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第十二頁「桜舞い散る中で」

 春休みも終盤に差し掛かったある日、僕の元へ一通の手紙が届いた。

 差出人は『福谷つばさ』―――生徒会長選挙を共に戦った、あの福谷さんだ。


 で、その内容はと言うと……。


 『花見をするから福谷家に来て欲しい』


 要約すると、こんな感じ。



 封筒には、ご丁寧にパソコンかなにかで作ったと思しき、詳細な地図まで同封されていた。


 それによれば、我が家から福谷さんの家までは結構近いみたいだ。

 これなら、歩いていってもそんなに苦じゃなさそうだな……。

 たまには歩いて、体をいじめてみるのもまた一興かも。


 指定された日は特に予定が無いことだし―――と言うより、春休みは毎日フリーだったが。

 せっかくお呼ばれしてるんだから、参加してみるかな。


 今、桜は丁度見ごろを迎えている。

 僕の他に誰が来るのか知らないけど、いい花見が期待できそうだな―――。






 ………






 ………………






 な〜んて思っていたのが3,4日ほど前のこと。


 なんだかんだしてる内に、今日はもう花見当日だ。

 僕自身も結構楽しみにしていた事もあり、何やら朝早く目が覚めた。

 遠足当日の小学生の心理のようなものである。


 ちなみに、花見がそんな早朝から始まるはずもなく、

 昼まで手持ち無沙汰になってしまった……というオチもついたが。




 ―――現在時刻は11時半ちょっと過ぎ。

 集合は正午だから、まだ少し時間があるけど……まあ、もう出るか。

 くどいようだが、家にいても大してやることがない。



 「あやの、僕は友達と花見行ってくるから、留守番は頼んだぞ」


 「はいはい。お兄ちゃんじゃないんだから、大丈夫だよ」


 おっしゃる通りなのだが、妹に面と向かってこういうセリフを言われるのも、地味に傷つくなぁ……。

 兄の威厳―――なんて、もう諦めた方がいいのかもしれない。

 それに、まあ……そんなものも、別に必要だとは思わないし。



 「……でも、妹との約束は忘れてたのに、

  同級生の女の子とのお花見の約束はちゃんと覚えてるんだ、お兄ちゃんってば」


 合格者登校日以来、事あるごとに僕が約束を忘れてたことを引っ張ってくるあやの。

 ……確かに自業自得だけど、いつまでもこんなんじゃたまったもんじゃないな。


 「この間は悪かったって。今度、北武デパートのレストランでプリンパフェおごってやるから、

  いい加減忘れてくれよ」


 そういうわけで、ここは一つ取引だ。

 プリン大好き少女のあやのだ、乗ってきてくれるだろう。



 「北武デパートじゃなくって、“Season”のプリンパフェに、ミックスジュースもつけてくれたら、

  考えてあげてもいいよ♪」


 「……覚えておくよ。

  それじゃあ、いってきます」


 「いってらっしゃ〜い」


 悪魔の微笑みのあやのに見送られ、玄関を出た。

 ……それにしても、我が妹ながら手ごわいな。


 しかし、Seasonのプリンパフェとミックスジュースか……。

 あそこは学生向けとは言え、喫茶店だから結構高いんだよなあ。


 まあ、仕方ないか。

 このまま、ずっとあのネタを引きずられるよりは、

 1000円弱の出費で大人しくなってもらった方がいい。

 ……大人しくなってくれればの話だが。




 ………




 ………………




 地図と招待状を片手に、一路福谷さんの家を目指す。


 自転車か徒歩かで多少迷ったが、結局歩いていくことにした。

 ちょっとは歩くのも悪くないだろう。


 時間はかなり余裕があるから、事故にでも遭わない限りまず遅刻はありえない。

 学校にも毎日このぐらい余裕で行けたら……とか、自分の努力不足を棚に上げてそんなことを思ってみたり。






 ―――そういえば、、花見をするのに、どうして個人の家に集合なんだろう?

 まさか、庭に桜の木が植えてあったりとかするのだろうか。

 仮にそうだとしたら、福谷家はどれだけ金持ちなんだ?


 ……まあ、多分彼女の家の近くにいい場所があって、集まってからそこに移動とかだろうけど。



 いや、でもその“まさか”がありえるかもしれない。

 生徒会長の当選だって、言ってしまえば“まさか”の当選だったようなものだし。


 あの妙に堅苦しい敬語とかも、実はお嬢様教育の影響とか。

 そう言えば、細かい動作なんかも、どことなく優雅な感じがしていたような―――。


 何も持ってこなくていいと書いてあった辺り、お弁当と飲み物は支給らしいし。

 太っ腹なのかお金持ちなのかは分からないが、この辺りもポイントが高い。



 う〜む、考えれば考えるほど、“福谷さん・お金持ちのお嬢様説”が現実味を帯びてきた。

 これは別の意味で、花見が楽しみになってきたぞ。



 それはそうと、肝心のメンツはどうなっているんだろう。

 福谷さんの友達御一行様だろうか? だとしたら、男一人で浮かないか不安だ。




 ―――改めて考えると、何かやけに謎が多いな、この花見。

 そう思うと、自然と早足になっていた。


 全ての疑問は、行ってみれば分かるものばかりだ。

 ならば、とっとと目的地を目指しましょうじゃないの!





 ………





 ………………





 さてさて、早足の成果なのか、予想よりも早く目的地らしき地点に着いたのだが……。

 本当にここで間違いないのか?


 周りにあるものは地図書いてある通りだし、かかっている表札にも“福谷”と書いてある。

 ……けど、目の前にある大邸宅を見たらちょっと疑わずにはいられないだろう。




 確かに、『福谷さんはお金持ちのお嬢様かもしれないなあ』なんて可愛い予想はしていたが、

 現実はその予想をはるかに超えていた。

 いや、超えていたどころか、もはや次元が違う。



 まずもって塀と堀が凄い。

 個人の家で塀や堀がある時点で凄い話だが、その広さが尋常では無い。

 家の周りを走って一周するだけで一汗かけるぐらい。

 ちょうどいいランニングコースにもなってしまいそうな勢いだ。



 それから門。


 堀があるので家の前から門まで橋がかかっていているのだが、

 この門も豪華な作りで、大きさもかなりある。

 少なくとも、個人の家でこのサイズの門は見たことがない。



 塀と外周から考えるに、中もとんでもない広さだと思う。

 庭に桜の木を植えるどころか、野球やサッカーができるぐらい広いはずだ。


 ……福谷さんって、一体何者なんだ? そんじょそこらのお嬢様じゃないぞ、これは。





 謎は深まるばかりだが、ひとんちの門前で躊躇してるのも、ちょっといただけないだろう。


 意を決して、門についている呼び鈴を鳴らしてみた。


 ついつい、監視カメラがついていないか探すとか、何とも小市民的行為をしてしまったが、

 その甲斐があってか、2つほど見つけることができた。

 ……もういちいち驚かないぞ。







 『ご用件はなんでしょうか?』


 程なくして、家の人らしき声が応答してくれる。

 穏やかな女性の声。何となく気品も感じられた。


 もしかしてメイドさんとか、いわゆる使用人だったりするのだろうか?

 とりあえず、何となく親御さんではなさそうだ。



 「あの……つばささんに、花見に招待されて来たんですけど」


 『ああ、桜井様ですね。お待ちしておりました。

  それでは、中に入って真っ直ぐお進み下さい。もう皆様お集まりになっていますよ』


 メイドさんらしき人がそう言うと、門が自動で開いた。

 ―――驚かない驚かない……もう絶対驚かないぞ……!






 そして、門が開いた途端、目の前には、この世の物とは思えないぐらい広い前庭が広がっていた。

 ……って言うか、これは広すぎだろ!!

 野球やサッカーができるどころか、それらを同時に出来るぐらいの広さはあるぞ!?


 とりあえず、生まれてこの方、ここまで広大な個人の庭を見たことはない。

 正直、圧倒されましたよ福谷さん……。




 気を取り直して前を向くと、はるか遠くに桜の木が見える。

 とりあえずはあそこを目指すとしよう。


 庭には、他にも噴水やら色々な花が植えてあったりして、ただ広いだけではなかった。

 どちらかと言えば、洋風の作りのようだ。


 その中で桜の木と言うと浮いてしまっているように思われるが、

 実際には上手く風景にマッチしていて、何とも言えない情趣をかもしだしていた。


  ……それにしても、福谷さんって、本当にいい所のお嬢様だったんだなあ。




 ………




 ………………




 4,5分ほど歩いただろうか? やがて桜の木に到着する。

 身の丈の2倍か3倍ぐらいはありそうな、かなり大きな桜の木だ。


 その下に、大人が15人ぐらいは楽に座れそうな、でっかいござが引いてある。

 ―――そして、そこには僕がよく見知った面子が揃っていた。



 「あら章、案外早かったじゃない?

  ……って言っても、アンタが一番最後だけどね」


 そう言って迎えてくれたのは茜ちゃん。

 彼女がいるのはまだ分かる。茜ちゃんも僕と一緒に後援会をやっていたから。



 「章も、個人で遊ぶ分にはさすがに遅刻は無いってトコか?」


 「あいつだって別に時間にルーズだっていう訳では無いと思うんだがな……」


 僕の時間感覚について勝手な論議をしているのは圭輔と光。

 光はともかく、圭輔は何故この場にいるのか理解に苦しむ所だったが、

 よく考えればこいつも根回しのほうで、特に頑張ってくれたみたいだし、いても問題は無いか。




 ……が、次の顔は、もはやどうやっても納得できなさそうな人物だった。




 吉澤と、彼の後援会の2人。


 前回の生徒会長選に立候補した、いわゆる対抗勢力だった男と、その後援会メンバー。

 

 彼もいるとなると、ここに集まったメンバーに共通点を見出すことは、非常に難しくなる。

 もっとも、これだって花見が始まれば分かってしまうことだけど。



 他には誰がいるのだろうとちょっと見てみると、やはりと言うか何と言うか、翔子ちゃんの姿を見つけた。

 さらには、優子ちゃん・美穂ちゃん・怜奈ちゃんの文化部3人娘も。




 ここまでバラエティー豊かな顔ぶれだと、もう共通点を考えるのもバカらしくなってくる。

 とりあえず、茜ちゃん・翔子ちゃん・圭輔・光がひとまとまりに座っていたので、僕もその一団に加わることにした。



 すると、ほぼ入れ違いのタイミングで、桜の木をバックに福谷さんが立ち上がった。

 それぞれ談笑していたいくつかのグループの視線が、一点に集まる。



 「それでは、みなさんお揃いになったようなので、始めさせていただきたいと思います。

  ―――みなさん、今日はお忙しい中おいでいただき、本当にありがとうございます」


 そう言って深々と頭を下げる福谷さん。

 う〜む、この辺りはプライベートでも変わらないのか。



 「ようこそ福谷家へ。今日は、どうか心ゆくまで花見をお楽しみください」


 花見には欠かせないお弁当や飲み物、カラオケセットの存在を近くに確認できた。

 さすがに準備は万端といった所か。

 家がこれだけ凄いと、弁当にも否が応でも期待がかかる。


 これで終わりと思われたあいさつだったが、そうでは無いらしい。

 福谷さんはまだ立ったままだ。



 「それから……今まで黙っていて申し訳ないのですが、

  このお花見は次期執行部の親睦会も兼ねています」


 ……ってことは、ここにいるメンバーがこれから半年、一緒に活動していく執行部の連中なのか。

 偶然なのか何なのか、やけに僕の知り合いが多いな。


 でも確かに、仕事ができそうだったり、人脈やら人望がありそうなメンツが揃ってる。

 適当な人選じゃないのは確かだ。



 「本当は、事前にその旨をお伝えできればよかったんですけど……。

  規則で、執行部の構成を外部に漏らす訳にはいかなかったので、こんな形になってしまって……すみません」


 そう言うと、福谷さんはまた頭を下げた。

 う〜む、そんなに頭を下げられると、こっちが恐縮してしまうぞ。



 「それで、急で申し訳ないのですが、お互いをよく知ってもらうために、

  簡単にみなさんの自己紹介をしていただきたいと思います。

  えっと……空木さんから、お願いできますか?」


 「わたし?」


 怜奈ちゃんは不意に指名されたからか、ちょっと驚いた様子で自分を指差している。

 そんな反応に、福谷さんは無言で頷いた。



 「えっと、それじゃあ……コホンッ。

  空木怜奈です。部活は演劇部に入ってます。

  去年は1−Bでした。生徒会活動とかは、分からない事だらけですけど、

  自分ができる事を精一杯やろうと思うので、よろしくお願いします」


 学年一の有名人である怜奈ちゃんなら、今さら自己紹介するまでも無いような気もするが……。

 まあ、一応はということで。演劇部だからかは分からないが、明朗な自己紹介だった。



 「空木さんには、文化委員会の委員長をお願いしたいと思います。

  11月まで、よろしくお願いしますね。それでは、次は山村さん―――」




 ………




 ………………




 つつがなく自己紹介タイムは進み、いよいよ僕にとって未知の領域、

 吉澤一行の番になる。



 「それでは吉澤くん、お願いします」


 福谷さんが少し目をやると、素早い反応で吉澤が立つ。



 「吉澤勇です。剣道部に入っていて、去年は1−Dでした。

  執行部に指名されて、凄く光栄に思っていますが、不安も一杯です。

  だけど、みんなと協力して、この半年間乗り切っていきたいと思います。

  どうかよろしくお願いします」


 ……吉澤も、確か自己紹介の必要が無いくらい有名人だったはずだけど、

 何と言うか―――イメージより爽やかな人だった。


 選挙戦で敵対していたこともあって、どうもあまり良いイメージは無かったけど……、

 そんなのは勝手な想像だったってことが、今この自己紹介を聞いて分かった。


 本当なら、演説を聞いた時点で分かっていてもいいはずだけど、

 あいにくあの時の僕には、そんな余裕なんて全く無かった。


 次は、吉澤の応援演説をした沖野司おきの・つかさの番。



 「沖野司っす。吉澤と同じく、剣道部の1−Dです。

  大した事はできないっすけど、誠心誠意頑張りますんで、

  半年間よろしくお願いします」


 こちらも爽やかな挨拶。

 負けたのだから、恨み言の一つや二つありそうな気がするが、そんな狭い心の持ち主では無いようだ。 


 もっとも、その事を見抜いていたからこそ、福谷さんも執行部に招いたのだろうが。



 次は吉澤一味の最後の1人。名前すら知らない人だ。



 「工藤正太郎くどう・しょうたろうです。弓道部所属で、去年は1−Dでした。

  ちゃんとやっていけるだろうかと不安な部分はありますが、

  選ばれたからにはみんなと協力して、志木高を盛り上げていきたいと思います。

  よろしくお願いします」


 ラストバッター・工藤もこれまた爽やかな人だ。

 この3人、どうにも憎めない……むしろ好青年集団だな。

 あえて対比するなら、僕と圭輔と光の3人は生徒会3バカといった所か。


 ……ホントにバカらしい対比だな。




 それにしても、福谷さんは執行部に良い人材をセレクトしたものだと、つくづく思う。


 志木高生徒会執行部は、会長と、会長に指名された2人の副会長の他に、9人の執行部員から成っているが、

 その9人は会長と副会長が、これまた指名することになっている。


 ちなみに、この時はよほどの理由が無い限り、指名を拒否できないことになっている。

 ここにいる12人は、もはや執行部という運命からは逃れられないのだ。


 僕はどんな人が学年にいるか分からなかったし、茜ちゃんも特に執着は無かったようなので、

 執行部員の選出は完全に福谷さんに任せっきりだったが、やはり良いセレクトをしてくれた。




 ―――ふぅ、ちゃんと生徒会の会則を勉強しておいて良かったな……。

 さもないと、ここで何が起こっているのか全然分からない所だった。



 「それでは、桜井くんお願いします」


 と、いつの間にやら、自己紹介は僕の番になっていた。

 当然やらない訳にはいかない。

 ……とりあえず、トチらないように。



 「桜井章です。部活動は入っていませんが、色々な部活に顔を出したりしてます。

  去年は1−Bでした。

  生徒会活動に関してはずぶの素人なので、みんなに迷惑かけてばっかりになると思いますが、

  半年間仲良くやってください。よろしくお願いします」


 ―――うむ、我ながらよくできた自己紹介だ。

 まあ、最後から2番目だったから、前10人分の自己紹介を参考にできたってのはあるけど。




 ………




 ………………




 最後に福谷さんの自己紹介も終わり、超豪華なお弁当を肴に、いよいよ花見が始まった。


 初めはいつもの5人でいたが、せっかくの親睦会だったので、あまり馴染みのない吉澤一味と話すことにした。



 「隣、いいかな?」


 「ん……ああ、桜井か。遠慮せずに座れよ」


 ちょっと声をかけると、気さくに答えてくれる吉澤。

 やはり、感じは良い。



 「吉澤って、生徒会活動とか慣れてそうだけど、中学の時に何かしてたりしたの?」


 「ああ、まあな。中学の時は生徒会長やってた。

  その時は沖野も副会長やっててさ。

  それに、工藤も執行部にいたんだ」


 「へえ、じゃあみんな経験者なんだ」


 そんでもって、吉澤たちも中学からの知り合いなのか。

 本当に僕と圭輔と光の関係によく似ている。



 「一応はそうなるけど……まあ、中学と高校では勝手が違うしな。

  俺も初心に帰って頑張るよ。

  桜井も、あんまり気負わずに頑張れよ? こういうのは気負ったら負けだからな」


 「ありがとう」


 ……ホントいいヤツだな、吉澤って。

 少し話せば魅力が分かるというか。


 さらに、爽やかなことこの上ない。

 これは人気が出るわけだ。


 一番交流が無いメンバーがこんな感じなら、少なくとも人間関係に関しては不安になることはなさそうだ。



 「それにしても……桜井が後援会長やるとはなあ。

  そういうキャラには見えなかったんだが」


 「あれ? 前から僕のこと知ってたの?」


 「まあな。よく遅刻ギリギリの時間に、自転車に2人乗りして校門に突っ込んでくるだろ?

  あれって、1年の間じゃ有名になってるんだぜ」


 崎山先生も知ってたし、本当にそうなんだろうな。

 やってる本人としては、必死かつ切実な問題なんだけど……。



 「それから、陽ノ井さんとの関係だとかで、けっこう名前が知れてるっぽいな」


 「茜ちゃんとの関係?」


 「ああ。

  ほら、陽ノ井さんって、学年では有名人だろ?」


 「まあ、確かに」


 1年にしてソフト部のエースだったり、加えて性格が社交的なのもあって、知り合いなんかは多いみたいだ。



 「で、朝も毎日一緒で、仲もこれでもかってぐらい良いから、

  バカップルな有名人ってことで、彼氏のお前の名前もセットで広がってだな―――」


 「ぶっ!?」


 待て待て待て!? なんだよその物騒なウワサは!?



 「うわっ!? おいおいおい、お茶をはくなよ! 汚ねぇぞ」


 「ごっ、ごめん―――じゃなくって! 僕と茜ちゃんがバカップルってなんだよ!?」


 「あれ? お前たちって、付き合ってるんじゃないのか?」


 「茜ちゃんとはただの幼なじみ!

  別に付き合ってるとかじゃないって!」


 まさか、こんな初歩的な事項を知らない人物がいるとは……。

 いや、もしかして僕らの学年では、こっちの方がスタンダードなのか?

 ―――だとしたら、誤解を解くのにかなり時間がかかりそうだ。




 とりあえず、目の前にいる吉澤の誤解は丁重に解かせていただいた。




 「そうだったのか……分かった。じゃあ、俺もその話になったら、みんなの誤解を解いといてやるよ」


 「頼むよ、吉澤」


 ……これこそ切実だな、ホントに。




 さて……この問題はさておき、ひとしきり吉澤と話したし、今度は福谷さんの所にでも行ってるか。




 「どうですか桜井くん? 楽しんでいますか?」


 「ええ、そりゃもう存分にね」


 近づくと、あちらから声をかけてきた。

 これだけ人がいて、料理も美味しければ、楽しくないはずが無い。



 「それならよかった。今日はみなさんに楽しんでいただかないと、元も子もありませんから」


 「僕らだけじゃなくて、福谷さんもね。

  福谷さんも、楽しんでる?」


 「ええ、おかげ様で。こんなに大勢で集まるのは久しぶりですから」


 柔らかな微笑みで福谷さんが答えた。背景の桜吹雪の効果もあって、数段増しで可愛く見える。


 ―――なんて恥ずかしいことを考えたら、目が合わせられなくなった。

 このまま目を逸らしっぱなしってのは気まずいし、何か話でもふらないと……。



 「そっ、そう言えばさ、福谷さんってこんなに凄い所に住んでるけど、

  親御さんは何してる方なの? 差支えが無かったら、教えてくれないかな?」


 「それは―――」


 「福谷さんの家はね、あの福谷グループの福谷なのよ」


 そう言って割り込んできたのは茜ちゃんだった。



 「陽ノ井さん、どうしてそれを?」


 「うん……あのね、実はウワサになってたんだよね。

  あたし達の学年に、大金持ちのお嬢様がいるって」


 ちなみに、僕はこの話は例によって初耳だ。


 「それで、苗字が苗字だし、もしかしたら福谷さんかもなんて思ってたんだけど……、

  今日ここに来たら、確信できたわ。それに、こんな大豪邸に住んでるし」


 ウワサは確かに初耳だったが、福谷グループのことはさすがに知っている。

 爪楊枝からスペースシャトルまで作る、超巨大企業グループ――それが福谷グループだ。


 福谷銀行、福谷重工、福谷エレクトロニクス、福谷食品……と、関連会社を挙げていったらキリが無い。



 「周りには隠していたつもりだったんですけど……。

  仰るとおり、私の祖父はグループの会長ですし、

  父はグループの内の何社かの社長で、次期会長です」


 どうやら、お嬢様はお嬢様でも、福谷さんの場合は超弩級のお嬢様だったようだ。



 「……本当は、今日はそのこともお話しようと思って皆さんをお呼びしたんです。

  でも……できるだけ周りの方々には内緒にしておいてください。

  私は志木高の皆さんに、“福谷の娘”として見られたくないんです。

  それに―――」


 やけに、“福谷の娘”というワードが引っかかった。

 話している福谷さんの顔も、何だか冴えない。



 「それに、私は普通の女の子ですから」


 確かに、今まで1年間クラスメートやってきたけど、福谷さんは普通の女の子だった。

 ならば、僕が言うべきことはそう多くは無い。



 「……分かった。

  そうだよね。たとえ家がどうであれ、福谷さんは福谷さんだし。

  福谷さんがスーパーお嬢様だろうと何だろうと、僕達は友達だよ」


 「あたしも言いたいことは同じ。

  ……だから、どう見られるとか、そんなこと気にしないで。

  周りにわざわざ言ったりなんて野暮なことはしないし」


 「桜井くん、陽ノ井さん……ありがとうございます!」


 そう言って、またまた深々と頭を下げる福谷さん。

 ……もはや習慣になってるのかな?



 「いやあ、そんなに大層なことはしてないって……ねっ、茜ちゃん?」


 「そうそう。これぐらい、当然よ。

  ここにいるみんなだって、おんなじこと言うと思うし」


 「お二人とも……本当に、ありがとうございます。

  これで……これで、本当に皆さんとの生徒会執行部をスタートできます!」


 半分涙ぐんではいたが、福谷さんの表情は―――何かから解き放たれたような、そんな喜びのようなものが見えた。






 桜舞い散る福谷家の庭園で、夢のようなひとときを過ごす僕たち。




 だが、いつまでも続くかと思われた宴も、日が沈む頃には終わりを迎えた。




 そして……ふと、この宴の終りが、これまでの“日常”の終りを告げているような、そんな気がしたんだ。




 それが生徒会という新しい環境のせいなのか、それとも、もうすぐやってくる次の季節のせいなのかは分からないけど……。




 新しく始まる“日常”の足音、それが聞こえてくるのと同時に、僕たちの中で、確実に何かが動き始めていた―――


 作者より……


 ども〜、ユウイチです。

 Life十二頁、いかがでしたでしょうか?


 ある意味閑話休題ですが、ある意味では重要なお話って所です。

 第一部完! って感じでしょうか(笑)


 ちなみに、冒頭に出てきた『北武デパート』ですが、あれは志木ノ島にある大手デパートのことで、

 察しの良い方なら分かるかと思いますが、某有名大手デパートのパロディーです(^^ゞ


 ちょっと短いですが、春休み編はこれでおしまい。

 次回からは新学年編です。お楽しみに♪

 あやのがついに志木高入学など、中々盛りだくさんの内容ですよ。


 さて、次回はいきなり謎の転校生とのコンタクトがあります。

 ハイ、新キャラです(^^ゞ またしばらく、キャラ紹介編かと思われます。

 濃い連中が揃っているので、期待しすぎない程度に期待をば。


 それではまた次回お会いしましょう!

 サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ


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