16話 その瞳に映る
試合が始まった。開幕から怒涛の勢いで責め立てるカトレアと、それに耐えるゼーユングファー。一糸乱れぬ攻防戦。闘技場が歓声の渦に浸る。
そんな中で、懸念に陥るウェルテクスは専用の観戦室で試合を見守る。アロエが茶を準備する。沈黙の部屋に響くノック音。アロエが扉を開けた瞬間に部屋に入り込む男。
「右腕は本気を選びましたか」
男は呆れた物言いだ。ウェルテクスは沈黙を破って、睨む。
「何の用だ、ゲニウス」
「弁えなさい、愚弟」
ゲニウスと呼ばれる男が、人類最強の王で、地上宇宙を治めている。魔塔主ウェルテクスの双子の兄にあたり、彼と同じく守護者でもある。そして、今大会の選抜人類に選ばれた。
ウェルテクスは彼を睨んだまま、問いかけた。
「貴様はこの戦いの目的を知っているのか?」
「さあ、どうでしょうね…」
ゲニウスは薄ら笑いで言った。肩を上げて、ウェルテクスを嘲笑う。
「愚弟、お前の夢はいつも当たる。が、危険を冒してでもやらねば、最愛は手に入らない。私たちの夢は幸いにも共通している」
「あれに勝つのか? それは即ち、あれの尊厳を…」
「危険を冒してでも、と言ったはずだ」
釘を刺すような物言いで、ウェルテクスを黙らせる。強い口調のゲニウスは闘技場のスクリーンに目を向ける。
カトレアの莫大な魔法攻撃で、土煙が立ち、安否が分からない。だが、ゲニウスは知っていた。ゼーユングファーという女の強さを、しっかりと胸に刻んでいた。
「この闘争は、どのような終焉を迎えるのでしょうね」
土煙が立ちこめるヴィストニダ湖。カトレアは古代魔法の連発の代償で、体が重い。肉体に巡っていた魔力がごっそり無くなった。息をするのも、やっとだ。決着がつけば、気絶してやろうと考えるが、まだ戦いは続いている。それがカトレアの意識をつなぐ鍵となっている。
「憂鬱ね。金を扱うだなんて…」
カトレアが段々と晴れていく煙の中で、ゼーユングファーを確認した。彼女の周りは金色に輝く盾で守られている。あれだけ高威力の魔法を放出したのに、外傷の一つさえない。
「豪勢なことで…」
カトレアは杖を握りなおす。
(アステカの神々の名前と能力は一通り記憶した。ですが、まさか…あなたが来るとは…
―アステカ序列十一位シぺ・トテック群。豊穣の神にして、金細工職人の守護!)
カトレアが、あちら側の神の正体を見抜いた。すると、金の盾が変形して、ゼーユングファーの三叉戟に螺旋を描いて、纏った。
「感度イイね、ゼ―ちゃん!」
「そうね、シぺ殿」
軽い言葉で連携を取る。目配せをした直後に動く。警戒していたカトレアの間合いに、いとも容易く侵入し、三叉戟を振り下ろす。動作が速すぎて、反応ができない。
戟が腹を引き裂き、頬を引っ掻き、足を刺す。加速していく刺突の数と、暴力の種類。カトレアが近距離で飽和攻撃魔法を展開するが、金盾に防がれてしまう。仕方なく、カトレアは防御魔法で対応するしかない。だが、それに使うだけの魔力を作戦には組み込んではいない。すぐに調整しようと考えるも、その隙を縫うように、三叉戟と金の攻撃が繰り広げられている。
攻防が続いていくと、闘技場に変化が表れる。平坦な土地に泥濘が生じて、足場が悪くなる。次の瞬間には、辺り一面が水に浸かる。満潮だ。環境の変化に戸惑っていると、ゼーユングファーがカトレアの腹を蹴る。激しい衝撃を受けて、飛ばされるカトレアはうまく受け身が取れない。だが、瞬時に膝をついた体勢で魔法を放とうと、術式を展開する。ゼーユングファーが手を伸ばす。彼女の背後から金針が構築され、高速で移動する。金針がカトレアの肉体に突き刺さる。腕を貫かれたカトレアが杖を落とす。金針は刺さったままで、拘束される。痙攣が起きて、意識が朦朧とするカトレアが言った。
「ゼーユングファー殿、あなた目が見えていませんわね?」
「…」
「人類の大戦では足を失う者もいた。視力を失っていても、おかしくはない。ですが、何故そのような状況でも戦えるのでしょうか?」
ギリシャ専用観戦室
「目が見えていない? あんなに動けていたのに?」
コレーは無邪気に思う。ゼーユングファーの近接戦闘を見た彼女は、それが腑に落ちないらしい。
「反響定位でしょうね。海洋生物の細胞を持つ海族でしたら、そういった空間把握能力を持っています。それだけではない。おそらく、ゼーユングファーは自身の細胞の一部にシぺ・トテック群の細胞を転写している」
「!?」
「彼女は”嵐”の元祖。その才の名は、”再編”。細胞を操る能力であるならば、なんら不思議ではない」
アテナの解釈は正しい。
”嵐”の元祖は細胞を操る。ゼーユングファーは戦いが始まる前に、”再編”の能力の一つである細胞変性襄を発動させた。一時的に自身の身体の細胞に、シぺ・トテック群の細胞を書き換え、神の身体能力を出現させた。
ウェルテクスは静かに見守っている。その横でゲニウスが言う。
「満潮か。カトレアは変化には対応できていない。自然を司る古代魔法で上手く使えればいいが、それができていない。お前の右腕は守護者候補止まりだ。
ですが、ゼーユングファー殿は変化に動揺せず、水という海洋のポテンシャルを遺憾なく発揮できている。水と金の融合の割合を、事細かに修正して、成果に結びつける臨機応変な思考。
元であっても、守護者。共通する強みはしっかりしている。神との連携ができているゼーユングファー殿。勝利は盤石ではありませんか?」
「…さあ、どうだろうな?」
「”再編”水性変性椥」
ゼーユングファーが唱える。満潮である湖の水が柱のように天に昇る。渦を巻いた柱に、金が螺旋に絡みつく。水と金が融合したそれが三叉戟に装填される。煌々とした三叉戟を持って、ゼーユングファーは足を大きく引く。地面に触れそうな距離間までに腰を下ろし、重心を低くした。
「私は目が見えない。だから、この試合に勝って、戻したいの」
「…視力の為に…」
「視力が戻れば、私の子孫をよく見れる。盲目の一族でもある海族の元祖として、彼らに宇宙の色彩を教えたいの。
子孫のため、海族のため…あなたを殺す」
水金が装填された三叉戟は重量を課し、課された分だけ強さを齎す。放たれれば、絶大な被害をもたらすことをよく知っている。腕に絡みつく金を携えて、ゼーユングファーが突進する。拘束されたままのカトレアは抵抗の術がない。誰もがそう思った。しかし、カトレアとその師であるウェルテクスだけは信じている。
「…共鳴する」
そう呟いた。三叉戟が目の前に迫っている。金の光沢が示す武力。しかし、その光沢は突如として終わりを告げる。猛威を維持したまま、振りかざした三叉戟が目標を大幅に外し、カトレアの腕を斬る。斬るだけの影響で、それだけに収まってしまった。自然の力が抑制されたような感覚をゼーユングファーは覚える。大技の不発に、中継を見ている全ての者は大きく目を見開いて驚愕する。
「―古代魔法・奇譚の陀叉」
カトレアが呪文を唱える。すると、彼女を拘束していた金が緩んで、逃げられてしまう。ゼーユングファーは状況が飲み込めない中で三叉戟を振りかざして、カトレアの進行方向を塞ぐ。カトレアは辺りに散布していた金を操作して、盾を造る。落ちていた杖を掴んで、ゼーユングファーに焦点を合わせる。無口頭で魔法を展開し、逆転させる。ゼーユングファーは魔法をいなして、もう一度猛追を仕掛けるが、防御魔法を展開したカトレアには通用しない。場が一転し、拮抗した戦場へと戻る。
『不発ぅ~~~! ゼーユングファーの織り成す芸術が不発に終わってしまったぁぁ!』
実況に声に会場に歓声の渦がまたも巻き起こる。圧倒と逆転、興奮をそそるスパイスには持って来いの流れ。観客が沸く中、試合に臨むものは一連の流れを分析していた。
アステカ専用観戦室にて、オメテオトル神は眉間に皺を寄せていた。
(想像していたよりも試合が長引いている。だが、拮抗を抜け出せない)
「へえ、あの魔法使いやるね」
その隣にいた菫色の瞳を持つ男は人ごとのように言った。イージアンブルーの髪を一括りにしている守護者オーシャン・クラトス。そして、多神界の選抜人類でもある。
『…薄情ですね』
「アステカの権力を維持したいっていう君たちの願いで、ゼーユングファーを出してる。負ける気はないけど、相性が悪いね」
『人類の魔法は燃費が悪いと言ったではありませんか?』
オメテオトル神は打ち合わせでの話を持ちかける。その言葉はオーシャンが事前に申したものである。
「嘘は言ってない。燃費が悪い分、威力でカバーするって感じ。魔法の開祖とか始まりの賢者、大魔法使いは例外的だけど、今の魔法使いはそうだよ。カトレアはその最たる例だ。でも、人類は魔法だけじゃなくて魔力も研究している。
特にカトレアは近代の魔法使いとしては類を見ないほど、強い。燃費問題と単独行動ができれば、守護者入りは確定してたよ」
北欧専用観戦室にて。
オーディンは興味深そうにしている。
「人類の魔法は分かりませんね。電光石火のごとく放ち続けた魔法は一度光を失った」
『シぺ・トテック群の存在意義は豊穣の神。農業・疾病・季節・金細工…あらゆる豊穣に関わるあの若造の権能を人身御供と揶揄するが…』
「ゼーユングファー殿の力が増幅するほどに贄の供給量が高まり、金の操作に繋がる。体を借りても、操作と身体の主導は独立しているようですね。連携度で言えば、かなり上位の方。それに食らいつく、或いは上回った魔法使いの原理」
トール神とユミル神は考える。
「魔力だ」
その隣でオーディンが言った。
「人類と神の魔法の違いは魔力の研究にある。神は魔法を便利な道具として認識し、原理に興味がない。だが、人間は技術発展の為に、魔法の根源を理解している。自ずと魔力の解像度も深まり、多種類ある魔力の特性を理解している。
あの魔法使いの魔力は、自然の動力に結びつき、魔力へと変換する特性を持つ。その魔力の名は…」
「エレメンタル」
メソポタミア専用個室で、モニター越しに見ていた木聯が呟いた。乗じるように、魔法を扱えるマルドゥクが言う。
「人間の魔法は術式なんて過程がいるんだっけか?」
「そうやなぁ。始まりの賢者から始まった魔法術式の構築、四人の魔法の開祖による普及と統合、のち魔塔主率いる魔塔の再統治。魔法を管理する機関が変わろうが、魔法は研究材料にあり、その道徳を説かれる。多様化する魔法を支えるんは、多種類の魔力。
姐さんの持つ魔力は自然的魔力。それを活かすための魔法が古代魔法。真骨頂は操作にあらず、抑制にありの道徳に則り、姐さんの強みは相手の阻害にあるんや」
「阻害…己が強くなれないから、他者を弱くするのか?」
「元々の指導理由は荒ぶる自然を鎮め、災害から人類を救うもんや。せやから、自然の魔力を分析し、それを自身に連動させる」
『じゃあ、カトレアという人間の本気は…分析と術式構築のカモフラージュだったの?』
ティアマト神の言葉に、木聯は沈黙の肯定をする。
「”一見馬鹿げた戦法でも相手を上回る結果になるなら賭ける”。この馬鹿げたは実行不可能を指す。姐さんはそうやって戦ってきた。格上相手でも自分が劣っていても、自然を味方につけて、魔法発展に尽くした近代の女傑。魔力への解像度なら魔法の開祖と並ぶ」
「シペ殿」
「うんうん、わかるわかる。あれ生意気だ」
ゼーユングファーは連携の言葉をかける。シぺ・トテック群は理解して、権能の出力を上げた。すると、地面の一部が隆起する。金色に輝く塊が流出して、カトレアやゼーユングファーの周りを取り囲む。三叉戟が空気を斬る音が響いた瞬間に、場を持ち直す。彼女は世界の色が見えない目でカトレアを見た。湖の満潮が僅かに引いて、さざ波が空白を埋める。
「抑制は成長の餌。私が弱くなっても、また進化すればいいの」
三叉戟を高らかに掲げる。それに連動するように、金は動き、塊となる。金塊が装填され、湖畔の水を操作し、渦を巻く。
「あなたが抑えきれない自然。追いつかない速度。私にはそれがある。失態は見せないの…」
ゼーユングファーは三叉戟の切っ先を向けた。ギラリと輝く矛に、ゼーユングファーの強さが現れている。鍛え抜かれた者の一つ一つの動作に威圧感を感じる。カトレアは一度ゆっくり目を閉じ、息を整える。所作は美しく、緊張を与えない。
「山紫水明の前で人類は滅びる。古代魔法の阻害は天命を変える技術。膨大な餌は成長の妨げになるの。波を揺らぐ奇跡を──」
カトレアは杖を強く握る。銀朱の瞳に宿る蝶が麗に揺れている。




