第二十頁「黄金週間の日は暮れて」
―――ふっふっふ! ……と、思わず不気味な笑みも洩れてしまう今日この頃。
だが、そんな妙なテンションになるのも仕方ないというもの。
なぜなら、僕は今、1年間でもっとも充実していると言えるかもしれない日々を送っているからだ。
5月初頭、あらゆる束縛から解放され、自由で素晴らしき生活を謳歌する事を許された、光輝く日々!
人、それを黄金週間……ゴールデンウィークと呼ぶ!
バーーーーンッ!! っていう効果音が出たり、後光が差して見えたりしそうな勢いである。
いやあ、休みが続くって素晴らしい。
何が良いって、自由時間が大幅に増えるのと、いくらでも寝てられることだ。
SSは書き放題だし、ゲームはし放題だし、昼まで寝てても、文句は言われるが遅刻はない。
う〜む、ホントにいいことづくめだ。
―――前置きが長かったが、今日は5月3日。
ゴールデンウィーク後半戦の真っ只中だ。
もちろん夏休みや冬休みのような長い休みも嬉しいが、
こういう、学校がある日の合間に休めるというのは最高だ。
何だかお得感が強いみたいな感じ。
おまけに、春だから気候的に過ごしやすいし。
GW前半戦は、ひたすらDVD鑑賞に費やした。
食事とトイレと睡眠以外はDVDを見ているという、普段なら考えられないような生活。
その原因は、以前から気になっていたアニメ『ど〜せ〜ジェネレーション』を、
この機会に一気にレンタルしてチェックしたことにあった。
このアニメの何が良いって、主題歌も歌ってる、ヒロイン役の声優“百乃木愛子”だ。
もう、最高としか言葉が出ない。
別に声優しか見てない訳じゃないけど、色々と考慮しても、やっぱり彼女が最大の魅力だと思う。
去年デビューした新人なんだけど、演技は上手いし、歌は上手いし、ルックスも可愛いしで非の打ち所が無い。
出演したアニメはもちろん全部チェックしたし、今まで出たシングルCDも全部持ってる。
早い話、僕はいわゆる“大ファン”ってやつだ。
二次創作SSを書く過程で、色んなアニメを見たりゲームをしたりして、
その関係で結構な数の声優さんを知ったけど、その中でも百乃木愛子はずば抜けている。
ここ1年で急激に人気が上昇したのも実に頷ける話だ。
そんな百乃木愛子大好きな僕だが、彼女が出ているという理由だけでDVDを借りてきた訳ではない。
実はこの度、行きつけのSSサイトでコンペ――― 一般に言う大会のようなものがあるのだ。
しかも、ジャンルは『ど〜せ〜ジェネレーション』限定。
良い二次創作を書く基本は、原作のキャラをきっちり捉えておく事、僕はそう思っている。
だから、一気にアニメ版DVDを全巻チェックという大胆な行動に出たのだ。
GWの半分をつぎ込んだおかげで、かなり執筆の参考にする事ができた。
ネタもあることだし、これで今晩にはもう書き始められるだろう。
今回はこのGWを利用して、3日という短期間で大方ケリをつけてしまう気だ。
締め切りそのものは5月の半ばなのだが、その時期は中間テスト期間と被っている。
去年の僕ならそんなことはお構いなしに、勉強そっちのけでSS執筆に勤しんでいただろうが、
今年はちょっとそういうわけにはいかない。
1年から2年に上がるのは簡単だが、その先は……というのは志木高生の間では有名な話だからだ。
何でも、毎年留年する輩が学年に一人はいるらしい。
今年は勉強しよう……と思う。
あくまで思うだけな辺り、ちょっと弱気だが。
『普通に勉強してれば大丈夫』とみんなは言うけど、
みんなの“普通”は僕の“かなり頑張る”ぐらいに当たるから大変だ。
ともかく、そんなわけで、できる限りこの3日間でコンペ用のSSを仕上げておきたかった。
(……絶対に外出なんてしないぞ、絶対に)
今一度、心の中で決意を固くした。
別に1回ぐらい外に出た所で、原稿が落ちる事はないと思うのだが、
ここで戒めを自ら破ってしまうと、歯止めが利かなくなるような気がした。
もしかすると、暗示みたいなものを、こうやって自分にかけているだけなのかも知れない。
こんな誓いを自分の中で立てるほど、今回のコンペに気合が入っているのは自分でも分かっていた。
その理由が、原作が気に入った作品のコンペだからか何かは知らないが、
とにかく残りのゴールデンウィークは、全神経をSSに集中したいということだけは確かだった。
とりあえず、まだ昼間だけど、今の内にプロットを煮詰めておこう。
昼間からSS、これもまたオツなものだなと、今さらながらに感じる。
部活帰りの昼過ぎに、翔子と寄ったSeason。
二人掛けのテーブルの向かい側に座る翔子に、2枚のチケットを見せた。
「なにそれ?」
「マリーンランドのタダ券。この連休一杯で期限のやつなんだけどね。
お父さんが仕事先でもらってきたのよ」
マリーンランドは、本州との直通特急『マリーンエクスプレス』の駅近くにある遊園地で、
去年オープンしたばっかりだから、比較的新しい。
規模も結構あるし、休みの日はいつもたくさんの人で賑わっている、志木ノ島の人気スポットの1つだ。
「もしかして、私に一緒に来てくれとか、そういうこと言うつもり?」
「そう……だけど」
「茜……いくらなんでも連休に女二人で遊園地って、そりゃないでしょ。
明先輩も、そう思いますよね?」
そう言って翔子は、カウンターからヒマそうにあたし達を見ていた明先輩に話を振った。
「そうだねえ。三人とかなら、それは考えるけど。
二人きりで遊園地って言ったらさ茜、そりゃカップルでやることだと思うよ」
「やっぱりそうですよねぇ……。でも、このままチケットを無駄にしちゃうのも、もったいないし」
「まあ、どっちにしても私は予定入ってるから行けないんだけど」
「あたしもバイトがあるから無理だね」
分かっていた。二人ともいい返事をくれないだろうという事は。
そんな事は分かっていたのだけど、それでもいきなり男子を誘う気にはなれなかった。
もしかしたら―――という僅かな可能性に賭けたけど、やっぱりダメだったみたいだ。
やるせなくなって、はぁ、と一つ溜め息をつく。
そこに、すかさず翔子が割り込んできた。
「いるじゃない、身近に男の子が。
しかも年中ヒマそうなヤツ」
「そう言えばそうだね。
アイツなら適任だね、うん」
二人が考えているであろう人物は、すぐに察しがついた。
それに、これまでにその人物を誘うことを考えなかったわけでもない。
「章、ね。別にアイツでもいいと言えばいいんだけど……」
「いいと思うけどな〜、幼なじみの彼氏とGWに遊園地でデートなんて」
「彼氏じゃ無いってのに。突っ込まれるの分かっててまだ言うか、アンタは」
「当然。もはや習性ってやつ?」
「はぁ……」
と、また大きなため息をつく。翔子の言葉に悪意が無いのは分かってるけど……。
横で明先輩まで笑ってるし。
「いい加減、素直に付き合ったらどう?
いくら幼なじみだからって、尋常じゃないわよ。茜と章のくっつきかたは」
「べっ、別にくっついてなんかいないわよ!」
「そう? 毎朝一緒に登校してきてるのに?」
「う゛」
思わず、返す言葉に詰まってしまった。
翔子が言っているのはまごうことなき事実だったし、言い訳のしようもない。
「あっ、でもあれよね。
現状で既に2年生の6割ぐらいの人は、二人が付き合ってるって思ってるから、
別に今さらって感じよね〜」
「しょうこ〜、あんたいい加減に―――」
「ほらほら、よしなって茜。そんなにムキになるなって。
翔子も、その辺にしてやんな」
「は〜い」
戦闘態勢突入寸前という所で、明先輩が戒めると、少しおどけて翔子が返事をした。
翔子の言う事に悪気が無いのは分かってる。
……明先輩の言う通りだ。
こんなにムキになることなんてないのに……。
―――でも、ムキになるって事は、あたしも少し気にしてる部分があるんだろうか。
そんな考えがふっと浮かんで消えた。
あたしが落ち着いたのを見て、明先輩が続ける。
「何にしてもだ、茜。
素直に桜井を誘うのがいいと思うよ。
桜井が忙しいとは思えないし、アイツなら嫌な顔はしないだろうしね。
ちょうど連休最終日は、部活も休みだし」
「……よく、考えます」
イエスともノーとも取れない灰色の返事。
我ながら、らしくないと思ったが、“こうする”と、この場で断言するのはためらわれた。
半分はどうするかは決まっているのに、残りのもう半分が、あたしの邪魔をする。
章にただ一言『一緒に遊園地に行かないか』って言うだけなのに、その事を避けているあたしがいる。
(何でこんなに章にこだわってるんだろ……)
最近、自分でもおかしいと思うぐらい、ホント、アイツに変にこだわってる。
いつかの朝だってそうだ。
高校にいる間は、毎日アイツを起こすなんて約束しちゃったし。
そのちょっと後には、遅刻しそうになってまで待ってたのはどうしてかって、アイツに聞かれた時、
いつになくムキになっちゃったし。
今まで十分すぎる時間を一緒に過ごしてきたのに、自分でそれをさらに増やそうとしてる。
だって……アイツがだんだんと遠い所へ行ってしまうような、そんな気がするから。
福谷さんとの選挙活動とか、空木さんのデートとか。
それだけじゃない。高校に入ってから、私の知らないアイツが急に増えた。
そうやってアイツが離れていくのが、ちょっと―――否、かなりしゃくだった。
ずっと『幼なじみの男友達』でここまで来ていた章。
この関係は嫌いじゃない、むしろ心地いい。
アイツを構うのは、ちょっと抜けてて、放っておけないから。
今までも、そしてこれからもそれは変わらないはずだった。
だけど今、何となくだけど……その距離の均衡は、少しずつ崩れている気がする。
最近急に増えてきた、色々な要因のせいで。
半分のあたしは、遊園地に誘って、章を手元に手繰り寄せろと言う。
半分のあたしは、ここで誘うと余計に均衡が崩れるから、やめろと言う。
どっちも勝手なあたしだけど、そのどっちにも決められない優柔不断なあたしが、今のあたしだった。
どっちを選んでも、今の距離がまた微妙に変わってしまう。
今のあたしは、ただ、その事だけを恐れていた。
そして、こうやって考える事自体、章にこだわってるんだって事も分かってる。
こうする事で、ほんの少しずつだけど、章との関係が変化していってる事も。
「はぁ」
Seasonに入って、私が認識している限りでは三度目の溜め息をついた。
そんなあたしを見かねたのだろうか、不意に明先輩から声をかけられた。
「まっ、あんまり深く考えなさんなよ」
「……はい」
既に深く考えすぎてるあたしには、こんな力の無い生返事ぐらいしか返せない。
店の時計は、いつの間にか3時過ぎを指していた―――
………
………………
夜10時。あたしはベッドに座り込んだまま悶絶していた。
(……後は通話ボタンを1回押す、たったそれだけなのに)
携帯を持つ手が震える。
ボタンに指がかかっているものの、それを押し込めないでいた。
(何でたかだか章の家に電話するぐらいで、こんなに緊張しなくちゃいけないのよ!)
激しく自問自答するが答えは出てこない。
そもそも、初めから答えが出てくるとも思っていなかった。
「すぅ……はぁ〜……」
一度、大きく深呼吸をする。
悩んでいても仕方が無い。
意を決して、あらん限りの力をボタンに込めた。
ちなみに、この決意までに約1時間かかっている。
電話を耳に当てると、無機質な発信音が聞こえてくる。
2回、3回……とそれが繰り返され、4回目の途中で止まった。
『はい、桜井です』
女の子の声。電話に出たのは、あやのちゃんだった。
「あっ、あやのちゃん? 夜遅くにゴメンね」
『いえ、そんなことないですよ。
でも、どうしたんですか? 珍しいですね、明日は学校も無いのに電話なんて』
あたしが桜井家に電話をかけるのは、何らかの事情で、章起こしの代打をあやのちゃんに頼む時ぐらいなものだ。
だから、あやのちゃんの反応はもっともだった。
「あはは……うん、まあね」
冴えない笑いでやり過ごす。
『部活の事とかで、何かあったんですか?』
「ううん、そういうわけじゃないの。別に連絡とかじゃなくってさ。
その〜……」
『あっ、もしかしてお兄ちゃんに用事ですか?』
「えっ……? あっ……ああ。うん、そうなんだ〜。
ちょっ、ちょっと代わってくれるかな?」
『はい。じゃあ、少し待っててくださいね』
あやのちゃんがそう言い終えると、電話からは保留の音楽が流れてくる。
―――我ながら、らしくないと思う。
言葉を濁したり、苦笑いをしたりなんて、本当にらしくない。
あやのちゃんだって、きっと変に思っているはずだ。
自分でも分かるぐらい、さっきのあたしはどうかしていた。
会話の主導権だって、あやのちゃんに握られっぱなしだ。
別にいつもリードしてるわけじゃないけど、自分でも信じられないくらい、会話が後手に回っている。
(……ダメだなあ、あたし)
明らかに浮き足立っている自分に、ちょっと自己嫌悪。
何で章の家に電話かけるぐらいでこんな風になってしまうのか、自分でもよく分からない。
そんなの大したことじゃないのに、いつの間にか大きな作業になってしまったのだろうか。
そう思えてしまうぐらい、今はやたらと緊張していた。
どれだけ時間が経ったか分からないけど、その内音楽が鳴り止んだ。
『あっ、もしもし茜さん?』
果たして聞こえた声は、またしてもあやのちゃんの声だった。
『ごめんなさい、お兄ちゃん寝ちゃってるみたいで。
なんだったら起こしますけど……』
「ううん。寝てるんだったらいいよ。また明日かけ直す。
そんなに、急ぎの用事って訳でもないし」
正直な所、章が寝ていて少しホッとしている。
本当はしちゃいけない安心なのに、結論が先延ばしになったことを喜んでいた。
『そうですか? でも、ホントにごめんなさい』
「あやのちゃんが謝る事じゃないよ。
悪いのは、年中無休で寝まくってる章の方なんだし」
『あはは、それもそうですよね。
起きてないお兄ちゃんが悪いです』
「そうそう。
―――じゃあ、また明日かけ直すから。
章には、電話があったってだけ、一応言っといて。
それじゃ、おやすみなさい」
『はい、また明日。
おやすみなさい、茜さん』
あやのちゃんと別れの挨拶を交わした後で、電話を切る。
これによって、決着も延長戦にもつれ込んだ。
ここで章を起こしてもらっても良かったような気もするが、
今の状態で、まともにアイツを誘えるとは考えがたい。
結局の所は言い訳にしか過ぎないのかもしれないが、
今はそうとでも信じなきゃやっていけない。
事実はどうあれ、なんとか心を落ち着かせたかった。
………
………………
時計の長針、短針、秒針が全て『12』の位置で重なった。
―――これで今日が終わる。
章を誘うかどうかを決められないままで、一日が終わる。
勉強をしようにも、何だか手に付かなくて。
好きなドラマを見ても、中身なんて全然頭に入ってなくて。
パソコンでネットしてても、ちっとも楽しいと思えなかった。
例えるなら、宿題をやり終えないまま……何か心に引っかかるものがあるまま遊ぶ小学生の心境。
何だかんだ言って、結論を出さずにいるのが気にかかってるんだと思う。
そういう状況にしたのは自分だと分かっているのに、気にせずにいられない。
結局、また明日電話をかけた所で、アイツを誘えるかなんて分かりはしない。
いざアイツと話した時、また決心が揺らぐかもしれない。
自分勝手な二人の自分の間で揺れる、優柔不断な今のあたし。
そんなあたしが考えることは、どうやったらチケットが無駄にならないかじゃなくて、
章を誘うかどうかという事に、いつの間にかがすり替わっていた。
昼間もそうだったけど、今のあたしは何だか余計な事を考えすぎている気がする。
今の距離とか、均衡の取れた関係とか、そんなの全然気にしなきゃ済む事だ。
―――でも、頭ではそう理解していたけど、心はそれに従ってくれない。
考えないでおこう、考えないでおこうとすればするほど、
逆に色んな考えが頭に浮かんできて、あたしをためらわせるのだ。
終わりの無い悪循環。そんな嫌なフレーズが、頭をよぎった。
分かってる。それを断ち切れるのは自分自身の決断だって事は。
それでも、今日のあたしに、その決断を下すだけの元気はなかった。
(今日は、もう寝よ……)
部屋の電気を消して、すぐにベッドに潜り込む。
この迷路の出口探しは、とりあえずこの辺にしておこう。
揺れ動く心で考えても、きっと先へ進む道は見つからないはずだから。
目が覚めれば……新しい一日が始まれば、きっと何かが変わる。
そんな根拠の無い、淡い期待を抱きながら、あたしは眠りへと落ちていった。
目が覚めると、もう夜ではなかった。
正確な時間は分からない。ただ、日の光は入ってきてるから、夜ではないのは確かだ。
一応身体は横になっている。ベッドには入ったらしい。
もちろん、いつの事だったかなんて記憶はない。
でも、明かりもパソコンも消えてるし、割と細かい所まで気が回っている。
僕の無意識も大したものだ、なんて自分でちょっと感心してみたり。
とりあえず、カーテンを開ける事にした。
その瞬間、全身に太陽の光が浴びせられる。
……日はもうだいぶ高い。
こりゃあ、もう昼過ぎだな。
あやのに何と文句を言われるだろうと考えながら階段を下りる。
部活からまだ帰っていないなんていう、都合のいい展開も無くは無いが……。
それなら、そこそこの時間には起きていたっていう言い訳もできるし。
「おそよう、お兄ちゃん」
「……おそよう」
リビングのドアを開けた瞬間に浴びせられるあやののキツイ一言。
爽やかな太陽光線とは正反対だ。
やっぱり、現実は思った通りにはいかないものらしい。
「はい、お昼ご飯」
一言一言にトゲがあると言うか何と言うか。
当然の如く“昼”の部分が強調されていた。
「きょ、今日は部活無かっ―――」
『無かったのか』と言いかけたが、あやのが鬼の形相でこっちを睨みつけるのが目に入った。
念のためで聞いたつもりだったが、墓穴だったようだ。
「―――無いワケないよな。はは、ははは……部活、お疲れ様」
痛い! その目は痛すぎるぞ!
「ほんっと、だらしないんだからお兄ちゃんは!」
ごもっともです。
すみませんあやのさん、僕は今日も貴方様の言いつけを破って、
連休だからと目覚ましもかけずに寝ていました。
その上、今日も懲りずに貴方様が部活からお帰りになってから起き出しました。
私が悪うございした、どうかお許しください。
……と、心の中で精一杯謝罪した。
そりゃ、連休に入ってから毎日同じ事言われて、一回も守れてないんじゃ、
怒るのも無理は無いと思うけどさ。
だけど、連休ぐらい寝かせてくれたっていいじゃないか、とも思う。
―――でも、悪いのはやっぱり僕なんだよなあ。
本当に立場弱いな、兄貴なのに。
「はぁ……こんなんだから、肝心な時にも寝ちゃってるのよ、お兄ちゃんは」
「肝心な時って?」
あやのの小言モードが始まったが、冒頭で気になる言葉が出たので思わず聞き返した。
「夕べ、茜さんから電話があったの。お兄ちゃんは寝ちゃってたみたいだけど。
何か用事があったみたい。今日もまたかけるって。
お願いだから、今度はちゃんと起きててよね」
「あっ……ああ。分かったよ」
茜ちゃんが用事なんて珍しいな……と、言うよりは意外だ。
半分呆気に取られて、間抜けな返事になってしまった。
何かあればパソコンにメールしてくるのに。
急いでるのかな? いや、だったら昨日の内に話を済ませるはずだ。
……まあ、いいか。後で電話がかかってきたら聞けばいい話だ。
それより、今は目の前にいる妹様のご機嫌をどうとるかが問題だ。
ここ数日の不満がピークに達しているのか、やたら不機嫌そうな顔をしている。
このまま針のむしろとなって過ごすなんて、考えたくも無い。
さてさて、どうしたものか―――。
泣いても笑っても、今夜が最後のチャンス。
もうここまで来たら、覚悟を決めるっきゃない。
昨日、一度経験しているおかげか、今度は結構すんなりボタンを押すことができた。
呼び出し音が鳴る。
1回、2回……。
『もしもし桜井です』
今日は2回目の呼び出し音が鳴り終わる前に止まった。
聞こえてきたのは男子の声―――章だ。
「あっ、もしもし章? 珍しいわね、アンタが出るなんて」
『うん、まあ』
「どうせあやのちゃんに何か言われたんでしょ〜。
ホントに情けないんだから」
『仰る通りで』
いつも通りすぎる章。
それは頭の中で複雑化された彼に比べ、あまりにも普通で、簡単だった。
『今晩は寝てないで、ちゃんと自分で出ろって言われちゃってね。
……ゴメンね、夕べは寝ちゃってて』
「いいわよ、別に。アンタのことだし。もしかしたら寝てるんじゃないかって思ってたわよ」
『いやあ、参ったな。茜ちゃんにはかなわないよ』
「今さら何バカなこと言ってんのよ」
ああ、紛れも無く、あたしが話しているのは章だ。
あたしが、どんな風に思っていようともアイツはアイツのままなんだ。
声を聞いて、それを強く感じた。
『えっとさ、それで用事って、何?
メールじゃ話せないようなことなの?』
「メール!? ……すっかり忘れてたわよ、そんなの。
だってアンタはパソコンのメールしかないでしょ?
ここの所使わないからさ、全然発想が無かった」
そんな手段もあったかと言われてから気付いたが、もう遅い。
それに、もういいや。すったもんだはやったけど、今はちゃんとこうやって話してるわけだし。
「まっ、いいや。それよりさ、アンタはこの連休、何してたの?」
『へっ? いや、別に……。DVD見たり、SS書いたりしてたけど』
「それだけ? 外に出たりとかしてないわけ? 圭輔や光とかと遊び行ったりとかさ」
『それだけだよ。……そう言えば、ずっと家にいたなあ。全然外に出てないや』
「あっきれた……なんて不健康な生活してんのよ、アンタは。
少しは日光浴びないと、しなびて死んじゃうわよ?」
……章のこういう部分って、どうしようもなく“らしい”わよね、ホントに。
昔っから、ほっとくと一日中家の中にいるような、そんなタイプ。
それも外に出たくないからじゃなくて、何かに熱中しすぎて時間を忘れてるせいで。
この集中力が一部でも勉強に向けば、もっとまともな成績もとれるんだろうに。
『余計なお世話だよ! そういう茜ちゃんはどうなの?』
「こっちは毎日部活よ。あやのちゃんもそうだったでしょ」
『って言っても午前中だけでしょ? 午後は?』
「別に〜。翔子とSeason寄ったり、家でゴロゴロしてたり。
大して変わった事はしてないわね」
『ふ〜ん。まあ、そんなもんかなあ』
「そんなもんよ」
とりとめのない、いつもの二人のやり取り。
何だか、随分久しぶりに感じられた。
そう言えば、ここの所お互い何だかんだと忙しかったよね。
朝は毎日、どっかの誰かのせいで格闘だし、こんなにゆっくり落ち着いて話なんて最近してなかった。
……だからかな、普段考えない余計な事考えちゃったのは。
当たり前の事かも知れないけど、章はいつもの章だった。
あたしがどれだけ複雑に考えても、アイツはアイツでしかない。
良くも悪くも、ね。
そう思えた瞬間、フッと心が楽になった。
(そうか……そうなんだ)
やっと分かった。
アイツがあたしから離れていってるんじゃない、あたしが、遠くにいるって勝手に思い込んでただけなんだ。
均衡を崩してたのは他でもない、あたし自身だったんだ。
翔子や明先輩が何と言おうと、あたし達はあたし達でいれる。
アイツが誰と何をしようと、アイツはアイツのままで、あたしの近くにいる。
例え私がここでアイツを遊園地に誘っても、二人の15年来の関係は揺るがない。
それだけの物をここまで二人で築きあげてきたんだから。
久しぶりにゆっくり話してみて、やっと分かった―――ううん、思い出した。
“幼なじみ”っていう関係の強さを。
分かってしまえばとても単純な答え。
それを見つけたなら、やることはもう一つしか残されていなかった。
「それでさ章。用事の事なんだけどね。
アンタ、明日ヒマ?」
『一応、コンペ用のSSを仕上げようと思ってるんだけど……』
「却下。そんなもん夜にやりなさい」
『やっぱり』
「はい、ヒマになったわね。それじゃ、明日は一日、あたしに付き合いなさい。
マリーンランドに行くわよ。
タダ券があってね、期限が明日までなの」
もう、この言葉を口にするのに何も抵抗がない。
まるで、ちょっと何か物を取ってほしいと頼むかのような気楽さだ。
『え〜、遠出するの〜!?』
「何よ、文句ある? 日照不足の解消に協力してあげようって言うんだから、
感謝しなさいよね」
『……まあ、いっか。確かに、SSは夜でも書けるし』
「もちろん、寝坊しても、それで夜更かししたからって言い訳は無しよ」
『そんな殺生な!』
「当ったり前じゃない! それはそれ、これはこれよ」
『はぁ……りょ〜かい』
気の抜けた返事。これだっていつも通りだ。
でも、そのいつも通りが嬉しい。
「よし、決まりね。明日の10時に迎えに行くから。
……寝てたらタダじゃおかないんだから」
『へいへ〜い』
「それじゃ、また明日ね。おやすみ」
『おやすみ』
と、ここで電話を切った。
話してた時間は短かったけど、中身は充実してた。
何だかあっけない結末だったけど、これでこの騒ぎは終わり。
後は、明日章とマリーンランド行けばタダ券も無駄にならないし、万事解決。
……これでよかったんだ、最初から。
かなり回り道しすぎだったけど。
ちょっと早いけど今日はもう寝ちゃおう。
私が遅刻したらシャレにならないし。
今日は胸に引っかかるものが何も無い。
久しぶりに、何も考えずにゆっくり寝れそう。
章なら、何を着ていこうとかで迷う事も無い。
最低限度に気を遣っていればそれで十分。
だってあたし達は、そういう関係なんだから―――
作者より……
ども〜作者です♪
Life第二十頁、いかがでしたでしょうか?
ついにLifeも二十頁台に突入です!
これもひとえに読者の皆さんの応援のお陰。本当にありがとうございます_(._.)_
さて、この二十頁ですが、視点変更という荒業にチャレンジ。
……あ〜、もうやらね(笑)なんて言ってみたり。
ちなみに、作中に出てくる『ど〜せ〜ジェネレーション』ですが、作者の某SSとは関係ございません(爆)
ともあれ、話はまだまだ続くわけで。
次回は学生にとっての重大イベントに関するエピソードです。
そのヒントは今回の話の中にあるので……時間がありすぎてしょうがない方は探すのも吉!(笑)
それではまた次回お会いしましょう。
その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ