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13話 修行の天弓

大気を抉る拳を放つ文殊菩薩。その拳の標的はイレミア。その拳は確実にイレミアへと当たるが、血を流したものは彼女ではなく、拳の主である文殊菩薩であった。仏の指が血で滲む。その光景に、観客らの肝が冷えた。

「まあ、微弱な拳ですこと」

唯一驚きを見せないイレミアはそう言って、硬直する文殊菩薩に樹木で攻撃する。文殊菩薩に重い負荷がかかるが、受け身を取りある程度の事なきを得た。荒れる鼓動を制御して、自身に何が起こったのかを整理する。

(私の拳は確実に当たった。その拳の威力(エネルギー)も確実に、あの元祖に入った。だが、私はそれ以上の威力(エネルギー)を受けた。どういった原理だ?)

「なんじゃ、仏にも勝るとな?」

文殊菩薩が頭をひねっていると、声がする。その声の主は文殊菩薩の肩に手を置き、イレミアを見た。その声の主に文殊菩薩は安堵感を抱き、さきの驚きが霞んだ。いや、和んだ。

「文殊殿。そう固く考えるな。あの元祖はただ異端なだけゆえ」

その声の主とは仏界選抜人類である桜雲(おううん)であった。人類最高の花魁と称されるはあり、霊体で完全なる肉体ではないのに、その美貌で観客らを魅了した。

「あちきが文殊殿の基礎的な肉体向上のために選抜された。それは一般的な選抜理由。じゃが、あの元祖を選抜したとなれば、理由は明確じゃ」

「おかしいということか」

「平たく言えば、な。武闘派の元祖でないというのに、武闘派と遜色ないほどの実力者。それがイレミアという元祖の異常さじゃ」


元祖専用観戦室

「容赦のないことだ」

仏を圧倒しているイレミアを見て、声を上げる男。それはイレミアと同じく、元祖の一人である25男”喚”の元祖ソロモンである。ゆったりと椅子にもたれかかりながら、観戦を楽しんでいる。その横で用意された茶菓子などを頬張っている82男”祭”の元祖メルキゼデク。飽き皿が山のように積み重なっており、給仕の天使らがその片づけに手を焼いている。

「…イレミア…強いわね」

訥々(とつとつ)と感想を述べる5女”狂”の元祖アグネス・カタリナ。虚ろな瞳で、闘技場を眺める。

「それはそうだ。あの人は元祖で唯一”才”を二つ持つ怪物だからな。先天の度合いが違う」

訥々と話すアグネスとは正反対に、滔々(とうとう)と話すソロモンは、茶器を口に運ぶ。大振りな仕草だが、端々から優雅さが垣間見えるソロモンは、文殊菩薩を一瞥する。彼の瞳には、桜雲(おううん)が映っていた。

「まさか、蝶ではなく、その(後継)がしゃしゃり出てくるとはな。”鳳”の元祖の”才”を使えばいいものを…」

「あんな奴を出した方が負けるぞ」

ソロモンの考えを否定した6男”魔”の元祖キルケが、鋭い眼光で彼を見つめた。キルケの考えを受け、ソロモンは不貞腐れる。

「イレミア姉さんの”才”の一つ、”黒樹”は樹による圧倒的な質量攻撃だ。その質量の前ではほとんどの攻撃は壊される。いくら手札に優れている”鳳”の元祖でも、壊されれば、脳と体力の無駄遣いだ。」

キルケの解説に、ソロモンははいはいと聞き流した。だが、自分の意見を論破されてあまりいい顔はしていない。その空気に構わず、お菓子を頬張っていたメルキゼデクが話し始めた。

「姉さんのもう一つの”才”、”中和”は仏を上回るんだね」

彼の一声に、ソロモンが向き直って話し始めた。

「”中和”、外界から受ける衝撃を中和し続ける”才”。だが、あの人の場合”中和”する力が強大すぎるため、衝撃の無効化に近しい。そして、”中和”の力が余った場合には、その力が外界への衝撃を与える。」

「攻と守を兼ね備えた…誇るべき…元祖…」

「さて、どうするんだろうな」


(攻撃と守護。どちらかを蔑ろにしたわけじゃない。どっちも強力だな)

桜雲(おううん)から、イレミアの”才”を聞いた文殊菩薩は静かに整理する。選抜人類に選ばれるだけあって、人間と言えど厄介な能力を持っている。

(私の選抜人類は、私の進化を推進できると如来殿が選んでくださったが、あの元祖と比べると規模は小さい。だが、対策が無いわけではない)

文殊菩薩は一人で策を講じると、霊体である桜雲(おううん)の頬に触れて、言った。

「相手の全てを曝け出したい。手荒になる」

その言葉は文殊菩薩の願望に聞こえるが、仏の意図を察した桜雲(おううん)は朗らかに微笑んで頷いた。そして、文殊菩薩の手を握り返して、力をこめる。

「あい。わかった。」

桜雲(おううん)の同意を快く受けた文殊菩薩に、彼女の神経能力が注がれる。その異様さがイレミアにも感じ取れたのか、彼女は自身の指を黒い樹へと変化させて、文殊菩薩へと向けた。仏に、元祖の魔の手が迫る中、文殊菩薩が一度目を閉じる。そしてゆっくりと目を開けると、今まで高速で向けられていたイレミアの攻撃が、スローモーションに映った。イレミアの攻撃を勘で避けていた文殊菩薩だったが、桜雲(おううん)の運動神経と成長率の付与により、一瞬にして、自身の身体能力が著しく上昇した。

その証拠に、文殊菩薩は迫りくる黒樹を拳で受け止め、跳ね返した。

「…!?」

その驚きの行動に、イレミアは不愉快そうにして、攻撃の手を増やす。だが、その全てをいなし、拳で殴り、その上頑強であったイレミアの樹を手刀で粉砕した。そのありえない光景にイレミアの脅威を知る人類の猛者のみならず、神々も目を見開いて、見入った。文殊菩薩は攻撃が止んだ隙に、イレミアの元へと駆け寄る。上背のあるイレミアは、仏を見下ろしながら、近接で攻撃を仕掛ける。退路を塞がれた文殊菩薩に、”才”が高密度に圧縮された黒樹が向けられた。

「この程度で凌げると思っているのか!?」

冷徹にイレミアを罵った。その小さな悪意のある罵りを受け、イレミアにも小さな怒りが宿る。怒りは自然と黒樹に宿る。一本の黒樹から、枝が無数に伸びて、文殊菩薩が一歩進むたびに、牙をむく。腕を伸ばせば掴めそうな距離から繰り出される大ぶりの黒樹と、その隙間を埋めるように繰り出される無数の枝。回避不能な弾幕が直前で展開された文殊菩薩だが、彼女の選抜人類である桜雲(おううん)が視神経に成長速度を与えたことで、イレミアの攻撃が全て遅く見えた。

(見える。弾幕のその先が…)

スローモーションと化した現実で、文殊菩薩は僅かな隙間を見つけて、イレミアの弾幕を完全に回避した。

『先程まで圧倒していたイレミアの攻撃を文殊菩薩が完全に避けてやがる。一体どうしちまったんだぁ!!??』

文殊菩薩の圧倒的回避を目の当たりにした観客らは歓声を上げて、興奮する。皆がその光景と、これからの動向に前のめりになっている中、この状況下に納得がいっていない者が一人。それは他の誰でもないイレミアであった。

((わたくし)の”黒樹”が回避されている。攻撃を増やす? 弾幕を濃くする?)

『(それはいけないね)』

イレミアが打開策を考えていると、彼女の脳内に誰かが語りかけた。その声にイレミアは驚かない。声は続けて、イレミアに話す。

『(神や仏の動力源は信仰心。今、君が抵抗し、それを文殊菩薩が回避してしまえば、仏への関心が高まる。その関心は信仰心へと。だからこそ、君だけではもがいてはならない)』

「…」

『イレミア、私の権能を使いなさい』

赤子を宥めるような温もりのある声を聞き、イレミアは独りでに頷いた。そして動く。今まで、一歩も動かずにいた彼女だったが、後方へとジャンプした。その行動はイレミアの回避。今まで攻撃にしか手を尽くしていなかった彼女のこれは、言うなれば文殊菩薩の強さを認めたのだ。でなければ、攻撃で全て打ちのめしているはず。

「距離を取られたのぅ」

「構わん」

イレミアの予想外の行動に歓喜の音を奏でる桜雲(おううん)だが、彼女の次の一手に悩む。それは文殊菩薩も同じであった。イレミアの挙動を見落とさないように集中する。そんな中で、イレミアは大樹へと足を運ぶ。幹から伸びる枝はヒールという不安定な靴を履いたイレミアでも安定するほどに太く、立派なものである。

「神も仏も人類も、所詮は自然の傀儡に過ぎないわ」

イレミアはそう吐き捨てる。手を大樹へと運ぶ。すると、彼女の内側から今までとは比にならないほどの力が放出される。

(何をする気だ?)

その力を感じ取った文殊菩薩は、これから起こるであろう異変に対応できるよう、戦場の変化に気を配る。警戒心で満ち溢れた仏を見たイレミアはほくそ笑む。そして、ゆっくりと仏に手をかざすと、異変は起こる。

「は…」

異変。文殊菩薩の腹を貫通する攻撃。その異変に腑抜けた声を出す。

(なんだ!? 何が起こった?)

異変の正体、異変の前兆の変化すら見えなかったことに、焦りを隠せない。文殊菩薩は負傷した腹を手で押さえて、圧迫止血を行う。傷はさして大きなものではないが、与えられた攻撃が腹の器官と神経の機能停止になるほど、綺麗に貫通しているため、文殊菩薩は冷汗をかく。一度目の異変を感じることができなかった文殊菩薩だが、次の異変の前兆を目撃することができた。それは木々から僅かに流れ出る雫。自然現象かと思ったが、その雫が地面に落ちる前に何度か形を変える。最終的に行きついた形態は針のように細く、しかし、流動性という水の特性を維持したもの。その水は明確に文殊菩薩に襲い来る。間一髪の所で避けた文殊菩薩だが、水は軌道を変えて、更に追随してくる。文殊菩薩はイレミアと距離を離すように回避した。だが、その先でも異変はつきまとう。文殊菩薩が回避した場にある針葉が風で動いたと思えば、一枚一枚が鋭利に光り、茎から離れて仏へと刺さる。避けようにも急な異変に文殊菩薩の集中力は薄れており、先程の見事な回避に雑な動きが混ざっている。

桜雲(おううん)も状況に耐えようと、全ての神経を文殊菩薩に注ぎ、彼女の身体能力を底上げする。だが、そうしてもなお反応が追い付かない異変の総出演。簡素な樹木の攻撃、細やかな針葉の攻撃、どこからか出現する水の攻撃、そして、恐らくはこの樹海に棲む動物らの極端の粗末な攻撃。一つ一つは脅威ではないが、数の暴力ともあるように、回避の道が断たれる異なる攻撃が同時に起こることで、文殊菩薩の集中力は疲弊していた。


統治神五柱専用観戦室

『まるで、この樹海がイレミアの神域と言わんばかりの攻撃手段ね』

ガイアがゆったりとした口調で、戦況を眺める。側仕えのヒュプノスとタナトスは、今の戦況に慄いているというのに、統治神5柱は悠然とくつろいでいる。

「これは、あのイレミアという元祖の”才”なるものなのですか~~?」

ヒュプノスがそう尋ねると、答えた神はカオス。

『それはないね。元祖は人類の中でも大規模な能力を持っていても、ここは一応神の領土。闘技場までを侵食できるほどの力はない。となれば、考えられるのは、彼女の共謀者。いや、この戦いに臨み、神の頂点に立とうと画策している神。

その神の名は”タネ・マフタ”。ポリネシアに属する原初神』

「あの堅物と名高い御方がどうして…」

『さあ? まあ、余興にはもってこいの神であることは変わりないわ』

同じ植物に関係する神であるガイアは、笑みを浮かべる。そして、だけどそれは、と続ける。

『堅物であるのは、タネ・マフタという神としての存在意義だからよ。権能の名は”森の神”。森を守るために、森を使役する能力。そして、選抜人類は森を構成する必要不可欠な材料”樹木”!

ほんとうに相性がいいこと』


(この樹海が私を殺しにかかっているようだ)

イレミアの猛攻が続き、それにも回避の本調子を戻し始めた文殊菩薩が冷静に戦況を分析し始めた。凄まじい攻撃の一つ一つが風を斬り、あらゆる小動物が仏を監視している。小動物から得た情報はイレミアに伝達され、仏が逃げる先を予測して、隙を突く。

(タネ・マフタ殿の権能を初めて見た。まさか出場するとは思ってみなかったが、こうも強いとは。)

「器用だな」

文殊菩薩がそう言うと、遥か遠くから一直線に伸びる黒い樹が見えた。それは紛れもなくイレミアの”才”によって生じた攻撃。自然が牙を抜く中で忘れていた元祖の脅威が、彼女の攻撃で彷彿と蘇った。文殊菩薩はイレミアを一瞥する。彼女は特段疲れている様子には見えない。というよりも、タネ・マフタの権能を楽しんでいるように捉えられた。

(権能と、自身の”才”も同時に、なおかつ巧みに使用するとは。さすがというべきか。)

心の中で褒め称えた文殊菩薩は逃げる足の踵を翻して、背後から追尾していた攻撃を手刀で全て粉砕した。その一挙は、反撃の狼煙だと、観客ら含め、その戦いを見ていた者は考えた。みなの考え通りに、今まで逃げていた文殊菩薩の行動が一変して、イレミアに向かって足を動かす。正面から迫りくる樹木や、水の攻撃を軽々と躱して、今まで離れていたイレミアと間合いを詰める。このパターンを既に体験したイレミアに驚きも焦りも見られない。だが、間合いに侵入されれば、敗北は確定すると予見しているイレミアは、慎重に行動に移した。

「囲め」

イレミアの発言が轟く。それに共鳴した木々が一斉に文殊菩薩へと伸びていく。枝のみならず、それは地中に張り巡っていた根をも引き起こす。平行的な全方位と、下を塞ぐ攻撃に、文殊菩薩は襲われた。だが、激しい弾幕の回避に成功している文殊菩薩には他愛のない動作だった。ひらひらと舞うように避け、着実に間合いを詰めていく。あと半歩というところ。イレミアを射程圏内へと収めた文殊菩薩は、少なからず高揚を覚えていた。気持ちが昂る。その昂ぶりが冷めることはなく、イレミアだけを標的にして、仏の体は向かっていた。だからこそ、劣る。周囲を読む行為。文殊菩薩が俊足の構えから、攻撃の構えへと変わるその寸劇。イレミアが遂に動き出す。彼女は空を見上げ、樹海に吹く風を吸い、穏やかな雰囲気を出す。

「…」

殺伐とした戦場に、穏やかな一時が流れたのも束の間、それは急に一転する。それは異変であり、文殊菩薩を一瞬気後れさせる。イレミアは冷徹な瞳で、気後れしている文殊菩薩を見下ろして、手を振りかざす。

―シュッ…

イレミアの行動に次ぐ何かを斬る間の抜けた音。それが何であるか、観客らは理解できなかった。だが、音源である文殊菩薩に起きた事柄については、誰もが目を疑い、唖然とした。なぜなら、文殊菩薩の腹のど真ん中を樹がぶち抜いているから。唐突な攻撃に、回避が間に合わなかったこと。それ以前に文殊菩薩が歩むときに、そこには樹など無かったことも加わり、彼女の行動が完全に停止した。だが、そんな仏を目の前にして、イレミアに容赦の言葉はない。自身の指を”黒樹”へと変貌させて、動けない文殊菩薩に刺突する。

「がっ!!」

イレミアの攻撃を直に受けた文殊菩薩は悲鳴を上げる。仏の体にいくつもの穴が開き、血が流れ出る。

「生命の嘆きは永久に。”蓬莱の洞ろ”」


エジプト専用観戦室

「…!?」

イシスが立ち上がり、戦場を凝視する。

「人間にそんな高度な神業(みわざ)が使えるの。だとしたら、それは。いえ、でも元祖ならば、相性でどうにかできるはず。」

イシスが独りよがりな言葉を並べているのを横目に、夫であるオシリスは淡々と結論だけを受け入れた。

(森を守ることが存在意義故の権能。それは森を使役するだけかと思っていたが、まさか”生命の創造”さえも可能だとは。生命の創造は植物だけと限定的ではあるだろうが、()()文殊菩薩が悟れぬ一瞬で見事な樹を創造したとなれば、勝ち目は…)


イレミアが横に手を振ると、文殊菩薩を拘束するように、腹を貫いていた樹が忽然と消滅する。彼女自身も”才”を解除して、完全に文殊菩薩を解放する。自由の身となっても、文殊菩薩はあまりの痛みに意識が朦朧としており、拘束が解けたものの受け身を取る余力すら残っていない。重力に従い、文殊菩薩は地面へと落下していく。落ちていく中で、仏の手が少し合わさったような動きが見て取れたが、イレミアは鼻で笑う。

「悪いけれど(わたくし)には叶えなければならない野望があるの。神も、仏も、その野望の前では塵同然。くたばりなさいな!」

イレミアの怒号が飛び、誰もが彼女の勝利だと確信したが、文殊菩薩という仏を識る仏は絶望には堕ちていなかった。


仏界専用観戦室

「なぜ、あの仏を選抜なさったのですか」

仏界専属戦天使(ヴァルキュリー)エイルが釈迦や阿弥陀如来に尋ねた。

「権力を握りたいのであれば、仏の序列が最高峰である如来を選抜なさればよろしいかと」

「エイル、(わたくし)どもは天下が欲しいのではありません。(わたくし)ども、仏は金さえ集まればそれでいい」

阿弥陀如来の発言に、エイルは遠い目をした。ですが、と彼は続ける。

「金を稼ぐ自由勝手な行動をするには、それ相応の力を魅せなければならない。勝敗などどうでもいいが、仏の権威を地に落とすなど許されざる罪」

「仏は悟りを開き、真理を齎す者。それが仏の権威。真理に関しては、仏の中で文殊菩薩が飛びぬけている」

釈迦が自慢げに語る。椅子でゆったりとしていた薬師如来が立ち上がって、観戦する。そして、口を開く。



落下する文殊菩薩が宙で翻り、態勢を整えた。そして、僅かに異変がイレミアには感じ取れた。何かをしでかそうとしているのか、という考えが彼女には浮かんだ。

(まだ、そんな余力が…)

文殊菩薩が何をしようが、なんら脅威ではないと頭の中では分かっていたが、何故だろう。胸が痛む。罪悪感などではない。なにか良からぬことが起きると、長きに渡る人生で培われた本能から察した。彼女は一度解除した権能を、再度構築して、フィールド内にある木々を使役し、文殊菩薩へと攻撃する。

次の瞬間、その攻撃の一切が仏によって粉砕された。

「!?」

驚きの声が上がる。当のイレミアも開いた口が塞がらない。攻撃を粉砕した文殊菩薩の手には一張(ひとは)りの弓が握られていた。黒一色の弓が光沢を宿し、それが単なる武具ではないことを表していた。文殊菩薩はおぼつかない動きで、大樹へと足を下ろす。

「整った。最高の環境が」

そう呟いた文殊菩薩は弓の先を、自分を見下ろしているイレミアへと合せる。鏃も彼女を早く貫きたいと言っているように光る。

「射るには、相手の隙と、距離と時間を要する。容易く成し遂げることのできない試練。だからこそ、成し遂げた対価は大きく、双方に被害を生む」

自身に矢が向けられていることを目視したイレミアは、即座に”才”を展開する。それは相手の攻撃という外界を”中和”するもの。それは無効化に近しい能力。だが、今の文殊菩薩の眼中に、それは映らない。


『零から真実を求めることはできません。一を知り、二を見つけ、三を導き、百を求め、真実を辿り、真理を射る。文殊菩薩はそんな仏です。故に、彼女に”中和”などと生ぬるい所業は無であるのです』


薬師如来の言葉通り、ぼろぼろの体とは思えぬほど、力が溢れ出ている。文殊菩薩は鋭い眼差しでイレミアを捉えた。

「生命の創造など、余にはできん。が、余の得意分野であり、仏としての存在意義を刮目せよ!

文殊師利般涅磐経もんじゅしゅりはつねはんぎょう

その言葉を遂行するように、矢が射抜かれる。一直線に飛んでいく矢は、”中和”を展開した圧倒的防御を誇る才を、容易く破壊して突き進み、イレミアの右腕ごと射抜いた。

「―!!!」

衝撃の事実に、イレミアは声を出さない。だが、瞳孔が開いており、焦りに留まらないパニックが生じている。

『な、なんということだぁ!!

劣勢であった文殊菩薩が、たった一度の弓引きで形勢逆転!!』

ヒヤルムスリムルの司会役としての言葉に観客たちは、歓声を轟かせた。文殊菩薩の御業に、敵味方関わらずに称賛の意を表す。その対価に文殊菩薩は、自慢気に、力強く言い放った。

「これが修行の(たまもの)なり!!」


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