89 暗殺者
数日後、外に出ていた偵察部隊が、魔物に襲われたと思われる人族の遺体を数体発見したという。
ただしすでに遺体はバラバラに食いちぎられており、その数は不明との事だった。
遺体の所持品は異常なほど少なく、武器に関しては小型のナイフが一本見つかっただけだという。
そして、その中に女物の服が一人分だけ散乱していたらしい。
遺体が見つかったのは鉱山砦から歩いて数時間程度と、それほど離れていない場所とのことだった。
* * *
それから数週間ほどたったある日のことだった。
客に紛れて一人の怪しい男が鉱山砦に入って来た。
作業員風の恰好をしているが、何故かマントを着けている。
それに妙に目だけをキョロキョロさせている。
そいつは新しく出来た平民向けの屋台飲み屋で酒を買って、砦の隅の方で一人座っている。
そこまでは特別怪しい事じゃない。
ただそいつは見たことが無い顔だった。
ここに来る客は皆、ヘブンズランド砦の関係者だ。
確かにヘブンズランド砦の作業員風な恰好ではある。
しかし、来る客はいつも一緒だからある程度は顔も覚えているはずなのだが、その男の顔は誰も知らない。
それに目だけがキョロキョロするばかりで、ほとんど買った酒に口を付けていない。
それを見て俺はその男が暗殺者じゃないかと目星をつけた。
少女らに話すと露骨な行動を取りそうだから、敢えて誰にも知らせないようにする。
男が急に酔っぱらった風な様子を見せる。
そしてフラフラと移動を始めた。
兵舎へ向かう様だ。
それも士官室。
狙うはロミー准尉か。
マントで見えにくいが、男はベルトに挟んだ短剣の柄から決して手を放さない。
足は千鳥足で片手に酒瓶と、演技が凝っていやがる。
そしていかにも“酔っぱらって吐きそうです“感を出しながら、士官室の壁の側で座り込んだ。
座り込んで扉を伺っている様子。
俺はそいつの肩を後ろからポンポンと叩いた。
すると大慌てでその場から跳ね飛び、短剣を引き抜き一振りする男。
やはり酔っ払いは演技か。
そして間合いを開けると俺を見て驚愕の表情。
「おおっと、危ないなあ。いきなり切りつけるか。短剣を抜いたってことは、やっぱり暗殺者で間違いないな」
俺の言葉には何も答えずに短剣を構える男。
見れば短剣に緑色の粘性の液が付着している。
――毒か。
そして男は後方へ跳ね飛びながら持っていた短剣を俺へと投げつける。
俺はそれを腕の革鎧部分で跳ねのける。
すると男はマントの中から小さなクロスボウを取り出した。
ボルトはセットされているのが見える。
毒、クロスボウ、この二つのワードに結び付くのはアリソンに射かけた毒の付着したボルト。
「貴様か、アリソンに毒ボルトを撃ち込んだ奴は!!」
俺は剣を振り抜きながら接近する。
だが俺が近づくよりも早く、男のクロスボウのボルトが俺に向かって射られた。
避け切れない!
俺は咄嗟に右手の剣でそのボルトを払い除けようとした。
右腕に激痛が走る。
剣で防げなかったようだ。
さすがに飛んでくるボルトは振り落とせないか。
右腕をチラッと見ると、ボルトが右腕を貫通して反対側から鏃が飛び出している。
だが俺はお構いなしに剣を男に振り下ろす。
男は小型クロスボウを楯代わりにして俺の剣戟を防ぐ。
右腕にボルトを喰らったから力が入らねえ!
だがそれでも俺は、無理やり剣を押し込む。
男は両手で小型クロスボウを支える様にして、俺が推し込もうとする剣に耐える。
そこで俺は左手を使い、右腕のボルトの貫通した鏃部分を掴む。
そして一気に引き抜いた。
こうすれば鏃は体内に残らない。
ボルトに付いたままの状態だ。
俺の腕から鮮血が散る。
男は俺の剣を抑えるので精一杯のようで身動きが出来ない。
腕力の差がはっきり出ているな。
そこで俺は落ち着いた口調で言った。
「このボルトに毒は塗ってあるのか?」
しかし男は何も言わない。
「何も言わないか。それなら試せばわかることだな」
俺は一度左手で引き抜いたボルトを男の顔の前で見せる。
それをゆっくりと下へと持っていき、ゆっくりと時間をかけて男の太ももに刺し込んでいく。
男が苦悶の表情を見せ、歯を食いしばる。
「ぐぐ……」
「ほう、悲鳴を上げないとは中々の根性だ。だがな、ウチの少女兵のアリソンは苦しそうだったぞ……」
男が悔しそうな表情で俺を睨んで言葉を漏らす。
「うぐ~、貴様は不死身か……」
「おいおい、手の力を緩めると俺の剣がお前の顔を潰すぞ?」
そう言うと男は慌ててて手に力を込める。
俺はさらにボルトを奥へと刺し込んでいく。
さすがに痛みに耐えれなくなったのか男が悲鳴を上げる。
「ぐあああっ」
「さあてと、ここからが本番だ。毒が塗ってあれば直にお前は死ぬ。暗殺に来たんならどうせ致死性の毒だろう。俺もちょっとクラクラしてきやがった。さあて、どっちが先に死ぬか勝負だ」
俺は太ももに刺し込んだボルトを一旦引き抜く。
すると鏃は体内に残る。
俺の左手には鏃のないボルトが残り、それをもう一度男の顔の前に持っていく。
「おっと、毒の付いた鏃が太ももに残ったままになっちまったな。これじゃもう突き刺せないかな」
そう言って俺は鏃のないボルトを男の脇腹に突き立てた。
「うがああああっ!」
今度はかなり大きな悲鳴だった。
だが酔っ払いが多数いるこの砦じゃ、誰もそれに気が付かないようだ。
「おお、鏃が無くても突き刺さるもんなんだな」
俺はもう一度別な場所に突き刺そうとボルトを引き抜くと、男が痙攣を始めた。
毒が回ってきたようだ。
男は口から血の混じった泡を吹き始め、そのまま崩れる様に倒れる。
「やはり致死性の毒か。くそ、俺もちょっとやばいな。ポーションが確かここに……」
腰の革ポーチに入れた毒消しポーションを探すが、意識が朦朧としてきてうまく取り出せない。
くそ、手が思う様に動いてくれない。
それに身体が震えてきたのか?
顔の前に手を持ってくると震えているのが見える。
立っているのも辛い。
俺は建物の壁に背を持たれかけ、その場に座り込んだ。
倒れた男を見れば、苦しそうに喉を掻きむしっている。
それを見た俺はポツリとつぶやく。
「お前にはその姿が似合っているな……」
その時、建物の扉が開いた。
「誰だよ、うるさいなあ。うるさくて目を覚ましちゃったよ~――ってあれ? ボルフ曹長じゃん。こんなところで酔っ払い?」
ロミー准尉だ。
「……ちょっと油断した……毒消しポーションが…腰のポーチに……」
視界が薄れていく。
言葉をしゃべるのも辛いが、言っておきたいことがある。
「こいつが、アリソンを……」
ロミー准尉が真剣な表情になる。
「そう、こいつが……うん、暗殺者みたいね。もしかしてボルフ曹長、毒を喰らったね。え、ポーチの中?――あった、あった、これね。ちょっと待ってよ~」
一瞬だけ記憶が飛ぶ。
だがしばらくすると徐々に意識が戻って来る。
ロミー准尉が、毒消しのポーションを俺に飲ませてくれたようだ。
どうやら俺は助かるらしい。
どうやら誤字脱字職人の方が仕事をしてくれているようです。
助かります、
('◇')ゞ
あざす




