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再楽園

「なっ……」


 それは、常に冷静沈着なゴードンを初めて私が出し抜いた瞬間だった。


「噛みつくだって? そしたら君は」

「いいの。もういい。もういいのよ何もかもっ‼ だから早く噛みついて。あなたご自慢の牙を突き立てて、私の首筋に噛みついてっ‼」


 私の気迫に押されたゴードンは、返す言葉もなく、ただ


「……わかった」


 と、苦しい表情で頷いた。



「ありがとう、ゴードン」


 私は柔らかに微笑み、立ち上がった。

 

 私たちの運命を転がす、神様なる存在がいるなら私はぜひともそいつに会いたい。

 会ったら憎たらしい顔して中指立てて、聞くに堪えない罵詈雑言を浴びさせてやるんだ。

 だって私は勝者だもの。

 あなたは私を楽園から追い出して、さらに追い出した先でも私からすべてを奪った。

 どうせ、勝ったつもりでいるのでしょうね。

 でも本当の勝者は私。

 私はこれから、神様でもたどり着けないような、永遠の愛を手に入れようとするのだから。


「ああうっ!」


 噛みつかれた瞬間は激痛が走ったが、それっきりだった。

 朝の光を浴びて、私たちの間に静寂な時間が流れていく。

 私はゴードンの腕にしがみつきながら、その時を今か今かと待ち続ける。

 これは「永遠の愛」を手に入れるための、神聖な儀式だ。


 ふざけるなっ‼ 何をやってるんだっ‼ おいっ、カオリっ‼

 

 窓の外で夫が吠えている。

 だが神聖のベールに包まれた私の耳に、下界の人間の声など届きやしない。

 私の心は恐ろしいほど落ち着いている。

 一時私をかき乱していた絶望など、今や白日よりも透き通っている。

 

 実感はない。

 だが、確実に私は彼と同じ体に変化している。

 朝の光が、私の体を石色に塗り替えていく。

 だんだんと意識が霞んでいき、離さないと彼の腕を固く掴んでいた手からガスが抜けるように力が失われていく。

 視界が朧げになっていく。光もろくに感じられず、目の前を暗闇が覆い始める。

 美術品のような彼の顔が崩れていく。


 でも、私は見逃さなかった。

 彼の唇を。

 そのかすかな動きを。


「愛してる」


 聞こえなかった。

 でも、彼はそう言った。

 絶対に、そう言った。

 だから、


「私も、愛してる」


 と、風前の灯のような命の全てを尽くして、声にならない思いを燃やした。

 

 やがて私から意識が消えた。

 命が消えた。

 でも、愛だけは消えていない。

 楽園を追い出された私は、また楽園へと返るのである。


 私の理想は、完璧なまでに満たされた。


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