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14話後編 揺らめく思惑

仏界とポリネシアの戦い。仙人逆境(テイレイギャンブル)では仏界が七位、ポリネシアが十三位となっている。ランクが高いほど、人気が高く、その分強いという客観的な視点から決められた神界のランキングである。つまりは下克上。零細組織が著名組織を打ち破った。つまり、この戦いは番狂わせである。

『四回戦の勝利をもぎ取ったのは”穏”の元祖イレミアとタネ・マフタ神!

よって、ポリネシアの勝利!!』

ヒヤルムスリムルの勝利宣言に拍手喝采が巻き起こる。

『第一ラウンド前半戦は以上で終幕! 後半戦に向け、長期の休憩を取らせていただきます!』

ヒヤルムスリムルの試合運行の案内を聞いた観客たちだが、しばらく席を離れる気配はない。それを感じ取ったヒヤルムスリムルは内線でエレボスに指示を仰ぐ。

「エレボス様、闘技場の修復作業に時間が必要なのですが…」

『ああ、構わん。選抜人類の情報を送れ。その他の人類の監視も任せたぞ』

「畏まりました」



ギリシャ専用観戦室

「菩薩が如来に上がったか。んなことありえるんだね~」

ゼウスがカウチにもたれ掛かる。

「なぜ、文殊は如来になれたのでしょうか?」

アテナが疑問を投げかけると、それに答えたのはコレーだった。

「多分、文殊様はこの戦いで劣勢でした。それは弱いのでなく、相手の元祖と闘技場(フィールド)の利がなかった。助力したのは、文殊様に憑依した選抜人類の花魁です。文殊様が取り溢した成長の種を拾い、対応していった。その感覚と精神を文殊様に捧げ、文殊様の身体能力を飛躍的に向上させた。そして彼女の過去と武具の思いが伝わり、菩薩として寂滅した。長年の努力と死線を潜り抜けた野心とで、如来に値した。イレミアという人間が同じ土俵を創ったことで、闘志が湧きあがったのも、要因ですかね。

でも、文殊様が如来に上がったのは人間の助力であるのは明白です」

コレーが詰まることなく解説したことにアテナは驚く。だが、それは的を射ている。この試合の結末はそうなのだろう。クロノスは腑に落ちないという顔で言った。

「拮抗した戦いを終わらせた要因が経験でも、努力の量でもなく、才能とはな。何とも皮肉なことだ」

「そういえば、御父様は?」

討論をしていたアテナが観戦室を見回すと、父であるゼウスがいないことに気づく。コレーからも神妙な雰囲気が消え、いつもの明るい笑顔を作る。

「…どこに行ったのかしら」

コレーやアテナ、ひいてはクロノスがゼウスの行方を知らぬ中、当の本神ゼウスは闘技場の内部を歩いていた。広大な闘技場は戦いを行うフィールドの他、闘志らの控室や談話室。また準備道具など運営に関わる部屋が用意されている。それをもってしても、有り余るほどの部屋は先着順で自由に使えるように手配されている。観客らの喧騒が僅かに聞こえる。

「つけられてないよね」

「無論」

ゼウスが誰かに尋ねる。すると、その神物(じんぶつ)は肯定した。返答を受け、ゼウスは大きな溜息をつき、前に動く足を止める。そこはヒトの気配が感じられない鬱蒼とした回廊。この闘技場自体は長年使われていないせいか、蔦などの植物が生い茂っている。そもそも、こんな人気がないところに来る者もそうそういないだろう。

「まさかお前の方から話を持ち掛けられるなんてね」

ゼウスは振り返る。

「ねえ、オーディン」

彼が目を向けた先にいるのは、北欧の神々の頂点に立つ序列一位のオーディンだった。

「わざわざ、隠密魔法を使ってまで密会。しかも、こ~んな薄気味悪い場所に案内させて~」

「まだまだ餓鬼だな」

「…」

オーディンの挑発的な一言に、ゼウスは青筋を立てる。が、堪えた。

「で? 何の用さ。僕も忙しいんだよ。まさかジークフリートの件?」

「それはユミルの方だ。我はどうも思っていない」

「…」

「薄々勘づいているはずだ。統治神五柱は何かを企んでいる」

「まっそうでしょ」

オーディンの密会の内容を発言すると、ゼウスは想定内のことなのか、すんなりと受けいれた。それよりか想定内過ぎて欠伸が出てしまうのを堪えている。

「そもそも仙人大戦(ヘシオドス)を催したのは統治神五柱でしょ。でも、何かを企んでるのは分かる。二千年前に人類同士の大戦が終結して、約千年間で地上宇宙(バース)は復興した。だけど、その復興を皮切りに統治神五柱は()()()()。疲労で神格形成が壊れたと始めは思ったけど、地位を手放すなんて。

―なあ、統治神五柱(あのヒト達)になんかあった?」

ゼウスの言葉は本心で、統治神五柱を憂いている。オーディンは首を縦にも横にも振らない。

「それを調べるために、お前との話を設けた」

「杞憂で終わるといいんだけどね。僕は色々調べるから、あんたは他の神界に交渉しときなよ。心当たりでもあんでしょ?」

全てを見透かすゼウスに、オーディンは苦笑した。

「頼んだぞ」

「ばれないようにね~」

話が終わり、ゼウスがもう行こうとする。と、彼は何かを思い出したのか、振り返ってオーディンに尋ねた。

「まさか、負けないよね?」

オーディンは肩をすくめて言った。

「負けるとでも?」

その返答にゼウスは満悦して笑う。

「なら、よかったよ」



ゼウスとオーディンの密会が密かに終わったころ、他の場所でも動きがあった。それは道教の神々が占領している部屋の一室。特注で用意された病床の上で、門神が目を覚まして、辺りを見回す。小さくうめくと、側にいた者が慌ただしく動く。

(?)

周りに誰かいることに少し遅れて気づいた門神が重たい体を起こそうとすると、それは静止された。

「患者は大人しくしておいてください」

靴音を鳴らして、門神を覗き込む道教戦天使(ヴァルキュリー)を統括する道教界の医神華佗だった。彼は助手の戦天使(ヴァルキュリー)に指示を出しながら、門神の診察を行う。

「体調は? まあ優れないですよね。痛みに効く漢方処方しときますね」

診察ではなく、勝手に診察結果をまとめていく華佗だが、彼の医療技術は指折りだ。その才能はあるが、どこかおかしい。神であるのに、侍従のような戦天使(ヴァルキュリー)の役目もしている。そのため、序列はないと言う。

(いつもながら、おかしな奴だな)

幽玄な美貌を持つ華佗を一瞥し、天井と睨めっこする。そして試合の終わりに対戦したセア・アぺイロンの言葉を思い出す。

『私は何者なんだろうな』

「…」

それが耳に残って煩わしい。その時に一瞬垣間見えたセア・アぺイロンの本心。気になって、体がむず痒い。むず痒さが抑えきれなくなった門神は、華佗の指示を無視して、病床から立ち上がる。

「三清はどこにいる?」

「言えるわけないでしょう! 小生はあなたの医療を三清から任されているんです!」

「…」

「門神、これは三清からの命令です」

華佗の説得と、三清という名を聞いて門神は勢いよく病床に腰を下ろした。そして頭を抱える。

「役に立てんな」

「そこまで卑下しなくても。ほら、これ飲んでください」

項垂れた門神にお構いなしに漢方を差し出す華佗。見るからに苦そうで服用を拒む門神に無言の圧を与える。観念したのか、拒絶する体を動かして、漢方を喉に通す。

「それで三清はどこに…」

門神の一言に、それくらいならいいかと考えた華佗が言う。

「あの方なら、今は…」

門神が目覚めた頃、闘技場に用意された庭園で接触があった。道教序列一位の三清と、道教の支配権を持ったセア・アぺイロンだった。

「ごきげんよう。新たな神よ」

三清の声が耳に入ったセアは目を向ける。だが、それも一瞬で彼女は踵を返し、その場を離れようとする。

「待ちな」

「…」

離れようとするセアに、三清が声をかけた。

「あんたが何を企んでいるのかは知らんが、支配権を持つ者としての責務は担ってもらう」

「そう」

興味を示さないセアの返答を聞いて、三清は後ろに控えていた者に目を向ける。

「そいつは?」

前に出てきた者を見て、セアはやっと顔を向けた。くせ毛の頭に、胡散臭い丸眼鏡をかけた男神。

「この男は支配権を持つ者に仕える神だ」

三清が紹介すると、その神はセアの前に立ち、深々と礼をする。そして礼をしたまま、顔を上げて、胡散臭い笑みを張り付け、挨拶をした。

「道教序列九位神農といいます。以後、お見知りおきを」



メソポタミアが占領する南側の離れ。メソポタミアの神々が出入りするそこに、一人の人間が訪れた。

「随分とやられたわね」

「開口一番がそれて…相変わらずけったいな…」

応接間にて対面した木聯とカトレア。労いの言葉がないことに木聯は呆れるが、戦いで負った痛みのせいでうまく言葉が練れない。カトレアは用意された紅茶を口に運ぶ。彼女から殺気など取れないが、殺伐とした雰囲気が漂っていることを木聯は感じとった。カトレアの横には、彼女の物であろう杖が立てかけられている。しかし、杖に触れる気配はない。なぜなら、この応接間にはメソポタミア専属の戦天使(ヴァルキュリー)が待機しているほか、応接室の奥に用意されている個室から神の気配が漏れ出ているからだ。

「いつ戻れるのかしら?」

前置きも、濁しもない単刀直入のことに木聯は苦い顔をした。戦天使(ヴァルキュリー)らは槍を持つ手に力を籠め、警戒した。

「いきなり来たティアマト殿やエンリル殿に、木聯を頂くなんて。納得できるわけないでしょう」

「いや、まあ。言ってることはわかんねん。やけど、神相手にうちも大層なこと言えん」

「腰抜けが」

木聯の言葉に、カトレアは睨み返し、黙らせた。バツの悪そうな態度で、視線を逸らす木聯を横目に、カトレアは杖を持つ。

「精霊王は?」

フォーセリア(精霊王)なら用事あるって、どっか行きよったで」

「そう」

カトレアは悪態をつくも、優雅な所作は取り乱さない。

「師範にも言われたわ。正当な権利で奪還しろ、とね」

「!」

その言葉を聞いて木聯が、カトレアの意図を察した。だが、それは衝撃的なものだ。

「第五回戦、妾がでる。ローマの選抜人類として」

応接間の扉に手をかけて、カトレアが試合の準備に取り掛かろうとする。恐らくはローマ神界が占領した闘技場の一角に向かうのだろう。木聯は急いで立ち上がり、

「姐さん、無理せんでな!」

彼の言葉に、カトレアは手を振り、そのまま部屋を後にした。残された木聯は顔を覆い、大きな溜息をついた。そのため息の行方はどこにもないだろう。そんな彼の肩を叩く神が一柱。

「あんさんのせいやからな」

「オレ様のせい?」

それはマルドゥクであった。彼は机の上に用意された茶菓をついばむ。

「あんさんがうちが欲しいだの言わんかったら、こうはならんかったんやで!」

「オレ様は率直な意見をエンリルに行っただけだよ〜。君をメソポタミアの保護下に入れる判断をしたのはエンリルだもん」

責任の所在を擦りつけるマルドゥクを横目に、奥の個室の気配を探る。話し声が聞こえる。とても穏やかだ。

(ティアマトやったっけ。アプスーの奥さん。仲睦まじそうでよかったわ)

木聯が奥の部屋に目を向けているのを見て、マルドゥクが言った。

「じいさんはね、一回エパネノスィ・ミラ監獄に投獄されたんだよ。その間はオレ様達とティアマト(ばあさん)の戦い。それで終わるかなって思ってたら、じいさん達シュメール派がまだ戦うっていうから、ティアマト(ばあさん)怒って出てったの」

「どこにいたん?」

「エンリルが用意した山脈の僻地だよ。神々でも知ってるの少ないんじゃない?」

「…」

「まあ、ティアマト(ばあさん)も戻ってきたし、公衆の正当な戦いで結果も決まったし~、これからは蟠りを無くしてくよ」

「えらいこと言っとるな。珍しく」

マルドゥクの本心を聞いて、木聯が驚いた口調で言った。それにマルドゥクは苦笑いをした。

「それよりもいいの〜? さっきの綺麗な魔法使い、かなり怒ってたけど」

マルドゥクが話題を戻したことで、忘れていた嫌な記憶が木聯には浮かんだ。それは直属の上司ともとれる立場のカトレアが次の試合に出るということだった。木聯が頭を抱えて唸っている横で、マルドゥクが侍従から対戦表を記した端末を受け取る。

「次はアステカとローマかぁ。ポリネシアと同様に仙人逆境(テイレイギャンブル)じゃ順位低いけど、強い神は多いんだよね〜。なんでこの順位なんだ?」

マルドゥクがひとり言を唱える。

「あの魔法使いはローマの選抜人類だって言ってたよね。強いの?」

「強いで。うちよりも圧倒的に」



アステカ神界が占領した北塔では、次の試合を迎えるための準備が恙なく進められていた。

「オメテオトル様。選抜人類の件で、海族から返答がございました」

『そうですか』

「海族初代族長正妻である”嵐”の元祖ゼーユングファー様を正式に、アステカ選抜人類にしてもよいと…」

侍従にオメテオトルと呼ばれた男神は、丁寧な口調で対応する。侍従とは、天使に近い容貌の戦天使(ヴァルキュリー)ヒルドルである。彼女はアステカ神界の支配権を握るアステカ序列二位創造神オメテオトルの専属だ。

「ローマの選抜人類についての情報も掴んでいます」

『打ち合わせは…』

「すでにゼーユングファー様をお連れしております。海族現族長であり、守護者(ガルディ)オーシャン・クラトスを交えての打ち合わせとなりますが…」

オメテオトル神の思考を読み、迅速な行動をするヒルドルに、彼は頭が上がらない。

『分かりました。すぐに向かいます。ああ、それと例の件ですが』

「現在調査済みです」

『頼みましたよ』

意味深なやりとりをするオメテオトル神とヒルドル。

『いよいよ、後半戦が始まります。気を引き締めていきましょうか』

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