禁断の始まり
「んっ……」
不意に、ゴードンの唇が私の唇と重なった。
背徳感の真っ只中に飛び込んできた、生温かく情熱的な口づけ。
その失楽園を包むように、ほんのりと、だが危険を孕んだワインの香りが漂う。
彼は私を抱く。
私はもっと彼を抱きしめる。
強く、美しく、破壊的に。
「はぁ……、カオリ……」
紅の瞳をつぶらに開いて、夢うつつな吐息交じりにささやく。
彼の顔は赤らんでいた。
ワインのせいじゃない、官能的な紅潮。
その紅潮は、私も同じだった。
「ゴードン、私、もう……」
うねり始める体の熱に、私の意識は朦朧と浮かされる。
彼は、そんな私の顔に、そっと手を添える。
「僕もだよ、カオリ……」
それからはあっという間だった。
私もゴードンも、欲情に熟した体を露わにした。
私たちは本能に操られたかのように、示し合わさずとも自然に絡み合った。
私たちの長い夜がいよいよ始まったのだ。
私はゴードンが大好きだ。
たくましい体格と、端麗な顔立ち、紳士的な立ち振る舞い。
女性ならば誰しも惚れる好青年。
だが上辺だけ優れていても、女の欲を底まで満たすことはできない。
ゴードンが私の深淵までつなぎとめた最大の魅力、それは巨根であった。
下品、卑猥、低俗、どんな罵倒を浴びせられようが、快楽の向こう側まで征服しなければ、男女は真の愛にたどり着けないと私は考えている。
ゴードンのそれは、私が今まで寝てきた男より群を抜いた逸品だった。
ゴードンはワインの専門家だが、私はそっちの専門家。
ゴードンのそれは、私の知らない世界を強引にこじ開けて、私は快楽の荒海の中に溺れさせる。
私は、ゴードンそれなしでは生きられない体になっていた。
ゴードンのそれなしではイケない体になっていた。
異種族と交わることは、互いの体を危機にさらすとして、法律ではっきり禁止されている。吸血鬼も例外ではない。
彼らと交われば、自分まで同族になってしまう危険性がある。
彼らの牙で咬まれたら最後、人間には戻れなくなる。
だが風俗の世界では異種族と楽しめる裏コースを隠し持っていたり、実際ゴードンのように人間の姿に紛れ、ほとんど人間として生活する種族もいる。
法はあれど、現実は雲をつかむように混沌としているから、取り締まりも困難を極めているのが現状である。
そうした社会的な危険と、夫の愛の裏という背徳感に追われながらの行為は、私たちを果てしない快楽へと導いた。
私たちは夜通し交わった。
あの巨根で、私は数えきれないほどの絶頂を迎えた。
意識が混迷してきても、私は私の手で私を刺激して、快楽の荒海を泳ぎ続けた。
自分でも狂ってると思った。
でも、狂ってる自分が何よりも愛らしくて愛おしかった。
私たちは何も性欲でバカ騒ぎをしたいわけじゃない。
私たちの本当の目的は、来たる夜明けを二人で迎えることだった。
互いに精根尽きてもなお交わり続け、これが「真実の愛」だと語らっても、隠密な夜のとばりは監獄のように私たちを閉じ込める。
だからこの目で見たかったのだ、夜明けというものを。
この身体に刻み付けたかったのだ、「真実の愛」というものを。
ここで、「吸血鬼は陽光を浴びると死ぬ」という定説が邪魔するが、現代の吸血鬼はそんなの大昔の悩み事だと一蹴している。
吸血鬼を陽光から守る、「吸血鬼日光防御剤」という特別なスキンクリームが開発されて以降、吸血鬼達は一抹の不安無く、日中の外出を楽しんでいる。
もちろんゴードンも抜かりなく全身に塗布済みである。
ゴードンがシャワーを浴びなかったのも、クリームが落ちないようにするためだった。
一応、汗をかいても簡単に落ちないよう、水に強く作られているのだが。