!?」


 悪い予感的中かよ!?



 「こらこら、言うに事欠いてゲッはないでしょ、ゲッは。

  シフトなんだから、あたしがいて当然じゃない。その時間にきたアンタが悪い」


 「へいへい……」


 ……どうせこんなことじゃないかと思ってたよ。

 まあちゃんと席に案内してくれるし、仕事はしてくれるんだからそれでよしとしよう。



 「それより、二人とも一緒に回ってるんだ?」


 「はい。章くんに誘ってもらって」


 「……そう、なんだ?」


 「えっ、ああうん、まあ。成り行きでって言うか、そういう流れでって言うか」


 「ふ〜ん……そっか、章から誘って、ねぇ……」


 納得したような台詞を漏らしながらも、表情が伴っていない茜ちゃん。

 何か気になることでもあるのだろうか。



 「茜ちゃん、どうかした?」


 「別に……なんでもない。章はコーヒーでいいわよね? 福谷さんはどうする?」


 「私は……それじゃあ、カフェオレで」


 「はーい。それじゃあ、ちょっと待っててね」


 オーダーを取ると、メイド服姿の茜ちゃんはさっさと行ってしまった。

 ……なんか引っかかるんだよな。表情といい、セリフといい。

 それは衣装からくる違和感ではないはずだ。


 何て言うか……そっけない感じ?

 いつもの茜ちゃんなら、もう少し僕たちと会話してるようなもんだけど……。

 入った時からそうだけど、今日は必要最低限の会話しかなかったと思う。


 別に店が混んでるわけでもないし、余裕はあるはずだけどな……。



 「……? どうかしたの章くん」


 「いや、なんでもないよ―――」


 茜ちゃんのことは確かに気になるが……それは他の女の子に言うもんじゃないだろう。

 いくら僕でも、それぐらいは分かってるつもりだ。


 それに、気になるといえばつばさちゃんのことも何となく気になるし。

 流れでこうなったものの、それにしても色々ありすぎる気がする。


 つばさちゃんの方は茜ちゃんとは逆に、ちょっと積極的な気がする。

 まあ元々強情なところはあるけど、さっきのお化け屋敷なんかもそうだ。


 ―――学祭でみんなちょっと雰囲気が変わって見えるんだろうか?






 (……何だかなあ)


 学祭2日目、なんとなく波乱の予感を含みつつも、運ばれてきたコーヒーに口をつけるのだった―――。

 ども〜作者です♪

 Life三十六頁、いかがでしたでしょうか?


 やっとこさ学祭が始まりました。

 んで、初回そうそう章がやらかしてますが……見守ってやってください(笑)


 当初はちゃんと一頁分の長さになるか少し不安でしたが、思いのほか長くなってビックリ(^^ゞ

 まあ、色々要素もぶち込んでますし(笑)

 楽しんでいただけたら幸いです。


 次回はもちろん学祭編その2!

 文化祭の後編となってます。

 誰の話になるかは……みなさんもう分かりますよね!?

 分からない人は……この話を頭っから読み返してみてください(笑)


 それではまた次回お会いしましょう!

 サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ

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