97 不可侵協定
兵舎が火事になっても誕生祭の進行をやめる気はない様だ。
だがそれは思うつぼだ。
ここに集まる人達にはどこが火事か分からないので、ほとんどの人は他人事のそぶりである。
しかし、二つ目の火の手が上がった時にはさすがにザワザワし始めた。
その二つの火事が同じ大通りに近い場所だったからだ。
兵士達もこれはちょっと怪しいと思ったのか、兵士の動きが活発になって行く。
さて、そろそろかなと思って俺が立ち上がったところで、護衛の兵士がアルホ子爵に耳打ちしているのが見えた。
それを聞いたアルホ子爵の表情が変わる。
そして周囲をキョロキョロと見回している。
その間に護衛の兵士がアルホ子爵の周囲に集まり、完全ガードしてしまった。
これだとサリサが狙撃できないぞ。
そしてその一団は、がっちりガード態勢のまま徐々に後退していく。
まずい、逃げられる!
俺は人々を掻き分けて強引に前へ出る。
せめて書状を投げつけて、パシ・ニッカリはこの世にいないことを教えなければ。
アルホ子爵がガードされて後退していく姿を見た人々は、やっと異変に気が付いたようだ。
「子爵様が逃げるぞ!」
「火事にゃ、火事だにゃ~」
「火事が広がってるみたいだぞ」
「皆、逃げろ。ここは危険だ!」
俺はステージまでたどり着き、大声だ叫んだ。
「アルホ子爵、これを受け取れ!」
ナイフに結んだ書状を投げつけた。
そのナイフは護衛の兵士の胸に当たるも、鎧には刺さらずに地面に落ちてしまった。
「くそ、刺さらないのかよ!」
「曲者~、あ奴を斬れ!」
その掛け声に護衛の兵士が俺に集まって来た。
想像とは全く違う展開だ。
作戦は大失敗ってことか。
やはり俺には作戦とかは無理だったか。
もっと単純に突撃して斬り伏せるとかの方が良かったか。
ここは一旦逃げるかと思ったところで、アルホ子爵側の人混みから数人の兵士が出て来た。
「おい、こいつは貴様の仲間だろ。大人しくしないとこいつが死ぬことになるぞ」
俺の前に出されたのはロア婆さんだった。
ロープで縛られ殴られたのか、顔が腫れあがっている。
その腫れあがった顔の前には剣が出されている。
俺は怒りが込み上げてきた。
「おい、お前ら。お年寄りは大切にしろって子供の頃に習わなかったのか。お年寄りは敬えと言われなかったのか!」
腰の剣を抜こうとするが、いつもの差してあるところにそれはない。
そこで中央広場に入る人の武器は、短剣しか許されていなかった事を思い出す。
短剣だけでいけるか。
俺は短剣を引き抜いて構えるが、ロア婆さんの人質があるため手が出せない。
「おい、武器は捨てろ。本当にこいつを殺すぞ!」
この間にもアルホ子爵は護衛を引き連れて大通りを逃げて行く。
逃げられちまうな。
しょうがない、切り札を出すか。
「武器を捨てるのはお前らだ!」
俺はそう叫びながら、腰に吊るした麻の袋から野菜を取り出した。
「ギャアアアアアアアア~~!」
野菜畑で採れたマンドレイクだ。
切り札だから本当は出したくなかった。
あまり使うと警戒されてしまうし、耳栓をすることを覚えられてしまうからだ。
だがこの状況ではしょうがない。
マンドレイクが鳴き喚き始めた途端に、人々はその場に座り込んで耳を塞ぐか、気絶して横たわるかのどちらかだ。
起きていられる者は誰も居ない。
兵士たちも同様だ。
ロア婆さんに剣を向けていた兵士も、苦しそうに耳を抑えてしゃがみこんでいる。
兵士の中には何とか剣を杖の様にして立ち上がろうとする者もいたようだが、それも結局は徒労に終わっている。
俺はマンドレイクの葉っぱの部分を掴みながら、兵士の間を歩いて行く。
かろうじて立っていられる兵士を蹴り倒しながら俺は進む。
気を失っているロア婆さんを小脇に抱え、マンドレイクを持った手を前に突き出して歩く。
耳栓をしていてもこの距離はかなり辛い。
俺の手には葉っぱを握られて身動きできないマンドレイクがいる。
そいつは空中で足のような形の根をジタバタと動かしている。
葉の部分を掴んでおけば土に潜れずに泣き叫びっぱなしな訳だ。
そして俺はとうとう、アルホ子爵の前まで来た。
だが、結構しぶとい護衛兵士が二人ほど、アルホ子爵の前で立ち塞がっている。
しかしこの二人凄いな。
この距離でなお立っていられるだけだなく、剣まで俺に向けてくるこの精神力。
マンドレイクの叫び声を聞いてここまで出来る奴はそうはいない。
それを考えれば、この二人は相当な手練れなんだろうな。
放って置くと、後々でうるさい存在になりそうだ。
ならば――
俺は一旦婆さんを地面に置き、近くの気絶している兵士の剣を拾う。
そしてその剣を上段に大きく構えると、「ふん」と一気に振り下ろした。
護衛の兵が俺の剣を剣で受けたのだが、力が全然入っていない。
俺はそいつの剣ごと一気に押し込む。
剣はそいつの肩口にメリメリッと食い込んだ。
パッと血が噴き出す。
俺はそいつを蹴飛ばしながら剣を引き抜き、今度はその横にいるもう一人の首を斬り飛ばした。
これで未来の強敵はいなくなった。
「さて、アルホ子爵、貴様に用があって来たんだがな」
と俺が言っても耳を抑えて聞こえないか。
しょうがない。
さっき投げたナイフの書状を見せつけて状況を理解させるか。
俺が周囲を見まわすと、直ぐに書状とナイフを発見した。
俺がそのナイフを拾おうと腰を屈めたその時だった。
三本の影のようなボルトがアルホ子爵の肩の辺りに突き刺さった。
突き刺さったと同時にボルトが一本になる。
あ、サリサの狙撃を忘れてた!
「うがあああっ」
アルホ子爵の口から悲鳴が漏れた。
結構傷は深いぞ、これは。
俺はしゃがみこんでアルホ子爵に話を聞かせるためにも、マンドレイクを一旦は麻の袋に仕舞う事にした。
周囲の兵士はもう戦う気力はないから大丈夫だろう。
そして状態異常に効果のあるポーションをアルホ子爵にぶっかけた。
マンドレイクに効果のある薬だ。
「これで聞こえるだろ。俺が何しに来たか分かるか?」
アルホ子爵は何も言わない。
ならばと俺は話を続ける。
「この名代の書状を見ろ。パシ・ニッカリはもうこの世にはいない。だからお前に返す。これで俺達に手を出せばどうなるか理解したか?」
言い終わるとマンドレイクを取り出す真似をする。
アルホ子爵は苦しそうな表情のまま、ブンブンと首を縦に振る。
「理解したらならそれで良い。さて、じゃあ次の話だ。まずは鉱山砦を襲った仕返しからだ」
俺はナイフをアルホ子爵の太ももに刺し込んだ。
ついでにマンドレイクも少し出す。
「ぐああああああ」
「おいおい、これじゃ終わらないぞ、次はお前の命令で襲われて死んでいった、輸送部隊にいたタルヤ准尉の部下の恨みだ」
今度は反対の足の太ももへとナイフを刺し込んだ。
「ぎゃああああ」
「そしてロア婆さんの仕返しだ」
顔面を踏みつけてやった。
「ふごごおっ」
さすがに周囲に起き上がれる者はいないようなので、マンドレイクは袋に完全にしまった。
「そして、これが最後。アルホ、俺の目を見るんだ。早くっ、俺の目を見ろ!」
俺は自分の目を指で差してジェスチャーした。
するとアルホ子爵が恐る恐る俺と視線を合わせる。
「俺の名は“魔を狩る者”、それとこれはアリソンの分だ!」
そう叫んでアルホ子爵の右腕を何度もナイフで斬りつけた。
アリソンが毒ボルトを受けたと同じ右腕をだ。
再生不可能なまでに切りつけたところで、いつの間に来たのかミイニャが俺を止めた。
「ボルフにゃん、早くしないと火事で出かけた兵士が戻って来ちゃうにゃ」
よく見ればアルホ子爵はかなりの出血だ。
放って置けば確実に死ぬ。
だが、こいつの仕事はまだ残っている。
まずはポーションをぶっかけて直ぐには死なない様にした。
そして――
「アルホ子爵、これにサインをしろ」
俺が出したのは不可侵協定の書類だ。
ロミー准尉の入れ知恵だ。
すると息を吹き返したアルホ子爵は、この場に及んで条件を出してきた。
「さ、サインする。だがワシの命は奪わないと約束してくれ」
「お前が条件を出せる立場か? この場で直ぐに殺してもいいんだぞ」
「どっちみち殺されるんならサインはしないぞ!」
俺が考えているとミイニャが口を挟む。
「サインしたのを確認してから、こいつをやっちゃえばいいにゃ」
この馬鹿、口に出して言いやがった。
するとアルホ子爵。
「これは男同士の約束だ。守るか否かは己のプライドの問題だ」
こいつ、今すぐぶちのめしたい。
しかしこうなったらしょうがない。
「分かった、命は助けるからサインしろ」
鉱山砦に残してきた少女達がこれ以上傷つくのは耐えられない。
ちょっと悔しいが相手は貴族だ。
この辺が落としどころだろう。
アルホ子爵がサインをした後、俺達はこの場から離れて行く。
ミイニャが「止めは刺さないにゃ?」と聞いてくるが、男の約束と言われては破れない。
変な俺のプライドだった。
ちょい長めです。
何度も書き直しましたが、取りあえず投稿します。
大幅変更の可能性もあります。




