蓮
※自傷行為の描写があります。苦手な方はご注意ください。
今付き合ってる人がいるの。愛して愛してやまない私の運命の人。彼とは出会う運命だったの。彼も、きっと私が運命の人なの。私は彼のこと全て分かってるの。彼が髪の毛を切っても、爪を切っても、柔軟剤を変えても、指のささくれが増えても、まつ毛1本抜けててもわかるの。彼が仕事の関係で様々な人と話さないといけないのは分かってる。でも・・・私以外の人と喋ってると思うと、辛い。永遠に2人で家に閉じこもって愛し合っていたい。それができないのが苦しい。でも、今から彼の家に行くから少しまし。きっと、彼はまだ家にはいない。でも合鍵は持ってて家に入れるから、愛情たっぷりの夜ご飯を作って待っていよう。外の空気を吸いながら、彼の家の匂いを思い出す。今日の彼は、どんな彼なのだろう。
彼のアパートの部屋の前についた。・・・部屋の電気がついてる。今日は連絡せずに、驚かせたくて来たんだけど・・・。今日は早く帰ってきたのかな? 寝てると困るし、部屋のインターホンは鳴らさずに家に入ろうと思う。
「本当にするんだな?」
「ああ。今更、もう後に引けないさ。」
俺は今、女装をしている。隣にいるのは、俺の格好をした友人。ちなみにコスプレイヤーだ。
なぜこんな事をしているのかというと、俺の彼女を試すためだ。俺の彼女は、毎回毎回「あなたの全てを理解してるの。」って言ってくる。初めの方は、俺のことを独占したいのかな、可愛いなぁ、なんて思っていた。でも、最近は独占欲が強くなってきて、ヤンデレになってて、正直めんどくさい。付き合った頃はこうじゃなかったのにと思ってしまう。だから、コスプレをしている友人に頼んだ。俺が可愛い美少女に、友人が俺になって、あいつが本当にわかるのかを試すんだ。ついでに、女装している俺に対してどんな態度をとるか見るんだ。反応によっては、別れようと思う。
準備はできた。俺たちは今からあいつの家に行ってやろうと思う。一応、メールを・・・
『ガチャン』
その音で、周りを静寂が支配する。一瞬が途轍も長く感じた。
「今の音って・・・」
「・・・っ。嘘、だろ? ってことは・・・ッ。」
俺がドアの方へ振り返ると・・・彼女が、結衣がいた。結衣は、友人を見て言った。
「れ、ん。・・・この女、誰?」
そう言って、俺を指差してくる。他の女がいるなんて、信じられないといった顔で。友人は喋らない。何があっても、俺が先に喋るという約束だからだ。俺は、何となくまだ黙っておこうと思った。
次の瞬間、俺は顔を殴られ、床に押し倒された。マウントポジションを取られ、彼女はポケットから折り畳み式ナイフを取り出した。そして、ブツブツと何かを言い始めた。
「この泥棒猫。人様の男とって楽しい? れんは私のものよ。あんた誰よ。ふざけんな。許さない。私のもの取っておいてただで済ますわけないでしょ? だから会社に行くのは反対だったの、別に家でもできるのにわざわざ会社に行ってたのは・・・お前のせいか。」
段々と目つきが鋭くなっている。睨みをきかせながら、ナイフを撫でている。さっきよりさらに小さな声で、ある1つの単語を繰り返し呟く。ここまでくると、何をされるか分かったもんじゃない。ウィッグをとってネタバラシしようにも、腕がウィッグに届かない。こうなるんだったら、長い髪のウィッグにしておけばよかった。友人は、近づこうにも近づけないという状態だった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・!!」
突然ナイフを振りかぶり、奇声を上げ、顔の左にナイフを刺した。顔と顔の距離があたるすれすれまで近づいた。目の前には狂った笑みを浮かべながら泣いている結衣が映った。その顔をみて、俺はもう何も感じなくなった。俺だとわからずに嫉妬で狂い、本能のまま行動する結衣。結衣はただ、自分だけを見てくれる人が欲しいだけだ。俺じゃないとだめなわけではない。そんなことを考えていたら、ウィッグの紙が引っ張られた。ウィッグが頭から離れ、結衣の手にしっかり握られる。俺はウィッグを取ってくれたことに感謝しながら言った。
「別れよう。」
え、なんで。この女は、れん?? は? この女が、れん?! は、はは。そんなわけ、そんなわけない。私が、れんに気づかないはずない。気づかないわけないの。これはれんじゃない。れんじゃないの、れんなわけないの!!!!! そもそも、れんは私の右に立ってるじゃん!!!!!
「偽、物。私のれんはそんなんじゃない。れんを返して。れんと同じような髪型にして、れんと同じような声を出して・・・私を、だまして・・・。ねえ、れん? これはどういうこと??」
私は、立っているれんを見る。目をじっと見つめる。すると、彼もウィッグを外した。
「ごめんね。僕はれんじゃない。君の下にいるのが、本物のれんだよ。君は・・・れんにふさわしくない。だから、僕にし・・・・・」
彼は、れんじゃ、な、かった。え、? れん? 立っているのは・・・偽物? え、あ。これは夢だ。こんな現実、あるはずない。そんなわけない。私のれんが・・・こんな事するわけない。
「これ、はゆめ、これは夢、夢、夢、夢。これは、夢なの!!!!!」
ナイフを床から抜き、手首に当てる。現実逃避のために、リスカしよう。そうすればきっと、この悪夢から覚めて苦しくなくなる。リスカ跡が増えたところで、夢だから。大丈夫。夢、こんな夢、早くさめてしまえ!!
そんな想いのまま、手首に当てているナイフを強く押し当て、赤い液体が流れ出るのを眺めた。あーあ、これは現実だった。
俺たちは収拾がつかなくなった。俺の上でリスカしている結衣を見ると、何が正解だったのか、最早何をしたかったのかわからない。結衣の言葉が本当か、なんてどうでも良かったはず。なのになんで、俺は。俺は・・・
「俺はただ、結衣が本当に求めているのは俺だけだと、確かめたかっただけなのに。」
友人が無言で俺を見てくる。結衣は、もう俺の言葉なんて聞こえていない。
「とりあえず・・・僕、帰るね?」
友人は言った。まあ、これ以上いても気まずいだけだよな。俺はうなずいて言った。
「ありがとう、協力してくれて。ごめんな。また会社で。」
友人はそそくさと帰っていった。
結衣は動かない。まばたき1つしない。ただナイフと手首から血が滴っている。目はただのガラス玉のように、ただ静かに涙を流している。
「ゆ、い??」
返事がない。俺は少し怖くなってきた。このまま結衣が死んだら、それは俺が苦しめて殺したことになるんじゃないか。めんどくさいとは思っても、俺は今でも結衣が好きだ。昔よりは薄れてしまったけど、俺は結衣に死んでほしくない。どうにか上体を起こし、半開きになった口に口付けを交わす。どうか、戻ってきてくれ・・・
「れん。」
「結衣!! これは、本当にすまなかっ・・・」
「行かなきゃ。」
「え? 何が、って待っ・・・!!」
結衣が急に立ちあがったと思いきや、ドアに向かって走り出し、あっという間に外に出てしまった。・・・俺も行かないと。
私はなぜか思う。走らないと。行かないと。自分の体が信じられないぐらい軽い。私の意思に関係なく、私は死に場所を求めて走り続ける。さあ、どこにたどり着くのかなあ。
「ゆ、い!! どこに行くんだ!!」
・・・れんだ。なんで追いかけてくるんだろう。もう関係ないのに。ま、いっか。どこで、死のうかな。私はもう、れんの隣には居れない。生きてる価値も・・・ない。
あ、橋についた。この川はそこそこ深かったはず。ここで、いっか。
「結衣、待って、待ってくれ・・・!」
れん・・・まだ来てたんだ。でも、もうお別れなの。
「さようなら。」
「まっ・・・!!!!!」
私は彼に出会えて幸せだった。少しめんどくさそうにしててもちゃんと相手してくれた。嬉しかった。最後くらい、純粋に美しくいたい。美しく、散りたい。いままで、ありがとう。
『ドボン』
無情にも彼の周りには水音だけが響いていた________
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