勇者に“すべり止め”扱いされたので、全力で見捨ててやりました
「俺、お前のこと好きだよ」
魔王を倒した直後、勇者アベルはそう言った。
――ただし、その“相手”は、150歳のエルフだった。
魔王討伐は、激戦だった。
はぐれ魔族を束ねる魔王は強大で、狂気じみた魔力を持っていた。
だが、勇者アベル、エルフのシャンディ、そして私パンジー・マリーゴールドの三人が揃えば、敗れる相手ではなかった。
長い戦いの末、魔王は討たれ、はぐれ魔族も瓦解した。
世界は平和を取り戻した――はずだった。
「これで、俺はシャンディと一緒に暮らせるな」
満面の笑みでアベルはそう言った。
シャンディはきょとんとした表情で、
「……どういうこと?」
「どういうことって、好きだからだよ。好きな人と一緒にいたいだろ?」
――好き?
私はエルフ族のシャンディに常々違和感を感じていた。
シャンディは確かに美しい。
だが、どこか幼さが抜けない。
言動も、時々ちぐはぐで――
「アベルって、私のこと好きって……そういう意味で?」
シャンディが、不安そうに問いかける。
そして、ぽつりと続けた。
「里の長が言ってた。人族には気を付けろって。……人族は、幼児が好きだって」
――え?
空気が凍った。
詳しく聞けば、答えはすぐに出た。
エルフ族は一万年を生きる。
その中で、150年は――
人族で言えば、10歳にも満たない“幼児”だった。
「……は?」
アベルの顔から血の気が引く。
そういえば、思い当たる節はいくつもあった。
拗ね方。
笑い方。
無邪気な仕草。
あれは“あざとさ”ではなく――
ただの子供だったのだ。
「俺……そんなつもりじゃ……」
アベルは頭を抱えた。
さすがに、そこまでの趣味はなかったらしい。
「……帰ろう」
彼はそう呟いた。
逃げるように。
「そうだ。俺には幼なじみがいる」
唐突に、アベルが顔を上げた。
「リリっていうんだ。きっと俺のこと、待っててくれてる」
――その自信、どこから来るのかしら。
私は何も言わず、転移魔法を展開した。
トープ自治国、ケープルの村。
勇者アベルの生まれ故郷、そして幼なじみが待つ村。
そこにいたのは――
「え、アベル?」
見知らぬ男の隣で笑う、一人の女性だった。
「リリ……!」
駆け寄るアベル。
だが、彼女の表情は一瞬で冷えた。
「……はあ?」
そして、次の瞬間。
「どの面下げて来たのよ」
氷のような声が、突き刺さった。
「待っててくれって言っただろ!?」
「はあ!? あんた、私のことなんてとっくに忘れてたでしょ!」
周囲の視線が、一斉に集まる。
ざわり、と空気が揺れた。
ひそひそと囁く声が、あちこちから漏れ始める。
「……アベルだ」
「本当に帰ってきたのか……」
「昔は、リリとあんなに仲が良かったのにねえ」
「待ってるって言わせておいて、放ったらかしかい」
「聞いたことあるぞ、あいつ」
「旅の先で女をとっかえひっかえしてるって……」
「勇者様、って呼ばれてるらしいけど」
「中身はただの女たらしじゃないか」
「……子供の頃は、あんなに真っ直ぐな子だったのに」
「人って変わるもんだねえ……」
誰かが、ため息をついた。
「リリちゃんがかわいそうだ」
「ずっと待ってたのにね」
「……英雄様、ねえ」
その一言が、決定打だった。
アベルの顔が、みるみる歪む。
逃げ場は、どこにもない。
――ここには、もう“味方”はいなかった。
アベルの顔が歪む。
「それにね」
リリは一歩踏み出した。
「本命のきれいなエルフ族の女の人がいるの、知ってるのよ」
「っ……!」
「本命がいるのに、私に言い寄るなんて気持ち悪いのよ」
その本命が中身、幼児だなんて言い出せるわけがない。
完全に、終わった。
アベルは何も言い返せず、ただ立ち尽くす。
そのまま、逃げるように村を後にした。
――そして。
「パンジー」
沈んだ声で、アベルが言う。
「君、俺のこと好きだったよな?」
私は、黙っていた。
「俺もさ……実は、君のこと――」
そう言いながら、私に触れようとしてくる。
バチッ。
結界が、彼を弾いた。
「痛っ!?」
「ふざけないで」
静かに、言い放つ。
「本命は幼児。幼なじみには捨てられて、それで次は私?」
一歩、踏み出す。
「――私はね」
「あなたの“すべり止め”じゃないの」
アベルが、何か言おうとする。
だが、言葉にならない。
「私はね」
「“選ばれなかった女”じゃないの」
「“選ばない女”なのよ」
私は踵を返した。
転移魔法を発動する。
もう、この男に使う時間は一秒もない。
その後。
私パンジー・マリーゴールドはプラチナ帝国へ戻り、公爵当主として政務に復帰した。
28歳。世間では“行き遅れ”と呼ばれる年齢。
――だから何だというのか。
私は私の人生を選ぶ。
好きな魔法研究に没頭し、帝国でも指折りの魔導士として名を上げていった。
一方、勇者アベルは――
「幼児に手を出そうとした勇者」
「女を使い捨てにした男」
そんな噂が広まり、どこへ行っても相手にされなくなった。
かつて世界を救った英雄は、誰からも選ばれない男として、静かに落ちぶれていった。
――それでも。
私は一度も、振り返らなかった。
この話に登場した勇者アベル、リリ、パンジー・マリーゴールドは、シリーズ本編第1作目「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1」の第4部、に登場します。
そこには、アベルとリリの別れの様子や、勇者アベルとパンジー・マリーゴールドの出会いが書かれています。
気になった方は是非、ご一読ください。




