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12話 人間の圧倒

前回の試合は闘技場を砂漠に作り直していたが、四回戦は森がテーマなのだろうか。だだっ広い闘技場の中心に聳え立つ大樹。直に足を踏み入れていないが、本来は鬱蒼とした樹林であるのだろうと、分かるほど、樹林は生い茂っている。木と木の間、葉と葉の間から太陽の光が抜けて、樹林を明るく彩る。

マイクの起動音が会場に響いて、司会進行役のヒヤルムスリムルの咳払いが響く。

『大変お待たせ致しました。それでは第四回戦出場者のご紹介を致します!!』

ヒヤルムスリムルの言葉を待ちわびていた観客たちが熱気を帯びた歓声と、歓喜の怒号が飛び交う。

仙人逆境(テイレイギャンブル)第13位、この戦いに参戦こそしたのがイレギュラーな神界のお出ましです。数ある神々の中でも独自に進化し、原初神ですら歯止めがかからない問題児の集まり。しかし、その不名誉に合うだけの力がある!!

それがポリネシア神界だぁぁ!』

ヒヤルムスリムルは拳を握り、紹介に気合がこもっている。

『そしてぇ!!この問題児に対抗すべく神界は名ばかりのものである!!

なぜならば、この神々は神ではない!

そう、それは仏であるから!

仙人逆境(テイレイギャンブル)第7位仏教!』

彼女が神界の紹介を終えたと同時に、闘技場の中央に大きなモニターが観客に向けて用意される。それは広大である今回の闘技場の仕様の為に天使らと戦天使(ヴァルキュリー)が協力して、血眼になって用意したものである。

『それでは神代表と選抜人類の紹介に移らせていただきます。先攻、ポリネシア選抜人類!!』

モニターに映る一人の女性。長くハーフアップに結い上げられた黒き髪、金色の瞳を表しているかのような豪華な金と黒のドレス。睡蓮の簪、体を覆う白い布、戦闘向きの姿でない。本当に戦いに来たのかという服装に困惑の声が上がるが、人類は女性を見ると恐怖で慄く。

『三つの人類である紅魔族の象徴であり、人類の繁栄に大きく貢献した者!!

しかしながら、その思想は弱肉強食。弱い者を淘汰し、強者だけの時代を作るまいという過激な思想から戦いの火種となった者たち。

三百名の名を連ねる、その者こそらが”元祖”なり!!

その三百の猛者の中の猛者が、この戦いに名乗りを挙げた!!

かの者らは我ら神々に如何なる結末を見せてくれるのか!

どう魅了するのか!!

ポリネシア選抜人類”穏”の元祖イレミア!』

紹介が終わったことを確認すると、イレミアは体を解す。そして、樹林を見回して、植物の美しさを見る。そして観客に見下ろされていることに嫌な顔をする。

(わたくし)を見世物にするなんて、下賤な場ね」

『後攻、仏教代表を飾る仏!

かの仏は智慧を司りし、菩薩。

かの仏は釈迦如来の頭脳。

二度と崩れることのない悟りを開いた菩薩に贈られる法王子の称号を持つ者!!』

司会の言葉が続く中、一つの影が樹林に飛び込む。その影を知る()はにやりと微笑む。武装の姿の仏が、見た目にはそぐわぬ軽い動きを、試合が始まる前から見せつけ、観客を魅了する。

『最も如来に近い菩薩とも呼ばれる仏!!

この戦いで、その智慧と、異名に報いることができるのか!?

文殊師利菩薩~~! ここに見参!!!』

文殊菩薩の登場に、仏教の仏がエールを送る。

相対したイレミアと文殊菩薩。人間と仏。元祖と菩薩。どちらも猛者の中の猛者。

傾国とも称されるべき儚げかつミステリアスな美人のイレミアと、貫禄のある不愛想な美仏の文殊菩薩。


北欧専用観戦室

「元祖ですか。直に拝見することは初めてです」

トールが興味深そうに微笑んでいる隣で、元祖について一通り知識を持っているオーディンは、イレミアを見つめる。

(紅魔族の象徴であり、人類の頂点に君臨できるほどの存在である元祖。元祖を示す、彼らの能力”才”は一人一つ。だが、イレミアと言う元祖は特別だ。その証に彼女は二つの”才”を宿している)

「人間と言えど舐めるなよ…」


ヒヤルムスリムルの開始の合図が中々かからないことで、観客らの緊張が高まりを見せ始めている。文殊菩薩を見守る仏や仏界専用観戦室で釈迦や薬師如来、阿弥陀如来も真剣な眼差しを向ける。

「御前試合にしては大掛かりで、とても下品な場ね」

相対していたイレミアが、眉を顰め、怒りをあらわにしながら、文殊菩薩に問いかける。

「下品。ならば、なぜこの戦いに出たのだ」

無愛想な見た目に違わぬ、無愛想な言葉を返す。イレミアは怒りの表情から、一転して間の抜けた表情を見せる。そして、口元を隠して朗らかに笑い、答えた。

「下賤な欠点よりも、利点があるのよ。貴方方仏は神の頂点に立つことが利点。とても美しく、堅実なものね」

饒舌に語るイレミアは一拍置いて、自身の気持ちを整理して、一言。

(わたくし)の野望の為にも負けるわけにはいかないのよ」

イレミアの放つ圧倒的強者のオーラが樹林に漂う。それは観客席にも届き、神という強大な存在すらも呑み込んでしまうほど。ドレスという戦闘にはあるまじき戦闘服のイレミアを初めて見た者らはふざけているのかと思っていたが、今の彼女から見違えるほどの生気と意気込みが溢れ出ている。

『両者よろしいようですね…それでは…

仙人大戦(ヘシオドス)第四回戦開戦!!』


ドゴン!!


開戦の合図がかけられた直後に響く轟音。その音が開幕早々に、観客らに静寂を贈る。みな、何が起こったのか理解ができなかった。彼らの目に映るもの。それはポリネシア選抜人類であるイレミアの指が枝へと変化し、その枝が文殊菩薩の後ろに聳え立つ樹に刺さっていること。その枝を間一髪のところで躱した文殊菩薩は表情を崩さない。

「惜しいわね」

避けられたことにさして気にも留めていない様子のイレミアは嗤う。彼女は右腕を引いて、樹から枝を抜き、文殊菩薩に対して鋭利な枝を向ける。五本の指が、枝と変化して、植物の凄まじい生命力を発揮し、目にも止まらぬ速度で成長していく。その枝は木々の合間を潜り抜け、逃げ惑う文殊菩薩の背後を一瞬でとる。巨大な五本の枝が文殊菩薩の往く先々に伸び、妨害と攻撃に徹する。

轟音が物語る破壊力。しかし、文殊菩薩は俊敏な動きで華麗に枝を避けてみせる。

『開幕早々イレミアによる怒涛の猛追!!

自由自在に操られる枝だが、一切動じず文殊菩薩は回避していく!!

これが猛者の中の猛者の戦いなのかぁ!?』

司会の解説に熱が帯びてきた。イレミアと文殊菩薩は激しい猛攻の渦中にあるが、お互いがこれからの動向を探るために、平凡な攻撃と行動をしている。小手調べの範疇を優に超えている猛攻。その猛攻にも変化がみられてきた。片腕で相手していたイレミアが、左腕を上げ、指を枝に変化させる。今まで五本でも樹林を自在に伸縮していたというのに、それが十本にまで増えたことで、回避の難易度が遥かに跳ね上がった。

「―!」


「おい…枝が…」

「ああ…」

「黒くなってやがるんだ!?」


観客らが声を上げて、その変化に勘づいた。彼らの言葉通り、イレミアの指を媒介として枝となっているものは、先に行くほど太く、そして黒く変化していく。漆黒のそれは闇を偶像化しているように、人や神の心に恐怖を植え付ける。闘技場(ステージ)上の樹とは明らかに異質な”黒樹”が気に腰を下ろしていた文殊菩薩を襲う。

「速い…」

イレミアの奇襲紛いな攻撃を避けた瞬間、文殊菩薩の頭脳はその脅威を見切っていた。たった一度の刺突で頑強さを誇る木々を薙ぎ倒す威力と、警戒心を持って尚、反応が遅れるという異端な速度。一度でも掠めれば、それは死を意味すると、彼女は脳裏に焼き付けた。だが、そんな彼女を差し置いて、イレミアの攻撃は過熱していく。小手調べとは比べ物にならないほどの速度で、合間を縫う枝が文殊菩薩の逃げる先を見通しているかのように阻み、彼女の肉体に傷を負わせる。

「っ!」

驚きこそすれど、文殊菩薩は持ち前の俊敏性を発揮して、死を覚悟する攻撃をかすり傷までに抑え込む。


ギリシャ専用観戦室

「強いですね」

試合をじっと見ていたアテナが冷徹に話す。今まで僅かにだが朗らかだった彼女の言葉に温度が感じられない。人間が神を圧倒しているという事実に腹が立っているのかもしれない。そんなアテナだが、戦いを司る神であるからこそ、その脅威は認知しているようだ。

「…」

「あれが才なのか? 攻撃力が高いだけならば、文殊菩薩には何ら脅威ではないが。十本の枝が、一本一本異なる方向から、異なる速度で足場の悪い樹林を駆け巡っている。だからこそ、予測できたとしても避けるまでにはいかない」

「そうだね~~。環境に合わせた調整がうまいね。あの人間。しかも恐ろしいのは、”これ”がまだ前座って言うことだよね~~ぇ」

ゼウスも沈痛な笑みで闘技場を覗くが、コレーことペルセポネは戦況全体ではなく、文殊菩薩だけを覗いていた。

「避けられている」

「え?」


イレミアの圧倒的攻撃に、一抹の絶望と失念が生まれ始めた頃、文殊菩薩が動き出した。それは緩やかに、一部の者にしかその些細な変化が分からぬ程に、気取られぬように、動いていく。イレミアの”黒樹”が衰えることを知らぬ激しい攻撃の飛び交うなか、劣勢を強いられていた文殊菩薩の動きがより軽やかに、俊敏性に磨きがかかり始めた。今までかすり傷にようやっと抑え込んでいたイレミアの攻撃を、一度、二度、三度、と全て躱し始めてきたのだ。一度完全に回避したことが偶然だったという解釈から、観客ひいては選抜人類であるイレミアですら気にも留めていなかった。しかし、その成功が増えていくたびに、文殊菩薩の強さが垣間見えてきたのだ。

((わたくし)の攻撃が当たらなくなってきている? おかしいわね、神であっても初見で(わたくし)の才を”完全には”避けることなんてできないはず)

イレミアは不審に思い、文殊菩薩を観察し始めた。動きの癖は変わらない。だが、全体的に業に磨きがかかっていることを確信した。それはただの運動能力の向上であるとイレミアは過信したが、どこか胸の内が騒がしい。

「まさか…」

イレミアが自身の騒ぎから、一つの可能性を見出した頃、


仏界専用観戦室

「文殊菩薩様、いつもよりも動きが洗練されていますね」

控えていたエイルが呟いた。その言葉に阿弥陀如来が優雅に煙管を咥え、その内情を教えてくれた。

「ええ、選抜人類に()()を選びましたので」

彼女という言葉に、エイルは端末を起動させ、仏界の選抜人類の者の名を確認する。

桜雲(おううん)…櫻花の花魁」

「はい。彼女の家系は地上宇宙(バース)天地創造の海に建国されたアウル帝国を守護する一族です。一族と言っても、イレミア殿と同じ元祖の一人である”鳳”の元祖を代々継承し、護っていくという方針でして」

「今の”鳳”の元祖大紫蝶(だいしちょう)ちゃんの後継者として、元祖継承のため修行をする。その時の仮初が花魁」

釈迦の言葉に、エイルが首をかしげる。

「花魁が、どうやって助力なさるのですか?」

「そんなの簡単だよ。身体強化と業の向上」

「花魁という生き物は過酷な環境の中、ただ生き残るために芸を磨く生き物です。他よりも少し優れているだけではいけない。他の追随を許してはならない。その考えこそが彼女の向上意欲を掻き立てる。そして一挙手一投足が美しく在るための緻密で長きに渡る苦労と苦悩との努力。

それから生み出された華麗な動き。そして体感したものを決して逃さない異次元の成長速度。

成長を日々求め続ける文殊菩薩と、経験と技能が集まり奇想天外な体感の集合体である戦場という異端な場所。彼女を持ってこずして、どうします?」


闘技場に響き続け、増え続ける戦闘音。”黒樹”の物量と、予測不可能な樹の合間から繰り出される容赦のない刺突。それが休む間を、息つく暇も与えぬ速度で襲い来るが、そのすべてを文殊菩薩が軽々と躱していく。そして回避で手一杯だった彼女が、逃げる姿勢を解き、凛とした態度で”黒樹”に立ち向かう。正面から襲い来るそれは次の瞬間、砂粒のように粉砕された。

その行動と、結果に、皆が大きく目を見開く。そして仏らは満足気に頷く。

『その見た目から想像できるほど、頑強な”黒樹”が、一瞬で…粉砕ぃぃ!!』

ヒヤルムスリムルが大々的に伝える。イレミアも攻撃の手を止め、粉砕された樹を指に戻して、休ませる。その間、何が起こったのかと文殊菩薩を睨む。そして彼女の目に止まったものは、文殊菩薩の手だった。

指を握りこまない開手の型。それは人類でも一般的に知られ、愛用されている打撃技法である手刀だと、イレミアは判断する。たかが、と一瞬蔑んだが、手刀で己の武器を粉砕された光景を目撃したため、その蔑みはイレミアの中から消え失せた。

(神であったとしても、容易な粉砕は不可能。それを可能にした要因は、他の誰でもない仏界の選抜人類!)

イレミアがかっと目を見開いて、文殊菩薩と共に戦っている桜雲を睨む。その睨みには、弱者が失神してしまう殺気がまとわりついているが、睨むだけでは解決しないことをイレミアは重々と理解した。だからこそ、もう一度、攻撃する。その攻撃に殺意を織り交ぜて。

『これは…イレミアの猛攻を躱す!

躱す!! 躱す!!! そして粉砕!!

才が全く効いていないだとぉ~~!!』

司会の言葉通り、イレミアの攻撃を避け、暇があれば、同様に手刀で粉砕していく。そして、イレミアとの距離を段々と縮めていく。始めの追われる者という立場から、一転し、文殊菩薩は追う者と優位な立場へと好転する。それは文殊菩薩の力だけでなく、彼女の選抜人類桜雲の肉体強化と、この短期間での成長がカギを握っている。あっという間に、距離を詰められ、危機感を抱くイレミアが苦し紛れに一本の枝の攻撃を仕掛ける。その幹に等しい枝を利用して滑り降りる。そして文殊菩薩はイレミアの懐に潜り込んだ。

やっと間近で、対等に、拳を振る状況に文殊菩薩は、この戦いにおいて初めて微笑みを見せた。

「!」

「存外人間というものはおもしろい…」

感情を乗せた言葉と手刀が、驚嘆を浮かべるイレミアを襲う。

拳から想像もしないほどの、大気を震わせる音が響き、鮮血が滴る。


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