第二頁「章の日常」
一時間目は英語か……。
朝から運動して目が覚めたせいか、あまり眠くはないが―――退屈だ。
華先生だから何とかおもしろおかしくやってくれているけど、
他の先生だったら、多分すぐ寝てしまっているだろう。
「ふあぁ……」
前言撤回、やっぱり眠い。
華先生の授業だろうがなんだろうが、眠いものは眠い。
正直な話、国語と体育以外の授業は全部眠い。
「それじゃあこの英文を……そこであくびしてる、桜井に訳してもらおうかな?」
「うぇ!?」
運悪くあくびの現場を目撃されてしまい、当てられてしまった。
「夜更かししたツケが回ってきたわね、章」
立つ時に、隣の席の茜ちゃんに皮肉を言われたのが悔しい。
それにしても……参ったな、予習してないや。
まあ、予習なんて、数えるほどしかしたことないけど。
「え〜と―――」
口からでまかせを発する。
黙ってるよりはマシだろう。
「……予習してないのが丸見えよ、桜井。
英語は予習が肝心なんだからね。
まあいいわ。それじゃあ、島岡、今のところ、もう一回よろしく?」
「はい。―――」
次は、前の席の翔子ちゃんが当たった。
……さすがは翔子ちゃん、スラスラと答えている。
伊達に成績優秀で通っていない。
「よろしい。桜井、分かった?」
「は〜い」
「それじゃ、君には他の問題に正解できるまで、立っててもらおうかな」
「……ふぁ〜い」
あ〜あ、一回のあくびでとんだ災難だ。
―――っていうか、他の問題も答えられそうにないんですが、華先生?
……この時間一杯は立ってないとダメかも。
―――キーンコーンカーンコーン
やがて、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
ようやく、50分間の苦闘が終わったのだ。
「それじゃあ、1時間目はこれまで。今日も1日、しっかり頑張りなさいね」
「起立。気をつけ〜、礼」
当番の号令がかかり、1時間目が終わる。
昼休みまで、後3時間か―――
「章、とうとう最後まで座れなかったわね」
「それを言わないで……」
あの後、僕は問題のたびに当てられたのだが、ついに1問も正解できなかった。
……予想通りといえばそうなのだが、こんな予想が当たってしまうのも寂しいものがある。
「アンタだって、勉強すれば結構いい所までいけるんだからさ、
ちゃんと毎日予習しなさいよ?」
「分かってはいるんだけどね、ははは……はぁ」
痛い所を突かれて、苦笑した挙句にため息。
遅刻寸前だったし、どうも今日は朝からついてない。
「予習はしてないけど、相変わらずモテモテみたいね、あ・き・ら君♪」
「しょ、翔子ちゃん……ちょっとキャラが違うような気が―――」
少なくとも、こんなに可愛らしい声を出すタイプじゃないはずだ。
「細かいことは気にしないの。ちょっとノリでやってみただけなんだから。
そんなことより、お客さんよ。隣のクラスから」
「隣のクラス―――ああ、分かったよ。
ありがとう翔子ちゃん」
「……章って、今ひとつ冴えないのに、何かと女の子に囲まれてるのよね。
今の子もそうだし、委員長の福谷さんとも、けっこう仲がいいみたいだし」
「茜、あなたもその一人だってこと、忘れてない?」
「あっ、あたしは別に、そんな……あいつとは、ただの幼なじみだし。
長年の習慣ってやつよ」
「はいはい、分かったわよ。
ただの幼なじみだから、毎朝一緒に登校してきたり、いっつもべったりなのね」
「だから、そうじゃなくって―――」
ドアに向かう時に、後ろから茜ちゃんと翔子ちゃんの微妙な会話が聞こえてきたけど……忘れよう。
翔子ちゃんが茜ちゃんをいじるのはいつものことだし。
……僕まで巻き込むのは勘弁してほしいが。
ちなみに言うと、僕だってそんなに女の子に囲まれているわけじゃない。
茜ちゃんや翔子ちゃんの気のせいだ、多分。
「やっほー、桜井君♪」
「おはよう、川科さん」
僕を訪ねてきた客というのは、お隣1−Bの、川科優子さんだ。
いつも朝から元気で、羨ましい限りである。
「早速で悪いんだけど、原稿の方できたかな?」
「うん、大丈夫。今週も締め切り厳守だよ。
えっと……これでいいかな?」
そう言って、川科さんに原稿用紙を渡す。
原稿というのは、新聞部が発刊している、『WEEKLY SIHKI』という学校新聞に掲載する、
僕が連載しているコラムの原稿だ。
何やら、けっこうな人気コーナーになっているらしい。
新聞部の川科さんが言うんだから、間違いないんだろう。
「うん、大丈夫。相変わらずいい仕事してるわ〜」
「いやあ、それほどでもないよ」
何と言っても、夕べになって思い出して、慌てて書いた一品だ。
むしろ、こっちが申し訳ないぐらいである。
「今日も何か手伝おうか? 人手不足なんでしょう?」
新聞部は、部員が2年生が3人と、1年生は川科さん1人しかいない。
2年生は、掛け持ちだったりで色々と忙しいらしく、毎回は来れないみたいだ。
よって、川科さんが中心となって『SHIKI』を作成せねばならない訳で……。
編集作業の時には、僕が臨時で手伝ったりしている。
まあ、準部員といったところだ。
「痛いところをズバッと突くわね、桜井くん……。
でも、そっちから言ってくれるなら話が早いわ。
お願いできる? お茶もご馳走するし」
「分かった。それじゃあ、放課後に部室で」
「りょーかい、またね♪」
そう言って別れると、教室移動なのだろうか、川科さんは小走りに去っていった。
―――僕も、次の授業の準備しなきゃな。
………
………………
二時間目、三時間目、四時間目と流れるように時間は過ぎて行き、あっという間に昼休みになる。
束の間の自由を獲得だ……。
机の上でうだっていると、疲労の次は空腹が襲ってくる。
お昼にするとしよう。
今日も、昼はあやの作の弁当だ。
あやのの弁当は、味も見た目もいい。
大抵は前の日の夕食の残りで作るのだが、それでここまでの弁当を作るのだから大したものだ。
さすがに、桜井家の台所を任されているだけのことはある。
3年前、母さんが海外へ行く事になった時はどうなるかと思ったけど……。
どうにかなるどころか、それ以上の腕前にまであやのは成長した。
炊事の他にも、洗濯や掃除など、家事全般を毎日やってくれてるので、僕としては大助かりだ。
別に手伝う意思がないわけじゃないんだけど……。
いつだったか、僕が手伝おうか、と申し出た所―――
『お兄ちゃんに手伝ってもらうと、手間が倍になるから、いいよ』
……とか言われた事もあったっけ。
確かにあやのが言うとおりかもしれない。
それ以来、一度も手伝うと言った記憶が無い。
それでも何も文句を言われないのだから―――やっぱり、手伝うとかえって邪魔なんだろうな……。
とか、どうでもいいようなことを考えながら、一人で昼食をとった。
いつもは茜ちゃん達と食べるのだが、今日はたまたまみんないないようだ。
さあて、食べ終わったら急に手持ちぶさただな。
……日差しもいいし、寝るか。
寝てても、朝と同じく茜ちゃんが起こしてくれるから、とりあえず安心だ―――
………
………………
「ほらあ、章! 学校きてまで、あたしに手をかけないでよ!」
「ん……ああ。
ありがとう茜ちゃん、起こしてくれて」
予想通りの展開だ。
「ホントにアンタは、いつでもどこでも寝ちゃうんだから……」
「茜ちゃんが起こしてくれるって、信じてるからね」
「こんな程度のことで信じてもらっても困る!」
うう……一応は感謝の意を述べたつもりなのに、一喝されて終わってしまった。
まあ、半分どころか、7割ぐらいは冗談だが。
「はあ、こりゃ明日が心配だわ……」
「明日って?」
「明日はソフト部の朝練があるから、起こしに行けないのよ。
あたしはまず遅刻しないだろうけど……アンタはねえ」
そこでため息をつかれる。僕ってそんなに信用がないのだろうか?
「大丈夫だって。毎週のことでしょ、朝練なんて?
僕のことは心配しなくても、全然問題ないから」
「そりゃ確かに毎週のことだけどね、最近のアンタ見てると、どうにも不安なのよね……」
そこまで不安そうな顔をされると、僕も一人で起きる自信が揺らいでくる。
「あっ、そうだ! いいこと思いついた♪」
「へ?」
「章、明日の朝を楽しみにしてなさい♪」
何やら茜ちゃん、えらく楽しそうだ。
長年の経験からいって、聞いたところで何も教えてくれないだろう。
まあ、明日の朝になれば分かることだし、とりあえず5時間目の準備でもするか―――
………
………………
そうこうして放課後。
長い長い長〜い授業も終わり、ようやく開放された。
周りのみんなもその気持ちは同じらしく、ざわざわと騒がしくやっている。
茜ちゃんと翔子ちゃんは、早くも部活に行ってしまったらしく、この喧騒の中に姿はなかった。
僕も、新聞部室に行くとしますか。
そういうわけで、やってきました新聞部室。
部員数が少ない割に、部室がけっこう大きいのは、川科さんの努力の賜物……だと思いたい。
本当に軽く、申しわけ程度にノックしてから、新聞部室のドアを開ける。
「あっ、いらっしゃい、桜井君♪」
すると、川科さんが心底嬉しそうな声で迎えてくれた。
「今、コーヒー入れるから、ちょっと待っててね」
しかし、毎度毎度思うのだが……何で部室に冷蔵庫やらコーヒーメーカーがあるのやら。
この部屋、お茶会をするには事欠かない場所だな。
冷暖房も完備されているし、案外職員室なんかよりも快適かもしれない。
それでいて部屋の中は片付けられてるし。
さすがに作業中のデスクはそうはいかないけど、
普段から川科さんが整理整頓しているのか、棚などはキレイなものだ。
資料などの数も半端じゃないと思うのだが……僕も少しは見習いたい。
「お待たせ。熱いから気をつけてね」
そう言って、川科さんはいつものようにコーヒーを出してくれた。
相変わらず、インスタントの豆なのに、いい香りを出している。
コーヒー好きとしてはたまらないな。
その技術を、是非桜井家にも伝授していただきたいものだ。
……僕もあやのも、何で毎日のように淹れてるのに、美味しくならないんだろ。
「どうしたの桜井君? 何だか妙な顔になってるけど?」
「えっ!? ああいや、何でもないよ、何でも!
そっ、それより編集始めようか!? 頑張らないと、今日中に終らなくなっちゃうよ?」
「それもそうね。それじゃあ、頑張りましょうか!」
危ない危ない……色々空想して表情まで変化していたとは。
今度からは気をつけよう。いつボロが出るやら分からないし。
とにもかくにも、こうして僕達は編集作業を始めた。
「毎週こんな作業を一人でやってるなんて、川科さんも大変だね」
「そんなことないよ。写真は写真部に撮ってもらってるし、
桜井くんの他にも、漫研の友達に記事を書いてもらってるから」
そう言って紙面の4コマ漫画を指差す川科さん。
漫画研究会、略して漫研。どうやらそこからも記事をもらっているようだ。
確かに、結構な大きさがあるこの『SHIKI』の紙面を、
新聞部だけの力で毎週埋めるのは至難の業だろう。
「へえ、そうなんだ。
……僕の記事も、少しは貢献してるみたいだね」
「少しどころか、大助かりだよ。毎週ありがとうね、桜井くん。
でも、桜井くんって本当に文章書くのが上手いよね。何かやってるの?
今、通信教育とかあるけど、そういうのとか」
「そんなことはないよ。単にものを書くのが好きなだけ。
技術の方も、教えてもらったとかじゃなくて、ほとんど我流だし」
―――そう、自分で文章が上手いなんて自惚れていたら、上達はまず望めない。
だから、いつもこうやってはぐらかすことにしている。
ほとんど我流っていうのは嘘じゃないが。
「ふ〜ん……好きこそ物の何とやらってやつ?」
「まあ、そうかな? 下手の横好きっていうのもあるけどね」
ちょっと自嘲気味にそう言うと、川科さんは「そんなことないよ」と言ってくれた。
………
………………
順調に作業が進む中、ふと何かを思い出したかのように川科さんが口を開く。
「桜井くん、前から言おう言おうって思ってたんだけどさ、
私のことはもっと気楽に、優子って呼んでくれればいいよ。
こうやって桜井くんに手伝ってもらい始めてから、そろそろ一年になるんだし。
いつまでも苗字にさんづけじゃ、なんかよそよそしいでしょ?」
「そう、かな? 別によそよそしくしてるつもりは無いんだけど……でも、分かったよ。
それじゃあ、“優子ちゃん”でいいかな?」
「はい、合格♪
それじゃあ、改めてよろしくね、桜井くん」
笑顔で合格(?)を告げる優子ちゃん。
もしかして、今日は初めからこの事を言うつもりだったのかな?
……まあ、それならそれで。
確かに、優子ちゃんと付き合いを持ってから約1年。
ここらで呼び方を変えてみるのも、悪くはない。
何はともあれ、こうして僕達の新聞部室での放課後は過ぎていった―――
ども〜作者です☆
いかがでしたでしょうか、Life第二頁は?
自分で言うのもなんですが……やたらに1日が長いですね(^^ゞ
1日を書くのに2話とは(笑) キャラ紹介編とはいえ……ちょっと反省。
さて、そんなキャラ紹介ですが今回は新聞部の元気娘、川科優子が登場です。
とってもフレンドリーな彼女ですが、果たしてこれから章との関係はどうなっていくのやら?
そして次回は……お待たせしました!
何度か名前が出ている章の妹、桜井あやのが登場です。
期待しすぎない程度にご期待をば。
それではまた次回お会いしましょう!
その時まで……サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ