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第二十八頁「姉妹の想い」

 ―――ピピピピピピ




 いつもの目覚ましとは違う、無機質な電子音で目を覚ました。

 携帯のアラームかなにかだろうか。


 窓から差し込む陽光がまぶしい。

 ……今日も暑くなりそうだな。



 「おはよう、桜井。ちゃんと起きれたみたいね」


 「おはようございます、華先生」


 華先生と崎山先生は既に着替えていた。

 ただでさえ朝が早いのに、この二人は一体いつ起きたんだ……。



 「昨日はよく眠れた?」


 「ええ、まあ。体も疲れてましたし」


 「そっか、それならよかった。それじゃあ、今日も一日よろしく」


 ……よく眠れた、っていうのはちょっと嘘かも知れないが。

 眠りは深かったものの、色々と思うところがあって、なかなか寝つけなかったからな……。



 「あと10分ぐらいで朝食だから、桜井も着替えたら食堂に来てね。

  今日は茜もあやのもいないんだから、二度寝するんじゃないよ?」


 「大丈夫ですよ。……多分」


 「しっかりね。それじゃ、望と先に行ってるから。

  ほら望、行くよ」


 「ふにゃ〜」


 ……崎山先生は起きてるとは言いがたいかも知れない。

 実際、変なうめき声をあげながら華先生に引きずられてるし。

 朝、弱いんだな。



 「さてと、着替えるか」


 動いてないと二度寝しかねないしな。


 当たり前だがソフト部が全員集合してるんだ。

 そんな所で二度寝なんかしたらどうなることやら……。


 察知できる危機は未然に回避するに限る。



 「ふあ〜あ……」


 ……とは言え、やっぱり眠いな。

 結局、昨夜のことが気にかかってなかなか寝れなかったし。




 『―――高校受験の時だったよ。父親と進学のことで大ゲンカしてさ。

  そのまま、勢い余ったあたしは家出。

  それから後はSeasonのマスターに拾われて、色々あってあのアパートに住むことになったのさ』




 明先輩が一人暮らししてるワケ。

 それは、先輩には似つかわしくないような重い過去にその理由があった。

 言葉は少なかったが、逆にそれが事の重大さを物語っているようにも思える。




 『あの娘、あたしの妹なんだよ。

  まあ、つばさは気づいてないみたいだし、あたしから声かけたこともないけどね』




 そして、つばさちゃんとの関係。

 名字を見てれば気づく話かもしれないけど、あいにくそこまで気にしたことはなかった。


 色んな情報が一気に入りすぎて、相変わらず思考はぐちゃぐちゃだ。

 昨夜だって、もう考えるのはやめるっていう、ごくごく後ろ向きの結論を強引に出したにすぎない。

 確かに、これ以上は明先輩から聞かなきゃ何も分からないけど……。


 ―――って、イカンイカン。また考えちゃってるって。

 僕があれこれ考えてもしょうがないんだ。

 とりあえず今は、大人しくマネージャーの業務に集中しよう。


 今は……それしかできないんだし。






 ………






 ………………






 「―――97、98……」


 とまあ、気を取り直して浜辺で素振りのカウントなんぞやってるワケですが。

 午前中は砂浜で基礎トレーニングで、午後から球場で実戦練習っていう流れは一緒らしい。


 そういうことだから、昨日一通りやってるおかげで仕事そのものに問題はないのだが……。

 どうにもこうにも明先輩に視線がいってしまう。


 他の部員と比べても鋭いスイング。

 当の明先輩は、まるで昨日のことがなかったみたいに集中していた。

 あんな話をしておきながら、涼しい顔して練習に励んでる。


 夜の浜辺でのあの物憂げな感じなんて、どこにも見られない。

 本当にあの先輩と今の先輩が同一人物なのかって思えるほどに。



 「おら桜井! ボ〜っとしてないで、次いくよ、次!」


 「あっ、はい! え〜っと、次は―――」


 その明先輩の声で現実に引き戻された。

 ……仕事、やっぱ問題あるな。


 慌ててしおりのページをめくってメニュー表を開く。

 次はダッシュだった。



 「次はダッシュです! 準備、よろしくお願いします」


 声をかけると、みんなが駆け足で適当に隊列を作る。

 学校でもよくやるんだろう、なれた動きだった。






 ―――ピッ!


 笛の音で四人一組のソフト部員が同時にスタートする。

 砂浜でダッシュって、古典的だけど足腰の強化には効果がありそうだ。




 ―――ピッ!


 あやのを含む組。あやのはトップだった。




 ―――ピッ!


 茜ちゃんと翔子ちゃんの組。こちらは二人ほぼ同時のワンツーフィニッシュ。




 ―――ピッ!


 そして明先輩。……ホント、この人は何やらせてもトップだな。




 それにしても、見てるだけでもキツそうなのが分かる。

 こんなのやった日には、次の日は筋肉痛になること請け合いだ。


 う〜む……改めてソフト部のみなさんを尊敬するよ。

 規則的な間隔で笛を吹きながら、そんなことを考えていた。






 ダッシュをしばらく繰り返して、やがて休憩となった。

 僕は特に重労働をしているわけでもないが、それでもけっこう疲れる。


 昨日の疲れもどうやら抜けきってないみたいだし。

 やっぱり、とっとと寝ればよかったな……。

 それができれば苦労はなかったんだけど。




 太陽は今日も無駄に元気で……そして今日も殺人的に暑い。

 疲労の主な原因はここだと思う。


 これだけ暑いと、海で泳げばそりゃもう気持ちいいんだろうが。

 あいにくそうするわけにはいかない。

 地元の海とはいえ、どうせなら別の機会で来たかったものだ。


 遠くの方を見やると、チラホラと海水浴客の姿があった。

 まあ、海水浴場の近くで練習してるんだから当たり前と言えばそれまでなんだけど……。

 うらやましい限りである。



 「……ん?」


 そんなうらやましい連中の中に、見知った姿を見かけた。



 「文化部三人娘と……それに、つばさちゃん?」


 たまたま練習場所に近い所に来ているおかげで、誰かを判別できた。

 泳ぎにでも来てるんだろうか?

 それにしても、珍しい組み合わせである。


 ……よりによってつばさちゃんか、という感もあるが。

 夕べの話のせいで、つばさちゃんのことまで意識してしまう。

 それは友人としてではなく、明先輩の妹ってことでの意識だった。



 時計を見て、まだ休憩時間が残っていることを確認する。



 ―――まあ、声ぐらいかけてもバチは当たらないか。

 もしあっちも僕に気づいたら、どっちにしても声をかけられそうだし。


 とか自分に言い聞かせてる感もあったが、明先輩の許可を取り、とりあえず四人のところへ向かった。






 「やっほ。奇遇だね、みんな」


 「えっと、どちらさま……って、桜井くん! どうしたの、こんな所で?」


 一番最初に反応してくれたのは未穂ちゃんだった。

 もっともな疑問を投げかけてくる。



 「ちょっとソフト部の合宿でね。そっちは?」


 「福谷さんに誘われて遊びに来たんだ〜。

  ね、福谷さん?」


 話を振られたつばさちゃんがこくりとうなずく。

 珍しいな。優子ちゃん辺りの企画かと思ったんだけど。



 「もうすぐ学祭だから、それに向けて執行部の仲をもっと深めたいなって。

  春にやったお花見みたいに、何か懇親会みたいなことができればと思ったんだけど……。

  でも、やっぱり時期が時期だから、みんな部活で忙しいみたい」


 「なるほど」


 それで僕には声がかからなかったのか。

 多分、茜ちゃん辺りから合宿の話を聞いたんだろう。

 来れないと分かってて誘うわけないもんな。


 確かにメンツを見れば全員文化部。

 いくら学祭が近いって言ってもまだ余裕があるだろうし、頷ける話だ。


 ……逆に運動部ってのは、夏休みにはこれでもかってぐらい練習だからな。

 かく言う僕も、今は半運動部状態だが。



 「ねぇねぇ、せっかくだし桜井くんも一緒に泳がない?

  今日は暑いから、きっと気持ちいいよ」


 「優子ちゃん……ここまでの話、聞いてた?」


 「あはは、冗談だって冗談。

  でも、暇ができたら一緒に遊ぼうよ。私達、一泊するから明日までいるしさ」


 「そうなんだ」


 「美少女四人と夏の海! このチャンス、見逃しちゃダメだぞ?」


 「ははは……」


 まあ、間違っちゃないんだが……。

 やっぱ、声かけたのは失敗だったか?



 「そう言えば、桜井くんっていつの間にソフト部に入ったの?」


 ……しれっとけっこう痛いところを突くな、怜奈ちゃん。

 確かに、そう思われても不思議じゃないか。



 「入部したわけじゃないんだけど……色々と事情がありまして」


 「ふ〜ん。そう言えば、ソフト部って桜井くんの知り合い多いもんね」


 「そういうこと。おかげで何かと駆り出されることが多くて。

  夏休みに3泊4日の合宿ツアーが組まれちゃったりとか、けっこう大変なんだ」


 「苦労……してるんだ」


 苦笑しながら怜奈ちゃんが言った。

 同情してくれてありがとう……。



 「っと、そろそろ戻らなきゃな」


 時計を見ると、休憩はあと2分ほどになっていた。



 「じゃあ、僕はもう行くよ」


 「お手伝い頑張ってね、章くん」


 「ありがとう、つばさちゃん」


 なんて口では言ってるものの、足は動かなかった。

 ……渦中の人を目の前にして、黙ってられるほど僕も大人じゃない。



 「…………」


 「章くん、どうかしたの?」


 「あのさ、つばさちゃん。

  ちょっと、話があるんだけど……」


 「えっ?」


 「お昼、ちょっと空けといてよ。またここに来てくれないかな?」


 「……うん、分かった。じゃあ、またお昼に」


 「ありがとう。それじゃ!」




 ―――言ってしまった。

 好奇心とか、懐疑心とか、色んな感情がいっしょくたになって出た結論。


 明先輩がもう何も話してくれそうにない以上、この先はつばさちゃんに聞くしかない。

 つばさちゃんには悪い気がするが、ここまで来たらもう後戻りはできないだろう。


 ……さて、どう転ぶやら。





 ………





 ………………





 そして昼の長い休憩。

 先に約束の場所に着いたのは僕の方みたいだ。


 いいんだよな、これで……。

 もう自分をごまかすのも、いいかげん限界だ。


 それに、つばさちゃんだって嫌なら何も話さないだろう。

 それなら、結局はそれまでってことだ。




 2,3分ほど待っただろうか。

 つばさちゃんがやってきた。



 「おまたせ、章くん。ごめんなさい、遅くなっちゃって」


 「気にしないで。僕もついさっき来たばっかりだし。

  それより、こっちこそ急に呼び出してゴメン」


 「ううん、それはいいんだけど……話って?」


 「それなんだけどさ。えっと……」


 決心はついたものの、いざとなるとやっぱり話づらいな……。



 「ええっと……えっとさ……」


 「あの、章くん?」


 「あっ、ゴメンゴメン。あのさ……その―――」


 だけど、いつまでもこうやって引っ張ってるわけにもいかない。

 はっきりさせるっていう方向性を決めたんだし、ここで迷う方が間違ってる。



 「つばさちゃんは、3年の福谷明先輩って知ってる?」


 「えっ?」


 「女子ソフト部のキャプテンなんだけどさ。

  ―――つばさちゃんのお姉さん……なんだよね?」


 「…………」


 僕の口から明先輩の名前が出たのがよほど意外だったのか、つばさちゃんはしばらく黙っていた。

 少し間が空いて、黙ったまま静かにつばさちゃんがうなずく。




 「昨日、明先輩から聞いてさ。それに、家出したこととかも、少し」


 「そうだったんだ……」


 「ゴメン、変なこと聞いて。先輩からはもう何も聞けそうになかったから、つい……」


 つばさちゃんの重い反応を見てると、今度は罪悪感がこみ上げてきた。

 やっぱり余計だったかもしれない。



 「ううん、いいの。多分、お姉ちゃんも章くんだから話したんだと思うし」


 「…………」


 どうとでも取れるような、つばさちゃんの言葉。

 ここから退くことも行くこともできる。

 けど、僕が取るのは―――後者だ。



 「……詳しく、聞かせてくれるかな?」


 つばさちゃんは、またしても何も言わずにうなずいた。

 そして、静かに……言葉を選ぶように、ゆっくりと話を始める。




 「章くんも知ってる通り、私の家は福谷グループっていう大きな企業グループで……。

  だから、男の兄弟がいなかったこともあって、私たち姉妹はその跡取りとして厳しく育てられたの。

  習い事なんかも色々やったし、それから、学校も島外にある私立のお嬢様学校に通ったりとか」


 「…………」


 習い事の件は知っていたが、学校云々は初耳だ。

 が、不思議な話じゃない……むしろ、ありそうな話である。


 よくある、幼稚園からあるようなエスカレーター式の学校なんだろう。

 そういえば、つばさちゃんは島外の中学出身だっていう話を聞いたことがあった気がする。



 「お姉ちゃんも私も、小さいころはそうやって“福谷の娘”として育てられることに何の疑問は持っていなかった。

  ほら、子どものころって、親の言うことなら何でも正しいって信じちゃうでしょ?」


 「…………」


 黙ってつばさちゃんの話に頷く。

 つばさちゃんは、少し間を取って自分を落ち着かせているようにも思えた。



 「それは多分、それしか知らないから。

  ……でも、大きくなるって―――大人になっていくってことは、それ以外のことを知っていくこと。

  そうして、色々なことを知っていく中で、“跡取り教育”っていうのかな、そういうのも、だんだん嫌になっていって……」


 「…………」


 「章くんも知ってると思うけど、お姉ちゃんは元々ああいう性格だから……。

  だから、特にお姉ちゃんの不満は大きかった」


 確かに、あの自由奔放と豪快を絵に描いたような先輩だ。

 と、言うかお嬢様というのが未だに信じられないぐらいだし。

 ―――だからこそ、性格と正反対の生活の負担は、計り知れないものがあったのだろう。



 「そして、そんな不満が爆発したのが、お姉ちゃんが高校進学する時」


 「…………」


 「お姉ちゃんが、今までの学校を辞めて志木ノ島高校に進学するって言い始めたの」


 「…………」


 明先輩に聞いたとおりだ。そして、その次も聞いたとおりならば―――。



 「当然、お父さんは猛反対して。

  でも、お姉ちゃんも頑固だから、一歩も引かなくって……。

  それから、二人は事あるごとに喧嘩するようになった」


 不意に、つばさちゃんの表情が曇り、今にも泣き出しそうなものになった。

 それでも、つばさちゃんは気丈に話を続ける。



 「そんな二人を見てるのは、私も辛かった……。

  お姉ちゃんのことは大好きだったし、お父さんも、厳しかったけど、でも優しかったから……。

  だから、そんな大切な二人が毎日喧嘩ばかりするのを見るのは、本当に辛かった―――」


 「つばさちゃん……」


 「あっ……ごめんなさい。今はお姉ちゃんの話をしてるのにね」


 「いや、いいんだ……」


 つばさちゃんは今にも泣きそうだったが、話すよう促せるはずもなかった。

 親しい人たちが喧嘩す争う姿を見なければならなかったつばさちゃんが、何も胸に抱えていないはずがない。

 それは痛いほどに分かった。



 「……続けるね。

  それからしばらくしたある日、もう何度目になるか分からない言い争いをして―――」


 そこまで言ってつばさちゃんは、今まで一番辛そうな顔をした。

 その綺麗な瞳は、もう潤んでいる。



 「お父さんがお姉ちゃんに手をあげたの。

  いい加減にしろ、お前は福谷の娘なんだぞ……って」


 「…………」


 その続きは容易に予想できた。

 多分、昨日の話を聞いていなくても同じ予想に至っていただろう。



 「お姉ちゃん、その時は不思議と大人しく引き下がったの。

  その時は、もしかして、叩かれたのがショックだったのかなって思ったんだけど……。

  ―――でも、大変なのは次の日だった」


 「…………」



 「次の日、お姉ちゃんは家からいなくなった。

  お手伝いさんまで総出で捜しまわったんだけど……どこにもいなかったの」


 明先輩から聞いたことと寸分違わぬ結末。

 知っていたこととはいえ、やっぱりショックは大きかった。



 「その後は完全に音信不通。

  多分、ここからは章くんの方がよく知ってると思うよ」


 「……うん」


 それから僕は、明先輩が家出した後はSeasonのマスターにお世話になってること、

 今は一人暮らしをしてること、そしてつばさちゃんが志木高にいるのは知ってることなんかを話した。



 「―――そうなんだ。

  お姉ちゃん、元気そうでよかった……」


 「元気どころか、パワー有り余ってるって感じだよ。

  おかげで僕も合宿に引っぱり出されちゃったし」


 重い空気を和らげようと、ちょっと冗談めかして言った。



 「お姉ちゃん、昔から元気な人だったから。

  多分、今と変わらないと思うよ」


 少しは気分が晴れたのか、それとも明先輩の近況を聞いて安心したのか。

 とにかく、つばさちゃんの表情はいくらか明るいものになっていた。



 「そういえば、どうしてつばさちゃんは志木高に来れたの?

  その……差し支えなければ教えてくれないかな」


 「うん。そんなに複雑な話でもないんだけど―――」


 つばさちゃんは特にためらう様子もなく続けた。



 「一言で言ってしまえば、お父さんの考え方が変わったから。

  お姉ちゃんが家を出て行っちゃったのがだいぶショックだったみたいで……。

  簡単に言ってしまえば、そういうこと。

  だから、私は簡単に志木高に進学できたの。

  でも……まさかお姉ちゃんが本当に志木高に来てるとは思ってもみなかったけど」


 「そうだったんだ……。じゃあ、お父さんはもう明先輩のことは怒ってないってこと?」


 「うん。……多分、だけど。

  この話、家ではあんまりしないから」


 「そっか……そうだよね」


 親御さんだってショックを受けてるんだ、わざわざそんな話をするはずもないか。

 ましてつばさちゃんの性格だし、なおさらだろう。




 ふと時計を見てみると、もう長居できそうにない時間になっていた。



 「ごめん、つばさちゃん。聞くだけ聞いちゃってナンだけど、もう行かないと……」


 「ううん、気にしないで。私も、お姉ちゃんの話を聞けてよかったから」


 「なら、いいんだけど。

  ―――そうだ、何か明先輩に伝えることとかあるかな?」


 「それなら……。みんな、お姉ちゃんを待ってるって、それだけでいいから、伝えてほしい」


 「分かった。それぐらいならお安い御用だよ。

  色々とありがとう。それじゃ、また!」


 つばさちゃんに別れを告げて、そのまま直接球場に向かった。



 ―――みんな待ってる、か。

 明先輩、つばさちゃんと会ってくれればいいけど。





 ………





 ………………






 「くぁ〜……今日もキツかった〜」


 夕食後、部屋で大の字になって寝転がる。

 至福の瞬間だ……。



 「お疲れ、桜井。よく働いてくれて、こっちも助かるよ」


 珍しく、華先生がねぎらいの言葉をかけてくれた。



 「どう、桜井も一本いっとく? 仕事後の一杯は格別だよ?」


 「……教師が生徒に酒を勧めないでくださいよ」


 「ははっ、冗談だって」


 とても冗談には聞こえなかったが。

 まあ、それは置いておくとしよう。



 「そうだ桜井、今日の昼、福谷と―――ああ、つばさの方ね。

  とにかく、会ってたんだって?」


 「ええ、まあ」


 「そう……じゃあもしかして、明の話も聞いてる?」


 「……一応は」


 そうか、華先生は事情を知ってても当然か。

 姉の方は顧問だし、妹の方は担任に加えて生徒会で関わりがあるし。



 「そうなんだ……。

  ふ〜ん、何て言うか、さすがは桜井だね」


 「へっ?」


 「何でもない何でもない。こっちの話だから、気にしなくていいよ」


 「そう言われても、気になりますよ」


 何がさすがなんだか。意図が読めん。



 「ほぇ〜……なんのおはなししてるの〜?」


 「何でもないよ、望。

  ―――桜井、悪いんだけど、ちょっと外で適当に時間潰しててくれないかな?

  どうもこの娘の介抱しなきゃなんないみたいだから」


 「はぁ……」


 確かに、崎山先生は完全にできあがってしまっていた。

 そんなに飲んでないように見えるけど……単に弱いってことか。



 「はい、出てった出てった」


 「あっ、ちょっと華先生!?」


 抵抗する間もなく、背中を押されるような形で強引に廊下に出されてしまう。

 ……話、まだ途中だったのに。

 上手くごまかされちゃったな。




 さて……ここでボ〜っとしてるのはもったいないし、どっか行くか。

 ―――とは言え、行ける所なんて限られてるけど。




 ………




 ………………




 やはり女の子ばかりの部屋に乗り込む勇気は持てなかったので、昨日と同じように海岸に来ていた。

 夜風が気持ちいい。気温そのものはけっこう高いが、風が涼しいので昼間より断然快適だ。




 もしかしたら……なんて思って歩いていたが、予感的中。

 夕べと似たような場所に、今日も明先輩は座っていた。



 「こんばんは、明先輩」


 「桜井……ここんとこ、よく会うね。今日も散歩かい?」


 「そんな所です。崎山先生が飲んでつぶれちゃって、部屋を追い出されたもんで」


 「そう……そりゃ災難だったね」


 半分は苦笑、もう半分は同情みたいな感じで明先輩が笑った。

 昨日と比べると、いくらか明るく見える。



 「で、どうだった」


 「何がですか?」


 「今日の昼休み、つばさと話してたんだろ?

  もしかして、気づいてないとでも思ってたのかい」


 「……はい。もう、諸々込みで仰るとおりです」


 「ふぅ……くすくす。やっぱりどっか抜けてんだね、あんたって。

  まあ、その辺がいい所なんだけどね」


 言葉そのものはとがめているように聞こえたが、なぜだか明先輩は笑っていた。



 「あの……怒ってます?」


 「いやあ、全然。それで、どうだったんさね?」


 「どうもこうも……先輩のこと、色々聞いて、それから高校入ってからの先輩のこと聞かれただけですよ」


 「そっか……」


 何かを懐かしむような目をして、呟くように先輩が言った。

 やっぱり、つばさちゃんに関しては思う所があるんだろう。



 「あの娘、なんか言ってた?」


 「……はい。

  “みんな、お姉ちゃんを待ってる”って、そう言ってました」


 それも、伝えておいてほしいというお願いつきだ。

 これは言わずして他に何を言おうか。



 「みんな待ってる……か」


 「明先輩、僕がこんなこと言うのはでしゃばってるのかも知れないですけど……。

  ―――つばさちゃんと、会わないんですか?」


 「…………」


 押し黙る明先輩。これも珍しい表情だった。



 「明先輩」


 「―――いや、そのつもりはないよ」


 「……えっ」


 意外な答えに、思わず声が出てしまった。



 「会わないよ、あの娘とは。会わす顔もないしね」


 「そんな……でも―――」


 「あたしは、つばさ一人に福谷の家を背負わせちゃったんだ。

  だから、つばさがどう思ってるかはともかく、あの娘に会わせる顔がないよ」


 「…………」


 確かに明先輩の家出は、形はどうあれつばさちゃんに福谷家の跡取りを任せる結果になっちゃってるけど……。



 「でも、つばさちゃんは先輩を待っててくれてるんですよ」


 「確かにそうだね。

  ……でも、あたしは自分を許せないから」


 「自分を……ですか?」


 「そう。大事な妹に苦しい思いをさせちゃったからね」


 「そんなの、つばさちゃんは気にしてないですよ」


 つばさちゃんは会いたがりこそすれ、恨み言なんて一つもなかった。



 「だからこそ、さ」


 「…………」


 「つばさは優しい娘だからね。そりゃあ気にしないだろうさ。

  けどね、あたしはあの娘に色んな事を押しつけて家を出たんだ……。

  そんな優しさに、甘えられるわけないだろ?」


 「明先輩……」


 悲しい決意だった。

 分かりあえてるのに……でも、こんなにすれ違ってて。



 「だから、いくらあの娘があたしを許してくれても、はいそうですかって、ノコノコと出て行けないよ」


 「でも、そんな……そんなの、先輩のエゴですよ!

  それに、家族がバラバラなんて絶対によくないです!」


 だからこそ、こう言わずにはいられなかった。

 自分でも不思議なぐらい怒っていた。

 つばさちゃんの優しさを受け止められない明先輩に。


 明先輩には明先輩の考えがあるってのも、十分すぎるほど分かるけど……。

 それでも、自分を止められなかった。



 「桜井……」


 明先輩は驚いたような表情で、しばらく何も言わなかった。

 ―――が、やがて。



 「桜井でも、強くものを言うことがあるんだね」


 「あっ……すみません」


 「いや、いいさ。わがままなのは分かってるからね」


 「…………」


 そう言われては、もはやもう何も言えなかった。



 「桜井、あんたの家は確か親御さんがいないんだったね?

  お父さんは亡くなってるって話も聞いたし」


 「ええ……でも、どこでそれを?」


 「あやのに茜もいるんだ。アンタが喋らなくても、自然とそういう話も耳に入るよ」


 明先輩の言うとおり、もっともな話だった。



 「まあ、確かに桜井から見ればあたしはわがままだね。

  ちゃんと喋れる―――待っててくれる家族がいるのに、自分でそれを避けてるなんてね」


 「明先輩……」


 自嘲気味に笑う先輩を見ると、さっきの自分の言葉が浅はかなものに思えてきた。

 今さらながら、そんなに簡単に割り切れる話ではないということを認識させられる。



 「けどね。これはあたしの問題だから。

  ―――ホント、すまないね。心配してもらってるのに」


 「いえ……」


 「じゃあ、ちょっと冷えてきたし、もう戻るわ。

  桜井も、カゼ引かないうちに戻るんだよ」


 そう言うと明先輩は、昨日と同様、こちらを振り返らずに行ってしまった。






 過去にこだわる明先輩と、今を大切にするつばさちゃん……。

 姉と妹、どちらの想いもが正しいように思えて……。




 このまま……本当にこのままでいいんですか、明先輩?

 このままじゃ、つばさちゃんとは、ずっとバラバラのままですよ―――。


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life二十八頁、いかがでしたでしょうか?


 明先輩編もその3となりましたが、いよいよ佳境に入ってきたなって感じです。

 実は、上手く書けるかなって、ワンシーン……そして一語ごとに緊張してたり(^^ゞ

 面白いなと思っていただけたなら幸いです。


 いや〜、やっぱり個別エピソードは力が入りますね(笑)

 実際、ここまで中身が濃いシーンを書くのは随分久しぶりですし。

 難しい分、書いてても楽しくてやりがいを感じています。


 さて、そんないいモチベーションで迎える次回ですが……。

 いよいよ明先輩編ラストです! 悩める章はどう動くか、そして明とつばさは和解できるのか?

 今度はいつもよりちょびっとだけ期待しながら次回をお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ

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