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第二十二頁「for you, for me, and...」(後編)

 テスト開始まで後5分―――一発目は日本史。

 一応、そこそこはやったはずなのである程度の点は取れる自信がある。

 が、やっぱり不安は残るわけで。だからこうやって教科書を必死に読んでいるのだ。


 思えば、このテスト週間は高校生活で一番勉強したような気がする。

 ―――いや、実際に一番勉強しただろう。何だかんだと、毎日3時間以上はコンスタントにこなしたワケだし。


 それにしても、勉強したらしたで、また別の緊張感があるもんだ。

 緊張してど忘れしたりしないだろうかとか、変なミスしたりしないかだろうかとか。

 まあ、今まではそんな事を気にする余裕なんて無かったというのも事実だけど。




 「ほらほら、もうテスト配るから、全員席につけ〜」


 試験監督である華先生の声が廊下に響く。

 廊下はテスト前最後のあがきをしている生徒が一杯で、声が通りにくいにも関わらずよく通る。

 何と言うか、さすがは華先生といった感じがした。


 ともかく、指示があった以上席につかない訳にはいかない。

 他のみんなもそう思ったのだろう、ゾロゾロと教室内に入っていく。


 やがて問題用紙と解答用紙が配られる。

 ここまで来れば、後は自分がやってきた事を信じて頑張るのみ。

 大丈夫、あれだけつばさちゃんと勉強したんだ。成果が出ないはずがない。


 ふと、そのつばさちゃんの方を見てみた。

 ……結局、勉強会の2日目、帰り際に彼女が何を言ったのかはまだ聞いていない。

 気にならないと言えば嘘になるが、あっちからその話題を振ってこない以上、こちらから踏み込むのもはばかられた。


 テストが終われば聞ける機会もあるだろうし、とりあえず今は忘れておこう。

 今の僕が考えるべきことは、目の前にあるこの日本史のテストを、いかに乗り切るかということだ。






 ―――キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン


 テスト開始を告げるチャイムが鳴った。

 さあ、いざ勝負っ!!






 ………






 ………………






 テストなんて、始まってしまえば後は早いもので、あっという間に初日の3教科は終わってしまった。

 この分なら、残り2日間もすぐに過ぎてしまいそうだ。



 「よっ、章。調子はどうだ?」


 不意に後ろから声をかけられ、誰かと思って振り返ってみれば光だった。



 「うん、まあまあって感じかな。光は?」


 「そうだな……俺の方はいつも通りって所だ」


 それってつまり、滅茶苦茶いいってことだよな……。何たって、毎回学年ベスト3には入ってるし。

 それでも、さすがに光ほどではないが、今回は僕の方も手応えを感じていた。

 少なくとも赤点は無いはずだ。これなら、圭輔ぐらいには勝てるかも。


 あいつがいつもぐらいの点ならば、の話だけど。

 翔子ちゃんと勉強してたみたいだし、圭輔も今までみたいな点数じゃないんだろうな。

 だが、人は人、自分は自分だ。圭輔がどうであれ、赤点は回避しないと。



 「そうかそうか。まあ、今回はお前もかなり勉強してたみたいだからな。

  福谷さんと毎日図書室で勉強会してたんだろ?」


 「光、お前どこからそんな情報を……まあ、その通りだけど」


 「俺の情報網を甘く見るなっての。

  ……って言っても、お前らが図書室に入ってくのを見て、カマかけただけなんだけど。

  まっ、とりあえず俺と翔子に頼まなかった事は大いに評価してやるよ。

  俺達の性格をよく理解してるってことだからな」


 「そりゃどうも」


 予想通り、トップ二人に頼んだら却下される所だったようだ。

 こっちだって、わざわざ断られると分かっていて頼むほど、友達に恵まれてないわけじゃない。

 それにしても、つばさちゃんに頼んで正解だったとつくづく思う。



 「茜じゃないが、お前だってやればできるんだから、後2日も頑張れよ。

  手伝ってくれた福谷さんのためにもな」


 「分かってるって」


 「しかしなあ……福谷さんも、お前にはとことん甘いよな。

  普通、お前みたいな問題児の世話なんてそうそう引き受けないぞ?」


 「……問題児で悪かったね」


 でも、言われてみればそうかもしれない。

 教えるのは自分の勉強にもなるっては言ってたけど、負担が無いとはとても思えない。

 ……それを承知の上で引き受けたのか、つばさちゃんは?


 単純な事だが、光に言われる今の今まで、全然考えていなかった。



 「せいぜい、テストが終わったらちゃんと礼を言うんだな」


 「当たり前だろ、そんなの?」


 「そうだな、お前ならその辺は心配ないか……」


 それが礼儀と言うものだ。

 とりあえず、色々疑う前にちゃんと感謝しなきゃ。



 「よっし、それじゃあ帰るか。

  頭使ったし、帰りに何か買って糖分補給しようぜ」


 「了解……にしても、何でそんなに回りくどい言い方を?」


 「直接言うのも何となく恥ずかしいだろうが」


 う〜む、イマイチ納得いかない理論だが、まあいいか。

 とりあえず、提案そのものには賛成だ。


 そういう訳で、僕達は生徒玄関を出て、屋台ひしめく中央公園へと向かったのであった。





 ………






 ………………






 ………………………






 「―――おわった〜」


 もはやその一言しかない。

 最後のテストが回収されると同時に、机に突っ伏した。



 短いようで、ホントに短かったテスト本番3日間。

 さりとて、テスト期間を含めて振り返ってみると、随分長かった気がする10日間。


 何はともあれ、一学期中間テストは終了したのだ。

 後は大人しく審判が下されるのを待つのみ。




 「とりあえず、今日は連絡なし。また来週も元気に学校来なさいね。

  テスト返しが嫌だからって、逃げるんじゃないよ?」


 華先生のちょっとキツメの冗談で、今日のホームルームが締めくくられた。


 素晴らしき哉、今日は金曜日。部活が無い僕にとっては明日から2連休なのだ。

 いや、今日も半ドンだから休みみたいなもんだし、擬似3連休といった所か。

 勉強からの開放感もあって、既に浮き足立っている。


 それはみんなも同じようで、圭輔なんかマッハの速さで着替えて、もう部活に向かっていた。

 ……よっぽど野球したかったんだな、アイツ。


 茜ちゃんと翔子ちゃんも、きっともういないんだろうな……と思って見てみると、そうでもなかった。

 部活に行くどころか、帰り支度をして二人で何やら話をしている。


 「二人とも、今日は部活無いの?」


 「見ての通り。今日は華先生が午後から出張だし、副顧問の先生もちょっと出てるから、部活できなくて」


 「あっ、そういうこと」


 「まあその分、明日は一日中あるし、明後日も午前中は部活よ。

  結構大変なのよね、これでも」


 確かに。ダテに女子ソフトはキツイって言われてないな。



 「それより章、テストはどうだったの?

  今回、あたしにも翔子にもノートを借りてなかったけど、大丈夫だったの?」


 「そこはそれ。今回は強力な助っ人がいましたから。

  ねぇ、つばさちゃ―――」


 「福谷さんなら、もう帰ったわよ」


 「へっ? そうなの?」


 「ホームルームが終わったらすぐに。何か用事があるんですって」


 「そっか……忙しいんだな、つばさちゃんも」


 それにしても、お礼を言いそびれてしまった。

 これで、少なくても来週まで持ち越しか。

 まあ、ある程度テストの結果が出てから―――ってのもいいかな。



 「福谷さんと言えばさ、章。学校祭の事で話があるから、月曜の昼休みに執行部は生徒会室に集合だって。

  忘れないでよ」


 「あっ、うん分かった」


 「学校祭かあ……9月の頭の事なのに、もう話し合い始めなきゃいけないのね。

  それだけ大きい行事って事なんだろうけど」


 しみじみと茜ちゃんが言った。

 そう言えば勉強会の時も、つばさちゃんが学校祭の話があったとかで遅れた事があったな。


 忘れていたわけじゃないけど、僕だって副会長なんだから、ちゃんと頑張らないとな。

 頑張ってるつばさちゃんの足を引っ張るようなマネだけはしたくない。



 「ところでさ、茜ちゃんはこの後どうするの?」


 「あたしは翔子とSeason行くつもりだけど、アンタも来る?」


 空いた午後を、女の子二人と喫茶店で過ごす……甘美な響きかも知れないが、

 この二人と僕の組み合わせの場合、一概にそうとも言えない。

 特に圭輔も光もいない以上、一人でついて行くのはあまりにも命知らずな行為だ。


 ……よし、決定だな。



 「ゴメン、あんまりお金も無いし、今日はちょっと遠慮しとくよ」


 「そう。まあ、どっちでもいいんだけど」


 我ながら賢明な判断だと思う。ちなみに、お金が無いというのは嘘だ。



 「またまた茜ったら、無理しちゃって」


 「無理なんかしてないっ!」


 「ど〜ですかね〜。何たって、ゴールデンウィークに遊園地でデートする仲ですからね〜」


 「しょ・う・こ〜……!! アンタってヤツはまだあの事―――」


 「あっ、あはははは……はは。

  そっ、それじゃ!」


 ……いつもの事だが、バトルモードのとばっちりを喰らう前にさっさと避難するとしよう。


 一応手は振ってみたが、茜ちゃんは気付いて無いらしく、全く反応が無かった。

 その点、翔子ちゃんはちゃんと振り返してきた辺り、やっぱ余裕だなあ……なんて、のん気な事を考えた。






 「あっ光。今、帰り?」


 逃げるようにしてやって来た玄関前に、今にも帰らんとする光がいた。



 「ああ、まあな―――と思っていたが気が変わった。

  章、せっかく会ったことだし、飯でも食いにいかないか?

  どうせヒマなんだろう?」


 光はクールに見えて意外とノリがいい。こういうパターンは結構慣れているからあまり抵抗は無かった。

 断る理由も無いし、今度はついて行く事にした。



 「いいね。Season以外ならどこでも良いよ」


 「何でわざわざ高いあそこを挙げるかは、あえて聞かないでいてやるが、そうだな……」


 流石に、さっき茜ちゃんの誘いを断った手前Seasonに行く訳にはいかないだろう。

 光も何となくは理由を察しているだろうし。




 二人でああでもない、こうでもないとあれこれ話していると、向こうに見知った顔が複数見えた。




 「あっ、桜井先輩こんにちは! 今お帰りですか?」


 その内の一人―――小春ちゃんが小走りに近寄って声をかけてきた。

 彼女を追って愛美ちゃんと、それからあやのも寄って来た。



 「章、知り合いか?」


 「うん、ちょっとね。京香ちゃんの従妹で、岸辺小春ちゃん。

  小春ちゃん、こちら僕の友達の和泉光」


 「岸辺小春です、気軽に小春って呼びつけてもらって構いませんよ。

  よろしくお願いします、和泉先輩」


 「ああ、こちらこそよろしく、小春ちゃん。

  えっと……そっちの娘は?」


 光があやのの隣にいた愛美ちゃんに目をやる。

 すると、愛美ちゃんはやや緊張気味に自己紹介を始めた。



 「初めまして和泉先輩。桃田愛美です、よろしくお願いします」


 「よろしく、愛美ちゃん。

  桃田って、もしかして噂の華先生の妹さんってのは―――」


 「はい。華は私の姉です。

  姉がいつもお世話になってます」


 「いやいや、世話になってんのはこっちだからさ。

  それから、そう固くならずに、もっと楽にいこうぜ?」


 「あっ……はい」


 光の言葉に、愛美ちゃんが確かに頷く。

 初対面の娘とも簡単にコミュニケーションを取れてしまう辺り、流石は光だなと思った。



 「とりあえず、自己紹介はこの辺にして……あやの、これからどこか行く気なのか?」


 「も〜、お兄ちゃんったら、やっぱり人の話を全然聞いてないんだから」


 「へっ?」


 「今朝家を出る時に、今日はハルと愛美と一緒にカラオケ行くから、お昼は一人で食べてって言ったと思うけど?」


 そう言えばそんな事を言われた気がしなくもない……。

 危ない危ない、家に帰ってたらあやのを待って昼を食べ損ねる所だった。



 「あ〜あ、これだからお兄ちゃんは」


 「ははは……」


 苦笑いで返すしかない。あまり上手い対応ではないかも知れないが、下手な事言って神経を逆撫でするよりはマシだ。

 ベストな対応なんてそうそうできるもんじゃないし、こうした“ベター”な対応の積み重ねが明るい未来につながるわけだ、うん。



 「……お兄ちゃん、どうかした?」


 「いっ、いや、何でもないよ」


 あやのはまだ訝しげな表情だったが、「まっ、いっか」と呟くとそれ以上は何も言わなかった。



 「―――そうだ! 先輩方、ここで会ったのも何かの縁ですし、良かったらカラオケご一緒しませんか?」


 不意に小春ちゃんがそう言った。

 昼食はカラオケで食べればいいから何も問題は無いが……。



 「俺は別に構わないけど……章は?」


 「僕も全然問題無いんだけど、あやのと愛美ちゃんはそれでいいの?」


 さすがに、後輩が女友達三人でカラオケに行こうって所に、

 先輩……それも男二人が乗り込むってのは気がひけた。



 「別にお兄ちゃんも光さんも知らない仲じゃないんだし、私は良いよ。

  女三人にこだわるってことでも無いし。愛美も、いいよね?」


 「うん。……あの、先輩方も是非いらしてください」


 「そっか。それじゃ、お邪魔させてもらおうかな」


 まあ、二人もこう言ってるし、誘われているのに無下に断る事も無いだろう。



 「決まりですね! 早速行きましょう桜井先輩、和泉先輩♪」


 人数が増えたのがそんなに嬉しいのか、道中、小春ちゃんは終始上機嫌だった。




 ………




 ………………




 「〜〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜♪♪〜〜♪〜〜〜♪♪」


 小春ちゃんが、某人気ソロシンガーの曲を熱唱している。

 結構歌い慣れてる感じだし、もしかしてよく来るのかもしれない。

 京香ちゃんの親戚だからか、どうしてもこういう所に縁が無いみたいなイメージがあるが……。



 「ありがと〜ございました〜!!」


 実際はそうでもないみたいだ。前に自分でも言っていたが、あんまり家柄とか気にせず育ったみたいだし。

 別にカラオケぐらいよく来ていても不思議じゃないか。


 まあ、ある意味では正反対の二人だからこそ、仲良くやっていけてるのかもしれない。

 ……当人たちにその認識があるかはこの際置いておくけど。



 「いやあ、上手いな小春ちゃんは。俺も、気合入れてかからないとな!」


 そう言って光はリモコンと曲の一覧を手に取り、曲のコードを転送した。



 「それにしても、違ういつもと面子でカラオケってのもオツなもんだな、章」


 「そうだね。いつもの五人でしか来ないからね、カラオケって」


 いつもの五人とは、言わずもがな僕と圭輔に光、そして茜ちゃんと翔子ちゃんである。

 もっとも、実質歌っているの圭輔と光に茜ちゃんだけで、僕はそれほど歌わない。

 翔子ちゃんに至ってはマイクを握っている姿すら見たことが無いぐらいで、ちょっと実力の程が気になるところである。


 ちなみに言うと、光は相当歌が上手い。

 前にバンドを組んでドラムをやってたのが関係あるのか無いのかは知らないが、とにかく上手いのである。




 「〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜♪♪〜〜〜〜♪〜〜♪〜〜〜♪♪」


 実際、今も某人気男性バンドの曲を歌っているが、あやのと小春ちゃんが黄色い声援を送っている。

 確かにカッコよく見える。ちょっと僕ではマネできない。


 光ってのは、勉強からスポーツ、果ては音楽まで本当に何でもそつなくこなすヤツだ。

 おまけに性格もビジュアルも良いし、モテるのも分かる気がする。

 ―――天は二物を与えずっていうの、あれは大嘘だな。




 「ほら、章も何か歌えよ。せっかく来たんだからよ」


 「えっ? ああ、うん」


 いつの間に歌い終わっていたのか、光に声をかけられた。

 今はあやのが歌っているから、その間に何か曲を入れるか。



 とは言うものの、僕はさして音楽に興味があるわけでも無いので、持ち歌というのが少ない。


 ―――しょうがない、あまり使いたく無かったが、ここは“あの手”でいくか。

 どうせ、あやのやら光を始め、勝手知ったる面子だ。何を歌った所で問題になるまい。


 僕は“あの手”を転送すると、しばし我が妹の曲に聞き入っていた。






 「さあ、次はお兄ちゃんの番だね。一体何入れたの?」


 「まあ、そこは見てのお楽しみってことで」


 言ったあやのはもちろん、光や小春ちゃんも興味津々といった感じで画面を見ている。

 ……あんまり期待されても困るといえば困るのだが。






 満を持して画面に出てきたのは―――ど〜せ〜ジェネレーションのOPテーマのタイトルと、作詞・作曲家、

 そしてそれを歌う我らが百乃木愛子の名前である。


 いかに人気声優とはいえ、どうせ誰も知らないだろう。

 万一誰か知ってるとそれはそれで困る……気がするし。

 実はこの曲、密かにオリコン4位になったこともあったりするのだが。



 「誰の曲だ? ……ひゃくのきあいこ? 聞いたこと無い名前だな」


 「百乃木愛子って書いて、もものきあいこって読むの。

  まあ―――ちょっとマイナーなアイドルって所かな」


 光の疑問を適当に誤魔化す。


 最近某ドラマの影響で萌えだとか、そういうワードが流行りだからな。


 僕自身、ちょっとオタクっぽいところがあるのは認めるが、いわゆる濃い方々と一緒にされてはたまらない。

 正直、百乃木愛子もそういう要素がゼロとは言えないし、下手な事は言わない方が得策だ。









 「〜〜♪♪〜〜〜〜♪〜♪〜〜〜〜〜〜♪

  ―――御静聴、どうもありがとうございました……っと」


 「へえ〜、上手いな章。しかしまあ、よくこんなに高いキーが出るもんだな」


 「いやあ、どうもどうも」


 こんな事もあろうかと、密かに練習していたのだ。

 その甲斐あってか、我ながら中々の歌だったと思う。




 あまり経験したことが無い充足感に満たされていると、

 ふと小春ちゃんが愛美ちゃんに声をかけているのが目に入った。



 「……………」


 「? どうしたの愛美ちゃん、どこか調子でも悪いの?」


 小春ちゃんが言うように、確かに愛美ちゃんの様子がおかしい。

 何やらボ〜っとしていて、元気がない感じがする。



 「えっ!? うっ、ううん。何でも無いよ、何でも……」


 「そう言えば前にさ、愛美もさっきの曲歌ってたよね。

  今日はお兄ちゃんに先を越されちゃったね」


 へえ〜、愛美ちゃんも百乃木愛子を知ってたのか。

 意外と言えば意外だ。

 まあ、たまたまど〜せ〜ジェネレーションを見てたとかで、それで知ってたのかもしれない。



 「うん……そう、かな。

  でも、先輩の方が上手だよ」


 「え〜、そうかな〜? お兄ちゃんは、何たって男だしな〜。

  女の人の曲を歌っても何か違うっていうか……あっ、でもお兄ちゃんって女顔だから似合うかも」


 「おいおい……。

  でも、僕も愛美ちゃんが歌うの、聞いてみたいかな」


 「あっ……はい。いつか、機会があれば」


 「うん、楽しみにしてるよ」


 確かに、何だか少し様子が変な感じがしなくも無いが、特に顔色が悪いとかでも無いし、大丈夫かな。

 それにしても愛美ちゃんの百乃木愛子か……聞いてみたい気がする。

 愛美ちゃんって声が綺麗だし、すごく似合いそうだ。





 ………




 ………………




 「―――そろそろ終了だな」


 「あ〜ん、まだ愛美ちゃんが歌ってないのに〜!!」


 そう言って小春ちゃんが憤慨している。

 言葉の通り、この3時間で愛美ちゃんは一度も歌わなかった。

 さっき様子がちょっと変だったのに関係あるのか無いのかは分からないが。



 「あはは……ゴメンね、小春。次に来た時は、ちゃんと歌うから」


 「う〜……約束だよ? 何たって愛美ちゃんは、我がバンドのボーカルなんだから!

  やっぱり、ちゃんと歌ってもらわないと。

  それに、愛美ちゃんの歌を聞かないと、カラオケ来た気になんないもん」


 本気で落ち込む小春ちゃんを、困ったように笑いながら愛美ちゃんがなだめている。

 何だか微笑ましいっていうか、らしい風景だなって思う。


 まっ、そういう小春ちゃんも相当上手かったのだが。ちなみに、あやのも。

 いつの間にそんな技術を身につけたのやら……。



 「へぇ、小春ちゃん達ってバンドやってるんだ。

  誰がメンバーなの?」


 小春ちゃんが放った“バンド”という単語に反応する光。

 そう言えばいつぞや、入ってたバンドが解散しただとか何とか言って残念がってたな。



 「はい。私がベースで、愛美ちゃんがボーカル。それから、あやのちゃんがキーボードやってるんですよ」


 「えっ!? あやのも入ってるの?」


 「そうだよ……って言っても、まだ結成一ヶ月って所なんだけどね。

  ハルにやらないかって誘われて。今は、ドラマーとギタリストを探してる状態かな」


 「とりあえず、学校祭までに形を作って、ステージ企画のライブに出たいんですよね……

  でもそうなると、あんまり時間無いから早くメンバー揃えないと。

  個々のレベルは高いから、メンバーさえ揃えばどうにかなると思うんですけど……」


 そっか、あやのが小春ちゃんのバンドに……そんでもってキーボードか。

 ピアノをやってたあやのには合ってるかもしれないな。


 今さっきの小春ちゃんの言葉に、謙遜からか「そんなこと無い」とか言っていたが、

 実際の所、結構な実力があるんじゃないかと思う。中学はブラスだったし……って、そこは関係ないか。



 「ふ〜ん、ドラマー募集中ねえ……小春ちゃん、練習見に行ってもいいかな?

  どんなもんか見てみたいんだ」


 「はいっ、もちろん大歓迎ですよ! じゃあ、今度集まる時にお誘いしますね」


 「よろしく頼むよ」


 ……練習見に行ってもいいかなとか言って、あわよくばバンドに入る気だな、光のやつ。


 前に僕が、新しいバンドに入らないのかと聞いた時、

 「やっぱある程度実力がないとな」とか何とか言ってたからな。この見学はその品定めのつもりだろう。

 自分の腕に自信があるからこそできる発言だろうが、嫌味に聞こえなかったのは光らしい。


 そんな光がどの程度のレベルを要求しているかは知らないが、この面子なら彼のお眼鏡にかないそうだ。

 単なる憶測にしか過ぎないけど。


 まあ、光自身このままくすぶってる気なんて無いだろうし、いいことなのかも知れない。

 やっぱ抑圧された状態での趣味なんて寂しいものがある。

 その辺は、僕だって趣味としてSS書いてる身だから、痛いほど分かる。



 「それにしても、学校祭ねえ……。

  生徒会以外でも動き出してる連中もいるんだな。

  ―――そう言えば章、生徒会で思い出したんだが、福谷さんには、礼をもう言ったのか?」


 光がふと、そう呟いた。意識してないんだろうけど、中々痛いところを突いてくる。



 「いや、それがまだでさ。なかなかタイミングがなくて」


 「何だ、まだだったのか。

  まあ、月曜に生徒会の集まりもあることだし、チャンスをきちんと生かせよ。

  こういうのは後になればなるほど、言いそびれるんだからな」


 「分かってるって」


 こっちも元からそのつもりだった。

 ついでに、あの強引に話を切った時に何を言ったのかも聞き出す気だ。

 話の流れで上手く持っていければ良いが……。勝負は時の運といったところか。


 何にせよ、お礼だけはキチンと言わなければ。

 このままでは、僕の方だって色々気分が悪い。






 結局、今日はこの後時間を延長することも無く解散となった。

 そして、勉強から開放された楽しい連休は瞬く間に過ぎていったのである―――。






 ………






 ………………






 ………………………





 「―――という訳で、そろそろ我が志木高の学校祭、“春夏秋冬祭”の準備に取り掛かる事になります。

  実行委員会も募ることになりますが、もちろん私達、執行部が中心になって活動することになりますので、

  皆さんよろしくお願いします」


 週が明けた月曜の生徒会室、つばさちゃんがズラリと並んだ十一人の執行部に向かってペコリと頭を下げた。

 会長なんだからもっと偉そうにしててもいいものだろうが、どこまでも腰が低い娘だ。



 「月・水・金の週3回、昼休みに生徒会室に集まって会議か……。

  とりあえずは部活に負担にかからねえってのが、一番ありがたいな」


 「そうも言ってられんかもな、圭輔。学校祭は前期生徒会の一大イベントだからな。

  いつまでもこのペースで仕事していられるとは限らんし、

  それに文化部も結構多いから、そっちに回らなきゃいけないヤツも出てくるだろうからな。

  ある程度の犠牲は覚悟しておけよ」


 「おっ、おお……今さら言われなくたって、分かってるって」


 圭輔と光のいつものやり取り。だが、今日は多くの面子がいるだけにそれで終わりとはいかない。



 「まあ、部活の都合とかで抜ける分は残ったメンバーでカバーしていけばいいさ。

  なあ沖野、工藤」


 ここで執行部きっての爽やか男、吉澤が口を挟んだ。



 「そうだな。こうやって一緒に執行部やるのも何かの縁だし、仲良くやろうぜ」


 と、沖野。こちらは吉澤よりは幾分か軽い感じ。



 「よろしく頼む」


 こっちは工藤。言葉少ないながらも、言葉に重みがあった。


 何と言うかこの三人、同じ三人組でも僕たちとはだいぶ雰囲気とかが違う。

 さしずめ、三バカとアイドルトリオって所かな?

 いや、せめて三羽ガラスぐらいにしておくか。


 ―――虚しくなるから、こんな事を考えるのはよそう。生産性が無いし。

 何にせよ、上手くやっていけそうなメンバーでよかったと、改めて思った。


 ほとんど面識無かったし、もしかして選挙戦の事根に持ってたりして……なんて考えていたが、

 このアイドルトリオの連中はそういうキャラじゃなかったな。

 三人+三人で、野郎六人の友情ってのも悪くない。




 「それでは今日はこれで解散です。みなさん、お疲れ様でした」


 つばさちゃんがそう言うやいなや、みんながゾロゾロと生徒会室から出て行く。

 そうして、部屋の中は、あっという間に僕とつばさちゃんの二人だけになっていた。



 「章くんは行かないの? まだ少しだけお昼休みが残ってるけど」


 「いや、僕はいいんだ。そんなことより……」


 「?」


 あ〜、いざってなると照れるな。

 何だってお礼を言うのにこんなになってるんだよ、僕は。



 ……ええ〜い、ままよ!



 「その、テスト勉強に付き合ってくれて……って言うか、毎日勉強教えてくれてありがとう。

  それから、お礼言うの遅くなっちゃって、ごめん」


 「そんな……遅れただなんて! そっ、そんなこと全然無いよ!

  わっ、私だって好きでやったことだし」


 「いやいや。つばさちゃんのおかげで、今回は過去最高の成績だし、本当にありがとう」


 「ううん。私も、章くんの役に立てて嬉しい」


 「そっか……」


 あの時と同じく、照れているのかつばさちゃんの頬がほのかに染まっている。

 だが、今度はこっちも照れてたりする。

 面と向かってこんな事言ってくれるとは……本当に優しいな、つばさちゃんは。


 二人の間に、何とも言えない穏やかな空気が流れていた。



 今ならチャイムの邪魔も無い。


 ずっと気になってたあの事―――あの日、目の前の彼女が何を言ったのか、

 その時の言葉を、今度はちゃんと聞ける気がした。



 「あのさ……つばさちゃん。前も聞いたと思うんだけど、

  その、勉強教えるのとか慣れてたり……する?」


 そして、意を決してあの時と同じ質問をぶつける。

 何の根拠も無かったけど、もう一度同じ質問を投げかけたなら、あっちも同じ言葉を返してくれるような、そんな気がした。




 「…………」




 「…………」




 二人の間に流れる微妙な間。今度は、少し重いような空気だ。

 ほんの短い時間のはずなのに、僕にはやけに長く感じられた。


 そんな状況を先に打破したのは、つばさちゃんの方だった。



 「そんな事、無いよ」


 「そう……そっか。でも―――」


 「あのっ、章くんの! その……章くんのためだから! だから、頑張れるんです!」


 「へっ?」


 多分、今の僕の顔を鏡で見たら、きっと呆けた表情をしていることだろう。

 予想だにしなかった返答に、開いた口が塞がらない。


 そしてそれ以上に、言葉を発したつばさちゃん自身が驚きの表情で、口に手を当てている。

 「しまった!」と言わんばかりの表情だ。


 だが、僕だって驚いているのは間違いない。

 「章くんのためだから」……って、一体?


 意味を想像できるようなできないような―――ダメだ、混乱してて思考がまとまらない。

 だが、不覚にも左胸の辺りが一瞬ドキッとしてしまった僕がいるのだけは、確かだった。




 それからほんの少しの間があって、異様なまでに慌ててつばさちゃんが言葉を重ねる。



 「いやっ、あのっ、そのっ! べっ別に変な意味じゃなくって、

  章くんには、生徒会の事とかで色々お世話になってるから、その恩返しっていうか何ていうか……。

  とにかく、章くんは何も気にしなくていいんです!」


 「あっ……ああ、うん。分かった……、よ」


 何と言うか、勢いに圧倒されてしまって言葉が出ない。

 敬語が出てる事に突っ込むとか、そんな芸当が出来るはずも無かった。


 だって、僕自身混乱したままだ。その上たたみかけられては納得するしかない。


 ……そう、納得するしかないんだ。

 つばさちゃんが言うように、何も気にしなくていい―――いや、気にしないようにしよう。



 「あのぉ……本当に、今言ったことは気にしないでね? 全然、深い意味とか無いから……」


 顔を真っ赤にしながらつばさちゃんが言う。心底恥ずかしそうだ。

 不謹慎かもしれないけど、何て言うか……かわいい。


 だが、ここでこんな状態の彼女をいじる訳にはいかない。

 そして、あいにくだが僕にそういう趣味は無いのだ。



 「大丈夫大丈夫。もう何を言ってたかも覚えてないし。

  ―――っと、それじゃ、そろそろ教室戻ろっか。もう昼休みも終わっちゃうし」


 今さらだが、あれだけ取り乱されて気にするなとか言われても、ちょっと無理がある気もするが。


 ……いや、僕自身あんな反応しちゃったんだ。

 その事はあっちには分かってないだろうけど、こっちも細かい事は忘れるのが賢明かもしれない。


 聞きたかった事はきちんと聞けたし、ここは良しとしておこう。

 お礼もちゃんと言えた事だし。



 「よかった……バレなくて」


 「ん? 何か言った?」


 「ううん、何も。

  ―――それより章くん、期末テストも頑張ろうね」


 そう言うつばさちゃんの笑顔は、いつもより幾分晴れやかに見えて……。

 そして、やっぱりかわいいと思えた―――

 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life二十二頁、いかがでしたでしょうか?


 そう言えば続き物エピソードって、どういう気分でみなさん待つんでしょうか?

 一週間待たされた分、きっちり堪能していただければ幸いです(笑)


 それにしても、つばさちゃんは爆弾発言が多いこと多いこと。一体何がバレなかったのやら……(爆)


 さてさて、恒例の次回予告ですが……、この頁に次回の展開のヒントが隠されてます。

 毎度毎度になりますが、暇な方は探してみてください(笑)

 ヒントは、“いつもの五人組”辺りの会話です。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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