第一頁「ある日の朝」
―――夢を見た。
夢を見ることは、別に珍しいことじゃない。
毎日では無いが、結構頻繁にあることだ。
だから、『夢を見た』ということだけでは特に頭に留まりはしない。
やがて、思考の海の中に消えていってしまうだろう。
だけど、今日僕が見た夢は、どうも普通じゃなかったのだ。
表現しようにもしきれない部分がほとんどになってしまうが、
あえて言うなら―――
『非現実的な現実の夢』
って感じだろうか?
いつ、どこで、誰が、何を、どうやって、どうしているのか……その中のどれ一つとして分からない。
つまりは、僕自身、何を見ていたのかよく分からない、そんな夢だった。
正直言って、内容はかなりあやふやである。
……だからこそ気になったんだけど。
とまあ、僕―――桜井章の夢の話はともかく、
今、僕は幼なじみの陽ノ井茜ちゃんを後ろに乗せて、
まだ少々肌寒さが残る3月初頭の桜並木を、必死に自転車で走っていた。
そのいきさつは、こんな感じである……
―――ピピピピピ……
部屋に目覚まし時計のけたたましいアラーム音が鳴り響く。
枕元にあるその音源を、破壊せんばかりの勢いで叩いた。
ひとまず鳴り止む電子音。
(起きるかな……)
そう思って上体を起こそうとする―――が
(うっ……)
体が重くて起き上がらない。
足枷その他諸々のおもりを体中につけられているかのようだ。
昨日は徹夜だったからなぁ……
いいや。このままもう少し横になっていよう。
まだ家を出る時間には余裕があるし―――
「いつまで寝てんのアンタはぁ!!!」
突然、女の子の大声と共にかけてあった布団を引き剥がされる。
「ん……ああ。おはよう、茜ちゃん」
目の前に広がるのは茜ちゃんの顔。
どうやらいつの間にか二度寝してしまっていたらしい。
そこを、茜ちゃんに起こしてもらったというわけだ。
毎度毎度の事ながら、非常に助かる。
お陰で小学校・中学校、そして、高校最初の1年間は、無遅刻を守り続けることができた。
「な〜にが『おはよう』よ! ホントにもう……」
「ごめんごめん。毎朝ありがとうね」
起きた時に毎回怒られるのは少々勘弁して欲しいが……
起こされている身でそんなことをいうのは贅沢というものだろう。
「えっと、今何時だろう―――」
「8時5分。今日も自転車決定ね」
僕が時計を見るよりも早く、茜ちゃんが教えてくれた。
「ハァ……仕方ないなぁ」
僕の家から、僕らが通う「志木ノ島高校」までは徒歩20分。
しかし、予鈴は8時30分なので、今から準備をしてから歩いては、到底間に合わない事になる。
ではどうするのか?
走る―――確かにその選択肢もあるだろう。
だがしかし、その方法はあえて選ばない。
やはり、走ると体力をかなり消耗するからだ。
僕達は遅刻しそうな時、自転車を利用する。
学生でも使える、人類が開発した究極の交通手段―――だと僕は思う―――
自転車の力を使い、何とか時間までに、しかも体力をさして使わずに学校へと辿り着くのだ。
もっとも、なぜか茜ちゃんは自分の自転車を使おうとしないので、
結果として僕がこぐことになり、結構疲れたりするのだが。
自転車に乗るにせよ、時間に余裕がないのは間違いないので、急いで着替える。
……もちろん茜ちゃんには、部屋の外に出てもらった。
その後、カバンを持って一階の居間に降り、テーブルの上に置いてあったトーストを口に押し込む。
毎日作って置いておいてくれるあやの―――僕の妹―――に感謝だ。
あやのに起こしてもらえると楽なのだろうが、彼女はあいにくまだ中学生だ。
出発する時間帯がズレていて、起こしてもらえないのだ。
早く起こしてくれてもいいと言うのだが、何か思惑があるらしく、ほとんど起こしてくれることはない。
一秒でも長く僕を寝かせさせていたいというなら……正直、そんな気遣いはありがたくないぞ、あやの。
お前が起こしてくれれば毎朝の恐ろしいデッドヒートが無くなるのだから。
―――そこは自分で起きれば何も問題は無いのだが、忘れることにしておこう。
「忘れ物は無い?」
「大丈夫。夕べの内にカバンに詰めておいたから」
毎朝繰り返されるやり取り。
半分反射的に答えているが、ちゃんと言った事はやってある。
さあ、いざ発進―――
「鍵かけた?」
「……忘れてた」
失敗失敗。
まあ、たまにはこういうこともある。
「それじゃあ……行くよ!」
鍵をかけ、今度こそ家を発つ。
茜ちゃんを後ろに乗せ、今日も時間との戦いが始まった―――
景色を楽しむ余裕も無く、必死で自転車をこぎ続ける僕。
家を出る時に、既に8時15分になっていたので、気を抜くと自転車といえども遅刻しそうだ。
「もうすぐ私達も2年生ね」
「そう……だね」
息も絶え絶えになりながら、茜ちゃんに応答する。
後ろに乗っているだけなら、気楽なものだ。
「あやのちゃんも、志木高受けたんでしょ?」
「うん。島外の高校に出すなんて……ハァハァ……そんな余裕ないからね」
「とか何とか言っちゃって。本当は、あやのちゃんに出て行ってほしくないんでしょう?」
背中にあるため、茜ちゃんの表情は読み取れないが、声で大体予想はつく。
だって声が完全に笑ってるし……。
でも確かに、あやのに家を出て行ってほしくないというのはある。
家事全般を任せきっているので、いなくなると不安だというのも確かにあるが、
何よりあやのを一人にするというのが心配だ。
女の子の一人暮らしは危ないし、あやのはまだまだ子供だし。
……もっとも、彼女も初めから志木ノ島高校を受けるつもりだったらしいけど。
ちなみに、志木ノ島には高校が今のところ1つしかないので、
志木高以外に進学するとなれば、自動的に島の外に出ることになる。
自宅から通える高校がないわけでもないが、まあ色々面倒なのは確かだ。
よってほとんどの人は志木高に進学する。
あやのもその例にもれなかった、というわけだ。
それはともかく、やっぱり徹夜明けの坂道はこたえる。
何でこう、学校が高い所にあるのだろうか?
創設者に小一時間ほど問い詰めたい所だ。
と、グダグダ考えている内に学校に着いてしまった。
「あ゛〜……疲れた」
「お疲れ様。
って言っても、起きなかった章が悪いんだから、結局自業自得よね〜」
何故か嬉しそうに言う茜ちゃん。
本当のことだから何も反論できない。
……ズルい。
我が愛車を自転車置き場に止めると、僕は急いで教室へと向かった。
チラリと時計を見る。
―――8時28分! ナイスな勝利だ。
毎度の事ながら、見事なギリギリっぷり。
ちなみに、過去一番ギリギリだったのが8時29分54秒に教室に入った時だ。
記録を更新しようなんていう命知らずなマネをするつもりは、さらさらないが。
―――ガラガラガラ
1−A教室の戸を開けて中に入る。
そこには、先に教室へ向かっていた茜ちゃんがいた。
ちなみに、彼女とは同じクラスだ。
「ふぃぃ〜」
席に着くなり大息をつく。
疲労もあるのだけれど、やはり間に合ったという安堵感の方が強い。
そして、机に荷物を入れていると―――
「おはよう章。今日もギリギリ登校なんて、さすがね」
女の子に声をかけられた。
ふと顔を上げると、そこには少しウェーブのかかった長髪をなびかせ、1人の少女が立っていた。
―――島岡翔子ちゃんだ。
「おはよう、翔子ちゃん」
どこがどうさすがなのかは理解しかねるけど、挨拶は返しておく。
当然の礼儀だ。
「自転車とは言え、毎朝大変でしょう?」
「ん? 何が?」
「だって、茜を後ろに乗せてるワケでしょ?」
「うん、まあね」
二人乗りだから当然である。
まさか茜ちゃんにこがせるわけにもいかない。
……茜ちゃんがこいでも、体力的にまったく問題ないのだけれど、
多少しかないとはいえ、僕の男としてのプライドが許さないのだ。
「茜ってああ見えて結構重いからねぇ……
確か、この前の身体検査では―――」
「翔子〜? な〜によからぬことを喋っているのかなぁ?」
いつの間にやら、翔子ちゃんの後ろに茜ちゃんが立っていた。
……顔は笑っているが、友好的な笑顔とはとても思えない。
「あら、茜。いたの?」
「さっきまで話してたでしょうが!?」
「そうだっけ? どうも最近物忘れが激しくて。困るなぁ……」
「私の体重覚えてるぐらいなら、その心配はまずないわね」
お互いに乾いた言い方の二人。
う〜ん……色んな意味で恐ろしくて、とてもじゃないけど入り込む勇気は無い。
とは言っても、この二人は基本的に親友同士だ。
翔子ちゃんとは中学校の頃からの付き合いなのだけど、
知り合ってすぐに意気投合した。
特に茜ちゃんは、翔子ちゃんとソフトボール部で黄金バッテリーを組んでいることもあり、僕なんかより遥かに仲が良い。
だから、今の会話だって単なるじゃれあい、あるいはスキンシップのようなものなのである。
あくまで隣で見ていての感想だけど。
「それにね翔子。自転車だってコイツが早起きすれば乗る必要なんてないのよ?」
「ふ〜ん……まあ、確かにそれもそうね。
章。自業自得ってやつだから諦めなさい」
「は〜い……」
この類のセリフは、他にあやのにもよく言われるが、聞くたびに耳が痛い。
どうにかしたいものだ……
―――キーンコーンカーンコーン……
8時35分。朝のショートホームの始まりを告げるチャイムが鳴る。
同時に、我らが担任の桃田華先生が入ってきた。
ほぼ反射的に自分の席につくクラスのみんな。
こうして、今日もいつもと変わらない一日が始まろうとしていた―――
ども〜、作者のユウイチです☆
いかがでしたでしょうか、Life第一頁は?
え〜、見ての通りのラブコメです。
女の子が一杯出てきます(笑)
ラブコメ作家ユウイチの名に恥じぬよう、精一杯頑張るので応援よろしくお願いします。
さて、内容の方ですが……特に語ることもありません(^^ゞ
プロローグのようなものです。
ギャルゲーで言うなら、キャラ紹介の一日目って所でしょうか?
次の話からも、しばらくは新キャラ登場で、そのキャラの話が続くと思うので御了承下さい_(._.)_
それではまた次回お会いしましょう!
その時まで……サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ