渇望の行きつく果て
22時。
夫は出張で不在。
それは他の女と遊ぶための口実ではなく、本当の出張。
夫は堅実かつ誠実で嘘はつかず、私だけを一心に愛してくれた。
女からすれば喉から手が出るほど理想的な夫だろう。
だが、その「理想的」が裏目に出た。
私はいつしか、刺激を求めるようになっていた。
私に愛の全てを注いでくれる夫、もちろん初めのうちはとても嬉しかった。
何度も抱き合った。
その一方でどこか物足りなさを感じる自分もいた。
「理想」が現実で満たされてしまった後、私はさらなる「理想」を求めてしまっていた。
裏切り、罪、どんな非難も的を外さない。
それくらい私は悪いことをしたのだ。
でも、その背徳感こそ、私の物足りなさにピッタリ嵌まり込んだ。
夫が不在の日を狙って、何人もの男と交わった。
体だけの付き合いもあれば、仮初でも真実に近い愛情を育んだ時もあった。
それでも金の切れ目が縁の切れ目だった。
満たされたらその分だけ物足りなくなる。
私は常に掴み得ない「理想」を追い続けていた。
いつかこの身を滅ぼすだろうことも何となく感じていた。
だが、私の中にある無尽蔵とも言える貪欲な渇望は、その勘さえも飲み込んで、やがては私さえも飲み込み、私は、渇望そのものになっていた。
そして、永久不滅と思われた渇望は、とうとう終着の兆しを掴んだ。
ドアベルが鳴る。
俄然私の胸も高鳴る。
跳ねるように玄関に向かって来客を出迎える。
「待たせたな、カオリ」
芯の響いたうっとりする声が、私の耳を甘やかす。
2m近くある巨体。
オーダーメイドの黒スーツに身を固め、頭には山高帽、右手ではブラウンのステッキを突くその姿、ありったけの紳士気風に私は眩暈がするほど見惚れてしまう。
大きく尖った牙。そして燃えるような紅の瞳が、私を厳粛に見下ろし、射抜く。
彼は吸血鬼だった。
名はゴードン。
暴走する渇望のたどり着く果てが、彼だった。
「ううん。待ってなんかない。だって、あなたを待つ時間さえも愛おしいんですもの」