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私は悪くない

掲載日:2026/04/02


「ねえ、ちょっとこれやろうよ」

飲み会の終盤、

私はスマホをテーブルの真ん中に置いた。


「心理テスト。盛り上がるやつ」

誰かが笑う。


「またーおまえそういうの好きだよね」


「いいじゃん、最後だし」

酔いも回って、みんな適当だ。


質問は軽いものばかりだった。

好きな色とか、休日の過ごし方とか。

それで診断が出る。


「うわ、当たってる」

「いやこれ違くない?」

そんな空気。

ちょうどよかった。

だから私は、少しだけ踏み込んだ。


「次これね。“あなたの隠れた本能”」


「やばそう」


「やばくないって、ただの心理テスト」

笑いながら、私は読み上げる。

選択肢を選ばせて、結果を表示する。


——性欲が強いタイプです。

一瞬、間が空いた。

表示されたのは、

あの人のスマホだった。


「……え」

真面目で、

静かで、

こういう話題とは一番遠い人。


その人が、

顔を真っ赤にして固まっていた。


誰かが吹き出す。


「マジかよ」

「意外すぎる」

私は、笑った。


「いやいや、ただの診断だから」

フォローのつもりだった。

本当に。


「ほら、こういうのって逆に出るんだって」

軽く、軽く流すつもりで。



でも、

その人は一言も喋らなかった。


視線を落としたまま、

グラスを持つ手だけが、少し震えていた。


「次いこ次」

誰かが空気を戻す。

話題はすぐ変わった。

笑いも戻った。

何もなかったみたいに。



―――

次の日。

その人は、来なかった。


「体調不良らしいよ」

誰かが言う。

へえ、としか思わなかった。


三日目も、来なかった。

一週間経っても、来なかった。

その事を全く知らずに過ごしていた。


「ちょっと問題になってるらしい」

上司に呼ばれたのは、そのあとだった。

会議室。


ドアが閉まる音がやけに重い。

「先日の飲み会のことなんだけど……」

私は頷く。


「何か問題ありましたか?」

本当に、わからなかった。

上司は、少しだけ間を置いて言った。


「あの心理テスト、君がやったんだよね」


「はい……?」


「彼、あれ以来出社できてない」


「……え?」

理解が追いつかない。


「いや、でも、ただの……」


「本人はかなりショックを受けてる」

ショック?

何に?

ただの、冗談みたいなものだ。

みんな笑ってた。

あの場は、あれで回っていた。

むしろ、

あのまま黙るより良かったはずだ。


「ちょっと、配慮が足りなかったんじゃないか」

その言葉に、

初めて違和感が生まれる。

配慮?

私は空気を読んだだけだ。

場を盛り上げただけだ。

誰も止めなかった。

誰も嫌がっていなかった。

なのに、

どうして私だけが、ここにいる?


「……すみません」

とりあえず言った。

正解がわからなかったから。

上司はそれ以上何も言わなかった。


「しばらく、彼とは距離を置いてくれ」

それで終わりだった。


帰り道。

スマホを開く。

あの心理テストの画面。

履歴が残っている。

同じ質問を、自分でもやってみた。

選択肢を適当に選ぶ。

結果が出る。


——周囲の空気を優先するタイプです。

思わず、笑った。

そのあと、

もう一度やった。

今度は、少しだけ正直に選ぶ。


結果が出る。

——他人の反応を娯楽として消費する傾向があります。

さっきと違う結果。


当然だ。

適当な診断なんだから。

どっちも、当たっていない。

なのに、

なぜか二つ目の方だけ、

少し長く画面に残った。


―――

数日後。

あの人は、異動になったらしい。


「本人の希望だってさ」

誰かがそう言った。


私は少しだけ安心して、

少しだけ、引っかかった。


その日の帰り道、

またあの心理テストを開いた。

今度は、最初から最後まで、

一切迷わず選んだ。

結果が出る。


——あなたは、人の境界線に無自覚に踏み込むタイプです。


私は画面を閉じた。

夕焼けを浴びた電車の窓に映った自分が、

あのとき赤面したあの人と同じ赤色をしていた。


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