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20話 horoscope

『天体を操るアトゥム神の圧倒的操作物量! それに加え、過剰なエネルギーの創出! これが始まりの神の実力だああ!!』

ヒヤルムスリムルの状況整理に、観客は興奮を生む。だが、こんなもので終わるとは思っていない。


『ほう…』

突き出した錫杖は未だエネルギーを循環させている。その錫杖に新たな力が加わる。ギギギと音を立てて、体に刺さった錫杖を引き抜くイル神から獣のように開いた瞳孔を捉える。睨み合いが続く。


わぁぁぁ────。

闘技場に響く歓声は内部回廊をびりびりと震わせる。吹き抜けの回廊は白皙の柱に支えられ、少しばかりの汚れが目立つ石畳の床。内部に設置された部屋が連なる場所とは違い、公の闘技場に近い回廊は明るい雰囲気を保っている。活気溢れる闘技場を見下ろして、舌打ちする神が一柱。朧月の目は冷めているのに、激昂を感じられる。苛立ちを抑えられない彼は欄干を握り、破壊した。ばらばらと礫が手から落ちる。

「物に当たるのはやめたほうがいいじゃな~い?」

「あ゛?」

激昂する神に苦言を呈する神農が不敵な笑みを張り付けたまま、歩み寄ってくる。

「感情を制御できない神は上に立てないって、イル神に口酸っぱく教えられたんじゃない? 特に、ウガリット序列二位の立場なら」

「お前、同期だからって舐めすぎじゃね?」

神農の顎を掴んで、口を開いて大きな牙を見せつける。黒のつんつんとした髪。内側はエメラルドグリーンで、外側にはねる髪の先は天使の羽になっている。腹筋と胸筋を開けさせた外装。筋骨隆々の肉体には、多くの切り傷の痕が残っている。天使の羽で造られた装甲服。よくよく見れば髭があり、だらしなさが残っている。この神こそが、ウガリット序列二位嵐神バアルだ。

威嚇行為で神気を放つ猛獣のようなバアルを見て、神農は胡散臭い笑顔で返した。むっとしたバアル神は彼から手を離す。

「俺はイル神の頼みで来てんだ」

「あのじじいが?」

「お前が後先考えず行動するからだろ。俺は仕事あるんだけどなぁ」

「女の護衛か。お前と俺様は同期なのに、わざわざ格下に服従する意味があるか?」

バアル神が神農に聞いた。

「ご不満なら、俺様が殺してやろうか?」

「なんだかなぁ、お前がセア()さんと戦えるビジョンないんだけど。その前にイル神が勝てるビジョン見えないな」

神農は欄干に体重を預けて、モニターを視界に収めた。アトゥム神の迎撃を運よく躱したイル神だが、ここからの逆転劇を臨める状態ではない。試合は終わらないと確信しているが、展開は予想できない。失望の念が浮上する神農の隣で、バアル神はふははと声を上げて笑う。

「俺様も含め、ウガリットの神の傷全部が…じじいにつけられたもんだ」



錫杖を引き抜くと、イル神の穴から血が流れ出る。まるで滝のように、そして生臭い血反吐を吐く。神であっても深手を負う。人間との共通点を示している。白だったイル神に鮮血が模様を描いて、新鮮味を感じる。

イル神は親指で唇を拭った。

『御使い降臨、ラファエル』

ブルーシルバーの波打つ髪の天使ラファエルが現れて、イル神に肩に両手を添える。みるみるうちに神の傷は治っていく。完全回復したイル神は、アトゥム神を見据えた。

『ケレト叙事詩=ソドムの骸』

イル神の全身を包むように、巨大な光輪が舞う。それは天使の頭に浮かぶ光輪と同じく、それを肥大化させたものだ。光輪を見たアトゥム神はふと、それが惑星の輪に似ていると思ってしまう。

(塵と氷の粒子で構成される(リング)は見かけは綺麗だが、決して綺麗だとは言えない。だが、あれの光輪は美の結晶だ)

イル神の神気で溢れ返る光輪に、目を奪われる。虚ろな目だったが、急に朱みを帯びた。穏やかな態度と柔らかな声色で言った。

『あなたが認知したのが天体であるなら、私が認知したのは天使。数では劣りますが、どの天使()も私の可愛い眷属。

あなたはエジプトの子孫と同族に権威を見せたいのでしょう。武力に侵入されてはならない。私も同じ気持ちです。私はウガリットの子供を毎日のように(しご)きました。教訓が無駄にならないことを教育にしますよ』

イル神が手をかざすと、光輪はぐるりと回った。意味の分からない動きを見たアトゥム神は呆ける。

『!』

背後に現れた二翼の天使が神に向かって、刃を振るった。驚嘆する神をよそに、天使は次々と姿を現した。アトゥム神の目に映る天使は、宇宙軸にとっての星に感じられた。

天使長(ミカエル)癒しの天使(ラファエル)神の人(ガブリエル)神の光炎(ウリエル)神の獅子(アリエル)神の救い(アズラエル)神を見る者(カマエル)。七大天使が顕現し、イル神を守護する。独立した存在と、天使を引き連れる天使が集結していく。

月の天使(オファニエル)夜の天使(レリエル)星の天使(コカビエル)星座の天使(ラティエル)

俄雨の天使(ザフィエル)雨の天使(マルティエル)水の天使(サキエル)靄の天使(バルディエル)風の天使(ルヒエル)嵐の天使(ザキエル)竜巻の天使(ラシエル)雪の天使(シャルギエル)空の天使(サハクィエル)雷の天使(ラミエル)死の天使(サリエル)鳥の天使(アラエル)地震の天使(スイエル)力の天使(ゼルエル)作物の天使(ソフィエル)

沈黙の天使(シャティエル)警告の天使(ハラリエル)美の天使(ハニエル)宝の天使(パラシエル)未来の天使(テイアイエル)希望の天使(ファヌエル)神秘の天使(ラジエル)

神の御顔(ペヌエル)神の友人(ラグエル)神の太陽(シャムシエル)神の雷光(バラキエル)神の美(イオフィエル)神の番人(ザフキエル)神の腕(ゼルエル)神の枝(アナフィエル)失楽園の拒絶(アブディエル)

続々と集結する天使の軍団。動揺こそしないものの、アトゥム神は深い焦りを覚える。

イル神が合図を出す。

『|Stealing satellite《天体を掴もう》!』

がきぃんと環が回転する。天使が目の色を変えて動き出す。

天体の一つである月が異様な輝きを放って、アトゥム神の視界を奪う。だが、次には真っ暗闇に放り込まれた。夜に包まれた空間。星が点と点を結んで、座を繋ぐ。星座の線上に立っていると、けたたましい音を立てて爆破した。爆撃の影響で夜の空間から脱出できたが、直撃した痛みで錫杖が汚れている。

(雨…)

ぽつぽつと肩を叩く雫。ザフィエルとマルティエルが杖を交互に鳴らして、雨を降らす。その雫を自然現象であると理解したアトゥム神だが、背後から金属が掻き分ける音を聞いて、咄嗟に防御した。目に映ったのはサキエルであった。どこからともなく現れた天使は雨雫を操作して、水のナイフを作り出し、猛追する。反撃しようとした瞬間、周囲が靄に包まれる。目を凝らせば遠くは見える程度だが、何かを隠しているように感じた。

どこからか風が吹く。靄を晴らすようなそよ風が、次の瞬間には目に見える風の刃となって、アトゥム神に鋭利な痕を残す。ごぉぉぉ、と想像したくない自然現象の一片。ザキエルとラシエルが翼をはためかせると、嵐と竜巻を喚んだ。強風の中にいる神をさらに追い詰めるのは、凍え死んでしまいそうなほどの冷感を呼ぶ雪。

『…』

さすがに危険だと感じたアトゥム神は天体を遠隔で操作し、天使の攻撃陣形を崩そうとする。高速回転で迫る天体。打開されるとできると確信したが、突如としてアトゥム神の目の前を飛ぶ天使が妨害する。サハクィエルだ。羽を抜き取り、弓矢のように打つと天体の中心を貫通して、粉々にした。サハクィエルの後ろに現れるラミエル。あどけない微笑みを向けたかと思えば、次の瞬間、宇宙軸全土に轟く雷を落とす。死の天使サリエルが大鎌を携え、アトゥム神に牙を向けた。鎌が触れた箇所の細胞組織が全滅して、腐敗を招いた。それでもなお余裕の残るアトゥム神に刺客が迫る。ひゅぅぅん、という飛行の道。

『゛!』

胸に矢が刺さっている。鏃が深くに残り、アトゥム神に驚きを齎す。矢の方向を見ると、遥か遠くに一翼の天使が弓を構えていた。ぎんぎんと輝きを隠そうとしない遥か遠くを見つめる鳥の瞳を持った天使が狙っている。意識を割かれた直後に、宇宙軸が揺れる。あろうことか宇宙空間で地震が発生しているのだ。大きな揺れで天体の軌道がずれ、衝突し、天体の破片が飛び散る。そして、地面がない場所で植物が育ち、成長に必要な栄養分を摂取しようと、アトゥム神の体に纏わりつく。執拗に伸びる植物を不快に思うアトゥム神は錫杖を高らかに振り上げ、天体の核エネルギーを一閃して、天使の包囲網を崩す。

猛攻を脱したアトゥム神は迷うことなく、イル神の間合いに侵入する。研ぎ澄まされた錫杖が迫っていても、イル神は焦ることはない。

「だめ、です、よ」

隣から声がする。目を向ければ気弱そうな天使が眉をひそめていた。

「音、奪いますね」

シャティエルが唱えると、アトゥム神の出す音が消え、それに伴って錫杖の核エネルギーが消失した。代わりに警告を告げる鐘の音が鳴り響く。まるで、イル神から離れろと言っているようだ。だが、アトゥム神は天使の命令に素直に従う性分は持ち合わしていない。懲りず錫杖を振るおうとすると、だらりと腕が垂れ下がる。力そのものが入らないのではなく、感覚がない。呆然とするアトゥム神の前に鞭を持った美の天使ハニエルと、剣を携えた宝の天使パラシエルが現れる。左右で受け構える銃を備える希望の天使ファヌエルと、拳を構える神秘の天使ラジエル。音頭を言わず、四翼の天使は同時にそれぞれの武器をアトゥム神に振りかざし、発砲し、しなるように打ち、突き出した。

『正転』

アトゥム神は状況を打開すべく、天体全ての羅列を組み替えて、宇宙軸に影響を与える。体が動かないほどの重力を生み出して、一気に足を進める。

『ここで終われ』

『そうはなりません』

イル神を守るようにしていた七大天使が環に吸収された。華麗な文様を示す環を手に入れたイル神は自ら進んで、アトゥム神に近づいた。必然、イル神の周りを回転する環も近づき、アトゥム神の肉体を抉る。

『!?』

単純明快な攻撃手段だが、天使を活力とする奇想天外な策略にアトゥム神の脳は完全に置いてけぼりを食らう。その間にも動き出す天使の大群。ペヌエルとラグエルの交錯する一対の鎌、シャムシエルの斧、バラキエルの杖、イオフィエルのショットガン、ザフキエルのモーニングスター、ゼルエルの鉄扇、アナフィエルの多節棍、アブディエルの鏢。すべて殺傷能力にずば抜けた天使の武器が顕現する。本来は守るための武器を躊躇いなく、アトゥム神に向けて、殺すことを視野に入れて攻撃してくる。

間一髪のところで回避するアトゥム神の周りに、わらわらと天使は集結していく。




ギリシャ専用観戦室、

クロノス専属戦天使(ヴァルキュリー)フルンドが紅茶を淹れる。クロノスは軽く礼を言って、口に運ぶ。モニターに映る天使の大群を見て、失笑しながら話す。

「天使という存在は、原初神の次に生み出された生命体。壮大な宇宙の統括補助として、イル神が創造した命。次第に天界の雑務役のような立場になるが、天使はそれに対して反抗しない。イル神が天使に組み込まれた使命とし、宇宙の調停を崩さぬよう、軌道私利細胞を作動させているからだ。

誤解するような言い方だが、これは天使を格下であると本能的に悟らせるものではない。神が規則を破って、宇宙の均衡を崩さないようにするための、歯止め役として認知させるためだ。手助けであって下僕ではないというイル神の温和な考えの下だ。

天界の修復、監獄の管理、各神界の警護、危険因子の排除、魔物討伐、その他諸々(etc)…宇宙が万事滞りなく廻るための”理の門番”、それが天使の存在意義。過去に天使は謀反を起こしたことがあるが、それは神の行動が過大であるという意志の表れ。二千年前の人類大戦、その果てに待ち受ける破壊神を投獄すべく、統治神の末妹セアに権限を移行した。天界宇宙(ゴットバース)の復興、人類との仲介、価値なんて大いにある。

天使を奉り、天使と共存する天使族が人類の種族として存在し、夜の一族を守護し力を貸す。夜の一族族長に忠誠を誓い、神器となった。味方になる反面。神と人の協定”神姫の黙示録”に触れれば、如何なる手段を用いて処罰する。過去、超空洞(ヴォイド)の故意な生成で守護者(ガルディ)がエパノスィ・ミラ監獄に投獄された。有事の際には真っ先に前線へ向かう。

使命という名の本能で成り立つ。中立的な立場で自己の本能に基づく行動が許された天使は神でさえも裏切る。天使の刃は原初神に届く牙だ!」

戦天使(ヴァルキュリー)は天使の代替。裏切らない駒として有能ですからね」

アテナに続いて、ゼウスも話す。

「天使はイル神に名付けてもらって、主人としての介入があることを示す。でも戦天使(ヴァルキュリー)は各々の神が名を与え、服従関係を結ぶ。イル神の手で教育され一人前になるけど、神と直接契約を結んでる。絶対命令には逆らわないこと。これが一番かな。まあ、天使にも逆らえない逆らいたくない存在はいる。それこそが天使の創造神イル神だ」


回廊で、神農はジト目でモニターを見る。

「”破壊の天使”、約九万体の天使で構成された軍団。監獄長を務め、罪人を管理する兵隊グリゴリ。オリンピアの七天使。悪性謀反軍団”堕天使”。天体の観測を命じられ、星の軌道を維持する黄道十二宮の天使。宇宙の要をたった一翼で守るタウセ・メレク。そして、七大天使。名を馳せる天使を筆頭に、優先順位を強制的に書き換える────ケレト叙事詩=ソドムの骸」

「で、じじいを守るように廻る環は天使の力で満たされる防人の檻”エノクの環”。見たところ七大天使を原動力としているな。武器としては随分と特上だ。足を踏み入れれば、鉄槌が下る絶対不可侵。天体の数にゃ劣るが。天使は約百万いるって聞いてる。専門性や至高の手数で言えば、天使に分がある。加えて、じじいの翼。魔法鉱石よりも硬く、羽一つ一つが槍そのもの。

概念、────”極点の翼”。

天使の絶対主人にして、操作を意のままに。権能、神秘思想=ホロスコープの占星。

徹底した教育が売りのウガリットをまとめるじじいだ」

「…神で唯一独立戦力を保有することが許された原初神。神姫の黙示録にも記載されてる。その気になれば、文明破壊も朝飯前なんだろうな。

兎にも角にも、原初神ってのは化け物ぞろいだな」

「だな。俺様達は畏敬の念を込めて、じじいをこう呼んでる。乱逆神ってな」


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