95 花売り婆さん
婆さんの家は二階建ての建物の二階にある貸し部屋だった。
部屋の中にはあちこちに色々な種類の花が置かれていた。
もちろん部屋の中はその沢山の花の香りで一杯だ。
「ほら、そこのベッドに女の子を座らせなよ」
婆さんの言うとおりにサリサをベッドに下ろす。
サリサは気絶していたのだが、今は目を覚ましているようだ。
「なあ、婆さん花屋をやってるのか?」
俺の質問に婆さんは答える。
「花屋って言ってもね、店は持ってないからねえ、通りで花を売るただの行商人だよ。それにあまり遠くへは行かんがね。この街中だけだよ」
そう言いながら婆さんはお茶の準備をしている。
ほどなくして出された茶は、香しい花の香りのする花茶だった。
「良い匂いがするにゃ~」
「本当~、ずっと嗅いでいられるよ」
良い匂いのする茶は色々と知っているが、ここまで香しいのは初めてだ。
他にも食べられる花もあるらしく、ミイニャが早速口に入れている。
「匂いは良いのに味はそうでもないにゃ~」
なんでも直ぐに口に入れたがる、子供と一緒だな。
「なあ、婆さん。そろそろ本題に入ろうじゃねえか」
俺が真剣な表情で問いかけると婆さんは答える。
「そうじゃな。まずは自己紹介をしようかね。私はこの辺では“ロア婆さん”と呼ばれておるからそう呼んどくれ」
「俺はボルフ、猫耳がミイニャでうさ耳がサリサだ。ペルル男爵の配下で今は鉱山砦にいる」
「とういう事は、あんたがあの“魔を狩る者”なんかね?」
名前を言っただけで分かるんだな。
俺も有名人だな。
「そうだな、そう呼ばれたりもする。それでだ、ロア婆さん、あんたがサンバー伯爵の間者なんだろう?」
「おいおい、ハッキリとものを言うんだねえ。壁に耳ありだよ、気を付けな」
「ああ、すまんな。それでどうなんだ」
「ああ、そうだよ。この街で何かあるごとに報告する仕事だね。でもさね、もうこの歳だ、そう長くは続かんね。で、何をしに来たんだい?」
「アルホ子爵の暗殺に手を貸してほしい」
ロア婆さんは途端に驚愕の表情をする。
「おいおい、そんなこと簡単に口に出すんじゃないよ。まったく、恐ろしい事を企むんだね」
「それで協力してくれるのか?」
少し悩んだ様な仕草を見せてからロア婆さんは口を開く。
「別に協力するのが嫌なわけじゃないよ。でもさね、影武者がいるらしくてね。本人との判別が難しんだよ」
俺はニヤリとしてから返答した。
「その影武者はもうこの世にはいない、安心しろ」
「なんと、お主がやっちまったのかい?」
「俺じゃない、と言っても身内がやったんだがな」
「そうか、それならいけるかもしれんか……よし分かった協力しても良い。それで幾ら持っている?」
金か、まあ命がけになるから当然か。
「幾らなら引き受ける」
「そうだねえ、金貨10枚ってとこだね」
俺は懐から大金貨一枚を取り出してテーブルに転がす。
「これで文句ないだろ」
ルッツ村の俺の家を売った金の一部だ。
ロア婆さんはちょっと驚いた顔をする。
「大金貨じゃないかい。手にするのは初めてだよ」
そう言ってさっさと大金貨を懐へとしまう。
そして再び俺に視線を向けて言った。
「そうなると忙しくなるよ、計画は立ててあるのかい?」
俺はロア婆さんに計画について説明する。
そこからは急速に準備は進められていく。
街を知り尽くしたロア婆さんは、脱出経路に関しても詳しかった。
それにクロスボウでの狙撃地点に関しても適切な意見をくれる。
ただ俺がパシ・ニッカリの書状を見せて威嚇することには反対した。
「ロア婆さん、すまんがそれだけは譲れない。あの野郎には誰が狙っているのかを知らしめる必要があるんだ」
俺の言葉にロア婆さんが反論するように言った。
「しかしねえ、そもそもだよ、その書状とやらをだね、渡せる距離までは近づけないと思うさね」
「どのくらいまでなら近寄れそうだ?」
「そうさね、十メートルくらいかね」
十メートルの距離なら何とかなりそうだ。
「分かった、頭に入れておくことにする」
「さて、そうと決まれば下見でも行きましょうかね。よいしょっと。どうも最近腰がねえ、ひゃ、ひゃ、ひゃ」
腰が痛そうだな。
そんなんで大丈夫なんだろうか。
「なあ、ロア婆さん、一人暮らしなんだろう。鉱山砦で花壇でも作ってくれれば、生活の保障はするぞ」
きっと花の魔物が育つからな。
しかし俺の口から思わず出た言葉だが、出会って間もない相手にこんな言葉が出るとは思わなかった。
俺も変わったな。
以前の俺ならあり得ない言動だ。
だがロア婆さんは首を横に振る。
「有難い話とは思うがな、この歳じゃもう他の土地は馴染めんよ。領主は嫌いだけども、この土地は嫌いじゃないんでね。この土地に骨を埋めるとするよ」
「そうか、残念だ」
そこまで言って俺はロア婆さんの尻の辺りに気が付いた。
「なあ、ロア婆さん。もしかして尻尾があるのか?」
腰の辺りのスカートが少し膨らんでいる。
だが獣耳はなく人間の耳をしている。
俗にいう半獣人だ。
半獣人は人族から差別されている。
人間からも獣人からも、両方の種族から差別されている。
滅多に半獣人は生まれてこないが、ごく稀に獣人と人間の間に生まれてくる。
そして不吉だと言われている為、生まれて直ぐにお産婆によって間引きされてしまう。
だから大人になるまで成長する半獣人は本当にごく少数であった。
ましてや差別されているからまともな生活など出来るはずもなく、ほとんどの半獣人は成長半ばで死んでしまう。
俺はそれを口に出してしまった後に後悔した。
聞くんじゃなかったと。
しかしロア婆さんはあっけらかんとした態度で、しかも笑いながら言った。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ。どうだ、半獣人を初めて見たか。こうして尻尾を隠しておけば人間、フードを被って尻尾を出せば獣人。どうだ、便利だろうに。ひゃ、ひゃ、ひゃ」
笑ってはいるが俺には寂しそうに見えた。
きっと家族もいない。
俺も家族はいないが、それよりも酷い人生を送って来たに違いない。
ミイニャとサリサの二人も、それが解かっているのか押し黙ったままだ。
そんな暗い雰囲気のまま、俺達は街中へと入って行った。
お礼参りの準備といったお話ですかね。
また新しいキャラが出て来て、ややこしくさせてしまいました。
さーせん。
でも婆さんは他のキャラと被らないからOKかなと。




