私は悪くない
「ねえ、ちょっとこれやろうよ」
飲み会の終盤、
私はスマホをテーブルの真ん中に置いた。
「心理テスト。盛り上がるやつ」
誰かが笑う。
「またーおまえそういうの好きだよね」
「いいじゃん、最後だし」
酔いも回って、みんな適当だ。
質問は軽いものばかりだった。
好きな色とか、休日の過ごし方とか。
それで診断が出る。
「うわ、当たってる」
「いやこれ違くない?」
そんな空気。
ちょうどよかった。
だから私は、少しだけ踏み込んだ。
「次これね。“あなたの隠れた本能”」
「やばそう」
「やばくないって、ただの心理テスト」
笑いながら、私は読み上げる。
選択肢を選ばせて、結果を表示する。
——性欲が強いタイプです。
一瞬、間が空いた。
表示されたのは、
あの人のスマホだった。
「……え」
真面目で、
静かで、
こういう話題とは一番遠い人。
その人が、
顔を真っ赤にして固まっていた。
誰かが吹き出す。
「マジかよ」
「意外すぎる」
私は、笑った。
「いやいや、ただの診断だから」
フォローのつもりだった。
本当に。
「ほら、こういうのって逆に出るんだって」
軽く、軽く流すつもりで。
でも、
その人は一言も喋らなかった。
視線を落としたまま、
グラスを持つ手だけが、少し震えていた。
「次いこ次」
誰かが空気を戻す。
話題はすぐ変わった。
笑いも戻った。
何もなかったみたいに。
―――
次の日。
その人は、来なかった。
「体調不良らしいよ」
誰かが言う。
へえ、としか思わなかった。
三日目も、来なかった。
一週間経っても、来なかった。
その事を全く知らずに過ごしていた。
「ちょっと問題になってるらしい」
上司に呼ばれたのは、そのあとだった。
会議室。
ドアが閉まる音がやけに重い。
「先日の飲み会のことなんだけど……」
私は頷く。
「何か問題ありましたか?」
本当に、わからなかった。
上司は、少しだけ間を置いて言った。
「あの心理テスト、君がやったんだよね」
「はい……?」
「彼、あれ以来出社できてない」
「……え?」
理解が追いつかない。
「いや、でも、ただの……」
「本人はかなりショックを受けてる」
ショック?
何に?
ただの、冗談みたいなものだ。
みんな笑ってた。
あの場は、あれで回っていた。
むしろ、
あのまま黙るより良かったはずだ。
「ちょっと、配慮が足りなかったんじゃないか」
その言葉に、
初めて違和感が生まれる。
配慮?
私は空気を読んだだけだ。
場を盛り上げただけだ。
誰も止めなかった。
誰も嫌がっていなかった。
なのに、
どうして私だけが、ここにいる?
「……すみません」
とりあえず言った。
正解がわからなかったから。
上司はそれ以上何も言わなかった。
「しばらく、彼とは距離を置いてくれ」
それで終わりだった。
帰り道。
スマホを開く。
あの心理テストの画面。
履歴が残っている。
同じ質問を、自分でもやってみた。
選択肢を適当に選ぶ。
結果が出る。
——周囲の空気を優先するタイプです。
思わず、笑った。
そのあと、
もう一度やった。
今度は、少しだけ正直に選ぶ。
結果が出る。
——他人の反応を娯楽として消費する傾向があります。
さっきと違う結果。
当然だ。
適当な診断なんだから。
どっちも、当たっていない。
なのに、
なぜか二つ目の方だけ、
少し長く画面に残った。
―――
数日後。
あの人は、異動になったらしい。
「本人の希望だってさ」
誰かがそう言った。
私は少しだけ安心して、
少しだけ、引っかかった。
その日の帰り道、
またあの心理テストを開いた。
今度は、最初から最後まで、
一切迷わず選んだ。
結果が出る。
——あなたは、人の境界線に無自覚に踏み込むタイプです。
私は画面を閉じた。
夕焼けを浴びた電車の窓に映った自分が、
あのとき赤面したあの人と同じ赤色をしていた。




