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第二十一頁「for you, for me, and...」(前編)

 「はい、それじゃあ今日のホームルームはここまで。

  週番、号令よろしく」


 「きりーつ。礼」


 週番の号令で2−Aの生徒が一斉に礼をする。

 途端に騒がしくなる教室内。


 そんな、一見いつも通りかのように思える教室に、僕はさっきから妙な違和感を覚えていた。



 (何でみんな制服……?)


 帰宅部の光や、文化部のつばさちゃんが制服ならばまだ分かる。

 だが、バリバリの運動部である茜ちゃんや翔子ちゃん、そして野球バカの圭輔までもが制服というのはいかなものか。


 それ以前に、いつもならホームルームが終わるとすぐに姿を消しているこの三人が、

 まだ教室にいるということ自体いつもと違う。


 もしかして、今日は何かの理由で部活がないのか?

 あるいは、女子ソフト部と野球部がそろって部活禁止とか?

 でもそんな話は全然聞いてないし……、


 ―――一人でウンウン唸ってもしょうがない。

 ここは近場にいる事情通……そうだ、つばさちゃんにでも聞いてみよう。



 「つばさちゃん」


 「? 何、章くん」


 つばさちゃんもそそくさと帰り支度を始めていた。

 確か、つばさちゃんって生徒会無い時には文芸部に顔出してるよな。

 もしや、文芸部も活動禁止?



 「もしかしてさ、女子ソフト部と野球部って、活動禁止令出てたりする?」


 「えっ? どうしてそんなこと聞くんで……聞くの?」


 「いや、だって茜ちゃんとか圭輔が部活行く様子全然無いし。

  みんな、いつもはすぐに部活行っちゃうのにさ」


 つばさちゃんは、僕がこれを聞いたのにえらく驚いているようだ。

 もしかして、図星とか?

 そんでもって、一瞬出かけた敬語はそのせい?







 「あの、章くん」


 「ん?」


 「ホームルームの桃田先生の話、ちゃんと聞いてた?」


 「……いや、全然」


 華先生のありがた〜いお話そっちのけで、こっそり内職してました。

 何しろ良いプロットが思い浮かんだもんで、ついついプリントの裏に書いてしまっていたのだ。


 それにしても話の流れが変だ。どうやら、図星でびっくりって訳ではないらしい。



 「やっぱり。

  ダメだよ、ちゃんと連絡は聞かないと」


 「ゴメンゴメン。それで、どうして部活禁止令と華先生の話が関係あるの?」


 「ちゃんと聞いてたならすぐ分かるんだけど……。

  とりあえず、結論から言えば部活禁止令なんて出てないよ。

  う〜ん……ある意味、出てると言えば出てるんだけど」


 「何だそりゃ」


 話が要領を得ない。禁止令は出てないのに、部活はしちゃダメって一体?


 もしかして、偶然女子ソフト部と野球部の顧問がみんな出払ってて、

 監督者がいないから部活できないとか?

 しかし、そんなよく出来た偶然なんてあるはずが無いと思うんだけど……。



 「えっと、ほら。今日でちょうどテスト一週間前でしょ」


 「あっ」


 忘れてた……いや、忘れようとしていただけか。

 まあそんなことはこの際どうでも良い。


 そうか、それなら部活無いよな。


 テスト一週間前になると、我が志木高も一般の高校の例に洩れず、部活が無くなる。


 僕みたいな帰宅部にとっては別に変わったことは無いが、

 圭輔みたいな部活命の人にとっては辛い期間だろうなあ、なんて他人事のように思ってみたり。



 「勉強の方は大丈夫、章くん?

  なんか、今日の授業も寝てたみたいだけど……」


 「あは、あははは……。大丈夫大丈夫、今日から頑張るから」


 本日もバッチリ授業中に睡眠時間を稼ぎ―――先生に怒られた。

 優しいつばさちゃんの事だ、心配してくれてるんだろう。



 「そう? ならいいんだけど……

  分からない所とかがあったら、いつでも聞いてくれればいいからね。

  それじゃあ、また明日」


 最後まで優しい言葉を残し、つばさちゃんは教室を出て行った。


 翔子ちゃん辺りとは偉い違いだ。

 ……いや、彼女には頼り過ぎで煙たがられてるだけか。




 しかしテスト期間とはなあ……。一応そこそこはやらないと。

 留年なんてことになったら目も当てられない。


 “今日から頑張る”か。それって勉強しないヤツの決まり文句だよな。

 う〜ん、こんなんで大丈夫だろうか?






 ………






 ………………






 (これは……やっぱ大丈夫じゃないかも)


 とりあえず、家に帰ってすぐ机に向かってみたものの―――

 現国以外の全教科、ほとんど分からない問題ばっかりだ。

 テスト範囲も把握し切ってないのに勉強しようというのがそもそもの間違いか。


 しかも慣れない事をしたせいか、物凄く疲れたし。

 ……実動、僅かに1時間程度なのだが。



 「ふぁああ〜……っと」


 もはや噛み殺しもせずにあくびをする。

 だって眠いものは眠い。


 もういいや、夕食まで寝てよう。

 今日はここまでだ。




 机を離れ、ベッドに横になって目を閉じた。


 あ〜、楽だ楽だ。

 毎秒単位ぐらいでゆっくりと疲労が回復していくのが分かる。

 至福の時間だよなあ……。






 ―――分かってる。これじゃいけないのは十二分に分かってるさ。

 日頃から勉強しておけば、こんなに苦労しなくてもいいってことも。

 そして、今さらそんなことを思っても後の祭だって事まで、バッチリ分かってる。


 しかし、今すべきことは過去を悔やむことではなく、どうやって明るい未来を掴むか、だ



 ……明日からどうしたもんか。

 今までは一夜漬けで乗り切れたけど、

 2年生になると、内容は難しいわ範囲は広いわで、このままじゃ赤点確実だし。


 そうなると、やはりこのテスト期間中ぐらいは、ある程度勉強しておかないとダメだろう。


 だが、このままじゃ今日の二の舞、三の舞になるのは目に見えている。

 ここは現状を打破する、何らかの対策を早急に立てるべきだ。



 ―――やっぱり誰かと勉強するのが一番手っ取り早いかな。

 どうせ一人でやっても、国語以外ほとんど分からないんだから効率悪いし。


 とすると、誰に協力を仰ぐかが問題になってくる。


 幸い、手伝ってくれればという絶対的な条件が付くが、

 僕の周りにはかなり頼りになる、成績優秀の親しい友人が沢山いる。

 だから、変な言い方だけどよりどりみどりの状況ではあるのだ。



 誰がいいかなあ……。

 とりあえず、翔子ちゃんと光はパス。

 頼んだら『またかよ?』みたいな顔をされそうだし。


 簡単に選択肢を絞ってしまったが、これでいきなり苦しくなったかもしれない。

 正直言って、成績トップのあの2人以外に勉強の事を頼んだことが無いのだ。

 自分でも意外だったが、茜ちゃんにも頼んだことが無い。


 確かつばさちゃんと怜奈ちゃんはトップクラスの成績なんだよな。

 それに優子ちゃんも良かったはずだ。

 茜ちゃんも無難にいい成績だし。


 彼女達なら頼めばうんと言ってくれるだろうし、後の問題は誰に頼むか、か。




 ―――じゃあ、やっぱりつばさちゃんだな。何と言っても同じクラスだし、バツグンに成績いいし。

 それより何より、今日の帰り際、分からない所があればいつでも聞いてくれと言っていたじゃないか。


 よし、それじゃあ早速、明日の朝にでも頼むことにしよう。


 今日はとりあえず、英単語でも覚えて寝るとするか。

 基礎的な事も分からないんじゃ彼女も教えようが無いだろうしな。






 ………






 ………………






 明けて翌日、朝の教室でつばさちゃんを探す。

 と、程なくして彼女を発見。


 まあ、僕と茜ちゃんより遅く来るというのは、ほとんど遅刻と同じ事だし。

 欠席じゃない限り見つかるんだけど……そんな事はとりあえず置いておこう。



 「おはよう、つばさちゃん」


 「あっ、おはようござ……じゃなくて、おはよう、章くん」


 昨日に引き続き、またしてもつばさちゃんが敬語を使いかけた。

 どうやら、急に声をかけられたりすると、とっさに出てきてしまうようだ。

 完全に敬語が抜けるには、もうちょっと時間が必要かな?



 「えっとさ、テスト勉強の調子はどうかな?」


 「昨日は数学と英語中心でやったけど……章くんは?」


 「いや、それがさっぱりで。やっぱり、普段からちゃんとやらないとダメだなって痛感させられた」


 「そう……大丈夫? その、良かったらノートとか貸そうか?」


 こっちから言うまでもなく、あちらから協力の申し出があった。

 ホント、つばさちゃんは優しいと思う。



 「それはそれでありがたいけど、それだとつばさちゃんが困るでしょ」


 「そうだけど……でも、章くんは大丈夫なの?」


 今さらだが、ここで大丈夫と言えないのは何とも悲しいもんだな……。



 「それでなんだけど、もしつばさちゃんさえ良ければ、今日から一緒に勉強しない?

  多分迷惑かけちゃうだろうから、つばさちゃんが嫌なら諦めるけど―――」


 「いえ全然! 嫌なんて事、絶対無いです!」


 やけに興奮した様子で、激しくかぶりを振るつばさちゃん。やっぱり敬語も出ている。



 「あっ……その、大きな声出しちゃってごめんなさい!」


 謝ってくれているが、辺りはまだ騒がしいので、僕達の会話なんて聞こえていないだろう。

 それにしても、取り乱したつばさちゃんなんて久しぶりに見た。



 「いや、そこは全然構わないんだけど。

  ―――え〜っと、とりあえずは、一緒に勉強してくれるって事でOKかな?」


 「……うん。それじゃあ、放課後になったら私の所まで来て。一緒に頑張ろう」


 「ありがとう、つばさちゃん。ホント助かるよ。

  もし断られちゃったらどうしようかと思ってたんだけど……とにかく、よかった」


 「そんな……章くんが喜んでくれて、私も嬉しいよ。

  それから、邪魔とかそういう事は全然気にしなくても大丈夫。

  勉強って、教えるのも結構自分の勉強になるし」


 「へぇ……そうなんだ。とにかく、今日からよろしく、つばさちゃん」


 そう言うと、つばさちゃんは「こちらこそ」と言って微笑んでいた。

 喜んで引き受けてくれた……って事でいいのかな? 本当にありがたいことだ。


 ……これは、僕も心を入れ替えて頑張らなきゃな。

 つばさちゃんの事だ、もし僕が赤点でも取ったら、自分を責めかねないからな。

 勉強会してもらった上でそれじゃ、申し訳ないどころの騒ぎじゃない。




 ………




 ………………




 そして、つばさちゃんに連れられやって来たのは図書室。

 ここでテスト勉強に励む生徒も多いのだろう、かなりたくさんの人がそこにはいた。

 が、室内はペンが走る音以外はほぼ無音に等しく、ある種の不気味な静寂を保っている。



 (つばさちゃん……もしかして、ここで勉強するの?)


 とてもじゃないが、こんな所で勉強したら息が詰まって死んでしまう。



 (ううん。奥の方に行こう。ここじゃちょっと、章くんも辛いだろうし)


 さすがはつばさちゃん、察しがいい。

 彼女に連れられ、図書室のさらに奥を目指す。




 そこは、教室ほど騒がしいということは無いが、

 時折人の声も聞こえてきて、さっきよりは断然居心地のいい空間だった。



 「プハ〜ッ! 息が詰まるかと思った」


 「ふふ、章くんらしいね。

  手前の方はね、一人で集中して勉強したい人向けのスペースになっちゃってるんだ」


 「“なっちゃってる”? “なってる”じゃなくて?」


 「うん。別にそういう取り決めがあるわけじゃないんだけど、なぜかそうなってるの」


 「で、こっちは勉強会とか、団体様向けのスペースってこと?」


 「そういう事になるかな。あっ、でも大きな声を出していいって事じゃないから、気をつけてね」


 最後に釘を刺されたが、確かにその通りだ。

 さっきよりは人の声なんかも聞こえるが、大声で話している人はいない。

 まあ、図書室利用の基本と言えば基本かな。


 それにしても、つばさちゃんは流石に文芸部だけあって、図書室の事はよく知ってるなあ。

 ……関係あるのかイマイチ微妙だが。

 どっちにしても、ここにはあんまり来ないから、詳しい人がいると助かる。




 ―――って、突っ立って感心してる場合じゃないって。


 つばさちゃんは、既に座って勉強の準備をしていた。

 僕も慌てて隣に座る。




 「えっと、それじゃあ何をする?

  章くんは確か……国語が得意だったよね」


 「まあ、一応は。後はからっきしだけど」


 「うん。とりあえず……今日は数学やろうか。

  数学って積み重ねの教科だから、何回も復習して定着させないといけないし」


 「了解。僕は計画とかは立てられないから、何をやるかはつばさちゃんに任せるよ」


 言ってからちょっと寂しい気がしたが、この際気にしないでおこう。

 むしろ、自分でできないからこそ、こうやって一緒に勉強してるわけだし。

 ―――そうは言うものの、やはり正面で面と向き合って勉強するのは多少緊張するが。


 それはさておき、とりあえずは目の前の問題集にかかろう。

 集中してしまえば、そんな緊張も無くなるだろう。





 ………





 ………………





 時々、分からない所をつばさちゃんに聞きながら勉強会は進み……時刻は5時50分。

 約2時間もの長時間、それも集中して勉強する事ができた。


 「それじゃあ章くん、今日はとりあえずこの辺にしようか」


 「そうだね、そろそろ時間だし」


 時間云々以前に、僕の方が限界だった。

 このお開きの提案も、そんな様子を察しての事だろう。

 つばさちゃんの顔が笑ってるし。



 「えっと、明日は英語をやろうと思うんだけど、章くんは、それでいい?」


 「いいよ。英語は特に苦手だし、よろしく頼むよ」


 「うん。それじゃあ、今日の内に範囲内の教科書の英文を読んでおいて。

  ある程度やってからの方が、二人で勉強する時に効率いいし。

  それから、今日やった数学もちゃんと復習しといてね。

  さっきも言ったけど、積み重ねの教科だから。

  あっ、後は日本史とかの暗記科目も。

  暗記科目は反復が命だから、早い内に始めてね」


 「うわぁ……結構やることあるなぁ。

  やっぱり、家に帰ってからも勉強しないとダメか……」


 勉強会だけで済むと思ってはいなかったが、これは結構キツそうだ。


 今まで、自宅で勉強するっていう習慣が全くと言っていいほど無かったから、

 これだけ勉強したら、一夜漬けを除く自宅での最長勉強時間を一気に更新しそうだ。



 「本当はずっと一緒に付いて勉強できるといいんだけど……。

  その方が、私も効率いいし。でも、さすがにそういう訳にはいかないから……ごめんなさい」


 「つばさちゃんが謝る事無いって。迷惑かけてるのはこっちなんだし。

  とりあえず、僕もできるだけ頑張ってみるよ」


 僕がそう答えると、つばさちゃんもこくんと頷き、それ以上何も言わなかった。

 ―――ここはやっぱり信頼に応えなきゃな。




 ………




 ………………




 そういう訳で、つばさちゃんと一緒に下校して、その後。

 珍しく……本当に珍しく、長い時間机に向かって勉強した。


 途中、部屋を覗いてきたあやのが、「明日は雪かなあ」なんて、

 失礼この上ないことを口走っていたが……その気持ちも分からなくはない。


 僕がロクに勉強していないのは、成績表を見れば火を見るより明らかだ。

 そんな人間が、マジメに机に向かって勉強していたのだ。不審がっても無理はない。

 いや、むしろ不審に思う方が自然かも。




 ―――考えるだけで虚しくなるのでよそう。

 今日から僕は生まれ変わる。少なくともこのテスト期間中は。


 とりあえず、このテストを乗り切らない事には、追試だの補習だのと、色々厄介だし。

 何より、せっかく手伝ってくれるつばさちゃんのためにも、目も当てられないような成績を取るワケにはいかない。




 とりあえず今日は、つばさちゃんに言われた通りに数学と英語、それから日本史をやった。

 時間にしておよそ3時間。途中で少し休みを入れたとは言え、我ながら大した集中力だ。


 そしてこの勉強を終えた後の、心地良いような何とも言えない疲労感。

 本当は少しSS書く気だったけど、今日はこの感覚に身を任せてもう寝よう。

 勉強したはのいいけど、授業で居眠りじゃシャレにならないし。


 こういう決断をしてからの行動は早いもので、

 時刻はまだ日付が変わって少し経ったぐらいだったが、気にせずベッドに潜り込んだ。


 これから約一週間はこういう生活か……頑張らなきゃな。






 ………






 ………………






 あっという間に一日が終わり、今日も放課後がやってきた。

 つばさちゃんが用事があると言うので、先に図書室前にいると、見慣れた二人組がやって来た。



 「あれ? 二人とも、図書室なんて珍しいね」


 翔子ちゃんと圭輔だった。

 ……圭輔の方は、嫌々ながら連れてこられましたって感じだったが。



 「それはこっちのセリフよ。それに圭輔はともかく、私は結構読書する方よ?」


 「圭輔はともかく、ってのは余計だっての!」


 「あら、じゃあここ1年で読んだ漫画以外の本の数とあなたの打順、どっちの数字の方が大きい?」


 「ぐっ……」


 ははっ……相変わらずだな、この2人は。


 圭輔の打順は、基本的には3番。ちなみにポジションはサード。

 反論出来ないって事はつまり、圭輔はこの1年で3冊以下の本しか読んでいないという訳か……。

 まあでも、圭輔が漫画とか野球関係以外の本を読んでいる姿は想像しにくい。



 「それで、結局のところ二人はどうしてここに?」


 「勉強よ勉強。私はともかく、圭輔は放っておくと素振りとか壁当てとかしてテスト期間過ごしそうだし」


 「いいんだよ、そんなに勉強しなくたって。俺は進学する気なんてさらさらねぇんだから。

  勉強より、野球の練習してドラフトで指名される確率上げた方がいいだろうが」


 何か、すごく子供じみた言い訳だな……。

 と言っても、圭輔は本気でこう思ってそうだし、実現しそうだから恐ろしい。


 何たって、入学して割と早い段階でレギュラーだったからなあ。

 身体もごっついし、プレーも相当上手いらしいし。

 志木高野球部出身のプロは今まで1人しかいないんだけど、圭輔ならその2号になれそうだ。


 が、翔子ちゃんにとって問題はそんなことじゃないらしい。



 「圭輔ぇ……ある程度は成績取らないと、プロとか言う前にここを卒業できないでしょう?

  あれだけ技術があれば十分プロだって狙えるんだから、ちゃんと勉強しなさいって」


 「うるせぇなあ、お前は。別にお前に教えてもらえなくたって、赤点脱出ぐらい―――」


 そこで圭輔に最後まで言葉を続けさせずに、すかさず翔子ちゃんが圭輔の耳に手を伸ばした。



 「―――って、あだだだだだだ!! わっ、分かった! 勉強するから! 耳を、耳を引っ張るな!

  痛ぇ、痛ぇっての! あだっ、あだだだだだだ!!」


 「そういうことで、じゃあね章。私は圭輔に勉強教えなきゃいけないから」


 ……翔子ちゃんに耳を引っ張られながら、圭輔は図書室内に消えた。

 結構ひどい事しながら涼しい顔を崩さない翔子ちゃん……恐すぎる。



 あの二人って、何だかいつも言い争いしてるけど、圭輔はほとんど翔子ちゃんに押されてるよなあ。

 圭輔もよくやると言うか、懲りないと言うか。

 さりとて翔子ちゃんも、圭輔には何だか子供っぽいと言うか、反応が他とは違うよな。


 やっぱり、これって幼なじみだからなんだろうかと思ってしまう。


 う〜む、僕と茜ちゃんなんかよりも、あの二人の方がよっぽど面白いと思うけど。

 ―――悲しいかな、世間はそう見てはくれない。




 それはさておき……みんなそれぞれ頑張ってるな。まあ、そのためのテスト期間なんだけど。

 これは、僕も気を引き締め直さないとダメだな。



 「章くん、お待たせ!」


 と、決意を新たにした矢先、圭輔・翔子ちゃん組と入れ替わるように、廊下の向こう側からつばさちゃんがやって来た。



 「ゴメンね。ちょっと学校祭関係の話で、桃田先生に呼び出されてて」


 「ううん、気にしなくていいよ。大して待ってないし。

  ……それにまあ、色々と気合入ったし」


 「? やる気が出たならいいけど……じゃあ、行こう」


 つばさちゃんも合流すると、奥の“勉強会用スペース”目指し、僕たちも図書室に入って行った。


 不思議そうな顔をしながらも、つばさちゃんは僕のモチベーションの高さを悟ってくれたようだ。

 今ならかなり成果が上がりそうな気がする。やっぱり、勉強には刺激のある環境が必要だな、うん。


 普段勉強しないくせに、少しだけもっともらしい事を考えてみた。

 ……まっ、こういう時ぐらいはいいだろう。





 ………





 ………………





 「ふぃ〜……今日も頑張ったなあ」


 長らく手にしていたシャーペンを机に置き、大きな溜め息を一つ。

 自分で言ってれば世話無い気がするが、今日は昨日以上に集中できたと思う。



 「そうだね。今日の章くん、本当に頑張ってたと思うよ」


 僕の思考にフォローを入れるかの如く、つばさちゃんが言った。

 心が読める訳じゃあるまいし、つばさちゃんって、本当に察しがいいな。



 「すごいよね、章くんの集中力って。ほとんど休んで無かったんじゃない?」


 「そうかな? つばさちゃんの方こそ、見た限りではずっと勉強してた気がするけど」


 「ううん。私は、適当に休んだりしてたから。章くんほど集中できてないよ」


 「まあ、僕の場合はギリギリ一杯だからね。ここで頑張らなきゃどこで頑張るって感じだし」


 少し自嘲気味にそう言うと、つばさちゃんは困ったように笑った。



 「でも、さすがは陽ノ井さんお墨付きの集中力だね」


 「はは……そりゃどうも」


 つばさちゃんだから良い解釈をしてくれているんだろうが、

 実際は「あの集中力が少しでも勉強に向けばねぇ……」みたいな感じで言っているんだろう。


 今回、その集中力が全て勉強に向いているワケだ。

 きっとさぞかし素晴らしい成績になることだろう。茜ちゃんも驚く事請け合いだ。



 「だけど、つばさちゃんがいるといないとじゃ大違いだよ。

  やっぱり、僕一人じゃ分からない所ばっかりだから。集中できても全然はかどらないし」


 「そう……かな?」


 「そうだって。それに、つばさちゃんって勉強教えるの上手いからすごく助かるよ。

  正直言って、先生の授業より分かりやすかったかなっても思うし」


 お世辞でもなんでも無い、純粋な感想だった。

 つばさちゃんは、数学やら英語やら、あらゆる教科を驚異的なまでに分かりやすく教えてくれた。


 それでもやはり照れているのか、ちょっとだけつばさちゃんの頬が赤に染まっている。



 「そ、そんな事ないよ」


 「そんな事あるって。だって、教え方も要点押さえてて分かりやすいし、

  説明は丁寧だし」


 つばさちゃんは謙遜しているが、本当によくまとめられた指導だと思う。


 そう。まるであらかじめ教え方を準備してきたような……そんな感じすらした。




 「やっぱり、教えるのとか慣れてる?」


 「えっと、えと、それは―――」


 ―――♪〜〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜♪


 次のつばさちゃんの言葉は、下校時刻を知らせる校歌のメロディーのチャイムによってかき消された。

 それほど小さな声だったのだ。


 当然のように聞き返した、が……



 「つばさちゃん、今何て―――」


 「そっ、それじゃあ、そろそろ帰ろうか章くん!

  もうみんな帰っちゃったみたいだし」


 僕の言葉に重ねるようにそう言うと、

 いつの間に準備を終わらせていたのやら、つばさちゃんは鞄を持って立ち上がった。

 その頬は、まだほんのりと赤いままだ。


 ……よほど聞かれたく無い事でも言ったのだろうか、妙に慌てている。




 「ああ……うん」


 あまりに動きが急だったので、しばし呆然としてしまった。


 室内を見回してみると、確かにもうほとんど人はいなかった。

 だが、だからと言ってそんなに急いで帰る必要があるようには思えない。


 つばさちゃんにしては珍しく、強引に話を終わらせた感がある。


 さりとて、さっき何を言ったのかを問いただすのも気が引けたので、

 とりあえずは大人しく従う事にした。






 ………






 ………………






 だが結局、その日も、その次の日も、その次の次の日も―――テストの前日になっても、

 ついにあの時言った言葉が、再びつばさちゃんの口から発せられる事は無かった。

 何事も無かったかのように、勉強会は続いたのだ。


 別に、その後の雰囲気が悪くなったとかそういう事は無い。

 勉強会は今まで通りに進んだし、そのまま一緒に帰ったりもしたし。


 ただ、話の締め方があまりにもつばさちゃんらしくないと言うか、珍しかったのは事実だ。

 やはりあの時つばさちゃんが何と言ったか、その事が未だに心に引っかかっていた。






 そんな僕の胸の内を知ってか知らずか、ついに中間テスト本番がやってきてしまったのである―――。


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life二十一頁、いかがでしたでしょうか?


 中間テスト……作者も毎度毎度苦労していた記憶があります(^^ゞ

 とは言っても、最近は前後期制の学校が増えてきて、中間テストが無い学校も多いらしいですが……。


 二十一頁は前回の茜メインから一転、久しぶりにつばさメインですね。

 彼女が何と言ったのか……察しのいい読者さんなら分かる、かも!?


 そういう訳で、次回はこの話の続きからスタートです。

 テストの結果は? そしてつばさは何を言ったのか? 次回をお楽しみに。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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