17話 委ねます
(私は初代守護者に選ばれた。紅帝族という二つの種族からなった新しい種族を取り仕切る役目。守れるという名誉なこと。けれど、守れなかった。一度の失態で子供たちを危険に晒した罪を一生背負っていく。彼らの目となるために、もう一度戦場に立つことを選んだ)
ゼーユングファーのつぶらな瞳に、クリムソンの光が灯っている。三叉戟に力を入れる。
「シぺ様」
「…」
「本気を!」
今までうまいくらいに連携を取っていた間に異様な空気が流れる。陽気なシぺ・トテック群は暗い顔をして、ゼーユングファーを見ている。
「これは使わない約束だったよね?」
「承知の上です。けれど、私は守りたい。この身が蝕まれるなど、怖くない」
ゼーユングファーの強い眼差しに焼かれて、シぺ・トテック群は憂いを帯びた冷笑で頷く。深呼吸して、金色に輝く瞳を光らせる。
「君に全権を委ねる。
──カレンダー・ラウンド」
瞬く光に見舞われる。カトレアは目をそらさずに、相手を見た。黄金は形を変えないが、物量が増幅している。二乗、三乗、四乗、十乗と、その数量は壮烈である。三叉戟に纏う水は薄く、黄金が多くの割合を占めている。そして、一番の変わりようはゼーユングファーだと判断した。女史の肉体が黄金に包まれている。防御力を高めているだけかと思ったが違う。バキバキと音を立てて、黄金の配列が徐々に変化している。まるで、肉体の細胞を黄金の組成式に塗り替えられているような。
アステカに属する豊穣と金細工職人の守護神シぺ・トテック群の権能”人身御供”は金の操作に長けた能力。金は腐らない。それは純粋であればある程、防御・耐久・攻撃力は全盛期を遥かに凌駕する薬となる。
しかし、行き過ぎた薬は毒になる。
カレンダー・ラウンドは、金の操作量を格段に増幅させる奥義に当たる。増幅の代償は、権能を持つ術者のエネルギー。つまり、ゼーユングファーの細胞を蝕んで、爆発的能力を生み出す命を賭けた最終手段。今から、やく二分程度でゼーユングファーの細胞は金に変化して、以降、死亡が確定している。
(この程度の苦行を乗り越えさえすれば、私は子供たちを守れる強き母になれるの…たった二分で、笑顔を取り戻せる。さっさと蹴りを着けましょう)
ゼーユングファーは己の肉体を動かす脳とは独立した思考で、金を操作する。
「まずは腕一本」
ゼーユングファーは腕の細胞を差し出して、純金を造り出した。黄金に染まる一塊で華を咲かせ、カトレアにぶっ放した。
ドゴォォォッン!!
破壊音が響く。土煙の中でも金は輝く。小一撃を見た誰もが、ゼーユングファーに勝てないと確信した。大衆が決めた確定した未来を人は運命と呼ぶ。ゼーユングファーは今この時、運命を人為的に生み出せる人類へと神々の認識は変わった。
「古代魔法・禧糸の縲璵」
金華を打ち砕く白の糸。細く紡がれたそれは編み込まれ、大きな線となる。鞭のようにしなやかな速さで金の合間を掻い潜り、ゼーユングファーの懐へと届いた。
「!」
まだ金に蝕まれていなかった右肩を射抜く。傷を受けたことにそう驚いていない。脅威の対象は、カトレアが金華を受けて、なぜ立っていられるのかという疑問だった。
その疑問は、一瞬で解読された。
優雅に杖を持ち佇むカトレアの背後に現れたる赤紫のうねった髪を自慢げに持つ女神。指輪がきらきらと輝いて、カトレアと自身の周りをタロットで巡らせる。
(あれが…ローマの代表…)
ゼーユングファーは鋭い眼差しで見据えた。
ローマ序列十一位フォルトゥナが、カトレアの相棒であり、憑依している。かの神は豊穣の女神であり、運命を司る権能を有する。フォルトゥナの存在意義は運命の移り変わりを守護すること。
意義から生まれたる権能の名は、コルヌー・コーピアエ。能力は、運命を揺らす。
つまり、ゼーユングファーが人為的に生み出す運命を揺らし、不運命にするという相性最悪な組み合わせなのだ。それだけではない。カトレアは、この刹那に金に宿る魔力と共鳴する魔法術式を構築し終わっていた。
今、格上の存在を打ち破る手段がすべて揃った。
「ふふ、金はタロット遊びで使えられるのかしら?」
「試してみる?」
フォルトゥナ神の凶悪な笑みに、カトレアは言った。その返答に神は不気味に笑って、手を広げた。タロットが紫の炎を宿して、世界をぐるぐると回す。
「運命を揺らし、忘却してこそ…運命となる。凶め」
フォルトゥナ神の始まりの言葉をきっかけに、カトレアは魔法を展開した。開幕当初と同じ本気を選び、カトレアが習得している魔法をすべて使うことを選んだ。膨大な数の魔法と、多岐にわたる属性が飛び交う戦況に対抗すべく、ゼーユングファーは金の操作を拡張させた。
「臓器を!」
ばっきばきと何度も鳴り響く金の犇めく音。集約した金に華を咲かせ、カトレアの出した魔法と正面衝突させる。豪快な音戟と、衝突で発生する横断幕。地面が揺れて立つことさえままならない状況で、ゼーユングファーは攻める。持ち前の速度を活かして、カトレアとの距離を詰めていく。それを見たカトレアはすっと杖を掲げた。攻撃で受けた傷が痛んでうまく体を動かせない。
手が震える。急速に脳を稼働させた疲労が一気に押し寄せている。
(詠唱をする余裕がもう残っていない。ああ、煩わしい…)
苛立ったカトレアは一つの呪文を唱えた。それは師匠であるウェルテクスと決めた呪文。古代魔法最大の特徴である自然抑制の効力と、カトレアの会得した魔法を無条件で解放する奥の手である。
「全点解放…弘贋」
その瞬間に巻き起こる自然災害。カトレアの持つ魔力と共鳴するように、激しさが増していく。湖は津波に、風は暴風に、地は地震を起こし、炎天の嵐を起こす。加えて、雨雲を呼んで、大粒の雨を降らせる。急激に低下する温度で、雫は氷に変化して、痛々しい痛みを与える。飽和攻撃魔法と冷気が組み合わさって、全身が悲鳴を上げるような寒気を齎す。カトレアは杖を大きく振り上げて、無数の真球を生成する。それは開幕当初にも行った火を伴わない風攻撃。他にも、ヴィストニダ湖に昇っている太陽を確認すると、太陽エネルギーを物質化して、槍を生成して、戦場を駆けるゼーユングファーに追撃を仕掛ける。曇天の戦場で、ゼーユングファーは一度動きを止める。
両手を地面につけて低い姿勢を取る。前足の膝を立て、後ろ脚を地面につける。クラウチングスタートの構えである。息を整えたゼーユングファーは腰を上げる。目前にまで魔法が迫っている。直前の直前を極めた間合い。ゼーユングファーの顔に魔法がぶつかりそうになる距離に達すると、彼女は地面が凹むほどの蹴りを出して、魔法を風圧で押し返した。
「!」
カトレアは恐怖を覚える。だが、変わらず魔法を酷使し続ける。集中砲火を浴びるゼーユングファーは、本能のままに足を動かす。金に侵食されている恐怖を諸共せずに、魔法一つ一つを三叉戟で撃ち落としていく。一歩踏み出すごとに加速する。目では把握することができないゼーユングファーに、カトレアは殺意と共に敬意を称した。辛うじて残していた余力を差し出して、魔法の精度を大幅に向上させる。
バッ…シャァァン!!
カトレアの展開した魔法と同時に、ゼーユングファーが造り出した金属が相殺し合い、一瞬花火のように輝いた後、消滅する。爆風で魔法の猛威が途切れた隙をゼーユングファーは手放さなかった。
「”再編”細胞変性襄」
「!?」
才を発動させたゼーユングファーは加速して、ものの一秒でカトレアの間合いに距離を縮めた。冷汗をかいて魔法を乱発するカトレアを相手に、反射神経で全て避けきった。今度はしっかりと捉える。ゼーユングファーは足を地面にしっかりとつけ、三叉戟を構える。その直後に、彼女の足が金に侵されて、全部が黄金となる。その対価として、三叉戟はさらなる出力を宿した。
おそらく、この一撃がゼーユングファーにとって最後のものとなる。誰よりも速く走るための足を代償にしたからこその悔いのない攻撃。それを大切に、壊さないように、入念に力を練って、人魚の咆哮が呻く。
「これこそが真髄。足の一本や二本…後悔はないわ!
―カレンダー・ラウンド!」
ガギン、という肉を抉ったにはおかしいような音が響く。手に握っていた三叉戟を投げた。三叉戟に籠められた高威力エネルギーは法則に従って動く。その通過点にいたカトレアの胸部を貫通した。
「~~っ…゛!」
声にならない衝動。力尽きたゼーユングファーはその場に立ち尽くす。勝利を確信したらしいが、金の侵食は続いている。そんな中でカトレアの意識も遠のいていく。
『これはぁ…勝負あったかぁ!?』
中継先の闘技場にも緊迫した空気が流れる。このままカトレアが倒れるか、あるいは、まだ立ち攻撃を仕掛けるかで勝敗が変わってくる。
観客は固唾を飲んで見守った。
勝負の起因となるカトレアは遠のいていく中で、空を見る。曇天は、濁った気持ちを示しているように感じた。湿っぽい空気が嫌になる。
(妾は序列を冠せない。守護者になれない半端者。強くなっても、下にいる。最終的には負けてしまう。それが嫌で…嫌で…仲間を守れないことよりも運命を受け入れてしまう自分が嫌!
それを変えたい。だから、神を選んだ!!)
カトレアは足を力強く下ろして、姿勢を取り戻す。音に驚いたゼーユングファーは彼女を見る。どこからか風は吹きこんでいる。
「運命をぐちゃぐちゃに揺らす…」
カトレアはもう一度杖に力を入れる。地に落ちた血液を動かして、宙に浮かせる。風が活発に流れ始めた。
「古代魔法・風の那比行き」
呪文に魔力を乗せる。自然は共鳴して、カトレアの意思をくみ取り、暴風を吹かせた。局所的なものだが、今のカトレアには最善のものだった。旋風に混じる血液は段々と形を成していき、最終的には鮮血の蝶となる。その魔法は一度ゼーユングファーを圧倒した魔法であり、カトレアの十八番でもある得意武器。どんなに強い魔法を習得しても、最後に選んだのは、どこにでも吹き荒れる風と自身の目に宿っている蝶。
(今日、妾に課せられた鎖を壊すの!)
蝶が羽ばたいた。時間が許す限りに修正して、最高の形で締めくくる。満足したカトレアは最後の呪文を詠唱する。
「―山吹蝶の標本」
暴風が吹き荒れ、蝶は羽ばたいて、広範囲に及ぶ物量を正面にいたゼーユングファーにぶつける。その威力は金を抉る功績を立てた。蝶の去った後もカトレアは警戒を緩めない。杖をゼーユングファーの首元に中てた。二人は息を荒げながらも、試合が続いていることでなんとか理性を保っている。
硬直状態に陥る。司会者が試合終了の合図をかけたいが、どちらが勝者であるか判断できない。
『どうなさいますか?』
内線で統治神五柱に指示を仰ぐ。カオス神は言い淀む。
『降伏か、どちらかの死亡だ』
内線はローマ神界の実権を握る神と、アステカ神界の実権を握るオメテオトル神にも聞こえるようになっていた。どちらも反応はない。いつでも降伏を宣言できるように、マイクは繋がっている。
バキィィッ!
モニター越しでも分かる無慈悲な音。時間が経つにつれ進行するシぺ・トテック群の最終奥義の代償。ゼーユングファーの顔にも進む金は、ついに彼女の目に到達する。
『これは、あちらにも聞こえるのですか?』
オメテオトル神が聞いてきた。司会者のヒヤルムスリムルは頷く。
『敗北を認めます。即刻、戦闘を終了し、闘志らの治療を始めさせてください』
「!!」
オメテオトル神の降伏宣言を聞いた観客らは驚愕する。カオス神の頷きで、ヒヤルムスリムルは直ちに戦闘終了の合図を鳴らす。
『アステカ代表オメテオトル本神の降伏宣言を受理し、仙人大戦第一ラウンド五回戦…ローマ神界の勝利とします!!』
宣言に観客は席を立って、拍手する。わああと響く歓声には、信念を持ち続けて戦い抜いた女傑と、二柱の神に対する称賛がこめられている。
ヴィストニダ湖にも宣言は聞こえている。カトレアは杖を下ろして、回復魔法を使おうと試みるが、体に力が入らない。
「カトレア!」
憑依を解除したフォルトゥナ神はカトレアを腕の中に抱く。必死に声をかけて意識を保たせる。シぺ・トテック群も憑依を解除して、ゼーユングファーに託していた権能を奪還し、金の侵食を止めた。金となってしまった彼女の体から、金を除去していく。
「おい、そっちは!?」
「重篤よ! ここにガイア神がいれば治せられるのに…」
シぺ・トテック群とフォルトゥナ神は互いに真剣な顔で相棒の処置を進めていく。天使も到着し、治療が始まるが、肝心の大傷が治せない。焦りを見せる。
「…ガイア神?」
「!」
カトレアが朦朧とした状態で尋ねた。
「動かないで!」
フォルトゥナ神の忠告を無視して、カトレアは言った。
「権利を使うわ。妾とゼーユングファー殿の治療…もちろん、色を付けることも忘れないで…」
開いた口が塞がらない。フォルトゥナ神は一翼の天使に指示を出す。
「ガイア神に取り次いでくださるかしら…ローマ選抜人類とアステカ選抜人類の治療をするようにと」




